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開拓者組合のテントの前に辿り着いた私達は、他プレイヤーの流れに沿ってテント内に足を踏み入れた。
「人多いな」
「みんな来る場所だからね〜。それにリリース初日だし、普段より混みやすいんじゃない?」
一度足を踏み入れたものの、あまりの人の多さに私達は唖然とする。テントの内部はどういう構造か外観より広く見えるのだが、それでも溢れ返りそうな程に大勢のプレイヤーがテント内に押し寄せる。これでは登録などまともに出来ないと考えた私達は、登録を一旦諦めてテント外へ避難した。
「……人多すぎね?」
「……この感じだと、組合登録用の仮設テントとかありそうだから、一旦聞いてみよっか」
確かに。と、みさの案に頷くと、みさは組合テントの前にいるNPCに声を掛けて、仮設テントの有無と場所を尋ねた。そして、NPCから聞いた情報を元に、私達はポータル広場から南に少し離れた拠点外れに向かう
そこに向かうと、多くのタープテントが乱雑に建てられており、私達と同じ様に組合テントに入れなかった登録志願者達が幾つも列を作っていた。
この場所もかなり混雑はしているが、屋外という事と皆が自主的に列を作っているお陰で、人の流れはかなり良い。
「やっぱリリース後は混むんだね〜。ベータの時もヤバかったけど、そもそもプレイ出来る人が少なかったから、ここまで混まなかったよ」
「こんな人気だとは思わんかったな。何処にもヘキグラの話題は上がってなかったし、私が知ったのもこがまるから聞いたからだし」
「皆どこで知ったんだろうね。……取り敢えず並ぼっか」
プレイヤーが多い事に2人で首を傾げながら、比較的短そうに見える近くの列の最後尾に並び始める。
「んん〜!……そいや、ちぃのそのバッグ、チュートリアルの2体同時討伐クリアしたんだね」
並び始めてすぐ、みさは暇そうに伸びをしながら、私が肩にぶら下げているみさとお揃いのバッグを見てそう言った。
「ん?あぁ、そういや時間制限があったっけ。アレに10分も掛かる人いんの?」
「時間制限もあるけど、あれ、自分のHPを3分の1減以上らすと強制失敗なんだよね。まぁ、5、6発攻撃が直撃しない限りは失敗しないんだけど」
「尚更失敗する人いないでしょ。居るとしたら、大剣持ってスキル獲得しなかった人か、無手とかいう変態プレイをやっちゃった人だけでしょ……」
私の知らない失敗条件を聞かされても尚、キャビィの同時討伐を失敗する人が居るとは思えなかった。行動速度が低下したままのプレイヤーや、縛りプレイをしているプレイヤーは別として、失敗する人が居るとすればそれは、フルダイブゲームが向いてない人か、極度の運動音痴だけだ。……そう思ったが、みさは不敵な笑みを浮かべながら右手の人差し指を立て、横に振る。
「ちっちっち……。ちぃさん、それは間違いだよ。大剣の方はその通りだけど、無手は変態プレイなんかじゃぁ無いんだぁ!」
「ねっとりボイスキモ」
ドヤ顔披露するオタク特有のねっとりボイスに、素で引いてしまった。
「ちょ、違うじゃん。もっと驚いてよ」
「キモ!」
「ちっがう!そっちじゃ無い!……もういいよ」
素の反応では物足りないらしいので強めに罵声を浴びせると、みさの求めていた反応とは違った様で、声を荒げると頬を膨らませて顔を伏せてしまった。
「拗ねんなって。……で、無手って拳の下位互換だと思うけど……強いの?」
冗談に落ち込むみさに対し、欲しかったであろう質問を投げ掛けると、みさはゆっくりと顔を上げて喋った。
「無手のスキル効果と、拳の携帯時と装備時の効果って知ってる?」
「えっと、無手のスキルは……行動速度20%上昇と速度低下デバフ軽減。後はダメージペナ無効だったね。拳は……他武器の携帯と装備が出来ない代わりに、行動速度と肉体ダメージが20%加算されるんだよね」
