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道風ふるるの周囲に巻き起こる問題をそのままに、私達の学校は夏休み期間に入った。
約1ヶ月半の長く暑い休み。学校支給のADには、大量の課題が入ったファイルが送られており、それ以外にも休み期間中の注意事項や合宿案内、無料で参加出来る夏期講習の案内などが記されたデータが、おまけ程度に入っている。
それ以外にも、学校周囲や最寄駅付近で開かれるお祭りの情報も、別のデータで送られている。こちらは想像でしか無いが、担任の先生が単独で送信した物だろう。去年は送られてなかった。
「お祭りねぇ……」
私の住んでいる商店街も、毎年夏には祭りを開く。とは言っても、皆で手を取り踊る様な物ではなく、商店街全体を飾り付けし、屋台を開き、普段早く閉める店を夜遅くまで開いたりする程度の物。商店街に住む大人達が、夜遅くまで飲み食いしたいが為に開かれる“宴会”に近い。
それ以外にも、近くの大きな夏祭りに便乗する形で、商店街も夜遅くまで活動する時がある。商店街の外の人達にとっては、こちらの方が馴染みがあるだろう。
祭りと言えば。ヘキグラも今週末からゲーム内イベントを開催すると告知を出していた。
イベントタイトルは「逃げ延びた商人と残された商品」。その内容は、ダンジョン内でランダムにポップするイベントアイテムの収集。主に、遺品やモンスターからドロップするとの事だ。ドロップアイテムは様々なアイテムと交換可能。との事。
ヘキグラがリリースしてから大体2週間経った頃のイベントと言うこともあり、イベント開催に賛否両論の声が上がっている。特に、低レベル帯のプレイヤー達はかなり否定的だった。なんでも、低レベル帯は挑めるダンジョンが限定されており、高レベルプレイヤーに手を出されたら何も出来ずにアイテムを奪われるから。だそうだ。納得の出来る、理に適った内容だと思う。
一応、イベント期間中はソロ限定ダンジョンの開放がされるとの事だが、その分ドロップ内容や単純なドロップ量に下降補正が入るらしい。私は良心的だと感じるのだが、それでも否定する人は居る。運営はそういった声には反応していない。
私は学校支給のADを外すとベッドに横になり、ギアチョーカーをセットすると、hexagran dungeonsを起動した。
暫くの暗転後。私は拠点の端、人気の少ない広場に召喚される。前回、ぶぶ漬け達とアイテムの交換と雑談を終え、ログアウトした場所だ。
因みに私の取り分は、スタンボルトのマナストーンと、レッドクリスタルから手に入れたお金の一部のみ。それ以外は、マナストーンを譲ってもらったお礼として皆に分けた。
レベルは変わらず11のまま。装備やステータスにも何も変化はなく、前回はただ、丸一日時間を無駄にした感じで終わっている。
今は朝の9時。夏休みとはいえ、それは学生だけの話。朝から動く社会人は、普段と変わらず仕事に出ている為、配信を行ったとしても常連の視聴者の大半は顔を出さない。なので、配信は行わずに1人でダンジョンに潜るつもりだ。
目的はレベル上げ。長時間やるつもりは無く、サクサク進めていくつもりだ。次いでに、手頃なプレイヤーからアイテムを奪う事が出来れば一石二鳥。
目的地は拠点北部にある難易度2ダンジョン“迷いの霧海”。全7階層で、ダンジョン全体が濃霧に包まれており、背の高い草で覆われた、蛇道の洞窟なんて比べ物にならない程の不人気ダンジョン。
視野範囲は10メートル程。その中で草の海を泳ぎながら、モンスターとポータルを探さなければならない。
1、2階層は中立モブしかポップしておらず、こちらが手を出さない限り襲われる事はない。が、3階層以降は狼型のモンスターがポップする様になり、そいつがこちらの視野範囲外から察知し襲い掛かってくる為、常に物音に集中しなければならない。
そんな、所謂クソダンジョンになぜ挑むのか。その理由は幾つかあるが、一番大きな理由として“納品アイテムの手に入り易さと、その重量”にある。
シカモドキと名のモンスターからドロップする偽鹿の毛皮。そのアイテムを5つ納品する依頼がある。
そのシカモドキは、現在発見されているダンジョン中で迷いの霧海でしか出現しないのだが、全階層に出現し、数も多く、毛皮のドロップ率もほぼ確定と言っていい程高確率だ。
だが、シカモドキを倒すには、一撃で仕留める火力か、素早い逃げ足に追い付ける速度。若しくは拘束手段が無ければ、簡単には倒せない。しかも、一度視野範囲外に逃げられると追うのは難しく、追い詰めて倒す。というか常套手段が取れないのだ。その為、経験値効率が良くても手を出せるプレイヤーが少ない。
「にしても、シカモドキって…… ばり日本語じゃん。今までの横文字名前はどうしたのさ。……って、配信してないんだった」
