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 一瞬感じる浮遊感。例えるなら、エレベーターが降り始める瞬間に感じる違和感。ブーツの底に感じる硬い床の感触が、地面と草の柔らかい物に変わる。


「ふぅ。さて、戻って来ましたよっと」


 迷いの霧海3階層。リスポーンしたとはいえ、初期スポーン地点にはセーフティエリアが張られており、周囲にはモンスターの気配は無い。あるのはただ、視界を奪う濃霧と足を奪う高草のみ。

 もしかしたら、私が死んだ場所に遺品スポットが出現しているかもしれない。そう考えて軽く視線を下すが、すぐに視線を正面に戻す。


 視線をダンジョン内から画面のUIに移すと、スタミナに食料、水分ゲージが死亡前と比べて減っている事に気が付く。拠点で死亡し、拠点にリスポーンした際はそれらのゲージの減少が見られなかった事を考えると、ダンジョン内での死亡ペナルティ、若しくはダンジョン内リスポーンの代償と考えるべきだろう。ゲーム開始から2週間。私はまだまだ、このゲームの知識や理解度が足りていない。


「食料は現地調達出来るけど、水はどうだろう……。どのダンジョンにも水はあったから、このダンジョンにだけ無いとは思えないけど……。スタミナの方は、探索だけなら2時間は持つかな。戦闘多めってなると……1時間ちょいくらいか。休憩は少し多めに取るべきだね」


 もし、スタミナが戦闘中に切れでもしたら、その場で即座に昏倒して袋叩きに遭う。一度、ダンジョン内でスタミナ切れで昏倒しているプレイヤーを見た事があるが、何をしても起きる様子は無かった。他人の身体を操作して、他人の固定ポケットからアイテムが取り出せる事は、その時初めて知った。

 あれを自分がやられたらと思うと、絶対にスタミナ切れだけは起こしたく無い。相手がモンスターで、即座に倒してくれる場合であれば別だが、だとしても、HPよりも積極的に管理しなくてはいけない。


 マップを見ると、このフロアの最初のスポーンを通り過ぎていたらしく、マップには南を指す矢印の様な図形が描き上がっている。丁度、マップ端に表示されている北を指した矢印を反転させた様な、そんな図形。中途半端なマップの埋まり具合に歯痒さを覚えながらも、マップを頼りに東方向へ、ジグザグと屈曲しながら走り始める。


 序盤にある大体のダンジョンは、1km四方の大きさだと言われている。分かりやすく例えるなら、100×100マスの正方形。その中の1マスを最速1秒で進み、周囲10マスの状況を視認出来る。

 何が言いたいかと言うと、その“理論値”で探索出来たとしても、十数分は走り続ける必要があるのだ。だが、現実は違う。

 入り組んだ道、聳え立つ壁、立ちはだかるモンスター。それに加え、周囲を満遍なく見回し、奇襲の警戒をしなければいけない。それが、たった1階層に掛かる労力だ。

 加えて、このダンジョンの視野範囲は他ダンジョンと比べて狭く、障害物が無いとはいえ高草が足を奪う為、速度も出ない。

 幅20mしか無い。たった1kmを埋めるだけで数分、下手したら10分以上持っていかれる。

 普段の、支度もゲージ関係も準備が整っている場合であれば、その程度なんら問題は無い。だが、このスタミナの減り具合だと、早めに休憩を入れないと、この階層で力尽きてしまう可能性がある。


「セーフティエリアが見つかれば良いんだけど、このダンジョンでまだ一回も見た事無いんだよね。あるにはあるんだろうけど……」


 だが、迷いの霧海でセーフティエリアを見つけた事が今まで一度も無い。あるとするなら、走り回っている最中に見つけた、他プレイヤーの初期セーフティくらい。それも、スポーンしたプレイヤー達全員が外に出るか、時間経過で消えてしまう。


「ポータルが先か、セーフティエリアが先か。次エリアでポータルがすぐに見つかるとは限らないし、出来ればこのフロアで休憩を取りたいなぁ」


 そう呟いた時、遠くからミストウルフの遠吠えが聞こえてきた。どうやら、他プレイヤーがミストウルフに見つかった様だ。


「私じゃ無くて良かった……。──あ、それなら、今ここで休憩しても良いかも?あっちにミストウルフが湧いてるって事は、近くに別の群れが湧いてないって事だから」


 戦闘準備が整って居ない自分の場所に、ミストウルフが来なかった事に胸を撫で下ろしながら、今この場で休憩を取る事を思いつく。だが、その思い付きも予想に過ぎず、ミストウルフの群れが近くで湧く可能性も否めない。

 セーフティエリアでは無い場所での休憩は非常に危険。ただそれは、気を休めるという意味での話。スタミナを回復するだけであれば、座るか寝るか、動かなければ良いだけなので、極論戦闘中でも可能だ。とはいえ、動作が遅れる事には変わりない。私がこの場で休憩を取るのも、ミストウルフが近くに湧かないという予想もあるが、それ以上に、他のモンスターが中立であるという理由の方が大きい。


