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17.交渉は決裂か成功か

 グレンの怒りは本物だ。交渉決裂、ということだろうか。


「つまり、この結婚は……望んだわけじゃない、ということか?」


 怒りながらも一瞬言葉に詰まった彼。私はごくりと喉を鳴らした。


「それは――お互いさまでしょう」


 だってあなただって友人と話していたじゃない。聞いてしまったのだから。


 返答した瞬間、シーンと静まり返った空間。グレンは目を細めると、グッと口の端を噛みしめた。


「俺があんたに今すぐ望むことは一つだ」


 急にビシッと指を突き付けられたので、驚いて背筋を正す。


「その堅苦しい言葉遣いをやめろ」

「あっ……はい」


 反射的に返事をするとジロリとにらまれた。


「わ、わかったから。すぐには無理でも努力するわ」


 手に汗をかきながら慌てて言い直すと、小さく舌打ちが聞こえた。


 さっきから行儀が悪いんじゃないのかしら? 舌打ちや『あんた』呼びは。


 だが、指摘する勇気はない。ここまで話せただけで、十分だった。


 グレンは髪をぐしゃぐしゃとかきむしると、クルリと背を向ける。そのまま乱暴な動作で、ドカッとソファに横になる。


「そこで寝るのですか……?」


 声をかけるとまたジロリとにらまれた。堅苦しい言い方が気に障ったのだろうか。


「そこで寝るの?」


 再度言い直すとグレンは寝返りを打つ。


「あんたが望んだことだろう」


 はっきりと言い切られた。


 それはそうだけど、私一人で広いベッドを使うのは気が引ける。そこで名案が思い付いた。


「私がソファで寝るのはどうかしら?」


 体格差からいって、そっちの方がいいと思えた。だがグレンは聞こえないふりをしているのか返事がない。


 クローゼットを開けると予備のシーツが入っていた。それを引っ張りだし、ソファに眠るグレンに近づく。


 そっと手を伸ばし、彼の体に触れて揺らす。


「ベッドで――」


 その途端、手を掴まれ、力強く引っ張られた。ソファに横たわる彼の上に、倒れ込んだ。


 ガウンの上からでも感じる、厚い胸板。フワッと魅惑的な香りを感じ、一瞬で頬が火照る。


「いいだろう、今日はあんたの言うことを聞いて、我慢してやる」


 グレンは腰に腕を回し、私をギュッと抱きしめた。ガウン越しに彼の体温を感じ、全身が硬直した。


 大きな手は嫌でも異性だと意識させる。心臓がドクドクと音を出し、汗をかく。


「そのかわり、その時がきたら、俺はもう迷わない。せいぜい覚悟しているんだな」


 彼の決意が秘められたような声。目を見張ると、腰に回された腕の力が緩む。


「早くベッドに戻れよ。俺の気が変わらないうちに」


 深いため息が聞こえた。


「グ、グレン……?」


 彼の胸にうずめていた顔を上げると、至近距離で目が合った。


 なんて綺麗な瞳の色なの……。

 

 こんな時なのに一瞬、見とれてしまう。海を連想させる青、そこに映るのは私だった。


 グレンはハッと息をのむ。やがて彼の喉の奥からゴクリと音が聞こえた。

 

「クソッ……」


 グレンは顔をそらすと私の両肩をつかみ、強引に体を引き離す。ソファから下ろされ、床にしゃがみ込んだ。


「明日にでも寝室を準備させる」


 仮初といえど夫婦なので同じ寝室だと覚悟していたが、そうではないらしい。さすがに二人きりでは場がもたない。彼の発言は私を安心させた。


 これで明日からはゆっくり眠れる。


「この状況で同じ部屋は、俺にとって拷問でしかない」

「え……?」


 彼のつぶやきがよく聞き取れず、聞き返した。だが彼は、パッとシーツを被るとそのまま背中を向けた。


 しばらく床に座り込み、呆然としていた。

 だが、いつまでもこのままでいられないので、ゆっくりと立ち上がる。どうやら彼はソファを譲る気はなさそうだ。


「おやすみなさい」


 寝入っているかもしれないが声をかけてみる。返事はなかった。


 大きなベッドに寝そべり、目を閉じる。上手くいったかどうかは別として、とりあえず話ができた。考えを伝えることができたので、まずは良しとしよう。

 

 でもすごく疲れた。

 そっと瞼を閉じるとすぐに意識を落とした。


 ***** 


 ふかふかのベッドはとても気持ちが良い。だけど頬がくすぐったい。ふふっと、思わず微笑んでしまう。


「――ここまできたんだ。絶対に離してたまるものか」


 その時、声が聞こえた気がした。


 あなたはだあれ? 声を出したくともそれも叶わず、再び深い眠りに落ちた。



*****


 

 翌朝、いつもの時間に目覚める。すでにグレンの姿はなかった。


 ああ、ここはもうアルベール家ではないのだと実感する。だが寂しいとは感じない。


 階下に下りると朝食が用意されていた。

 フワフワのオムレツにパンケーキと、新鮮なフルーツ。どれも私が大好きなメニューばかりだ。


「美味しい」


 ポツリとつぶやくと給仕にあたっていたジールは微笑んだ。


「良かったです。旦那様からルシナ様のお好きな物をお聞きしておりましたので」


 その言葉に驚いた。私の好きな食べ物を知っていたの?


「旦那様は朝早く出られました。急ぎの仕事があるとかで……」


 ジールが申し訳なさそうに言ってくる。初夜を迎えたはずの二人が翌朝に別々だなんて、きっと私を気遣ってるのだろう。


 だが私は平気だ。むしろ顔を合わせないことにホッとしている。理由は気まずいからだ。


 その後は美味しい朝食をいただき、朝からとても満ち足りた気持ちなった。

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