因みに、拳スキルは攻撃力上昇と装備着脱不可時間短縮という物だけ。スキルを獲得しなくても武器の使用には全く影響が出ず、他スキルにポイントを回せる利点がある。
「確かに、それだけ見たら拳は強いよね。だけどさ、1つ大事な物を見逃してるよ」
「大事な物?」
「そう。拳……爪もだけど、装備中はアイテムの使用が一切出来ないの。しかも、攻撃後の数十秒は武器が外せないデメリット付き。更に、腕や手に着ける装備全般装着不可だから、アクセや防具の恩恵が得られないの」
「……うわ、ほんとだ。気付かんかった」
みさの話を聞いて、スキルから拳の詳細を確認する。するとみさの言う通り、拳や爪の装備時はアイテムが使用不可。バッグや固定ポケットの確認すら出来ないらしい。そう考えると、拳や爪は癖があって使い辛い。
「ちな、私は無手で進めてる。てか、ベータプレイヤーの半数は無手じゃないかな。蹴り攻撃でダメージ喰らわんし、行動速度が常に速いから効率良いし。strが高いと相手を鷲掴みに出来るから、小型モンスターの狩りが一方的に出来るよ」
そう言うと、みさは何も持っていない両手をヒラヒラと振ってみせた。
「まじ?でも、武器を装備出来ないのはキツイんよね。遠隔攻撃出来ないでしょ?」
「投擲アイテムは使えるから、逆に拳より間合いは広いね……って、順番来たね」
前に並んでいたプレイヤー達も捌け、受付に辿り着いた私達は雑談を止める。そして、「お先にどうぞ」とみさに促された私は、受付の前に立ってNPCに話し掛けた。
「あ、えっと、登録に来ました」
が、なんと声をかけて良いか分からず、言葉が一瞬詰まってしまったが、受付NPCは気にする事なく受付の業務を行う。
「組合員登録ですね。では、組合証を発行しますので、こちらの魔道具に手を翳してください」
そう言ってNPCが手差したのは、テーブル代わりの木箱の上に置かれた、台の上で浮いている地球ゴマの様な置物。
「どっちの手でもいいの?」
「はい」
翳す手に左右の指定は無いようなので、無難に右手を地球ゴマの上部に翳す。すると、地球ゴマは勝手に回転と揺れを始め、青白いレーザーを放つと台に置かれた金属の板に印刻を刻み始める。
「なんか見た事あるな。アニメかゲームか……忘れたけど」
何処となく見覚えのある光景にそう呟きながら待つ事十数秒、地球ゴマは青白いレーザーを止め、NPCが出来上がった組合証を手に取ると私に渡してきた。
「こちらが組合証となります。再発行にはお金が掛かりますので、無くさない様に」
「ども」
組合証を受け取ると一旦みさに場所を譲り、カードを眺める。
カードには、六角形が2つ重なった円のような図形と開拓者組合の文字。そこに、持ち主である私の名前とレベルが書かれており、裏面には何も記入されていない。カードを2度、素早くタッチして詳細を開くと、ダンジョン踏破階層の欄が表示されるが、当たり前だが空欄だ。
「踏破階層ね……これって自動更新かな?」
そう独り言を呟くと、丁度組合証を作り終えたみさが独り言に返事を返す。
「そだよ。だから、踏破階層の誤魔化しとかは出来ないよ。1回目のベータテストの時はアイテム納品で踏破階層を決めてたっぽいから、それ対策って感じ」
「そりゃ楽だね。…で、木漏れ日のダンジョンは何処なん?」
「木漏れ日の洞窟ね。……場所はタウンを出て南側に行けばあるっぽい。大体2〜3分位かな、マップ見ながら移動すれば通り過ぎる事は無いよ」
「以外と近いね。目と鼻の先じゃん」
「このゲーム、ダンジョン以外の場所は意外と狭いから。その分移動は楽だけど……。とは言っても、最終的にはダンジョンに向かうのに、10分とか余裕で掛かるけどね」
