1.没落の足音
私、ルシナ・アルベールは由緒正しい伯爵家の長女として生まれ、もうじき二十歳になる。
ただし貴族といえども名ばかり。父に商才はなく、そのくせ新しい事業に手を出しては失敗し、負債はどんどん膨らんでいった。お人好しで騙されやすい父は、詐欺師たちにとって、格好のターゲットだったのだろう。
そんなわけで、わが家の経済事情は非常に苦しかった。
昔から働いていたメイドが一人、また一人と辞めていくのを見て、とても悲しくて深いため息が出た。
かといって父は考えを改めることはなかった。
むしろ――
「今度の事業は絶対成功しそうだ!! 私はこれに賭けている!! 逆境こそがチャンスだ」
目を輝かせて力説するが、その台詞、毎回聞いている。
無駄にポジティブで困ったものだ。
少しは学習しましょうよ、お父さま。
――だが、なんど説き伏せても、たしなめてみても、時には涙を見せても、父は止まることを知らなかった。
「いいじゃない、お姉さまってば、お父さまのこと、もっと信頼した方がいいわ」
「おお、マリアンヌ!! お前はよくわかっている!!」
妹のマリアンヌが無責任な発言をするので、父も調子に乗る。
「お父さま、新しい事業を始めるお祝いで、ドレスを買って?」
「そうだな、新調して気分を変えていこう!!」
わが家の経済状況を知っているくせに、どこか他人事だと思っているマリアンヌに頭が痛くなる。
「ちょっと、我が家にそんな余裕はないはずよ。それにあなた、先月もドレスを新調したばかりじゃない」
「嫌よ、お姉さまったら。流行についていけなくなったらおしまいよ? それに自分を磨いていれば、いつか見初められるかもしれないじゃない? 公爵様とかうんとお金持ちの方に!!」
夢見がちなマリアンヌは目を輝かせて語る。
確かに妹は姉の私から見ても、パッと人目を惹く可愛らしい容姿をしている。
ふわふわで触り心地の良い自然にカールした金の髪に、新緑色の大きな瞳。彼女が微笑むと周囲が華やかになる。私たち姉妹は母親が違うのであまり似ていない。実母は私が一歳を迎える前に流行り病で亡くなった。
お父さま譲りの新緑色の瞳は同じだけど、私は茶色でストレートの髪だ。妹に比べたらどうしても地味に見える。
だがマリアンヌは十七歳という年齢の割には幼く、わがままだ。面倒なことは人に押し付けてまで楽をしたいという、ずるい一面がある。
磨くのは外見よりもまず、内面でしょうよ……。
ため息と共に口から出そうになった。
「本当にルシナは頭が固すぎるわ。いつもお金の話ばかり」
「そうだぞ、由緒正しきアルベール家の長女として、もっとドンと構えていなさい」
義母も父と一緒になって口々に私を非難するが、こうなったら性質が悪い。私の話には、ちっとも耳を傾けようとしないからだ。
ドンと構えていたところで借金は減らないでしょうに。
それどころか、私がおかしいとでも言わんばかりの勢いだ。
この場にまともな意見をくれる人はおらず、頭痛の種。
楽天家の家族。財産を食いつぶすだけで、このままでは没落するわ。すでに没落寸前だっていうのよ!!
「とにかく、お金がないの。屋敷に仕えてくれている使用人全員に解雇を言い渡すことはしたくないでしょう?」
軽く脅しをかけてみる。つい先月、料理人に解雇を言い渡したばかり。理由は賃金が払えそうになかったからだ。仕方がないのでその間、私が料理をしてしのいだ。なんとかお金を工面して料理人を雇うまでの間、家族からは文句の嵐だった。やれ肉が食べたいだの、品数が少ないだの。
誰のせいで質素な食卓になっているのか、考えもしない人たちだった。
「それは困るわね……」
「でしょう?」
マリアンヌの顔が曇った。良かった、少しは響いたようだ。彼女の中にあるであろう、わずかな情にかけてみて正解だった。
「使用人がいなくなったら、私の世話は誰がするの?」
「……」
そっちの心配!?
まさかと思ったが、そうきたか。がっくりと肩を落とす。
「心配するな、マリアンヌ。そうなったら新しい使用人を雇えばいいだけだ」
父もまた、的外れなことを言う。
ズレているのはカツラだけじゃない。その中身もだ。
父の能天気な笑い声は、私の神経を逆なでする。
「そうね、最悪、私の世話はお姉さまがしてくれてもいいしね」
妹は私を使用人と勘違いしているみたい。
金銭感覚のない家族、アルベール家の没落の足音が、そこまで近づいてきている。
遠くない未来、破滅を迎えるだろう。その時までに、私になにができる?
ギュッと唇を噛みしめた。