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 迷いの霧海の入り口。数は少ないが、複数のパーティが入場準備をしている所へ、割り込み入る。

 装備が違うからか、1人を除いて私を私だと気付いてはいない。寧ろ、全身白色の毛皮で覆われた装備に目を奪われたから、私が私であると気付かないのだろう。

 気付いている者は恐らく上級者。周囲の初心者達の同伴だろう。こちらに声を……いや、こちらに襲い掛かってこないのは、初心者達の為か。それとも……。


 こちらとしては、問答無用で襲い掛かってきて欲しい所だが、見過ごされるのであれば、こちらも見逃そう。そう、彼らを横目で捉えつつダンジョン内に転移する。


 入り口にあれだけ居たというのに、私と同時に入ったプレイヤー達は居ないのか、周囲にプレイヤーの影は無い。それならそれで良いと、自身の姿を見下ろして外見の確認を済ませる。

 ミストウルフの毛皮を使用しているからといって、奴らの様に霧の中に姿を消せる訳では無い様だ。だが、動きを止めている間だけ、僅かに姿を霞ませる効果があるらしい。このダンジョン専用の効果ではあるが、当分居座る予定なので、使い熟せる様にしておきたい。


 一先ず、マップは既に埋めており、ポータル位置は把握しているので、早速5階層まで潜る。

 辺りからは相変わらずの戦闘音。とはいえ、少し歩けばモンスターに遭遇する程度には、狩場は潤っている。

 今回はモンスターを狩るつもりでいない為、バッグの類は持って来ていない。アイテムは全て、他プレイヤーから現地調達するつもりでいるからだ。

 シカモドキは無視し、襲い掛かってくるタイラントードだけを相手取り、ミストウルフの遠吠えには出来るだけ近付かない。一応、キリキツネを見つけた際は最優先で狩るつもりだ。


 ドロップ品は全てその場に放置する。以前はアイテムを捨てる際、態々破壊していたのだが、人があまり通らない場所であれば邪魔にならないと、今は放置している。時間が経てば自然と消滅するし、何より、通りかかったプレイヤーが喜んで回収してくれる。サポーターを連れるパーティが増え、荷物容量に余裕が出来たからこそ、喜ばれる行為になったといえる。

 それと残念な事に、イベントアイテムは固定ポケットに仕舞えなかった。そもそも、重量も0.1kgと地味にあり、そもそも容量的に仕舞う事が厳しかった。


「しゃあなし。腰に縛るかぁ」


 少し歩くと、非戦闘中のパーティと鉢合う。先にこちらが気付いたのだが、相手もかなり警戒していた事もあり、高草の揺れですぐにバレてしまう。


「……こんにちは。手は出さないし、先に離れるから見逃して欲しいかな」


下手に警戒され、魔法や矢を放たれたら面倒だ。そう考え、私は右手に持った蜂針ごと両手を上げて立ち上がり、相手パーティに声を掛けた。

 相手パーティは最初、こちらをモンスターだと思ったのか、声を発した事に驚いて見せたが、プレイヤーだと気付くと、1人がこちらに両手を上げて敵対の意思が無い事を伝えてくる。

 このやり取りは、プレイヤー間で当たり前になっている意思表示だ。ダンジョン内で鉢合わせた際、下手に戦闘を起こさぬ様、敵意が無いと相手に見せる為のジェスチャー。だが、私はそのジェスチャーを行った上で、油断したプレイヤーを殺して回るので、ネットの掲示板に危険人物として出回っていた。

 今では私と鉢合わせた際、相手から襲ってくる事の方が多いくらいだ。ただそれは、初心者や中級者といった“弱者”だけ。上級者は逆に、私と同じ様にジェスチャーで敵意が無いと示し、互いにその場を後にする。現に、ジェスチャーを行っている男以外のプレイヤーは、私が襲い掛かった際、即座に反応し迎撃する構えを取っている。それも、対人に疎い者には気付かれない程、自然に。


 彼らは、今の私を襲っても何の得もないと理解している。仮にもし、私が他プレイヤーから奪ったリュックや装備を持っていたら、囲まれ、襲われていただろう。


「なら俺達は、君が視野範囲から消えた後、君が進んだ方とは別方向に進むよ。どこかの誰かさんみたく、背後から襲ったりしないから安心して」


「そう、それなら安心だね。じゃあ、私は北に行くね」


 そう言うと、私は踵を返して北に向かう。

 彼らは言葉通り、背を向けた私に襲い掛かる事なく、すぐに霧の海に姿を消した。私も、今の彼らとはやり合うつもりは無いので、振り返る事なく霧の中を進む。


 ──なんて、温い事はしない。

 一定の距離を離すと、私は踵を返し、彼らの元へ向かう。

 気配を極限まで消し、音が鳴らぬ様慎重に、且つ迅速に動く。

 相手パーティの人数は5人。魔法職が2人に前衛職が3人と、バランスの良いパーティ。武器構成も、1人が無手で他2人が剣盾と大斧という、こちらもバランスの良い構成となっている。そして、後衛2人がロッド持ちで、恐らく火力特化型。リュックを見るに、後衛2人は荷物持ちも兼ねているだろう。前衛の3人は荷物を一切持っていなかった。


