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「んなぁぁ〜!!悔しぃぃぃぃ!」
青く暗い空間に仰向けに飛び込むと、腹から湧き出る悔しさを思い切り吐き出す。目の前には、私が倒された場所が画面越しに表示されており、それが一層悔しさを滲み出させる。
この場所……ヘキグラの中の“死後の世界”、と言えば良いのだろうか。ここに来るのは初めてだ。いや、一度だけ、ポロネーゼとの戦闘後に拠点で自害した際に訪れたが、ダンジョン内で死亡して訪れたのは今回が初めてだ。
目の前の画面。仮に、死亡地点モニタと呼ぶとして、その上にはタイマーが表示されている。10分。それが、この場から死亡地点にリスポーン出来るまでの時間だ。
私の右隣には、拠点へ戻る為の画面と、今回の死亡でロストしたアイテムの一覧が表示されている。拠点に戻るのは後にして、先ずはロストしたアイテムの確認だ。
とは言っても、元々毛皮とイベントアイテムしか持っていないので、ロストしたアイテムも少ない。イベントアイテムが幾つかロストしたのは少し痛手だが、仕方無い。
「くぎぃ……!仕方無い……仕方無い!」
歯を食いしばりながら何度も言い聞かせる。が──
「──仕方なくなぁぁぁぁい!」
両手両足を地面から浮かし、心のままに感情を吐き出す。そして、身体を翻して顔を隠す様に地面に伏せる。
「調子乗ったぁぁ!めっちゃ余裕じゃんと思って、アイツの存在忘れてたぁぁぁ!くっそぉ!あのまま行けば絶対倒せてたのに!実質私の勝ちなのに!」
表に裏に、両手で顔を覆いながら地面をのたうち回り、足で地面を鳴らす。
配信など関係無い。私は自分に追尾する画面すら無視して縦横無尽に転がり尽くした。
そして数分後。暴れて満足した私は、元の位置で仰向けに転がり手足を投げ出しながら、リュックを枕代わりに距離感の掴めない天井を見上げる。
頭の中は、鬱憤晴らしに気が済んですっからかん。もういっそ、リスポーン時間までこのままのんびりと過ごすのもありだ。そう考えながら横目でコメント欄を覗いていると、面白そうな情報が流れていく。
コメント欄の流れは緩やか。だが、コメントが無い訳ではなく、目に付いたコメントはすぐに流されてしまう。
「おぁ、ちょっと待った。なんか今、面白そうなの見えたって」
慌てて腕を伸ばして配信画面を操作すると、コメントを少し遡り目に付いたコメントを読み直す。
「えっと、“その空間、ベータの時は開かずの扉があった。位置はランダムだった筈だけど”……?へぇ、面白そう。なんか浪漫があるよね。ゲーム本編とは無関係の場所にある、意味深な開かずの扉……イベント中だから時間掛けて探したくは無いけど、そうだなぁ。拠点に戻るつもりだったけど、どうせならリスポーンして、時間までこの空間を走り回ってみよっかな」
リスポーンまでの残り時間は約5分。それまでに見つかるかどうかは分からないが、この空間自体を調べてみる価値はあるだろう。
だが、幾つか疑問がある。まず1つ、ベータの時はあったと視聴者は言うが、今あるかは不明。コメントでも。現在の有無に関して触れている者は居ない。それより、そんな物があるのかと盛り上がっている。
そしてもう1つ。この空間、壁や天井は見えているのだが、距離感が全く掴めない。いや、私が壁や天井と認識しているだけで、本当に壁や天井かは定かでは無い。
リスポーン可能時間まで約5分。私は立ち上がってリュックを背負い直すと、死亡地点モニタをすり抜けて、その奥にある壁に向かって進んでいく。そちらに足を向けた理由は、単純に起き上がった時にそちらを向いていたからだ。
少し、歩く。コツコツと、偽蛇の鱗に覆われた革靴の底が、硬く乾いた音を反響させる。遠く近い壁に、手が届きそうに見えて遥か遠くに感じる天井。音といい視界といい、この空間は距離感を誤認させる。地面だけが、この空間にある唯一ありのままを感じられる存在だ。
本当に、この空間に扉はあるのだろうか。いくら歩いても距離の変わらない壁を見て、私は疑問に思う。見渡しても、壁の何処にも扉など無く、それどころかどの壁も、移動する私に合わせて離れ、迫っている。
あれはもう、壁というよりライトに照らされていない“暗闇”といった方が良いかもしれない。壁は壁でも闇の壁。光と闇の垂れ幕だ。
「〈風弾〉」
