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19.時間を持て余す

「お、奥様、なにをなさっておられるのですか」


 庭園にいると若い庭師が血相を変えて駆け寄ってきた。


「えっ、なにって。ちょっと掃き掃除でもしようかと思って」

「や、止めてください!! 旦那様に叱られてしまいます!!」


 彼は私の手からパッとほうきを取り上げた。その必死の表情を見て、庭仕事はあきらめた。

 次に向かったのは屋敷の中だ。廊下を水拭きしようと思いしゃがみ込むと、小さな悲鳴が聞こえた。


「お、奥様、どうなされたのでしょうか?」


 若いメイドの顔は青ざめていた。


「ちょっとお掃除をさせてくれないかしら? 体を動かしたくて」


 メイドは深く頭を下げた。


「申し訳ありません、奥様。それはできません!!」

「いえ、そんなかしこまらなくても……」


 メイドは恐る恐る顔を上げる。


「なにか私共の不手際がございましたでしょうか? ホコリやゴミなど気になる部分があったのでしょうか?」

「そんなことはなくてね……」

「すみません!! 今まで以上に必死にお掃除をするようにいたしますので、どうかお手にしている雑巾を離していただけないでしょうか」


 こうもお願いされては、強硬突破するわけにもいかない。手を伸ばし深々と頭を下げ続けるメイドに、そっと雑巾を手渡した。



 ******


「ああ、これからどうしましょう。ほうきも雑巾も取り上げられてしまったわ」


 部屋に戻り、ソファに腰かけつぶやいた。花を飾るため、花瓶を手にしていたシルビアが笑う。


「アルベール家とは勝手が違いますからね。彼らの仕事を奪ってはいけない、ってことでしょうね」


 シルビアの言うことは、もっともだと理解している。


「それよりも見てください、お嬢さま。今朝、庭師が選定した花の中にフランシスが一輪ありますよ、綺麗ですよね」

「本当、素敵ね」

 

 フランシスは白い花弁を持ち、甘い香りを放つ花だ。亡くなった母も好きな花だったと父から聞いている。だから私もこの花がとても好きだった。だが温度調整が難しく、栽培は容易でないと聞く。


「フランシスは癒される香りだわ。ここの庭師は腕がいいのね。じゃあ、その仕事を邪魔するわけにはいかないわね」


 愚痴をこぼすとシルビアが笑う。


「暇なのも考えものよね」


 クッションをムギュッと抱きしめた。


「それこそ、旦那様に相談なさってはいかがですか?」

「――彼に?」

「ええ、そうです」


 シルビアは強くうなずいた。


「時間があるから、なにをすればいいか聞いてみてはどうです?」

「……そうね」


 実を言うと式以来、彼とはあまり顔を合わせていない。朝は早いし帰宅は深夜が多い。

 

 だが、以前と変わらないもの。

 それは――。


「贈り物だけは続いているのよね……。会っていないけど」


 毎日、なにかしら私宛に届けられる。ドレスの採寸を断ったのにもかかわらず、だ!!

 

 式の翌日から、装飾品やら高級な家具、一流のものばかりが届けられる。


 ちゃんと顔を見て断ったつもりだったのに、聞いてなかったのかしら。耳はついているのか。もしくはあの耳は飾りか。


 こっちの意見を無視した行為に、ため息も出る。だがこれにめげずに、次に会ったらまた、いらないって言わないと。いつまでも続きそうな気がするわ。


「まあ、いいわ。次に会った時に聞いてみるわ」


 フウッと息を吐き出した。



*****


「次、旦那さまはいつお帰りになられるの?」


 階下にいたジールに何気なくたずねた。


「旦那さまですか? 本日の帰宅は深夜になると伺っております」

「そう……」


 参ったな、話をしようにも時間が読めないのは困る。


 私の表情に出ていたのだろう、なにかを察したジールの顔がパアッと明るくなった。


「ですが奥様がお会いしたがっていたと、旦那様にお伝えします!!」


 ジールは胸をドンと張る。


「え……いえ、そこまででは……」

「お任せください!! 必ずやお伝えしましょう!!」


 そこまで急ぐ話ではないのだけど……。

 張り切る彼に、もうなにも言えなかった。


 ******


 そして翌日。


「あら……」


 グレンが朝食の席についていた。珍しい、今日はいらっしゃったのね。


 意外だったので思わず声に出てしまう。彼は私に視線を投げた。


「おはようございます」


 挨拶をするとグレンは小さくうなずいた。


 そこから朝食が運ばれてくる。

 半熟でトロトロのオムレツ、カリカリに焼かれたベーコン。紅茶の香り。すべてに食欲がそそられる。


 朝食を堪能していると視線を感じた。顔を向けるとグレンが私を見ている。


「俺に話があると聞いたのだが」


 ああ、そうだった。ジールは昨夜、早速伝えてくれたのだろう。だから今朝はここにいてくれたのだ。


 フォークをテーブルに置き、彼と向き合う。


「私、このお屋敷でなにをして過ごそうか相談しようと思いましたの」

「やりたいことでもあるのか?」

「特に見つからなかったので、お掃除を手伝おうとしたら叱られてしまったので」


 苦笑いをする私を、グレンはジッと見つめている。


「なにか好きなことでもしているといい。この屋敷の中でも外でも」

「では外に出てもよろしくて?」

「ああ。気晴らしにはいいだろう」


 外に出る条件は、護衛をつけることだった。それならばシルビアを連れて、街へ出かけてみようか。


「あと、以前も伝えたけど、贈り物はもう十分です」


 小さく首を振った。


「ドレスも装飾品も家具も。すべて揃っているので」


 グレンの表情が一瞬、曇った。


「そうか……」


 だがすぐに顔をパッと上げる。


「では、なにをやれば喜ぶんだ?」


 真剣な表情にこっちの方が驚いてしまう。


「特に。なにも」


 これ以上は贅沢だ。今持っているもので十分事足りている。即答するとグレンは目を伏せた。その仕草がなんだか落胆したように見えて、こっちが悪いことを言ったような気になった。


「……考えておきます」


 とっさに口から出てしまった。


 変な人。私に贈り物をすることが、まるで義務だとでも思っているのかしら。気にしなくてもいいのに。


 それでなくてもアルベール家の借金を払ってくれた恩を感じているのだから。


 それだけで十分だった。

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