9.わがままな妹
「すごい、ドレスに靴、それに宝石まで……」
マリアンヌはキョロキョロと周囲を見回し、イヤリングの一つを手に取った。
「これすごく素敵ね。私に似合いそう!」
イヤリングを耳元に持っていき、鏡に写して確認している。
「お姉さま、いったいこれどうしたの? お父さまにねだって買ってもらったの?」
そんなことはしません。あなたと一緒にしないでちょうだい。
「すべて婚約者である彼からの贈り物よ」
「えっ!? これを全部?」
マリアンヌはをあんぐりと口を開けた。やがてプクッと頬を脹らませた。
「ずるいわ、お姉さまばっかり!! こんなお金持ちだなんて聞いてないし!!」
確かに想像以上の贈り物に困惑している。
加えて広大な土地に立つ、あの立派な屋敷。
きっと私たちが思うよりずっとお金持ちなのだと思う。
「ねえ、お姉さま。半分私にちょうだい。お姉さまばっかりずるいわ」
マリアンヌがすり寄ってくるが、首を縦には振らなかった。
「人からの贈り物を簡単に譲ってはいけないわ。まだお礼を言ってもいないのよ」
たしなめるとマリアンヌの顔が憤怒に染まる。
「ケチね!! こんなにたくさんあったら、少しぐらいわけてくれたって、気づくわけないじゃない」
「でも、人に贈った物を勝手に譲られては、気分は良くないでしょう」
私もここは断固として譲らない。
「そんなこと言って、独り占めしたいだけなんでしょ!! 本当、意地悪ね!!」
マリアンヌは手にしていたイヤリングを、投げつけるかのように元の位置に戻した。
「あーあ、本当に気分が悪い。平民でもお金を持っているからといって使い方が下品ね。普通、家族にも気を遣うものでしょうに。そこまで頭が回らないなんて残念な人なのね!!」
捨て台詞を吐き、プリプリと怒りながら退室したマリアンヌにホッとする。
「お礼状を書かないとね。シルビア、ここを片付けたら用意してもらえる?」
「はい、承知いたしました。ここは私どもが片づけますので、お嬢さまは部屋にお戻りください」
「ありがとう」
お言葉に甘えてそうさせてもらおう。
さてお礼状にはなんて書こうかしら?
自室に戻り、お礼状を前に頭を悩ませる。
普通に贈り物のお礼でいいのだろうけど、なぜ前触れもなく大量に送り付けてきたのだろう。
私の姿がそんなに恥ずかしかったのかしら?
考えに考えた挙句、月並みな言葉しか出てこない。
贈り物に驚いたこと、だけどとても嬉しかったことを書き記した。最後に必ず、今後はお気遣い不要だと伝えなければいけない。
まあ、次があるとか期待しているわけじゃないけど、贈り物の額が額だし。なにより、質素に暮らしていたこっちの身としては、どうしても相手の懐事情が気になってしまう。無理しているんじゃないのかしら? って。
だからこそ、今回で贈り物はもう十分です、ありがとうございましたと、お礼状に詰め込んだ。
******
そして二日後、シルビアがまたすっ飛んできた。
「お嬢さま~~!! 贈り物です!」
「えっ、また!?」
だが前回と違ったのは、シルビアが大きな箱を一つだけ手にしていたこと。
「ふぅ。ではテーブルの上に置かせていただきますね」
リボンのついた箱をテーブルの上に置く。
箱を開けるように指示するとシルビアがリボンをほどいた。
「うわぁ、とっても素敵ですわ」
箱の中から出てきたのは、 生地の肌触りから高級品だと感じる、青いドレス。肩口のコサージュが目をひき、美しいデザインだ。
でも先日もたくさんいただいたばかりだっていうのに。
困惑していると箱の中に一通の封書が入っていることに気づいた。
開封すると手紙が入っていた。封を開け、目を通す。
「どうしよう、シルビア」
「どうなされました?」
「来週、友人が舞踏会を開催するから、一緒に出席して欲しいって。そのためのドレスだって」
「じゃあ、来週は磨き上げましょうね!!」
張り切るシルビアは腕まくりをした。
……ということは来週、あの方に会えるのね。
会ったら贈り物のお礼を直接言おう。来週、会えると思ったら心臓がドキドキしてきた。これはなに?
「お嬢さま、少し顔が赤いですけど?」
「き、気のせいよ!!」
自然と頬が赤くなるのを止められなかった。
「ちょっと、お姉さま!! また贈り物が届いたって……!!」
扉が勢いよく開かれると同時にマリアンヌが顔を出した。
「マリアンヌ、いくらなんでもノックぐらいしなさい」
軽くたしなめるが、聞いてはいない。それどころかシルビアが手にしていたドレスに目が釘付けた。
「そっ、それ……」
プルプルと震えながら指さした。
「流行りのミセス・シャーリーのデザインしたドレスじゃない!! その形は間違いないわ。いったい、どういうこと!? 半年先まで予約が埋まっているのというのに!!」
えっ、そうだったの?
ゆっくりとシルビアが持つドレスに視線を戻す。
「ずるい、ずるいわ、お姉さまばっかり!!」
案の定、マリアンヌは子供みたいに地団駄踏み始めた。こうなったら手がつけられない。
深く息を吐き出した。
「頂いたのよ。来週の舞踏会に出席して欲しいって」
マリアンヌに言うのは面倒なことになるから嫌だったが、黙っているわけにはいかない。遅かれ早かればれるのなら、観念して自分の口から告げる。
「じゃあ、その舞踏会に私も出席するわ!!」
「えっ?」
マリアンヌは突拍子もないことを言うと、スルリと私の側にきて、グッと腕を絡ませた。