13.彼の本心
彼は友人たちと談笑していた。いつの間にか人数が増えていたので、近寄りがたく感じる。ワイングラスを片手に髪をかき上げる姿にドキッとしてしまう。
友人たちと会話している場に登場するのが、邪魔をしているようで気がひける。
分厚いカーテンの陰から声をかけるのをためらいながら、そっと様子を見た。
「グレンが本当に結婚することになるとはな。ルシナ嬢――だったか?」
急に自分の名前が聞こえ、サッと身を隠した。
「ああ」
低い彼の声からは感情が読めない。
「なにはともあれ、おめでとう。これでバカにしてくる奴らに文句は言わせないな」
「――ああ」
周囲は陽気な声を出す。相当酔っているのかもしれない。
「だが大丈夫なのか?」
「なにが?」
「今までお前の周りにいた女性とタイプが違うじゃないか。やっていけるのか?」
ドキリとすると同時に脳裏に浮かぶのは、先ほど過激な挨拶を受けたアンナ・ブッセン。とても美しい容姿をしていた。グレンと並んだら、似合いそうだ。
「――確かにな。不安がないわけじゃないな」
ポツリとつぶやいたグレンの声を聞き、胸がしめつけられた。
この結婚は最初から期待していないってこと――?
「貴族のお嬢さまのお相手をするなんて、お前にできるのかよ!?」
笑いながらグレンの肩を組む友人。
グレンは鼻で笑った。
「ああ、なんだってやってやる。俺はずっとこれを望んでいたんだ」
ワイングラスの中身をグッと飲み干すグレンに、友人は顔を近づけた。
「良かったじゃないか。これで晴れて貴族社会の仲間入りだな」
それは私じゃなくて、相手が貴族だったら誰でも良かったということ……?
心臓がドクドクと音を出し、指先が震えた。
「ああ、出自を理由に苦い思いもしてきた。バカにされることは、まっぴらだ」
真剣な声色で話すのは、彼がそれだけ本気だということだろう。
たまらず拳をギュッと握った。
「彼女はなにも知らなくていい」
その声色から拒絶の色を感じ、全身が強張った。
「お嬢さまはお嬢さまらしく、綺麗な鳥かごにいるのがお似合いだ。せめて大事にしてやるさ」
「はははっ、悪い男だな」
世間知らずな私をバカにしている物言い。怒りで頬がサッと赤くなる。
そこへ友人たちの声が響く。
「でも、清純そうな女性の方が、夜の生活が激しかったらどうする?」
瞬間、ドッと笑いが起きる。
「それなら嬉しい誤算だよな、グレン」
酒に酔っているとはいえ、なんて下品な会話をしているのだろう。
怒りで手が震えてきた。だが落ち着こうと肩で息をする。
これがあなたの本性なのね――。
胸にストンと落ちてきた想い。
バカみたいじゃない、私。最初から政略結婚だって知っていたじゃない。
見た目のいい男性にちょっと優しくされて、有頂天になった自分が悪いんじゃない。
勝手に期待して裏切られた気になって傷ついて。
身の程をわきまえていないのは、私のほうだった。
もうこれ以上、彼らの会話を聞いていられない。気づかれぬよう、そっとその場を離れた。
******
傷ついたまま、暗い廊下をフラフラと歩き出した。
ああ、そうだったのね。
素敵なドレスを贈られて優しくエスコートしてもらって、舞い上がっていたのは全部勘違いだったんだ。
やはり彼は私の身分が目当て。そしてわが家は彼の財力が欲しい。
利害が一致している関係なのに、なぜこんなに傷ついているの。
アルベール家ではいつも疎外感があった。
父も義母とマリアンヌはお金の価値観や行動が似ていて、話をしていても違和感があった。家族といっても考えも会話も噛み合わず、時折苦しかった。
私以外の三人は仲が良くて、私だけ蚊帳の外。
ようやく私にも家族と呼べて、心が通じあえる相手が出来たと思ってしまった。
でもね、それは錯覚だったの。
彼も私の身分が必要だというのなら、だったら私も彼の立場を利用してやるのみよ。それぐらいなら罰はあたらないはずでしょ。
フラフラと歩いているとグッと肩を掴まれた。
「やっと見つけた。話はまだ終わっていなくてよ、お姉さま!!」
マリアンヌが怒りの形相で私をにらむ。だがもう、どうでも良かった。
「話ってなに?」
相手をするのが面倒だと思いながら、投げやりに耳を傾ける。
「あんなに素敵な方と婚約だなんて!! 私にも誰か紹介してくれるって、約束したじゃない」
約束などしたつもりはないが、マリアンヌの中で勝手にいいように解釈していたらしい。いつものことだ。
散々、結婚相手をバカにしていたのに、すぐにずるいと言うのね。
マリアンヌは昔から、なんでも私のものを欲しがる。お気に入りのドレス、ぬいぐるみ、集めていた綺麗な瓶に、髪飾り。
現に婚約していたベンだって――。
もう、うんざりだ。