私の好きな人には、他にお似合いの人がいる。
私の好きな人には、他にお似合いの人がいる。最初からわかっていたことで、正直今更ながらの話ではある。
とはいえ。
やっぱり、目の前で見せつけられると最早発狂しそうなわけで。
「ふふ、ゼンったら。くすぐったい」
「あはは。ネイの髪、いい匂いがするんだもの」
学園の東屋という公共の場でいちゃつくのは私の婚約者のゼン様とその従妹のネイ様。
ゼン様は公爵家の嫡男で、体の弱いというネイ様の面倒を見ている。
幼い頃から一緒の二人は相性抜群。美男美女でとてもお似合い。
けれど、それを邪魔するかのような私との婚約が決まってしまったのは…そう。
多分、ネイ様のお体が弱いから。子を産むためだけに私が選ばれたのだろう。それだけ。
いつだって彼に愛されるのは、ネイ様だ。
なので私は間違えない。彼らの間に入って行こうとは思っていない。
期待される役割…子を生み育むことを第一に。
逆に言えばそう。
結婚して仕舞えば、体の弱いネイ様では耐えられない体の触れ合いだけは与えられるのだろうから。
…充分。
なのにどうして、私のこの足はこの場から動こうとしないのだろう。
「…あら?」
ふと、ネイ様がこちらを向いた。
パッと笑顔になる。
…ああ、やだやだ。
「ミレイユ様ーっ!」
帰りたい。
が、面倒に面倒が重なるのは御免なのでにっこり笑って二人の元へ寄る。
彼は…ゼン様はネイ様を膝の上に乗せたまま私に微笑む。
「ミレイユ!今日は会えて嬉しいよ!」
「ミレイユ様、せっかく同じ学園に通うのに何故か会えないんですもの。寂しいわ」
おまんらを避けとるんじゃボケ。
とは言えないので笑って誤魔化す。
「んー…なんでですかねぇ…」
「ねえねえ、せっかくだし今日はこのまま三人でどこか行かない?」
「いいわね!ねえ、ミレイユ様…いいでしょう?」
こてんと首を傾げるネイ様。
美少女過ぎてツラい。
私なんて女なのに悩殺されそうになった。
そりゃあゼン様も惚れるわけだ。
ちなみに優秀なお二人はある意味当たり前だが、なんと凡人の私も卒業に必要な単位をもうすでに稼いでいるので全然お出かけくらい行ける。
お二人が単位を取っているのに学園にまだ通うのは…多分いちゃつくため。学生生活は期間限定だからね。楽しめるうちに楽しむのはまあそう。
私はそんなお二人を見たくなくて死ぬ気で単位を稼いできたのに、そのせいで先輩に気に入られて学園に強制通学だ。
強制通学して何をするって、暇な先輩のお話相手である。なお先輩も単位は既に取っているのにわざわざ通ってすることが後輩弄りって本当に本当に暇な人だと思う。
…いやもう元も子もないことを言えばこの学園基本箔をつけるためだけの場所だから必要な単位が緩い緩い…大半の人が暇つぶしに通ってる可能性、あるのでは。
「もちろんですよー」
「わーい!」
「じゃあ早速行こうか」
ゼン様がネイ様を立たせて、手を繋いで歩き出す。
私はその後ろを歩く…のだが。
「…?ミレイユ、隣おいで」
いや、やだよ。
「さすがに三人歩きは…狭いのでは」
「えー、大丈夫だよ」
ゼン様は私に気遣ってくださる優しい方…なのだろうけれどいややめてほしい…。
虚しい…慣れてるけど…。
「んー…」
笑顔は崩さないで、困ったのを隠しつつも返事に迷う。
どうしよっかなぁ。
この美男美女の隣歩く勇気ないわぁ…。
とはいえヘイトは稼ぎたくないし。
「こーうはーいちゃんっ!」
「うわぁあああああ!」
急に我が心の悪魔…もとい先輩に背後から話しかけられて肩が跳ねる。
「先輩!?」
「なにー?暗い顔してどうしたの」
暗い顔って…こっちは笑顔でいるのにこの野郎。
察してちゃんだが本当に察せられると困っちゃう面倒な子の私としては、この先輩は本当に厄介極まりない。
一方で先輩はご機嫌に私の頬をつついている。
「…あの」
ゼン様が困惑した表情で先輩を見つめる。
「ん?」
「オスカー先輩、ですか」
「…あは。後輩ちゃんから聞いてたり?」
先輩が何故かギラついた目をゼン様に向ける。
こういう時の先輩は特にロクでもない。
うーん、面倒に面倒が重なった気がする。
「…その、ミレイユからはなにも。ただ有名人なので…でもミレイユと繋がりがあるのも知らなくて…どんな関係ですか」
先輩有名人なのか…まあそんなことはどうでもいい。
ゼン様の口から出たどんな関係ですか、が冷たい響きに聞こえてちょっと戸惑う。心なしか目つきも鋭い。
ゼン様こんな声出せるんだなぁ。
いつもご機嫌そうな柔らかな声ばかりだったのに。
声まで素敵、好き。
あとおっきなお目目が鋭くなってて可愛い。
というかなにをそんなに不機嫌に思っていらっしゃる?
