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ダンジョン探索やモンスター討伐などやる価値無し。そう思える程、窃盗やPKは楽にアイテムを得る事ができ、それ以上に、他では得る事のできない快楽を得る事ができた。
アイテムを盗まれた者達の怒声。不意打ちで殺された者達の表情。そして何より、その者達を殺し、その者達から奪う力を持つ自分自身の力が、何よりも心地良く、悦を与えてくれる。
自分にそんな“才能”があるなんて、今まで気付かなかった。いや、普通の生活を送っていれば……hexagran dungeonsに手を出していなければ、今も、これからも、その気があったとはいえ気付く事は無かっただろう。
“盗みの才能”。高価な物の匂いを嗅ぎ分け、人の動きや心を読み、奪い殺す事を躊躇わず、悪行に悦を感じる事が出来る。その才能が、私にはある。策を練り、講じる力も、私にはある。
だが、現状足りない物がある。それは装備。
今の装備の性能は、最前線組と比べれば劣るが、それでも、一般プレイヤーと比べれば一段は上の性能を持っている。だが、足りない。
今の武具の性能はあくまで“モンスター用”。不意の攻撃から身を守り、最低限の急所を隠す、防御面に優れた装備だ。だが、機動力で言えばそこまで良い訳では無く、急所以外に弱い。あまり賢くないモンスター相手であれば、急所さえ守れば良いのだが、頭を使うプレイヤー相手になると、急所以外の守りが重要になる。
防具を作る為のアイテムは十二分に揃っている。下地とする防具を買う為のお金も、有り余る程貯まっている。
であれば、狩場に適した防具を。潜み、殺す事に特化した装備を。
私は自分の身長ほどある大きなリュックを倉庫から取り出し、空きテントを1つ借りると、防具屋に立ち寄った後マップを頼りに借りたテントに向かい、荷を下ろす。
リュックの中には、かなりの数のミストウルフの毛皮とマッドスナイルの殻、そして、それらを加工する為の道具が入っている。
それ以外にも、タイラントードの毒液やリロービーの毒嚢、リリース初日に手に入れたゼリー状の布も入っている。これらに関しては念の為、使うかも知れないので持ってきた。
今回作る防具は、胸当てと小手。そして、ブーツに外套の4つ。全てミストウルフの毛皮を使用し、自身の毛色と合わせる予定だ。
先ずは胸当て。これに関しては、一度加工した事があるので手早く加工する。
胸当てにパラソルパインの樹液を塗り、その上にミストウルフの毛皮を貼り付け、縫い合わせる。そこへ更にミストウルフの毛皮を縫い合わせ、腹周りを覆い隠して服のように仕立てる。見た目は、胸元が分厚く、背が大きく開いたキャミソール。これ単体だと少し過激な見た目だが、外套を羽織る予定だ。
次は小手。今回の防具作りで一番時間が掛かるであろう装備だ。
その理由は、マッドスナイルの殻の加工。私の戦闘スタイルを考えると盾は持てず、かといって、咄嗟の時には腕で身を守らなければならない。以前は咄嗟に腕に毛皮を巻いてやり過ごしたが、プレイヤー相手ではそうはいかない。最低でも、牽制程度の軽い攻撃を弾く為の対策が必要だ。
マッドスナイルの殻は簡単には加工できない。それだけ硬く、それだけ防具としての性能が良い。では、どの様に加工するのか。それは意外にも、マッドスナイルが出現する場所に答えがあった。
「マッドスナイルと一緒にいたあのモグラ……モネイルの爪が、マッドスナイルの殻を加工する為に必要なアイテムだったとは……盲点だったよ。よく考えたらあの時、マッドスナイルの殻に簡単に穴開けてたっけ」
鋭く、長く、硬い。あの岩壁を掘り進む事の出来る爪。それが、モネイルの爪。流石、難易度2の中でも高レベルのダンジョンだ。他の難易度2のダンジョン産の素材と比べ、一段上の性能を持っている。勿論それは、マッドスナイルの殻にも言える事。