「MMOなら普通じゃない?寧ろ、そんだけで済むとか早いでしょ」
別エリアの移動に10分。MMOやRPG系のゲームであれば、特段驚く事ではない。寧ろ、ヘキグラの世界観にしては短過ぎる位だろう。
「やしがに。取り敢えず、転移石買ってから行こっか」
大した事ないという私の言葉をみさは軽く流すと、知らない単語の知らないアイテムの名前を出した。
「転移石?」
「使うとタウンやハウスに転移出来るアイテム。組合の売店に拠点用のが売ってるから、買いに行こ」
どうやら、ヘキグラはエリアの移動時間が短い上に、転移アイテムの購入がゲーム内通貨で出来るらしい。他のゲームであれば、転移アイテムは有料である事が多いが……良心的だ。
「ふーん。じゃあ行こっか。……ねぇ、組合証ってどうしたらいいの?」
そんな事を考えながら、先を歩くみさに着いて行くのだが、一向に消える気配の無い組合証に疑問を抱いて足を止めて質問をする。
「固定ポケットに入れた方がいいよ。バッグに入れてるとロストするかも知れないし」
「これってアイテム扱いなん?」
「うん。基本的に、固定ポケットの1枠はそれで埋まるって考えた方がいいよ。持ち運ばないとダンジョン入れなかったりするし」
組合証はステータス扱いだと考えていたので、アイテムとして保管しなければいけない事に、思わず驚きの声を上げる。
アイテム扱いなのは別に良い。だが、デス時にアイテムロストの可能性があり、且つ再発行にG……ゴールドと呼ばれるゲーム内通貨が必要である。
しかも、それを所持しなければならず、ロストしない為には固定ポケットに入れる必要がある……。固定ポケットという絶対にアイテムをロストしない貴重な枠を、このカード一枚に割かなければいけないのか。
「嫌な仕様だね」
「ドッグタグみたいなもんよ。PKされると確定でロストするアイテムだし。まぁ、相手が拾わなければそのままだけど」
「……まぁ、下手にロストしたく無いし、仕方無いかぁ」
そう愚痴りながら、私は固定ポケットに組合証を仕舞った。
「じゃあ行こっか」
私が諦めて固定ポケットに組合証を仕舞ったのを見て、みさはそう言うと再び歩き始めたので、私も後に続いて組合テントに向かう。
「……うん、まだ混んでるね」
少し時間が経ったとはいえ、組合テントは未だに人が溢れ返っていた。仕方が無いので、売店の位置と利用方法を知っているみさだけが売店に向い、私はテントの前の邪魔にならない場所で待つ事になった。
「とりま2個買ってくるから。そこで待ってて」
「お金足りるん?」
「1,000Gで買えるから十分。初期金額10,000Gだし」
そうしてテント内に消えていったみさを待つ事数分。買い物を終えたみさが戻ってくると、バッグの中から水晶を取り出して私に手渡してきた。
「ほいコレ。次買う時奢ってね」
「ありがと。……へぇ、思ってた見た目と違うな。紋様が浮かんだ石を想像してた」
手渡された水晶は、雑に削られた石槍の穂先に似た形をしており、詳細を開くとそれが転移石だと分かった。思っていた物とは随分と違う見た目に、自然と声が上がってしまったが、寧ろこちらの見た目の方が転移石という名に似合っている。
……正式名称は転移石[拠点]。耐久は100もあり、重量は0.1kgと、固定ポケットの事を考えると少し重め。使用すると最後に訪れた拠点のポータル広場に飛ばされるらしく、使うと消える消耗品だ。ただ、戦闘中は使えない様なので、逃亡の為に使う事は出来ない。
詳細を読み終えると、転移石を固定ポケットに仕舞う。固定ポケットの残り枠は2枠、重量の空きも0.32kgになってしまった。
「さて、じゃあ配信始めようか。ちょっと早いけど、時間も丁度いいし」
時刻は午後7時半前。配信予定時間より少し早めではあるが、開始時間的には丁度いい頃合いだろう。