「んー…どんな関係かぁ…」
まるで面倒が重なった時の私のモノマネのようにわざとらしい笑顔で、んー…なんて白々しい声を出す。
ここまで馬鹿にされているのはさすがにあまりにも腹が立つので先輩に背伸びしてやってデコピンした。
声も顔も好みだがいかんせん中身がクソすぎて…勿体無い。
先輩は痛ーい!とか言いつつニヤニヤしている。
何故そうも人の神経を逆撫でしてくるのか。
ムカつくけど本気では憎めないのはこの顔と声のせいだろう。
…私の周り、基本的に外見と声だけで言えば私の好みの人しかいないな?
不幸を嘆くのが日常の私だが、まあ恵まれているといえばそうなんだろう。要らんタイミングで再確認してしまった。
「…まあ、こういう気安い関係?」
ニマニマしたまま先輩がゼン様を挑発的に見下ろす。
残念ながら先輩、その人婚約者だけど恋人じゃないんですよぉ〜。
煽っても多分なんのアレもないよ。
…自分で言ってて悲しくなるわ。
「…は?」
ゼン様からまた冷たい声が聞こえて驚いて振り向く。
いつも大人しく後ろを歩く私が仮にも男に対抗するなんて思わなかったのだろうか。
ゼン様は私に驚いた顔を向けていた。
…失望された、わけではないと思いたい。
こと貴方に対しては従順な女ですよ〜!!!
というかそもそも面倒が嫌いな私が反抗的になるのはこの先輩にだけですし。
ま、一番面倒なのは私自身なんですけど。
やばい言ってて悲しくなってきた。
「ねえ後輩ちゃん、そんなにこの二人と一緒に居たくないなら俺と出かける?」
「…っ!?」
「嫌ですよネイ様が誘ってくださったんですから」
断って正妻からの恨みなんか買いたくないんですよ〜。
結婚したら戸籍上は私が正妻になるかもしれないですが実質…ねぇ?
「えー、後輩ちゃん浮気相手に誘われたのー?可哀想ー」
「失礼な人ですね、ネイ様は浮気相手なんかじゃありませんよ」
どっちか私が浮気相手だよ。
「婚約者のいる男にベタベタしといて?」
「その言い方はやめて差し上げてください、従兄ですから従兄」
「でも後輩ちゃんのこと蔑ろにしてるじゃん?」
にっこり笑って厄災を振りまくのをやめろ!!!
「先輩、いい加減にしないと絶交ですからね」
「えー、困るー。俺後輩ちゃんがいないと生きていけない」
「はっ…よく言う」
誰にでも言ってるのはさすがにわかるぞこの野郎。
「あれ、後輩ちゃん婚約者の前で素を出していいの?」
おっとぉ?