マッドスナイルの殻にモネイルの爪を突き立て、菱形を縦長に割る為の線を引く。
黒板を引っ掻いた音を柔らかくした不快な音が耳を突き、自然と眉間に皺が寄る。だが、少しずつではあるがマッドスナイルの殻は削れ、殻の削りカスが腿に積もっていく。この削りカス自体も、素材として役に立ちそうだが、それを入れる為の入れ物を用意していない為、今回は仕方なく払い落とす。
1時間弱も削り続け、やっとの思いで半分に割ったマッドスナイルの殻を、革の小手に当てがい位置を調整する。
元の小手の形状は、肘下まである厚手の指抜き手袋に、革を何重にも重ねた板を外側に貼り付けた物。
先ずは革の板を切り剥がし、ミストウルフの毛皮を樹皮で貼り付けたマッドスナイルの殻を、革の板があった場所に樹皮で貼り付ける。そして、手袋全体を殻に貼り付けた余った毛皮で覆い、樹皮で貼り付けた後、縫い合わせる。
厚手の手袋の上から毛皮を貼り付け、縫い合わせる。試着すると案の定、手首の可動域が狭まっていた。仕方が無いので、手首の外と内の両部分を、先の尖った楕円状に切り取り、動き易くする。その分弱くなった手首横の部分の革に、ミストウルフの毛皮を余分に、且つ丁寧に縫い合わせる。
ブーツに関しても胸当て同様、樹皮を塗り、ミストウルフの毛皮を貼り合わせるだけなので、時間はそう掛からない。ただ、モネイルの爪を爪先に4本貼り付け、靴裏を一度剥がし、小動物の牙を埋め込んだ分、時間は掛かった。とはいえ、小手の制作時間と比べれば誤差であるが。
最後は外套。こちらに関しては、正直作り方を悩んでいた。
外套自体は簡単に作れる。ただ、形通りに毛皮を縫い合わせるだけなのだから、悩む必要すら無い。悩みは形ではなく、“使う素材”。
「ゼリー状の布を裏地に使うかどうか……だけど。魔法耐性を上げる必要が、現状あるかどうかってのと、単純に、この程度の素材と組み合わせて使って良いものか……」
ゼリー状の布はレアモンスターからドロップした素材で、手に入れたいと思っても手に入る物では無い。それに素材の性質上、一度加工してしまうと元に戻す事は容易では無いだろう。仮に、ゼリー状の布に戻せたとしても、同じ用途に使える程、面積は残らない。
加工するのであれば、より良い素材と合わせたい。とはいえ、より良い素材が手に入った時点で、ゼリー状の布にどの程度の価値が残るのかは分からない。
恐らくゼリー状の布は、低レベルの難易度3ダンジョンと同程度の性能を持っている。だが、それは魔法防御に関してのみ。単純な防御面で見た場合、高レベルの難易度2ダンジョンの素材より劣る。
そう考えると、現状手に入る上位の素材と共に、使える状態で加工しておいた方が、攻略はスムーズに進むかも知れない。
「高レベルの素材程、加工は難しそうだし……。簡単に加工出来て、失敗しない素材と一緒に加工するのが無難かな。……うん。そうと決まれば、早速作りますかぁ」
作る。といっても、毛皮を縫い合わせるだけ。頭巾は作らず、長さも腰程。身体の前側は開け、小動物の牙をボタン代わりに首元に縫い付ける。
裏側には、ゼリー状の布を縫い付けている。自重で布が切れてしまうのでは無いかと心配したが、意外にも強度があり、針を通す為に力を込めた程。これなら、防御面でもある程度期待出来る。
毛皮が余ったので、序でにスカートも作った。これに関しては、性能というより見た目用だ。折角白に染めたというのに、腰回りだけ初期状態の革のスカートでは格好が付かない。
服、小手、ブーツ、外套、スカート。全てを作り終え、装備すると、加工を終える。すると、防具達は光を発し始め、私の身体に合ったサイズ感に変化し、若干見た目も変わっていく。
暫くすると光が消え、加工が終了する。目の前には、防具の名前を付ける為の画面が表示されていた。が、その前に装備の確認を済ませる。
