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31.二人の関係

 体を温めて着替えると、グレンの書斎に呼ばれた。

 書斎に入ると、窓の側に立っていた彼が振り返る。ソファに座るように勧められたので従った。ジールが紅茶を準備してくれたので、ありがたくいただく。


 湯を浴びて、温かい紅茶で全身が温まった。これでもう大丈夫だ。ホッと一息つく。グレンも私の目の前に座り、一連の動作を無言でながめていた。


「で、なにがあったのか、話してもらおう」


 足を組み、冷静な口調だ。だが目が笑っていない。


 ウッ、怒っている。


 その態度に一瞬ひるんだが、ちゃんと話せとシルビアからも言われたから正直になろう。


「船上でちょっと言い合いになってしまって。彼女、アンナ・ブッセンと」


 彼の眉がピクリと動いた。


 さあ、これで彼はどうでるのかしら。もしかしたら『彼女は悪くない』とか言って、相手の肩を持つかもしれない。私より、深いお付き合いをしている女性を庇う可能性もある。


「アンナと知り合いなのか?」

「知り合いというか……。前に舞踏会の時、わざわざご挨拶にきてくれたので」


 カップを手にし、紅茶で喉を潤す。


「彼女は言っていたわ。グレンとは特別に親しい仲だって」


 彼の反応をジッと見る。


 さあ、どうでるかしら……?


 グレンは静かに手を組む。


「それを聞いて、どう思ったんだ?」


 まさか質問されるとは思わず、言葉に詰まる。


「さぁ……? でも向こうから牽制してくるということは、実際そうなんだろうな、と思いました」


 静かにカップをテーブルに置いた。


「今回も絡まれてしまって反論したら、彼女の気に障ったみたいで。軽く突き飛ばすつもりだったのかもしれないけれど、バランス崩してしまって。運が悪くそのまま海に……」


 嫉妬に狂ったアンナの仕業なのだけど、もとはと言えば、グレンにも責任がないわけではない。いい加減な付き合いをしていると、周囲も迷惑を被るものだ。


「お付き合いなさるのは勝手ですが、今回のようなことは二度とごめんですから」


 ちゃんと上手くやりなさいよ、と意味を込めた。無言の彼にパッと視線を向け、驚愕した。


 怒りを露わにし、今なら視線で相手を殺めることも可能、そんな雰囲気を醸し出していた。


「あ、あの……」


 さすがに言い過ぎたかもしれない。たじろぐ私をグレンはジロリとにらむ。


「アンナとはそんな関係じゃない」

「そっ、ソウデスカーー」


 誰が信じるっていうのだ、その話。アンナがあれだけ私を目の敵にするには、理由があるはずでしょ。だがここで下手に反論するより、うなずいていた方がいい。適当に相づちを打っていたら、再度ジロリとにらまれる。


「そんな関係だったことは一度もない。あくまでも事業相手の娘だと思っている」


 相手はそうは思っていない風だったけどね。


 喉まで出かかった言葉を必死にこらえた。


 再度紅茶のカップを手にし、ティースプーンをクルクルと回す。なんだか今日はいろいろあり過ぎて、疲れてしまった。そのせいか、頭がボーッとしてきた。


「君の目に俺はいったい、どんな風にうつっているんだ?」


 不意に聞かれた質問。えっと、それは……。


 容姿端麗、政略結婚だけど、私のことは大事にしてくれていると思う。実際、海に飛び込んで助けてもらったし。


 だけどね、舞踏会の夜から私たちには壁がある。聞いてしまったもの、あなたの本音を。


『お嬢さまはお嬢さまらしく、綺麗な鳥かごにいるのがお似合いだ』


 あの時のグレンの言葉が頭から離れない。


 政略結婚だから、私のことは道具として思っている? 

 

 あの言葉は、今でも抜けない棘のように胸に突き刺さっている。むしろあなたは私のことをどう思っているのかしら? 逆に聞きたい。いつか本音で話せる日がくるのだろうか。


「……優しい方だと思っています」


 とりあえず、当たり障りのない返答をする。実際、嘘ではない。

 グレンに伝えるとホッとしたのか、わずかに頬が緩んだ。返答を聞くまでの、緊張していたような様子を不思議に思う。

 

 力なく微笑んだグレンは、なぜか寂しそうに見えた。

 

 

 ******



 そして翌日、私は熱を出した。


 やはりこの時期に水浴びは早かった。朝起きた時から背筋にゾクゾクと悪寒が走り、体は熱っぽかった。


「お嬢さま、大丈夫ですか?」


 ベッドで寝込む私の顔を、シルビアは心配そうにのぞきこむ。


「なにかお持ちしましょうか?」


 今はなにも食べたくない。ゆっくりと首を振る。


「少し眠るわ」


 そっと瞼を閉じた。


 額になにかが触れる感触がする。ぼんやりとした頭で瞼を開けた。

 視界に入ってきたのは私を心配そうに見つめる青い瞳。とても綺麗だ。


 ――グレンだった。


 いつの間にか私の手を握っている。


「大丈夫か? 今、医師を呼んだ」

「ご心配をおかけしまして――」


 ベッドから身を起こそうとすると手で制された。


「寝ていてくれ」


 ではお言葉に甘えて、今は横になりたい。再度ベッドへ身を倒す。

 しばらくすると扉がノックされた。

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