「はにゃにゃ?なんのことですかにゃ?」
「キャラぶれすぎでしょ」
ケタケタ笑って私の頭を撫でる先輩。
そろそろ本格的にゼン様に失望される前にここらで切り上げないと…。
なんのために従順な女でいると思ってる、全ては失望されないためだぞ。
面倒なことが好きな人と絡むと余計なことしか起きないなぁ、もう。
今日はどうやって先輩とバイバイしようかな。
「…いい加減にしろよ」
「…?」
地を這うような声が聞こえた気がして先輩から視線を外して横を向く。
いつのまにかゼン様がネイ様の手を離して私の隣に立っていて、私の頭を撫でていた先輩の腕を思いっきり掴んでいた。いつもの穏やかな微笑みのイケメンは何処へやら、めちゃくちゃ不機嫌を隠さず先輩を睨む。
痛そう。先輩の腕しばらく掴まれた痕残るだろうな。
でも先輩には良い気味なのでもっとやれ。
ところで不機嫌スイッチはどこだったのか。やっぱりネイ様の悪口のせいか。
先輩はといえば腕が痛かろうにめっちゃ愉悦を感じてる時の顔。やだやだ。被虐趣味も大概にしろよ。あとで腕の痕を見て後悔するが良い。
ネイ様は…居た。いつのまにやら安全そうなところに避難してる。が、青ざめている。
具合悪いのかな。医務室に連れて行くべきでは。
「あれ?なになに、浮気とか図星突かれて怒っちゃった?」
「俺は浮気なんてしてない!」
ええ、ええ。
貴方が一途なのは私が誰より知ってますとも。
「じゃあ後輩ちゃんの気持ち考えたことあるー?他の女とベタベタしといてさぁ」
「それはっ…どうしようもない事情が…!!!」
ええ、ええ。
ネイ様のお体を考えるなら別の女を用意するのは必要なことですとも。代用品の気持ちまで慮るのはさすがに無理ですよね。
「ねえ、婚約者くん」
「…」
「後輩ちゃんのこと俺にくれない?」
…何を言うとるんやこいつ。
おえー。
誰が顔だけ男の嫁に行くか。
…ゼン様、断ってくれないなぁ。
迷ってんのかなぁ。
そんなに私って要らないかなぁ。
先輩と結婚すると地獄な気がする。
…ある意味天国かもだけど。
断ってほしいにゃあ。
まあ断らんでもどうせ先輩の悪質ないつもの冗談とは思うけど。
「ふざけんな…」
ゼン様はしばらくしてやっと声を出したと思えばやっぱり不機嫌な声で。
かと思ったら先輩の腕からごりって音が聞こえた。
おおよそ人体から出ちゃダメな音でしたけど?
さすがにやばいと思いゼン様の手をそっと引いて離させる。
ゼン様は今度は泣きそうな顔で私を見つめる。
なんでや。
「うわぁ、婚約者くん握力すごいね。俺が治癒魔法得意じゃなかったらどうするの」
先輩が自分で自分に魔法をかける。
笑顔のままだけどその場で魔法を使うってことは相当痛かったんだろうな。
「…もう、俺の婚約者にちょっかいかけないでください。次は本当に…殺すから」
「ぜ、ゼン様っ…」
落ち着け!
どうした、アンタそんなキャラじゃないだろ!!!
「あー、怖い怖い。後輩ちゃん、何かあればいつでも俺のところに逃げておいで」
「嫌ですけど」
あっかんべー。
「っ…ミレイユ、もう行こう」
「はい、ゼン様」
やっと先輩から解放される。
また明日会う時に仕返ししてやろう。
先輩の苦手だと言う蜘蛛のおもちゃを用意することを固く誓いつつ、ゼン様に笑顔を向けてその場を後にする。ネイ様とも合流する。
その場を離れるのに視線を感じてちらっと先輩を振り返ると笑顔で手を振っていた。
やだやだ、本当にやだ。
そんなことをしてたらゼン様に珍しく…初めて?