正面に左手を伸ばし、魔法を口遊む。特に理由は無かった。強いて言えば、壁なら当たる筈。と、雑に口を開いただけ。そもそもこんな空間……HPやMPバーが存在しない場所で、魔法が放てるとすら思っていなかった。だが、実際は違った。
私が良い終わると同時に、それが当たり前であるかの様に手のひらから風弾が放たれる。それと同時に、今まで画面に表示されていなかったMPバーが表示されて、風弾分のMPが削られる。
「え、魔法撃てるんだ。MPバーも出てきたし。……ふーん」
私は腰に差した短剣を逆手に引き抜く。真っ直ぐと鋭い針は、青い光に照らされて本来持たない色を発していた。
深いと錯覚させられる暗い青を鈍く反射した刀身。その先端だけが異様に眩しく光り輝いて見え、視線を釘付けにした。
逆手に持った短剣を順手に持ち直し、鋭く尖った先端を自分の喉に向ける。
柄頭に空いた左手を添え、柄を強く握り直す。浅く伸縮する胸に合わせ、腕と短剣が上下する様を眺めて一呼吸置き、息を止めて力を込めるとその先端を自分の喉元に突き刺した。
「──!」
喉元に何かが触れる感覚。痛みは勿論、皮の内側を撫でられる事も無く、ただただ喉元に押し当たる感覚だけが伝わった。
声は出ない。呼吸をしている感覚は無いが、リアルの体に酸素が供給されているからか、息苦しさは無い。
画面端を確認すると、案の定HPバーが表示された。しかも、現在進行形で体力が減少している。痺れに出血の状態異常も問題無く付与されている。
「──……」
パクパクと、何度か口を開閉し、声が出せない事に気が付いた。これでは視聴者達に語り掛けられない。どうにか声を出せないかと喉や顎を動かすが、体力の減少を早めるだけに終わる。私は一度短剣から手を離し、喉に刺したまま配信画面を操作すると、コメント欄へ手短に現状を打ち込む。
『HPゲージ出た。そろそろ死にそう』
私の行動に対するコメントで溢れかえっていたコメント欄は、私の投下したコメントに盛り上がる。どうやら、この場所で死んだという情報は今まで出ていなかったらしい。ただそれは、一般プレイヤーの話。攻略班の人は知っていた様で、私のコメントに対して『ちゃんと死ねるよ』とコメントしてくれた。ただ、ネタバレになると配慮してくれたのか、死んだ後の事は書かれていない。
扉を探す目的から自決に変わってしまったが、あるか分からない扉を探すより楽しそうだ。と切り替え、喉に突き刺さった短剣を握ると、皮の中身を掻き混ぜる。
驚く程一瞬で削られるHP。いつ死ぬか。なんて考える暇もなく、私は死後のエリアで死亡した。
「──あぁ……」
気が付くと、目の前には死亡地点モニタが表示されていた。画面には暗く青い空間では無く濃霧が映し出されており、画面上に設置されたタイマーの時間は残り僅かに迫っていた。
首に刺さっていた短剣は腰の鞘に納まっており、HPバーとMPバーは非表示に戻っている。喉に触れるが、穴は空いていない。
「死んでも元の場所に戻るだけ、ね。周りに変わった様子も無いし、アイテムもロストしてない……と」
ただ初期地点に戻っただけ。想像していた中で一番呆気ない結果に、私はそんなもんかと息を吐く。
検証班の視聴者が「ちゃんと死ねる」とコメントしていたが、それ以上書かなかった理由が分かった。ネタバレ云々では無く、記述する程の事が無かったのだ。故に、一般プレイヤーがこの場で死ねる事を知らなかったのだ。
「……あ、え?ちょっと待って。そのコメント本当?」
良い時間潰しになった。そう思いながら、ダンジョン内にリスポーンしようと0を示したタイマーを一瞥した時、先程の検証班の視聴者からコメントがあった。内容は
『因みに本リリース以降、その部屋で扉を見た報告は無いよ』
そのコメントに私は思わず声を上げ、リスポーン確認の画面を押す手を止めた。
コメントの書き方を考えると、ベータ版の時には確かにあったのだろう。消えたのか、未だ発見されていないだけなのか定かでは無いが、気紛れに探して見つかる物では無い。
「浪漫あって楽しそうって思ったけど、流石に時間掛けて探す気には慣れないかな。そっちは検証班の人達やエンジョイ勢に任せて、私は戦いと盗みを楽しむ事にするよ」
面倒で時間の掛かる、配信映えしない物は人任せ。踵を跳ねさせリュックを一瞬浮かせると、画面をタップして迷いの霧海にリスポーンする。




