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16.初夜

 式は無事に終了した。


 形式として愛を誓い、政略結婚なのにこの手順必要なの? と思ったが、そこは大人しく従った。


 最後に口づけをして終わったが、彼の手が震えていた気がする。緊張していたのだろうか。


 ******


 夜に湯あみをし、夜着に袖を通す。

 光沢感があり滑らかな質感が上品な、女性らしい優美な雰囲気を醸し出すデザインだ。胸元が大きく開き、裾には繊細なレースが施され、華やかだ。


 ちょっと透けすぎじゃないかと心配になったが、そこにガウンを羽織った。


 準備が終わり、案内された寝室で扉をノックする。中からくぐもった声が聞こえ、深呼吸をしてから扉に手をかけた。


 グレンはベッドに腰かけ、ワイングラスを手にしていた。少し濡れた髪が首筋に張り付き、色気をかもしだしている。


 部屋に入った瞬間から、一挙一動ジッと見られている。正直、落ち着かない。

 

 私はゴクリと唾を飲み込んだ。ゆっくりと足を進め、彼に近づく。


 相手は無言で、私がベッドに近づくのを待っていた。手が届く距離まで近づき、私を見つめるグレン。

 きちんと話をしなければいけないと思っているけれど、心臓がドクドクと音を出し、鳴りやまない。


 彼はスッと立ち上がると手を伸ばし、頬に触れた。


「緊張しているのか」


 落ち着いた口調で問われ、静かにうなずいた。男性と暗闇で二人きりになるなど、初めてだからだ。緊張しないほうが無理だった。


「式の前、話があると言っていたな」


 相手の方から切り出してくれたことに安堵する。意を決して顔を上げ、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「そうです。最初に取り決めをしませんか?」

「取り決めとは?」

「この結婚についてです」


 緊張しながらも伝える。そこからは一気に考えを告げた。


「私は白い結婚がいいと思います」


 告げた途端、相手の眉がピクリと動いた。


「なぜだ?」


 その理由をあなたが聞くの? 


「それはお互い事情もあるでしょうし……」


 アンナ・ブッセンとかアンナ・ブッセンとか……。お付き合いしている方がいるのなら、無理に私にまで気を回さなくてもいいと告げたつもりだった。


 だが、相手からは予想外の言葉が返ってきた。


「忘れられない男でもいるのか?」


 目を細め、口元はゆがみ、表情はあきらかに怒りを含んでいた。


 忘れられない男? そんな相手いるわけがない。ゆっくりと首を横に振った。


「あの元婚約者が好きだとでも?」


 ここでベンの名前が出てきたことに驚いた。そもそも彼の存在を知っていたの?


「ベンはただの幼なじみです。そもそもあなたが……気にする相手ではありません」


 はっきり告げると、小さくチッと音が聞こえた。



 ……えっ、舌打ちをした!?



 目の前でそんなことをされたのは初めてで、目を見開いてしまう。


 だがグレンは構わず、詰め寄ってくる。


「俺には関係ないと? だから気にするなって言いたいのか?」

「そんなわけじゃ……」


 どうしよう、なぜか彼は怒っている。これじゃあ、話し合いができないじゃない。

 よくない状況だわ、これは――。


 スッと息を吸い込み、冷静を努める。


「あなたこそ、いい人がいるのではないですか?」


 目を見てたずねると、弾かれたように言葉に詰まった。これは図星という意味合いで取っていいのかしら。


 いきなり黙り込んだ相手に、一気にたたみかけた。


「将来的な話になりますが、いきなり子供を連れてくるのだけは、こちらにも心の準備が必要ですから、事前に言ってくださいね」


 優しい口調で伝えたつもりだ。だが相手は目を見開き、絶句しているように見えた。世間では隠し子だって珍しい話ではない。


「これはお互いが円満に生活していくための提案なのです」


 そうよ、お互い利害関係が一致しているのだから。


 グレンはうつむいている。


 そして突如、顔を上げる。急に声を出して高らかに笑いだした。


 驚いてビクッと肩が揺れる。


「あんたの目に、俺はどういった風に映っているんだ?」


 あ、ん、た………… ??


 それは私のことを言っているのだろうか。


 初めて人からそんな呼ばれ方をした。驚いて面食らう。パチパチと目を瞬かせるが、必死に言葉を選びながらも続けた。


「私の申し出が気に入らないのなら、しばらく様子をみましょう。半年、いえ三か月後に再度取り決めをしてもいいかもしれません。お互いの妥協点を決めるのです」

「妥協点?」

「ええ、そうです。私たちは知り合って間もなく、お互いを知らない。よりよく生活をするために取り決めをしましょう」


 考えていた案を切り出す。


「もしこの先、あなたが他の方を屋敷に迎えたいとなれば、私は理由をつけて田舎に引っ込みましょう。体調不良で静養だとか、理由はいくらでもあります」


 必死で考えていた案を口から絞り出すが、相手は気に入らないらしい。


 徐々に表情が険しくなり、まるで忌々しいものを見るような目を向けられる。


 さきほどまで優しいと思っていたのは取り繕った姿。仲間と話していた時と、今私に見せているこの姿が彼の本性なのだ。そう、舞踏会で仲間に見せていた姿がね。


 彼は私の申し出に不満なのか、無言で私をにらんでいる。


「もしかしたら、夫婦にはなれなくとも、いい友人にはなれるかもしません」

「――ふざけるな」


 彼の低い声は怒りを含んでいた。

 感じ取った私は口をつぐんだ。


「俺はあんたと友人になる気は、これっぽっちもない。結婚相手が友人? はっ、笑わせるな」


 まずい状況になったと察し、背中に冷たい汗が流れた。

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