手を繋がれた。
「ゼン様?」
「振り返る必要ない。行こう」
…うーん。
今日のゼン様はなんだか不思議だ。
校門を出たところで、ゼン様に謝られた。
「ごめんね、ミレイユ…手、痛くなかった?」
「いえ、大丈夫です」
「よかった」
手、離しちゃうんだ。
残念。
そしてネイ様と繋ぐんだ。
まあそりゃそうか。
「じゃあ、行こうか」
「え」
「お出かけ」
にっこり微笑まれて、あの面倒な先輩に絡まれたあとなのに結局行くんかと思いつつ笑顔で頷く。
ネイ様の顔色もいつのまにやら良くなってるし、まあ平気平気。
出掛けた先は雑貨屋さん。
ネイ様のご希望だ。
「わあ、可愛い!」
「え、本当だ!」
手を繋いで和気藹々と商品を見て回る二人。ボーっとしつつ後ろをついて行くだけだったがふと目に入ったそれに思わずにやける。
手にとって、絶対購入することを決めつつ種類があるのでどれがいいかなぁと選ぶ。
「あれ?ミレイユ、楽しそうだね」
「はい!」
いつのまにやら隣にいたゼン様に言われ頷く。
楽しいですとも。
「ふふ、意外だな」
「?」
「ミレイユ様、蜘蛛がお好きなんですね」
蜘蛛が好き?
はて?
「特別好きではないですよ?」
「えー?でもそれ手にとってにやにやしてたよ」
「ああ、この蜘蛛のおもちゃは先輩にプレゼントしようと思って」
あの人これ大嫌いだから。
「…―」
「…ゼン様?」
ゼン様が微笑みをなくして能面のような顔になる。何故。
というか、ネイ様がまた可哀想なほど顔色が悪いんだけど…今日体調本当に悪いんだな。
「あの、ゼン様。ネイ様の顔色が…」
「…ああ、うん。今日はもう帰ろうか」
「それがよろしいかと。ネイ様、あまりご無理はなさらないでくださいね」
「…ミレイユ様、あの」
「ネイ、余計なことは言わなくていいから」
珍しくネイ様に対してゼン様が冷たくて、今日イチびっくりする。
具合悪いのに無理して喋ろうとするから心配になっちゃったのかな。
まあいいや、さっさと買うもの買って帰ろう。
「…ミレイユ、なにしてるの」
「もう帰るのでお会計だけ済ませようかと」
「それ買うの」
「…?…はい」
買って欲しくないの?
ゼン様の分まで仕返ししてやろうと思ってるのに。
「…俺、それ嫌い」
「…あ!大丈夫ですよ!ゼン様にこんなものプレゼントなんてしませんから!」
自分も嫌がらせされると思ったのか!
ゼン様にはそんなことしないよ!
「………ミレイユ、それ買わないで」
「え」
ええ…そんなぁ…。
…まあ仕返しなんて他にもできるか。
「ゼン様のお望みとあらば」
にっこり笑ってそう言えば、何故か横にいたネイ様の顔色が若干良くなる。
ゼン様も、能面のような感情の削げ落ちた顔から穏やかな表情になる。
「お店には冷やかしになっちゃったけど…早く帰ろ」
「はい」
その後はさっさと帰ってご飯も食べずに寝た。
全部先輩の与えてきたストレスのせいである。
今日が史上最悪の日だと思っていたので、まさか次の日がさらに悲惨な日になるとは思わなんだ。
「ミレイユ!」
「あらー御機嫌よう」
「はいはい御機嫌よう。ねえ、たまにはあっちで一緒に休憩しない?」
「いいよー」
知り合いの女子に誘われた。割と本音を出しても許されるタイプの子なので嬉しい。
学園内は広い。そっちの方の庭には普段あの二人は行かないはず。
居てもまあ、困る会話にはなるまい。
庭に来て、ベンチに座って駄弁る。
内容は主に彼女の婚約者自慢だった。
「ふふ、羨ましい?」
「ある意味羨ましい、ある意味どうでもいい」
「えー」
「相手がゼン様なら心の底から妬ましかったと思うけどね、他人の自慢されても心底どうでもいいかな。でもめちゃくちゃ大切にされてるのは素直に素晴らしいと思うよ。そこだけ切り取れば羨ましいかなぁ」
惚気ごちそうさま、とは思う。
「で、ここからが本題になるんだけど」
「本題じゃなかったの?」
「先輩さんとはどういう関係なの?」
急に話の流れ変わったな。