「んしょっと……」


 周囲を一度見回してからその場に腰を下ろし、流れる様に横になる。万が一、プレイヤーが近くに来た時の為に、地面に身体の側面を這わして高草の窪みを細め、この場に私が居る事を悟られない様に息を潜める。

 無意識に動く尻尾を前に抱き、左耳だけ傾けて地面の音に耳を立てる。


 聞こえるのはただ、高草が奏でる音色。微かにモンスターの気配が周囲を漂うが、こちらに意識を向ける気配は無い。


 この様子であれば、配信映えはしないが長く休憩が出来そうだ。

 声を出しては、気配を消して隠れている意味は無い。短剣を握った右手で器用にコメントを打ち込む。


『みんなはイベントアイテム、どれくらい集まった?人が多い場所でも集まるもの?』


 天空から映し出された、横たわる私の姿を眺めつつコメントを待つと、遅れてコメントが加速する。

 やはりというべきか、プレイヤー人気の高いダンジョンはモンスターの取り合いが発生しているらしく、中には集団で1区画を占領する者達も居るそう。その為、アイテムの集まりはそこまで良く無いらしい。とはいえ皆、私の数倍近い数は回収出来ている様子。

 驚いたのは、ソロダンジョンに篭っているプレイヤーがかなり多く、且つそのプレイヤー達の方が、他プレイヤーと比べてイベントアイテムを稼いでいる事。ドロップ率は通達通り低い様だが、それでも討伐数が桁違いな為、下手な狩場に行くより稼げる様だ。


「ソロダンジョンってそんな──」


 思わず開いた口を慌てて閉ざすと、私はコメントを打ち始める。


『それなら最初は、ソロダンジョン配信とかにすれば良かったかな。みんなの参考にもなっただろうから』


 そう打ち込んだ時、新たにソロダンジョン関連のコメントが届く。どうやら、ソロダンジョンで湧くモンスターには上限があるらしい。つまり、1回の潜入で手に入れられるイベントアイテムには限りがある。という事。やはり、普通のダンジョンで場所を確保した時と比べたら、圧倒的に効率は悪そうだ。その上、2回目以降は貢献度を使用するのだから、ソロダンジョンは初回限定のおまけ程度だと考えた方が良いだろう。


『次の配信は、視聴者参加型で蛇道の洞窟攻略とかする?あそこ今人居るかな』


 次回の配信内容に対する、視聴者達の反応を待っていると、耳が音に反応してピクリと震える。

 聞こえて来たのは地面の振動する音。最初は錯覚程度に聞こえていた物音だが、次第に音は大きくなり、遅れて地面の揺れを感じ始める。

 これは、先程、ミストウルフの群れから逃げるシカモドキと出会った時と同じ物。そう思い、身体を起こそうと尻尾から手を離した瞬間、その音に混じって別の音が聞こえる事に気が付いた。

 正確には、音では無く“声”。シカモドキが鳴らす地響きに隠れる様に、複数人の声が聞こえて来る。内容までは聞き取れないが、どうやらシカモドキ達と共にこちらに向かっている様子。


「……ふひっ」


 逃げる為の時間は十分にある。プレイヤーもシカモドキもこちらに気付いている様子も無い為、トラブルになる事も無い。寧ろ、今逃げなければ戦闘に巻き込まれてしまう可能性は高い。だが、私はその場から動かず、笑みを浮かべていた。

 イベント期間中はプレイヤーを襲わない。そんな意味の無い無駄な建前など、既に頭から抜け落ちている。考えるのは、どの様に襲い、どの様に奪うか。ただそれだけ。

 踊り始める尻尾を右手で引ったくり、左腕に抱える。自分の荒い鼻息が、段々と足音に揉み消され、逃げる為に残された猶予が狭まる。


(──きた)


 プレイヤーよりもシカモドキの方が速く、地を響かせる郡は私から少し離れた頭上を通り過ぎる。そして、小さくなる地響きと比例して、プレイヤー達の声が鮮明になってきた。


「ちょっと!追いつかれるよ!」


「これが全力だ!」


「言い合いしてないで足動かせ〜。このまま置いてくぞ〜」


「待て!お主が居なければワシらは全滅してしまうでは無いか!」


「そうですよ!手伝うって言ったんですから、レンさんが倒してくださいよ!」


「いやぁ、俺1人でこの数は厳しいかな」


 どこかで聞いた事のある声。ただ、話し方が想像しているプレイヤーとは随分違う物だ。彼女はこう、もっと強く、キツく、大人びた口調だ。あの様な、子供らしい物では無い。ただ、もう1人、低めの声の男の方は話し方も声質も、私の知る人と同じ物だった。


「まさか……ね」


 私はその場に立ち上がり、声が聞こえる方に振り返る。彼らの声から分かる進行方向を考えると、私の視野範囲内を通らないだろう。であれば、こちらから出迎えに行けば良い。そう思い、声の主達の進行方向へ先回りして走り出す。そしてそこで出会ったのは──


「ポロネーゼ!?」


「げ!ちぃ!」


ミストウルフに追いつかれ、武器を構え始めたポロネーゼとゲンキ、そして拳闘士レンの3人だった。

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