呟きがただの独り言である事に気が付き、気不味くなりながらも歩く事数分。目的地である迷いの霧海の前に辿り着いた。
ダンジョンの外観は、例えるなら“草原に乗った雲”。入口の様な物はなく、霧に触れればダンジョン侵入の画面が表示されたので、私はそのままダンジョン内へ転移した。
ダンジョン内は前情報通り濃霧に包まれ、高草が腰を抱く、なんとも探索し辛い場所。念の為にと腰に挿した短剣に手を伸ばすと、葉が指に絡まり付いてくる。
「咄嗟に抜剣は無理か。短剣は常に握ってた方がバフ的にもありだけど、武器種によっては初動か進行が遅れる事になるね……。って、癖になってるや」
独り言が癖になっている事に若干の恐怖を抱きながらも、このダンジョンの攻略や戦闘面について考える。
濃霧に関しては、正直特に問題は無い。寧ろ、遠距離攻撃を警戒しなくて済む分、他ダンジョンと比べて気が楽だ。
問題は音の方だ。風に揺られ、常に葉を擦り合わせている高草達の大合唱によって、周囲の音が聞き取り辛い。目に見える範囲の物音であれば気付く事が出来るだろうが、視野範囲外の物音に関しては、大きな物で無いと気付く事は出来ないだろう。
つまり、この半径10メートル以内でしか、ダンジョン内の情報を得る事が出来ない。という事だ。
だが、私にとっては何も問題は無い。PvPが起きた場合、この間合いであればAGI特化の私に大体は分があり、PvEだとしても浅層であれば警戒する事はない。
問題があるとするなら、目当てのモンスターをこの濃霧の中探し出す事だが、こちらもAGI特化プラス、短剣の移動速度補正の力技で走り回れば解決だ。現に、ダンジョンに入ってからマップを頼りに、東へ直進する事数分。シカモドキの群れに遭遇する事が出来た。
この階層に現れるモンスターは、キャビィ、猪型のプチボゥア、リロースネイク。そして、シカモドキの4種類。その中で、高草に埋もれず姿が目視出来るのはシカモドキだけ。立てる音も意外と大きく、視野範囲外に居るであろう個体も察知出来る。これなら、探すのにそう手間は掛からない。
後は、倒すだけ。
出来るだけ音を立てぬ様、高草に身を隠しながら中腰で1体のシカモドキに近付く。
草を喰んでいるのか頭は見えないが、草の切れる音や踏み鳴らす音、呑気な息遣いが大合唱に割り込む様に耳に届く。この様子だと、中立モブというより友好モブに近いと認識しても良さそうだ。ただ、敵意を剥き出しにして近付けば勘付かれる可能性もあるので、今のまま、ゆっくり落ち着いて近付いていく。
だが、そのままゆっくりと近付いていき、後少しで間合いに入る所で、シカモドキは勢い良く頭を上げてこちらに顔を向ける。それに釣られて、周囲のシカモドキ達も一斉に頭を上げてこちらを向く。
その、なんとも言えない気味の悪さに、思わず足を止めて短剣を前方に構えたその瞬間。ダッと強く地面を蹴る音が辺りに響き、この場にいたシカモドキ全てが四方八方に散らばった。
「──!?ま!〈スタンボルト〉!」
私は咄嗟に、目の前に居た一番近いシカモドキに飛び掛かると、スタンボルトを放つ。
スタンボルトを受け、走り出したままの体勢で硬直したシカモドキは、地面を踏む事なく高草の海に沈み、幅の広い獣道を作り出す。
硬直は既に解けている。必死に起き上がろうと、草のベッドの上で胴を跳ね上げるシカモドキに向かって再び飛び掛かり馬乗りになると、シカモドキの首筋に何度も短剣の刃を振り下ろす。
刺す事数回。シカモドキは一切の抵抗も出来ずに消滅し、私の身体は一瞬の浮遊感を得てから時間差で地面に落ちた。
「んあだっ。……スタンボルトあって良かったぁ。無かったら逃げられてたよ。次からは、背中に飛び乗るくらいした方が良いかな。……シカライダー……っふ、だっさ」
既に恥すら消えた独り言に鼻で笑いながらも、その場から立ち上がり周囲を見回す。
辺りの高草は踏み荒らされており、新しく獣道も出来上がっている。音を聞いてある程度察していたが、四方八方に散らばったと思っていたシカモドキ達は、皆同じ方向に逃げている様だ。この獣道を辿れば、再び群れに遭遇する事が出来るだろう。
リュックの中を確認すると、目的の毛皮が入っていた。オマケに肉も。それ以外の素材は、残念ながらドロップしていない。一応、固有素材として角が、汎用素材として蹄がドロップするらしい。蹄は必要ないが、あの先の尖ったコルゲートチューブの様な角は生産に使えそうなので、幾つか確保しておきたい。
「短剣に加工は厳しいかな……?槍の穂とか、拳や爪とか、武器に使うならそれ位か。加工する為の道具として加工するのも悪くないかも」
いっそ配信を開始しようかと考えるが、こんな地味な作業をただ垂れ流すのも忍びない。そう考え、配信サイトを開きかけた手を止めると、シカモドキが逃げていったであろう方向に向かって走り始めた。
それから約1時間。シカモドキの狩りに慣れ、リュックが毛皮で埋め尽くされたのを皮切りに、私は拠点に戻った。