「…質問の意図がわからないにゃあ」
「出来れば真面目な返答が欲しいにゃあ」
「ちっ…先輩と後輩、以上でも以下でもない」
「それだけ?」
「他に何か必要?」
要らんやろ。
「じゃあ…婚約者についてどう想ってるの?」
「どう、とは…んー?」
「それでいつも誤魔化せるわけじゃないよ」
まあ、誤魔化せないよねぇ。
「…顔イケメン、超好み。声イケボ、超好み。常に微笑んでるのも穏やかなのも良し。あと一途なの最高だよねぇ」
「一途?」
「そう…一途なの」
ネイ様にね。
「それって誰に対して一途だと評価してる?」
「ん?んふふ」
言わせんなバーカ。
「うん、まあ、察した」
「んふふふふ」
かなしみ。
「…先輩さんのことは?どう想ってる?」
「…顔イケメン、超好み。声イケボ、超好み。中身さえまともならなぁ。勿体ない」
「あー、ごめんねなんか」
「ん?」
「―…ミレイユ」
後ろにいつのまにやら婚約者。
いつぞやの能面のような顔。
隣には何故かネイ様がいない。
「ゼン様、どうなさいました?」
「一緒に行こう」
「え、どこに?」
「俺の屋敷」
…なにしに?
「…出来れば、大人しく来て欲しい」
「ゼン様のお望みとあらば」
私は特に貴方に対してならいつでも従順なのだ。
ゼン様の部屋の隣に招かれる。
この部屋は入ったことなかったにゃあ。
…うーん、使ってる形跡がない。綺麗だけど。
可愛らしい感じで女性用の部屋な気はする。
「あらぁ…」
よくよく見てしまって、思わず声が漏れた。
確かに可愛らしい部屋だ。
けれどもどうして、可愛らしい内装なのにベッドの上に長い鎖付きの首輪が見える。鎖はベッドに繋がれている。あの鎖の長さなら部屋の中はほぼ自由に動けそうだが…ドアを開けて外に出るにはギリギリ足りないな。
ネイ様でも将来的に監禁する気なのか。
最近流行りのヤンデレって奴かな?
「おいで」
さらっと内側からドアに鍵をかけるゼン様。
使用人にすら聞かれたくないお話でもあるのだろうか。
そしてベッドの上に座って、こちらに手招きしてくる。
素直に隣に座れば、やっと笑ってくれた。
「この部屋はどう?気に入った?」
「え?」
私が気に入ってどうなるんだろう。
「んー…可愛らしいかと」
「そう!可愛らしいのは好き?」
…似合わないから、自分で使うのは趣味じゃないが。
「んー…可愛らしい方が使う分には素敵な気がします」
「君は?君自身はこの部屋を使うのは?」
「え、私ですか」
「正直な感想が聞きたいな」
「本当に正直な感想でいいですか?」
頷かれたので、仕方がない。
「…私だったら、まあ、御免ですね」
似合わないが過ぎる。
「…それは、これのせい?」
首輪を差し出される。
いや、まあ。
「ええと…んー。いや…そういう問題ではなく」
「じゃあどういう問題?」
いや、圧がすごい。
「…可愛すぎます」
「君によく似合う部屋だよね?」
「可愛らしいのは、似合わないので…」
そう言えばびっくりされる。
「どうして?こんなにも君は可愛らしいのに」
「え?」
「ふふ、ほら。そんな表情も可愛らしいよ」
甘い。
綿あめかよ。
「ね、目をつぶって」
「え?」
「プレゼントがあるんだ」
「恐れ多いです」
「…お願い、受け取って」
…そこまで言われたら、どうしようもないか。
目をつぶっていると、がしゃんと音が鳴る。
あ、これはと思い目を開けると…やっぱり首輪が巻き付けられていた。
「んー…」
あれか、ネイ様のための練習か。
ならば数日くらいで良ければお付き合いしよう。
ゼン様は甘い笑顔。
ネイ様を監禁する本番を夢見ていらっしゃるらしい。
「…どうかな、驚いた?」
「普通は驚くことかと」
「あれ?ミレイユは平気って意味?」
「まあ」
数日付き合うくらいなら問題ない。
ましてそれが貴方のためなら。
「そっか…よかった。もっと早くこうしてあげられたらよかったね。ごめんね」
「?」
「ミレイユ…落ち着いて聞いて欲しい。君は、あの先輩に騙されているんだ」