 ある程度進むと、前方から荷が擦れる音や鞘が防具に当たる音が聞こえてくる。大斧持ちの女性の重量のある足音も、それに紛れて微かだが聞こえる。

 相手との距離はギリギリ視野範囲外といった所。距離感を間違えれば、簡単にこちらの存在がバレてしまう。だが距離感さえ気を付ければ、私の存在は気付かれる事は無い。


 素材を統一した防具。荷を持たず、腰に鞘を固定し、激しく動いても布擦れ程度の音しか発しない私の装備は、プレイヤー相手の尾行にうってつけだ。

 とはいえ、相手パーティも相当の手練。剣の男は意図的に自身の気配を周囲にばら撒き、大斧の女は気配を消す事なく堂々と歩いている。後衛の2人は、時折見失いそうな程気配が薄まる時があり、無手の男に関しては完全に気配を消している。雰囲気から察するに、私に尾行されている可能性を視野に入れて行動しているのだろう。全くもって隙がない。


 暫く尾行を続け、何度か戦闘を挟むが、それでも好きが全く生まれない。

 これは時間の無駄だ。そう、諦めて身を引こうとしたその時、別方向から他パーティが近寄ってくる足音が聞こえてきた。丁度、私と5人パーティの間を通る様に、側面から。

 5人パーティの気配が僅かに張り詰めるのを肌で感じながら、私自身も気を引き締め直し、高草に沈みながら耳を澄ませる。


「敵意は無い。悪いけど、今は争いを避けたいんだ。────」


 5人パーティの無手の男だろう。私に語り掛けた時と同じ様に、恐らく両手を上げ、合流したパーティに話し掛ける。後半は小声で聞き取れなかったが、十中八九私の事を話しているのだろう。


「へぇ、面白いな。一度会ってみたいもんだ。……で、敵意が無いって示すには、手を上げるんだったな──」


「──戦闘準備!」


 合流したパーティのリーダー的男が意味深に答えると、無手の男が突然声を荒げ、男が短い呻き声を上げた。瞬間、複数のプレイヤーが雄叫びを上げ、地鳴りが響く。

 私を誘き寄せる為の罠かも知れない。そう考えつつ、一番近くにいるであろうプレイヤーを視野範囲に入れ、状況を確認する。

 すると、5人パーティの内の前衛。大斧の女が、剣持ちの男2人と刃を交えていた。

 男達の方は、シカモドキかプチボゥアの毛皮を使った防具に、刃に削った骨を付けた木剣。対して女性の方は、蛇道の洞窟で手に入る素材達で作ったであろう防具に、鉄製の戦斧。2対1で対等に渡り合っている所を見ても、女性の方が格上なのは明らかだ。だが、2人の手慣れた連携を前に、彼女は攻め倦ねている。

 他の人達はどうしているのかと、少し位置を変えて確認する。どうやら後衛のロッド2人は、賊側のパーティの無手使いに襲われ、前衛の援護が出来ない状態でいる。前衛2人に関しては、回り込むか彼等に近づくか、どちらにしても、今の位置からでは確認出来ない。だが、戦闘音は聞こえる。魔法を唱える声も聞こえるので、恐らく賊側にも魔法使いがいるのだろう。


(同業者さんは……6?いや、7人かな。対して獲物の方は5人。だけど、獲物の方が強いから……。モンスター次第……か)


 賊側は、恐らく荷物を持っていない。持っていれば、態々格上と戦わず、拠点に戻って荷を預けるからだ。逆に、獲物側はある程度荷を持っている筈だ。漁夫の利を得るなら、賊側に加担するべきだろう。とはいえ、同業者だからといって仲良し子良しで終われる訳では無く、獲物だからといって敵という訳では無い。

 損得とは、手に入る物に限った話では無い。信頼や信用、恩や貸しといった、目に見えず、触れられぬ物も損得に含まれる。

 今回の場合、同業者に肩入れするより、獲物に恩を売った方が、得られる物が大きい。逆にこの場合、賊側に加担した場合損になる。今後の活動を含めて。


(──となれば、まずは見える範囲で。と)


 苦無の投擲は、私の技術では大斧の女性に当たる可能性がある。風弾で飛ばしたとしても同様、距離的に届かない可能性が高い。

 だが、風弾は届く。問題は、弾き飛ばした先に獲物の仲間が居る可能性がある所。その時はその時で、運が悪かったと考えるしか無い。


 ……いや。その心配は無さそうだ。


 動きは粗方決まった。後は、行動するだけで。


「〈風弾〉」


 小声で、且つ短剣で口元を隠しながら、手前にいる剣の男にカーソルを合わせ、風弾を撃ち込む。男達は交互に大斧の女性に打ち込み、その度に弾かれては入れ替わる。その、入れ替わる瞬間、私の角度から一瞬だけ、男達が重なる瞬間がある。


