20.偶然の出会い
さっそく、シルビアを連れて街に出た。
ケルトンの街は貿易の中心となる街で、にぎわいを見せている。さまざまな店が立ち並び、見ているだけで心が躍る。また、海が近いため、潮の香りがする。
馬車を下りて背伸びをした。
「風が心地よいわね」
「そうですね、お嬢さま」
シルビアは二人だけの時は私のことをお嬢さまと呼ぶ。本当は奥様と呼ぶのが普通なのだろうが、いまいち、しっくりこない。シルビアから以前と同じように呼ばれると、自然と笑顔になる。
「さあ、どこから行きましょうか」
「そうね、お店が並んでいるほうに行ってみましょう」
シルビアとはしゃいで歩く。後方にジールが手配した護衛がついてきているが、気にしない。
その時、一軒の手芸の看板を掲げた店が目に止まる。
「ちょっと入ってみましょうか」
「はい」
扉を開けると、カランコロンとベルが鳴り響く。
アルベール家にいる時は時間があれば時折、刺繍をしていた。また再開しようかしら。
ぼんやりと思いながら、店内を見てまわる。
その時、一枚の青いハンカチが視界に入る。深い青色を見て、グレンの瞳を思い出す。
彼は時折、ジッと私を見ている。なにか言いたいことでもあるのだろうか。そんな気持ちになる。
ハンカチをそっと手に取る。
「わぁ、素敵なお色ですね。まるでグレン様の瞳のようですわ」
「やっぱりそう思う?」
シルビアははしゃいで相づちを打った。
「……これに刺繍をしようかしら」
ポツリと言葉がこぼれた。
「わぁ、いいですね。青だから白い糸でしょうかね?」
「そうね……」
ふとテーブルの上に置かれた金の糸が視界に入る。きらきらと輝き、まるで彼の髪の色みたいだ。
「これにするわ」
金の糸をサッと手に取った。
「ああ、金も豪華で素敵ですね」
いつもグレンからはいただいてばかり。断っても贈ってくる彼に時折、心苦しさと罪悪感を持っていた。だからせめて、お返しをしよう。値段で考えれば、全然釣り合ってはいないけれど。
ハンカチの値段を確認し、私でも払える額だったことに安堵する。アルベール家から嫁いできたが、現金はあまり持っていない。金の糸と青いハンカチを購入し、店をあとにした。
その後は街並みを堪能することに決めた。
「ルシナ?」
楽しんでいると背後から声がかかり、足を止める。
この声は――。
ゆっくりと振り返ると、そこにいたのは懐かしい人だった。
細身の体に、優しげな雰囲気を持つ彼。
「……ベン」
「久しぶりだね、ルシナ」
彼は静かに微笑んだ。
心なしか痩せた気がする。記憶の中の彼より、頬がこけたみたい。
シルビアは空気を読んだのか、スッと頭を下げると、距離をとった。
「……結婚……したんだろう」
「ええ、そうなの」
ベンは元気がない。それに声が震えているようだったが、気のせいだろうか。
「今、時間はとれる?」
ベンからの唐突な申し出に瞬きをする。
「この場で良かったら聞くけど……」
ベンは周囲をキョロキョロと見回す。人々でごった返している街は喧騒に包まれている。
「ちょっと店に入らないか? 落ち着いて話がしたい」
ベンが一角の店を指差す。だが私は首を縦にはふらなかった。
「それはできないわ」
もう私は人妻なのだ。誰に見られているかわからないので、男性と二人になるのは避けるべきだ。ベンとなら、なおさらだ。軽率な行動で人々の噂になるわけにはいかない。醜聞になれば周囲に迷惑をかける。
「ちょっと急いでいるの。もう行かないといけないわ」
この場から離れるため、嘘をつく。こんな時ぐらいは許されるはず。
ベンはなにかを言いかけたのか、唇が震えた。
「じゃあね」
「待って」
去ろうとして背を見せた途端、ベンは私の手をパッと掴んだ。
「本当はすごく後悔している……!! マリアンヌから、ちょっと言い寄られたら、その気になってしまって。でも僕が心から好きなのはーー!!」
苦渋に満ちた彼の顔。だが私は力を入れ、彼の手を振り払う。
「もう終わったことだから」
「ルシナ!!」
ベンが珍しく大きな声を出した。
真剣な表情。私になにを伝える気なのかしら? でもね、その先を聞く必要はないの。
「縁がなかったの。だから、あなたも幸せになって」
それだけ告げると、呆然としているベンに優しく微笑んだ。
「さようなら」
そして背を向ける。
なにを言われても過去のことだ。私たちの縁は交じり合うことがなかった。ただ、それだけのこと。
私はもう振り返らなかった。
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その後、シルビアを連れてパンケーキのお店に入った。
「お嬢さま、最高です~~!!」
私と同じで甘い物に目がないシルビアは感激している。
「ふふ。二人で美味しい物を食べましょう」
そして嫌なことは忘れるの!!
追加のトッピングでクリームもお願いしようかしら。運ばれてきたパンケーキにシロップをたっぷりとかけた。
「美味しいです、お嬢さまに仕えることが出来て、幸せですわ」
シルビアは感激しながらパンケーキを頬張る。
ベンに会ったことで聞きたいこともあるだろうに、私が言い出すまで彼女はなにも聞いてこない。そんなところも気に入っていた。
テラスのイスに座りながら、街を歩く人々を眺めていた。
ケルトン街の一番通りは、高級店が立ち並び、貴族御用達の店も多い。ドレスや装飾品を扱っている店がほとんどだ。
マリアンヌのお気に入りの店もあったっけ。
ぼんやりと考えていると視界に入った人物に気づき、息を飲む。