真剣な表情のゼン様に固まる。
「…」
「君は信頼していたのだろうから、驚くのは無理もない。けど、あの先輩は…ごめんね、夢魔との混血らしいんだ」
「…え」
「好みだと言っていたけど、実際には夢魔にあてられてそう思い込まされているだけだよ」
「どうしてゼン様が…それを知っているんですか」
それはさすがに、知ってちゃダメな奴だ。
「…徹底的に彼を調べたからね。それよりその反応、まさか知ってたの?知っていて騙されていたの?」
「騙されてなんていません」
「…可哀想に、洗脳されてしまったの?ああ、洗脳された上で夢魔であると打ち明けられた?無理矢理受け入れさせられたんだね」
いや。待て待て。
確かにあの人は夢魔と人の混血だが基本的に人寄りだ。
洗脳までするスキルはそもそもない。
「あの、ゼン様」
「大丈夫。洗脳が解けるまでここにいていいんだよ」
「え」
「解けてからも、ここにいて欲しいけどね」
守ってあげるよ、なんて言われて不覚にもときめく。
が、そうかそういうことか。
先輩のことを知って誤解が生じてしまって、それで被害者だと思われて保護されてるのか。
「…守ってくださってありがとうございます」
「…!ふふ、うん!」
「でも、先輩にはそれは無理ですから。誤解ですよ」
そう言えば、何故かゼン様は顔を歪める。
「…ごめん、俺が守ってあげなかったから。こんなにおかしくされて」
「いや、だから」
「どこまで食べられた?どんな風に食べられたか教えて?綺麗にしないと」
…綺麗にとは、具体的に何をする気ですか?
「…ええと、んー。そもそも、食べられてないです」
先輩は基本人間の食事で事足りるから、女性を食うのは最小限だと言っていた。
そして、私は不味そうな感じがするから食べる気はないと宣言されてもいる。
「…なにそれ。特別扱いってこと?」
「いや、そういうことではなくて」
「食べる気もないのに洗脳して、こんなおかしくして…無理矢理側においておくつもりだった?」
殺してやる、と呟きが聞こえてさすがにヤベェと思いゼン様に抱きつく。
「え、ミレイユ?」
「…こ、殺しちゃうのはダメです」
いくら先輩憎しと言えども死んで欲しいとは思わない。
大量の大きな蜘蛛にたくさんたかられて失神しろとは思うが。
「…ああ、本当に可哀想に」
ぎゅっと強くて苦しいくらいの力で抱きしめ返される。
「ミレイユは優しくて、可愛くて、理解があって…けれどそこに付け込まれたんだね。彼にも、俺にも」
「え」
俺にも?
「けれどダメだよ、ミレイユ。人外との混血に甘い顔なんてしたら…食べられちゃうよ」
こんな風に、と首に噛みつかれる。
痛い。
「え、え」
「…いや、我慢しないと」
ぐっと私を抱く腕に力を入れ、首筋から顔を離すゼン様。
噛まれたところから私の血が流れ出る。
ゼン様はそれを見て我慢ならないとぺろぺろ舐めとる。
ここまでされればさすがに察した。
この人吸血鬼との混血か。
まさか純血種ではないよね、太陽克服してるし。
「…美味しい」
「ゼン様」
そのまままた噛み付こうとしてくるので一応声をかける。
食べ殺されてもゼン様なら文句はないが一応。
すると止まった。
「…ごめん。でもわかったよね?人外との混血なんて、結局はこんなものだよ。あの先輩だって…」
「…んー」
なるほど。
自分も吸血本能で苦しんでるから他の混血もそうだと思っていらっしゃる。
…その偏見はどうかと思うけど、やっぱり基本私の心配をしてくれたり優しいゼン様には変わりないにゃあ。
よし、問題なし。
「…えーっと、とりあえずこれからしばらく保護されるのも先輩をよく思ってないのも理解了解です。ただこっちも確認していいですか」
「え、え…うん」
「ネイ様のこと大事なら何故手放さないんです?」
「…ん?」
いや、好きな人を手放せとか酷いこと言ってるのはわかるよ。
でも吸血しちゃったら可哀想…いや待てまさかネイ様が病弱なのって度重なる吸血のショックで…あるいは貧血で?