 ──が、僅かに着弾と重なる間がズレ、吹き飛ばされた男ともう1人の男は掠るだけで衝突はしなかった。それでも、男達の間に僅かな隙が生まれた。そしてその隙を、大斧の女性は見逃さない。


「おりゃあぁぁ!」


 側面から不意を突かれ、吹き飛ばされた仲間に視線を移していた男は、上半身と下半身を両断され、赤いエフェクトを大量に散らして消滅する。

 だが私は、その姿を拝める事は出来なかった。既に霧に潜み、場所を移していたからだ。

 本命は、後衛2人と戦っている無手使いの男。既に後衛の1人は、かなりの攻撃を受けており、もう1人の後衛の人に守られている形だ。だがそれも、そう長くは持たないだろう。


 霧狼の上顎から蜂針に持ち直し、左手を空ける。そして、口元に左手を寄せると、大きく息を吸い込んで溜め込み、吐き出す。


 クオォォォォォン────


 拙い声真似。設定上、耳を劈く程の声量も無い。だが、戦闘中、且つ気配の無い場所から突然聞こえた遠吠え。その環境が、拙い声真似を本物と錯覚させる。


「ミストウルフか……!」


 無手使いの賊が動きを止め、仲間が居るであろう方向に振り返る。その瞬間、私は高草の海から飛び出し一気に賊との距離を詰める。

 音と気配を察知し、無手使いの賊と後衛2人がこちらに振り返る。そして、無手使いの男は目を見開いて声を漏らした。


「俺がターゲットかよ!……って、めぎ──」


 私の姿を一目見て、ミストウルフと思い込んだ男は、私がプレイヤーであり、且つ女狐と呼ばれる存在だと気が付くと、一瞬身体を硬直させる。が、即座に意識を切り替えて私に拳を向けた。だが、遅かった。


「〈火球〉!」


 横に居たロッドの男が、僅かな隙を突いて魔法を放つ。

 無手使いの男はその声に反応して回避行動を取るが、その瞬間、私から視線と意識が外れ、次はその隙を私が突く。


「どっせい!」


 無手の男の反応は良かった。だが、短剣を受けたのは拳では無く腕。剣を弾く硬度のある拳では無く、無防備な腕で。


「くっ……お?」


 蜂針は腕に浅く刺さり、毒液が男に注入される。痺れにより動きが鈍った男は、体勢を崩していた事もあり、足を縺れさせて構えが緩み、視線が足元に移る。そこへ再び。今度は後衛の男の魔法と私の短剣が叩き込まれる。


「ちょ、ま──」


 無手使いの男は抗議の声を最後まで上げる事が出来ず、刺突と火炎に襲われ消滅した。


「女狐……。仲間じゃなかったのか?」


「そんな訳。私なら、もっと賢く襲う」


「たとえば?」


「最初に囲んで、隠れた盗み役が不意を突いて盗む。最初から全員の姿を見せるのは、馬鹿のやる事だよ」


「……確かに。そう言われたら、俺もそうする」


 話していると、背後から高草を割る音が聞こえる。どうやら、前衛組は戦闘を終えた様で、後衛組の援護に来た様だ。私は襲われる前に、敵意が無い事を示す為両手を上げ、振り返る。


「やっぱり、跡付けて来てたか」


「ん、まぁね」


 バレていたのかと、肩を上げて視線を逸らしながら答える。


「で、仲間じゃ無いんだろ?見た感じ」


「まぁ、うん。私なら、もっと上手くやるし」


「だろうね。一応、何回か配信を見た事あるから、違うだろうとは思ってたよ。……で、ソレは信じて良いんだよね?」


 ソレとは恐らく、私のジェスチャーの事だろう。


「それは信じて欲しいかな。遺品探しや、アイテム回収も済ませたいし」


 敵意が無いと信じてくれたのか、無手使いの男は黙って頷くと、後衛2人に声を掛けに行く。そこへ入れ替わる様に、大斧の女性が声を掛けて来た。


「さっきは助かったよ。私は1人でも相手出来たけど、後衛の人達はやられてただろうから」


「気にしないで。それより、バッグ持った賊って居た?」


「バッグ……?いえ、全員手ぶらだったと思うけど……ジフ!」


 私の問いに大斧の女性は首を傾げると、無手使いの男を呼ぶ。


「俺達が相手した奴も持ってなかったよ。荷物持ちが近くに潜んでるか、バッグを奪うつもりだったんじゃ無いかな」


 それを聞いて、私は少し考えた後、「わかった」と彼らに言い、レッドクリスタルからお金を回収した。


「じゃあ、私は少しこの辺りを彷徨いてるけど、敵意は無いからね」


「遺品回収だね、分かった。俺達はセーフティまで移動するよ。1人、結構削られちゃったからさ」


「へぇ、セーフティあるんだ」


「5と6階層は確定であるっぽいよ。4以下はランダムって話だけど……。じゃあね行くよ、次会う時も味方として会える事を願うよ」


「うん。またね」


 そして5人組パーティと別れると、私は周囲の探索を始めた。


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