胸当てに関しては、胸元の分厚さが無くなり、完全に見た目がキャミソールになっている。小手は殆ど変わらず、ブーツに関しては、モネイルの爪や裏に付けた牙の配列が綺麗に整っている程度。スカートは布の境目がスリットに変化していた。
全体的に縫い目が目立たない様に変化し、綺麗に整えられていた。
大きな変化が現れたのは外套だ。裏に縫い付けたゼリー状の布は、ミストウルフの毛皮と同化しており、背面だけだったゼリーの感触が、裏面全体に広がっていた。
例えるなら、冷却シートの様な見た目と感触。粘着性は無いので、動きに合わせて外套が捲れる事は無いが、この感触には慣れが必要だろう。
因みに、ミストウルフの毛色は厳密には透明らしく、白い皮の色を反射して白に見せている様だ。
次に装備の性能。こちらに関しては、正直外套以外期待はしていない。スカートは言わずもがな、胸当てだったキャミやブーツは、以前の胸当てやブーツより素材として劣っている。
案の定、キャミやブーツの性能は以前と比べて一回り低かった。小手の方は、マッドスナイルの殻を使用している分、性能と耐久値は高い。
問題は外套。この外套の性能によって、今後の攻略のし易さが大きく変わる。
「マントの性能は──」
書かれていた内容は4つ。1つは耐熱。もう1つは自己再生。
驚くべき内容は次の2つ。
1つはある程度予想していた魔法攻撃軽減。正確には、元素魔法ダメージ軽減50%という物。つまり、元素魔法に限り、外套越しに受ける魔法ダメージを半減出来るという効果。
これだけでも声を上げる程驚愕な内容だが、もう1つ、目を疑う効果を有していた。
それは──“状態異常耐性”。文字に触れ、詳細を表示すると、その内容はこうだ。
付与される状態異常値を半減する(端数切り捨て)。
これの何が目を疑うのか。状態異常値を半減、それだけであれば、いや、それだけであっても、十分強い性能をしているのだが、問題はそこでは無く、“端数切り捨て”の所である。
端数切り捨て……つまり、付与値が1の状態異常を“無効化”する。という事。つまり、プレイヤーを相手にした際、常に警戒しなければならない“スタンボルトを無効化出来る”という事。
スタンボルトを撃たせる為の読み合いを一切必要とせず、硬直すると思い込んでいる相手に不意の一撃を喰らわせる事が出来るのだ。
だが逆に、このレベルの装備が現段階で作れてしまうという事。ゼリー状の布は、レアモンスターの素材とはいえ倒せば簡単に手に入る。上位数%のプレイヤーは既に作っているだろう。攻略班に関しては、既に幾つか作って、最前線組に回している筈だ。
いつかは出るだろうと思っていたが、もう既に作れる様になっていたとは思わなかった。だが、いつかは作れる様になっていた物。寧ろ、既に上位プレイヤーの間で広まっていた事に気付けたのだから、僥倖と言える。
「……うん、魔法ダメージ軽減は思った通りだ。マントで魔法を受けないと意味無いけど……まぁ、避ければ良い話か」
今は配信中。決して、外套のもう1つの効果は言わない。だが、攻略班や一部の視聴者は知っているだろう。逆に言えば、大半の者は知らないのだ。そんな貴重で、戦闘に関わる情報を態々吐露する程、私はお人好しでは無い。
「名前はどうしよっか。無難に霧狼のなんとか〜で良いかな。キャミ……だとちょっと嫌だな。……タンクトップ!タンクトップにしよう。霧狼のタンクトップ……ダッサ。でも良いや」
タンクトップに小手、ブーツ、スカートに外套と、視聴者達の意見を無視して順に名前を付けていく。普段なら、雑談しながら視聴者と共に名前付けするのだが、今はそれ以上にやりたい事があるのだ。
今まで来ていた装備をリュックに仕舞うと、私は組合テントに向かいリュックを預け、その足で再び迷いの霧海に向かった。