「いやあの…なにか誤解してる?」
「え?」
「ネイは…その、性格見てればわかるだろうけど天使の混血で」
「…はい?」
「ネイを隣に置いとくと吸血本能防げるんだよね。触れ合ってればなおさら。だからベタベタしてたんだけど…もしかして、ヤキモチ妬いてくれてたの?」
…待って。
待って。
「嬉しい…俺、理解ある優しいミレイユが大好きだけど、そっか、ヤキモチ妬いてもらえるのって嬉しいね…他の女に妬かれても迷惑でしかないのにな、なんでかな」
…いや、なんでかなじゃなくて。
「…えーっと、どこから聞こう」
「なに?また質問?」
にこにこいつもの笑顔に戻るゼン様。
初めてこの人を殴りたいと思った。
いや、もちろん変わらず好きだけどさ。
説明…説明!!!
「ネイ様が天使の混血なのに体が悪いのって…」
「あ、俺のせい。俺の吸血本能防ぐのに力使いすぎてね。でも手放すと俺が困るから…まあ、合意の上だから心配ないよ。ネイとネイの実家にはお賃金渡してるし」
問題しかない。
私の大好きな優しいゼン様はどこいったん。
いやまだ、まだ好きだけど!
まだ好きだけど!
「え?で?なに?」
「ん?」
「理解ある優しい私ってなんですか?」
「ミレイユは最近ではむしろ珍しいくらいの純血種のニンゲンで、だから俺達みたいな人外との混血の中でも力が強いのばっかり君を欲して周りに集まるのに、いつも優しいからさ。気付いてないだけかと思ってたんだけど、婚約前の俺の誕生日にお祝いのお菓子くれたでしょ。芳しい純血種のニンゲンの血の香りが微かにする美味しいお菓子。わかってくれてるんだって嬉しかった」
にこにこと告げられて、やらかしたと悟る。
違う。
違う、あれは単に不器用な人間が不手際で怪我してお菓子に血が混ざっただけです…!
あとまさか血が混じっちゃうとは、さすがに入ってないだろう大丈夫だと思ってたよごめんね!!!
「あの…誤解です」
「え?」
「私、ゼン様やネイ様が混血なんて知りませんでした。理解ある優しいニンゲンなんかじゃないです。お菓子は単なる不手際です」
「…嘘」
あーあーあーあーもう!
変な誤解が解けたのはいいけどそれで嫌われたらやだな。
やだな!!!
「ご、ごめん、じゃあ…ネイとベタベタしてたの、本当はすごく嫌だったんじゃ…違うよ!?ネイとはそんな関係じゃないから!むしろお金を払って利用してるだけというか!!!」
「その言い方は逆にあらぬ誤解を招くのでやめましょうゼン様!なんとなく理解しましたから!」
「良かった!」
「なにも良くないよ!?」
…反応を見るに嫌われてはいないな?
あと本当にネイ様のことはなんとも思ってないにゃあこれ。
どちらかというと蔑ろにしていたと言えるレベルでは。
「でもごめん…傷つけたよね…これからはもっと愛を伝えるから」
「え、いえ勝手に諦め放ってたんで別に…え、愛って?」
「だから、愛してるって伝えるねってこと。…諦め放ってたんでってなに?」
おやぁ?
面倒な気配を察知。
「いえなんでも」
「ねえごめん説明」
「いや本当になんでも」
「説明」
散々説明を怠ってきた貴方が仰るか!
