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27.貿易事業

 そして船上パーティ当日を迎えた。


「お嬢さま、本日もお綺麗でございます」


 シルビアが鏡を見て、満足げな表情を浮かべる。


「ありがとう」


 船ということは海。海といえば連想するのは青ということで、青いドレスを着用した。全身にビーズが散りばめられ、キラキラと輝きとても綺麗だ。髪を結い上げ、パールの飾りをつける。耳元のイヤリングとネックレスにもお揃いの青い宝石をつけた。


「本当にお綺麗です」

「シルビアのセンスがいいからよ」


 照れながらも礼を口にする。

 それにグレンから贈られるドレスが高級品だからだろう。彼はそう、いつも一流の品物を贈ってくれる。


「さあ、階下に向かいましょう」


 シルビアに案内されながら向かった。


 エントランスフロアの階段を、ドレスの裾を踏まないよう注意しながら下りた。

 グレンは先に待っていたのか、後ろ姿が見えた。だが気配で気づいたのか、パッと後ろを振り返る。


 その時、目が合った。


 一瞬、弾かれたように目を見開いた。唇が少し震えたあと、パッと口元を手で隠した。


「お待たせしてごめんなさい」


 謝罪するが彼の反応はない。


「あの……?」


 私を凝視する彼に声をかけると、ハッと我に返ったようだ。


「……とても綺麗だ」


 伏し目がちになり、口を開く彼の耳が赤いことに気づく。今日は天気もいいし熱いのかしら。


「ありがとうございます。シルビアがドレスを選ぶのが上手なのですわ」


 軽やかにドレスの裾を持ち上げて見せた。


「こんなに素敵な贈り物、ありがとうございます」


 フワッと微笑むとグレンは唇をギュッと噛みしめた。


「旦那さま、そろそろ出発なさいませんと」


 ニコニコと微笑んでいたジールに声をかけられ、ハッとする。


「急がないと間に合いませんわ。私が支度に手間取ったからですね、ごめんなさい。行きましょう」


 慌てているとグレンが肩をすくめた。


「気にするな」

「でも……」


 遅刻は良くない。出資者なら余計だ。


「女は皆、支度に時間がかかるものだ」


 えっ……女は皆? 


 即座に顔がピキッと固まり、胸の中で反芻する。


 よく知っていらっしゃいますこと。


 その発言を聞き、それまで楽しい気持ちだったのが一瞬で冷めた。待たされることに慣れている発言だわ、これは。


 スンッと無表情になる。


 横にいたジールとシルビアが目を見合わせ、小さくため息をついたのを見逃さなかった。


「そうね、あなたを待たせる女性は大勢いるのでしょうね」


 にっこりと微笑む。できるだけ嫌味のないよう、平静を装ったつもりだったが、チクリと刺した言い方になった。

 グレンはハッとしたように口をつぐんだ。


「では行きましょうか」


 なにか言いたげな彼にクルリと背を向ける。そのままエスコートもなしでスタスタと歩き、馬車に乗り込んだ。


 馬車の中は静かな空気が流れた。いや、冷ややかと言うべきか。

 グレンが今までどれだけの女性と親しい間柄だったのか、聞かなくともわかる台詞だった。現に前の舞踏会では綺麗な女性から絡まれたし。


 私は彼から女性の影を感じて妬いたのかしら。


 いや、でも政略結婚で、現に清い関係だし。彼が誰と仲良くしようと、私に口を挟む権利はないはずだ。自分に言い聞かせる。


 だけどなぜ、こうも胸の奥がモヤモヤするのだろうか。


 しばらく馬車を走らせると海の香りがしてきた。やがてリート港が近づいてくると、大きな船が見えた。


「すごい、大きな船」


 つい声が大きくなった。そしてこれは大がかりな事業だと感じた。


「聞いてもいいかしら? 今回の出資の決め手を」


 不意に気になって聞いてみることにした。グレンは長い足を組み頬杖をつくと、語り始めた。


「今回、出資先が二つあったのだが、どちらにするか悩んだ」

「どうしてですか?」

「出資の決めてとなったのは、遠回りだけど安全な航路を使う案を出してきたからだ。もう一つの方は近道だが、海賊が出没するトルトン海峡を通る航路を提案してきた」


 なるほど近道だが危険な道と、遠いが安全な道か。


「高価な物を山ほど積んだ船は莫大な価値がある。海賊たちも目の色を変えて襲うだろう」


 海上で襲われては逃げ場がない。想像するだけで恐ろしい。


「利益を上げても一回でも襲われたら、そこでお終いだ。その上、船を奪われ船員まで命を奪われたら元も子もない」


 言っていることはもっともだ。うんうんとうなずきながら聞く。


「危険で高利益な提案ではなく、安定的な提案を選んだだけだ」


 なるほど。

 きっとお父さまだったら利益に目がくらみ、『もちろん高利益なほうを!!』と即答しそうだわ。

 父の事業の失敗は欲に目がくらみ、周囲を見る目が鈍っているのが原因に思えた。


「気になるのか?」

「ええ。昔、父も貿易事業に手を出して、大損したことを思い出しまして」


 恥ずかしながら――と付け加えた。グレンはバカにすることもなく、静かに耳を傾けている。


「利益だけを考えるだけではなく、なにに重点を置くか――。父はお金に目がくらんでいたのね」


 肩をすくめ苦笑する。


「それに投資のきっかけが、友人にお願いされたからだったと、聞いていましたし」


 グレンははっきりと断言した。


「俺は事業に私情を挟まない主義だ。友人だからという理由は通用しない。自分の目で確かめて、価値があるからこそ投資する。そのためには嫌いな奴と手を組む場合もある」


 言っていることは厳しいが一番合理的だ。彼は情には流されないということだ。


「だけど今回聞いて私も勉強になりました。私にも教えて欲しいぐらいです」


 するとグレンは眉間に皺を寄せた。


「君が? なぜ?」

「なぜって……」


 急に問い詰めるような強い口調になったので驚いた。たじろぎながらも目を見て答えた。


「もちろん、お金を稼ぐためです」

「なぜ君が、金を稼がねばならないんだ?」


 グレンは顔を傾け、不思議そうな顔をしている。


 えっ、そうすればアルベール家だって借金まみれにならなかっただろうし。なんにせよ、生き延びる術は身に着けておいた方がいい。その知恵はきっとどこかで役に立つだろう。


「俺のものはすべて君のものだ。――結婚しているのだから」


 はっきりと言い切った彼に、自然と頬が赤くなった。

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