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12.心に波がたつ

 会場の隅で水を手にし、喉を潤す。

 熱気に包まれて、自分でも思った以上に喉が渇いていたのか、水がとても美味しく感じられた。


 ホッと一息つき、周囲を見回した。


 綺麗に着飾ってめいめいに楽しむ人々。流れてくる音楽が耳に心地よい。

 こういった集まりはあまり好きではなかったが、今日は私、楽しんでいるみたい。

 そんな風に感じる自分に驚いた。


 それはグレンと一緒だからかしら?


 最初は素っ気ない方かと思ったが、今日はずっと側にいてくれて優しくエスコートしてくれた。気を遣ってくれて、嬉しく感じた。


 始まりは政略結婚。だけど案外、上手くやっていけそうじゃないかしら。

 お互いのことはあまり良く知らないけれど、これから知っていけばいいんじゃないのかな。

 なにが好きでなにが嫌いか。そして得意なこと不得意なこと。

 時間をかけてゆっくりと距離を縮めていけばいいのかな。


「ちょっとあなた」


 考えごとをしていたら不意に背後から声がかかったので振り返る。


 そこにはスラッと背が高く、長い髪を綺麗に一つにまとめ、釣り目の瞳からは勝気さを感じる、とても美しい女性が立っていた。そして背後にも二人女性を連れている。


「あなたなの? グレンの婚約者って」


 不躾な物言いに面食らうも、表情に出ないように努めた。


「はい、ルシナ・アルベールです」


 グレンのお知り合いかしら? 緊張しながらそっと頭を下げた。

 相手の女性は腕組みをし、高圧的に私を見下ろす。


「ふうん。あなたがねぇ……」


 ジロジロと頭のてっぺんから足のつま先まで、まるで見定めているようだ。


「あの……」


 失礼だけどどちら様だろう。名乗らずにこの態度は不躾すぎる。


「私はアンナ・ブッセンよ」


 美女は不敵に微笑む。


「グレンとは仲良くしていたわ」

「そうなのですね。事業の関係でしょうか」


 顔の広い彼のことだから、この女性とも関わりがあるのだろうか。


「ふふっ。事業ねぇ……」


 含みのある笑みを向けられ、さすがに鈍い私でも気づいた。

 押し黙っていると相手は勝ち誇ったように鼻でフンと笑った。


「あのグレンが婚約、しかも舞踏会に連れてくるっていうから、どんな女性かと思ったら……」


 そこで口に手を当て、肩を揺らして笑う。


「ずいぶん可愛らしいじゃない」


 それは私が幼く見えるということだろうか。もしくは――バカにされている?


「ねぇ、皆さんもそう思わない?」


 背後にいる女性たちに同意を求める。


「そうですわね、まさかねぇ……」

「この方がねぇ……」


 クスクスと含みのある笑みに囲まれ、居心地が悪いったらこの上ない。

 だけど一つだけはっきりしたことがある。


 彼女たち、いや、アンナ・ブッセンは私に敵意がある。確実に。


「あなた、くれぐれも勘違いしない方がいいわ」


 アンナ・ブッセンは私の肩をそっと掴むと、耳元でこそっとささやいた。


「婚約したからと言って、グレンはあなたのものじゃないから」


 ――それはどういう意味?


 指先が冷たくなり、唇が震えた。


「勘違いしないでね。あなたが本気になるとかわいそうだから、忠告してあげただけなの。私を恨まないでね」


 悪意の塊をぶつける彼女は意地の悪い笑みを浮かべている。

 衝撃でうつむき、拳をギュッと握りしめた。


「それじゃあ、失礼するわね」


 彼女は勝ち誇ったように微笑むと、取り巻き達を連れ、サッと背中を見せた。

 

 初対面から、なぜこんなに失礼な態度を取られなければいけないのだろう。

 だが悔しいからといって、うつむいていられない。

 

 意を決し、バッと顔を上げる。


「ご忠告ありがとうございます」


 心の中の感情をひた隠し、少し首を傾げた。――なにも気づいてない素振りで。


「ですが、あの方は私のものではありません」


 はっきり彼女の目を見て告げる。相手が息を飲んだのがわかった。


「その逆もです。私は結婚しても、相手を自分の所有物のようには思いません。個人として、お互いを尊重しあえる夫婦になれるよう、努力いたしますわ」


 にっこり微笑む。


「……くっ……このっ……」


 アンナ・ブッセンの顔が瞬時に真っ赤になり、美しい顔を醜くゆがめている。まさか私に反論されるとは、想定していなかったようだ。


 今にも掴みかからんばかりの勢いだったが、取り巻きの一人が焦った表情でドレスの裾を引っ張った。さすがにこの場で騒ぎを起こすわけにはいかないと、心得ているようだ。


 アンナ・ブッセンは私をにらみつけると、サッと身をひるがした。


 正直、彼女たちが去ってくれて安堵した。

 知らない相手に反論するなど、初めてだった。緊張から足は震えていた。


 だけど心にズンと重くのしかかる、アンナ・ブッセンの言葉。


 彼女はきっとグレンのことが好きなのだ。グレンはどうなのだろう? 二人は相思相愛なのかしら。

 考えると胸がキリキリと痛む。


 政略結婚だとわかっていたけど、もしかしたら心を通わせることができるのかしら? なんて考えてしまった。

 

 でも肝心のグレンはどう考えているのだろう。こればかりは本人の口から聞かないとわからない。他人の口からじゃなく。

 

 少し側を離れるといいながら、結構時間がたっていたことに気づく。

 

 戻ろう、グレンのもとへ。

 

 クルリと踵を返し、彼の姿を探した。

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