「いや…本当に愛してるのはネイ様なんだろうなぁって…思って」
「…うん」
「ごめんなさい…?」
「うん」
にっこり笑っているのに、なんでだろうなぁ。
この寒気。
「じゃあ、まあ、手っ取り早く愛を伝えることにしようか」
「…えーっと」
「愛し合おう」
ちょうど良くベッドの上だったので、押し倒される。
「知ってる?吸血鬼との吸血えっちってね、ニンゲン同士より気持ちいいらしいよ。…夢魔にだって、きっと負けない」
「あの人と張り合わなくていいです、誤解です」
「愛してるよ」
「盛るな盛るな」
好きな人をまったく理解してなかったんだなぁ、とか。
好きな人の多分良くない部分を知ったのにまだ好きとか笑えるなぁ、とか。
実は誤解に誤解が重なっていたものの一応ちゃんと両思いっぽいなぁ、とか。
思うことが色々あるので一旦愛し合うのは先延ばしにしてくださいな。
あとあの先輩はなんてものを煽ってくれたのか、屋敷から出られた日には大量の蜘蛛のおもちゃをお見舞いしてくれる。
「…今不快なこと考えなかった?」
「なんのことでしょう」
「まあいいや愛し合おう」
「ステイステイ」
いい加減貞操の危機を感じたところでドアがバンバン叩かれる。
「ゼン!ダメって言ったでしょ!ミレイユ様今助けますから!!!」
「ちっ…」
さすが天使、今ここに救いの手は差し伸べられた。
なおその後ネイ様の効果で冷静になったゼン様から婚約破棄しないでと縋り付かれたり、実は私が理解ある優しい人なんかじゃなかったのを知ったネイ様にゼン様との関係を改めて告げられ土下座されかけたりした。
で、厄災を振りまいてくれた先輩は何事もなかったかのようににこにこ絡んできたので三人で蜘蛛のおもちゃを大量に投げつけてやった。ネイ様も乗ってくれたのは意外。
まあ、なんだかんだで監禁されず平和な日々に戻って、色々な誤解も解けて精神も安定して今は幸せ。
ただ周りの他の人も大概混血だと知った時には青ざめた。ゼン様曰く害があるのは俺が排除するから安心していいとのことだがそれもそれで…しかもネイ様曰く寄せ付けやすい私を監禁する計画はまだ諦めてないっぽいので気は抜けない気がする。
…うん、世界は今日も平和に狂っています。いつものことだね。
俺には可愛い後輩ちゃんがいる。今時珍しい純血種のニンゲンの癖に、世間を知らない可愛い子だ。
普段は力のある人外ばかりに囲まれているから半端にニンゲンに近い俺は近寄れなかったのだが、学園に入学してきたかと思えば基本一人行動ばかりするから先輩という肩書きの元簡単に話しかけられた。一応これでも公爵家の息子というのもあって、後輩ちゃんも拒絶はしなかった。
それをいいことに最初から全力で揶揄って遊んでいたので俺のことを本気で嫌いな後輩ちゃん、それでもどこかしら俺に甘えて依存する様子がとても可愛い。
後輩ちゃんは普段は面倒を避けて人に反抗しないが、俺にはそういうのは無駄だと知ったからだろうか。がっつり反抗してくるし、それを本人も楽しんでる。無自覚だと思うけど。
本音をぶつけられる相手というのは貴重らしく、反抗するという形で全力で甘えてくる姿がまるで…そう、甘噛みしてくる子犬のようで可愛らしい。
だからまあ、婚約者くんと浮気相手と三人でいて無理して笑顔でいるのを見てつい声をかけてしまったのも仕方がないというか。
そこで婚約者くんをつい煽ってしまったのも、後輩ちゃんをくれないかと聞いてしまったのも俺は悪くないと思う。
…残念ながら、後輩ちゃんはそれきっかけで婚約者くんと仲良くなってしまったようだけど。
あのまま甘えさせて依存させてればこっちに逃げてくるかなと思ってたのに、余計なことしちゃったな。
その分幸せそうだからいいけど。俺への態度も変わらないし、甘えも依存も無くなったわけじゃないし。
恋愛関係じゃなくても、後輩ちゃんにとって俺は明らかに「特別」だから、ね?
独占欲の強い君には悔しいかな、婚約者くん?