表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/68

15.式の前

 なんだかんだと話が進み、結婚式が二か月後に行われることになった。


 理由をつけて彼と会う回数をできるだけ減らした。必要最低限に顔を合わせ、ドレスを選ぶ際も、彼が寄こしたデザイナーに『はいはい』と返事をしていただけ。大々的な式にはせず、こじんまりとした式にしたいと告げた。もとより彼には親類が少ないので、それで構わないとのことだった。


 そういえば、彼のご両親は? 一瞬脳裏をよぎったが、すぐに考え直す。

 やめよう、彼が言ってこないのなら、触れてはいけない部分かもしれない。


 ******


 そして当日、純白のドレスに身を包み、控室で待機していた。


「お嬢さま、本当にお綺麗です~!!」

「シルビアが着飾ってくれたおかげよ。ほら、そんなに泣かないで」


 涙でぐしゃぐしゃになった彼女に、そっとハンカチを渡す。


「そんなに感動していては、どちらが花嫁なのかわからないじゃない」


 素直な彼女が可愛いと思い、クスッと笑う。


 その時、扉がノックされた。シルビアがいそいそと出迎えに行く。私は鏡台に座り直し、自分を見つめる。


 ハーフアップにして白い花とパール、ゴールドリーフを散りばめたアクセサリで髪を飾る。エレガントなヘッドドレスも純白のドレスも、すべてグレンから贈られたものだ。

 耳と首を飾る装飾品は輝く宝石で、それがずっしりと重く感じられる。


 いったい、彼は私にいくら使ったのだろう。アルベール家の借金精算も含めて。もうこれ以上、私に気を遣う必要はないのに。


 鏡にうつる自分を見ていると、鏡越しに視界に入った人物がいた。


 グレンだ。


 彼は一瞬、弾かれたように肩を揺らす。口元に手を当て、視線をサッと逸らした。私は鏡越しで彼をジッと見つめる。


 もうすぐ式が始まる。迎えに来たのだろう。


 やがて鏡台からゆっくりと立ち上がり、彼と向き合う。彼も今日はより一段と服装に気合が入っている。


「とても綺麗だ」


 熱っぽい視線を向けられ、戸惑ってしまう。


「――触れてもいいか?」


 彼はゴクリと息を飲むと、切り出した。


「……式の前ですので」


 どこに触れる気なのかしら? 髪も化粧も整えたばかりなので崩れたら困る。


 私はサッと視線を逸らす。拒否すると相手は目を見開いた。


「少し話がしたいのだが、いいか?」

「手短にお願いします」


 式がせまっているのだ。自分でも冷たい物言いになったと思う。


「……怒っているのか?」


 グレンは真剣な表情を向けている。


 そう、私が怒っているのは自分自身。

 勝手に期待して裏切られた気になっていた、うぬぼれていた自分。


 彼にとって私は政略結婚の相手。だから好きになってはダメなのだ。ちゃんと立場をわきまえないといけない。そのためには線引きが大事だ。距離を取らなければいけない。


「なにをですか?」


 とぼけたふりして首を傾げる。


「先日の舞踏会から態度がおかしい。教えてくれないか? 不機嫌な理由を」

「……」

「俺が悪いことをしたのなら、直すから言って欲しい」


 グッと唇を噛みしめる彼は、勇気を振り絞って口にしたのだろう。


 自分から頭を下げることができる人なのだ。プライドだけは高い貴族の男性ばかりを多く見ていたので、意外に感じてしまう。


 だったら、自分の気持ちを話してみようか。素直にそう思えた。


「お話は夜に……二人になった時にでも」


 そうだ、今は時間がない。それに式の前に深刻な話もしたくなかった。彼の目を見つめ、決意を告げる。


 そうよ、これからの生活の為、彼と話し合うのは大事なこと。政略結婚だといってもお互い円満に過ごすには、ちゃんと取り決めをしなくては。


 彼の目をジッと見つめていると不意に顔がグシャリとゆがんだ。


 気づいた時には腰と背中にグッと腕が回され、彼に抱きしめられていた。


 えっ……。


 突然のことだったので思考が停止する。力強く回された腕、驚きで呼吸が止まる。フワッと爽やかなグリーンノートの香りがした。魅惑的な深い官能性を感じ、喉をごくりと鳴らす。これは香水なのだろうか。


 ギュッとかき抱かれ、彼に包まれている。息苦しいほどに――。


「やっと、やっとこの日がきた……!!」


 頭上でつぶやかれた言葉が耳に入る。


 いったい、どういう意味?


 ドクドクと脈拍数が上がり、顔が真っ赤に火照る。こんなに力強く抱きしめられたことは初めてだった。


 硬直した私を、さらにギュッと抱きしめるグレン。逃さないといわんばかりの力強さ。全身で彼の熱を感じた。


 その時、扉がノックされた。


 扉の外から、そろそろ時間だと連絡を受けた。すると彼はゆっくりと手を離す。まるで、名残惜しいとでもいいたげに。


「――行こう」


 はにかんだ笑顔で手を差し出す彼を見て、おずおずとその手を取った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