「そだね。ほんとは予定通り8時にやるのが良いんだろうけど……早くダンジョン行きたいし」
みさとそう話し合い、私達は配信を始める為に一旦人気の無い場所へ移動する。場所は勿論、少し前に逃げ込んだテントの間だ。
「じゃあ、配信始めたいんだけど……ご指導のほど、よろしくお願いします。こが先生」
「うむ、任された」
みさはベータの時からヘキグラの配信を行っているので、配信のやり方は熟知している。逆に、私はフルダイブゲームの配信すら一度もしたことが無いので、全くもってやり方を知らないのだ。
「配信方は簡単。メニューを開いて下の方に、動画撮影と配信設定の項目があるでしょ?」
私はみさの説明を聞きながら、言われた通りに操作を進める。
「で、外部アカ連携はしてあるんだよね?」
「うん」
「なら問題無し。項目をタッチすると、動画撮影と配信の選択肢が出てくるから、配信をタッチして」
「……した」
「で、配信サイト表示と配信設定が出てくると思うんだけど、まずは配信設定を見てみよっか」
配信設定の画面には幾つか項目が並んでいる。上から、カメラ視点、他者音声調節、グラフィック設定、fps設定がある。
「カメラ視点は、1人称と3人称が選べて、3人称の時は自動と手動で選択出来るよ。他者音声は、他のプレイヤーの音声を配信に載せるかどうかの設定が出来る。特定の人だけ載せる事も出来るよ。で、グラフィックとfpsは構わなくても配信サイトの方で決めれるから気にしなくて良い。取り敢えず、他者音声設定で私以外の人の音声をオフにしなよ」
そう言われたので、他者音声設定をタッチする。すると、他者音声がオフになった後にフレンド欄が表示され、こがらし丸の名前が灰色に暗転していた。音声をオンにするには名前をタッチして明転させれば良いらしいので、こがらし丸の名前をタッチして白く明転させる。
「出来た」
「次はカメラ設定だけど、最初から3人称の自動視点になってるから、そのままの方が良いかも。1人称は視聴者に優しく無いし、手動だと自分でカメラの位置を変えないと駄目だから」
「おっけ〜。カメラって見えるの?」
「カメラ設定を開けば視認出来るし触れるけど、それ以外の時は透明だし、触れないね。あ、最初は手動で自分を移した方が良いか。挨拶とかあるし。やってみなよ」
確かにと頷きながら、カメラ設定をタッチして3人称の手動を選択する。すると、目の前に球体型の、世界観に相応しくないメカメカしい白いカメラが出現した。
「こがまるに見えるの?」
私はカメラを鷲掴みにして、視野画面の左側に表示されたカメラ視点のディスプレイを見ながら位置調整をし、みさにそう尋ねる。
「他プレイヤーからは見えないし、触れないよ」
「おっけ。カメラ調整出来たよ」
「じゃあ後は配信するだけだね。配信サイト表示を選択して、普段配信してるサイトを選択したら、後はいつも通りサイトに従って配信開始するだけ……。オープニングとかは、ADやパソコンから事前に、サイト側の配信設定に入れとかないと駄目だけど……ちぃの事だから入れてるでしょ?」
「うん。一回サイト開いて、大丈夫そうなら配信するね」
「おっけ〜!私も同じタイミングで配信始めるから合図よろしく!」
その言葉に頷くと、配信サイト表示の項目をタッチしていつもの配信サイトを表示させる。配信予約をしてあるので、配信の枠取りや準備は必要ない。配信を開始すれば自動で準備中画面が表示される様になっている。なので、一旦配信を開始して準備画面を表示させた。
「準備画面開いたよ。こがまるは準備いい?」
「いつでもオーケーだよ」
「じゃあ、3カウントで始めるね。3……2……1……開始!」
みさの準備が整った事を確認すると、私はゆっくりとカウントを始め、開始の合図と同時に、準備画面からゲーム画面へと切り替えた。