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21.厄日

 あれはマリアンヌだ。


 遠目からでもわかるほど上機嫌でニコニコしている。

 

 もしやまたドレスを作ったのかしら!? あの子ったら……。


 アルベール家の借金がなくなっても、前と同じ生活をしていてはダメだと、あれだけ言ったのに!!

 

頭が痛くなってくる。

 もしやお父様も近くにいるのかしら?

 顔を上げた私の視界に入ってきたのが意外な人物で、目を見開き固まる。

 

あれは――。

 

 長身に輝く金の髪、そして青い瞳。

 遠くからでも人目をひく、スタイルの良さと際立つ存在感。

 

 グレンだ。

 

 仕事が忙しいんじゃないの? それに、どうしてマリアンヌと一緒にいるの? 胸が苦しくなり、自然と顔がゆがむ。

 

 マリアンヌはきっとまた……。

 グレンもよりによって、私の妹とだなんて……。

 

 こんなつもりじゃなかったのに。楽しい気分になりたくて、街に繰り出したのに。


 出会ったのは元婚約者に加えて、なぜか妹と一緒の私の旦那さま。

 

 本当、今日は厄日ね……。


「どうなさったのですか?」


 シルビアが口をもぐもぐと動かしながら、私の視線の先をさぐる。


「えっ……!!」


 どうやら彼女も気づいたようだ。驚いて前のめりになる。目を見開いているシルビアに、肩をすくめた。


「どうやら、そのようね」


 グレンとマリアンヌは端から見れば、仲睦まじい姿だ。笑顔で会話している。


 グレンは私にあんな笑顔を見せてくれたことは、あったかしら?


「まあ、いいわ」


 パッと視線をパンケーキに戻す。


「さあ、頂きましょ」


 パクッとパンケーキを口に入れる。美味しいはずのパンケーキが、なぜか味が感じられなかった。


 その後、なんだか屋敷に戻りたい気分ではなく、適当に街で時間を潰して過ごした。


*****

 

 帰りたくないとか、そうも言ってはいられないので、日が暮れる前に屋敷に戻った。玄関に下り立つとジールが出迎えてくれた。


「お帰りなさいませ、奥様!!」


 どこかホッとしたような表情を見せたジールは、胸をなでおろした。


「ただいま、ジール」

「お夕食はまだでしょうか?」

「ええ、いただくわ」


 いったい、なにがあったのだろうか。いつもと違う雰囲気を感じ取った。ふと視線を感じ、顔を上げる。


 そこにはエントランスフロアの階段の手すりにつかまり、私を見下ろすグレンがいた。


「遅かったな」


 えっ? まだ外は明るく、日は暮れていませんけど。


 むしろあなたも帰ってきていたのね。


「夕食に間に合うように帰ってきたのですが」

「俺は先に食べた」


 両腕を組み威圧的な態度を取る彼は、私に言いたいことがあるみたいだ。


「なにか私に用でもあったのですか?」


 質問した途端にムッとした表情になる。


「街に出るなら、一言ぐらい言ってくれてもいいだろう」

「でも好きにしていいって……」

「何時に帰ってくるとも言わずに。どれだけ心配したと思っているんだ」


 責められる言い方をされ、たじろいだ。

 だがフツフツと胸にわきあがってきた思い。


 ――この人、ちょっと身勝手じゃないかしら?


 自分は毎日好き勝手な時間に屋敷を出て行き、帰りは遅かったりする。

 私はちっとも彼の行動も行先も把握していないけれど、逆は許さないと言っているのかしら。


 だとしたら、あまりにも勝手だわ。


 ここで大人しく、謝罪の言葉を望んでいるのかもしれない。だけどね、私にだって言い分はある。


 こういうことは最初が肝心だわ。


 グッと唇を引き締め、真っすぐに彼を見つめる。息を深く吸い込むと、ゆっくりと彼に近づく。グレンは無言で私を見ていた。


 彼の前に立ち、顔を上げた。


 いきなり手の届く距離にきたものだから、グレンは驚いた顔を隠そうともしなかった。


「私の行先を知りたいのですか? それならばケルトンの街に行っていました」


 淡々と事実のみ告げる。


「ですが、私もあなたに一言ある。毎日朝は早く、帰りは遅い。どこに行っているのか、何時に帰ってくるのか、私に知らされたことは一度もない」


 他所のお宅にいるのかもしれないけれどね。


 嫌味でチクリと刺したくなったが、そこはグッとこらえた。


「なのに私のたった一度の外出も、あなたはいい声を出さない。これで対等な関係といえるの?」


 自分は束縛されたくなくとも、私のことは縛る気なのか。


「あなたの帰りを待って夕食を共にしようと思っていても、いつも一人だわ。それはあなたがなにをしているのか、知らないから」


 なるべく感情的にならないように努め、声のトーンを一定に保つ。


 グレンは最初は目を見開いていたが、やがて口元を手で覆った。


 驚いているのかもしれない。私が大人しく、逆らわない女性だと思っているのなら、大間違いだ。案外、幻滅して後悔しているのかも。こんな気が強いと思わなかった、ってね。


 だがその時――


「俺を……待っていたのか?」


 予想外の台詞が聞こえ、耳を疑う。


 えっ、なにこの返しは。気にするところはそこなの?


 グレンは頬を染め、口元を手で隠し、あきらかに動揺しているのが見て取れた。

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