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 長い読み込み時間が終わり、身体の自由が効く様になった頃。人々が引き起こす喧騒が徐々に耳に届く様になり、柔らかな芝が身を寄せ合う音が鮮明に聞こえる様になる。そして、視界上部から白い布が滑り落ちる様に、辺り一面緑の草原が姿を現した。


「おぉ〜……!これがヘキグラの世界……!これならグラス系のアロマを買っとけば良かったぁ」


 大小様々なテントが等間隔に並び、踏み締められた芝の道が、蜘蛛の巣状に張り巡らされた草原の拠点。その景色は、電子機器とコンクリートで埋め尽くされた現実世界では、簡単には拝む事の出来ない絶景だった。

 人族、エルフ、ドワーフは勿論の事、獣人に亜人、竜人が街中を普通に歩いている光景は、MMOというゲームを始めないと得られない感動。本当に、電子香料……デジタルアロマを買っておけばと後悔する。買っておけば、最初に得られた感動は更に大きな物となっていただろう。


「やっばぁ!めっちゃ良いじゃんヘキグラ!てか、フルダイブゲームってこんな映像綺麗だったんだなぁ……。カメラで撮った景色と肉眼で見た景色との違い位綺麗じゃん」


 据え置き機や携帯機も画質は良い。だが……一言で言えば次元が違う。私がフルダイブゲームをやっていなかった数年間で多少改善されたとはいえ、ここまで変わる物なのか。それとも、ヘキグラがグラフィックに力を入れているだけなのか……。どちらにしても、早くゲームを進めたい欲が沸く。


「今は……7時過ぎだから、ご飯までに2時間くらいはあるか。取り敢えずみさにチャットを送ってっと」


 そう思ったが、今の場所では他のプレイヤーの邪魔になると思い、道の端に避けてからメニューを開く。その時、丁度私が召喚された場所からプレイヤーが召喚され、キョロキョロと周囲を見回しながら騒ぎ出した。


「おぉ……、すっげ〜……。すっげ〜!超リアルじゃん!てか、リアル超えてリアルだわマジで!うわ草すっげ!てかあの獣人可愛すぎんか!?」


 こちらを見てそう言う人族っぽい男は、それ以降も周囲を見回しながら大きな声でリアクションを取っていた。それを見て、先程の自分の反応を思い出してしまい顔が熱くなる。私以外にも、周囲にいるプレイヤーの何人かは顔を伏せて固まっている。皆、この場所に召喚された時に彼や私と似た反応をしたのだろう。何人かは、そんなリアクションを取る新人達に、馬鹿にする様な目を送っているが、まぁ気持ちは分からなくも無い。


(人間観察は終わり。それより、みさにチャットを送らないと。随分待たせてるし)


「えっと、メニューの外部機器連携設定から……AD操作と」


 ゲーム内から簡単にADチャットが出来るのは本当に嬉しい。一昔前のフルダイブゲームだと、ゲーム起動前からチャットを繋がなければいけなかった。チャットの受信はゲーム内からでも出来たのだが……送信自体はゲームを落とさなければ出来ない仕様だったのだ。


 昔の事を思い出しながら、ヘキグラの優しい設定に感謝していると、みさとチャットが繋がった。


「はろはろ。今配信中?」


『ううん、丁度飯食べ終わったとこ!そっちは?』


「チュートリアル終わって、拠点の初期地にいる」


『ういうい、すぐログインするわ。一旦切るね』


「うい〜」


 気の抜けた挨拶を交えるとチャットは切断され、街の声が鮮明になる。どうやら、ADチャット中はゲーム内の音声のボリュームが下がり、ADチャットが優先して聞こえる仕組みになっているらしい。ありがたいが、頭の片隅に入れて置かないと事故る可能性がある。


「みさはこの事知ってんのかな?……あ、キャラの外見とか名前聞くの忘れてた。……どうせチャット繋ぐしいっか」


 そんなこんなで数分後、ログインが完了したのか、みさからチャットが送られてきた。

 チャットがどの様に来て、どの様に繋ぐのか一瞬戸惑ったが、視界上部にAD通知が表示され、そこからAD操作が出来たので問題無くチャットに応じる事が出来た。


『ログインしたよ〜。私もポータル広場近くに居るけど……どんな見た目?』


「ポータル広場?最初のスポーン地点の事?」


『うん。で、見た目は?』


「赤いメッシュが入った白狐」


『白虎?とら?』


「狐の方」


『おけおけ……。お』


 みさが何か言葉を発したかと思うと、突然チャットが途切れる。それと同時に、広場の反対側からこちらに向かって、一直線に歩いてくる竜人の女性が目に入った。

 恐らく……いや、十中八九みさだろうが、この様子だと、何か悪戯を仕掛けてくるに違い無い。みさとはそういう人間だ。

 竜人の女性は周囲の人を避けながら、私の前まで辿り着くと足を止める。そして、


「へい彼女!今暇かい!」


昔ながらのナンパの常套句を恥ずかしげも無く言い放った。


「間に合ってます」


 相手がみさだと分かっているが、冗談を無視して普通に返事してはつまらない。そう考え、あくまで他人の体で話を進める為、みさに背を向けてメニューを開いて操作する演技を始める。すると、みさの興奮する様な声と共に腰辺りに違和感を感じた。


「おほぁ!尻尾めっちゃ良いじゃん!でも、狐尻尾って意外と細いね。ベータの時は、もうちょい太かった気もするけど……よき!」


 尻尾にテンションが上がるのは、流石類友といった所だ。だがそれより……


「なんか腰辺りがムズムズすんだけど。尻尾触られるとこんな感じなんか」


腰と尻辺りにむず痒さを覚え、尻尾の付け根の上側を指で掻く。すると突然、メニュー画面を隠す様に赤色のディスプレイがポップされた。

 尻尾に意識を取られて、メニューの変な場所をタッチしてしまったのか?と一瞬焦り、「ちょちょちょっと待って」と情けない声を漏らしながらディスプレイに表示される文章を読み進める。だが、どうやらそのディスプレイはメニューの誤タッチによって表示されたものでは無く、迷惑行為や規約違反者を通報する画面の様だ。

 内容は、規約違反者.こがらし丸。違反内容.公序良俗に反する言動。そして、通報するか否かの選択肢。


「ちょ、こがらし丸!通報画面出てんだけど!」


 私が慌ててそう言うと、みさにも似た様なディスプレイが表示されていた様で、私以上に焦りながら空中に向かって身振り手振りをしていた。


「違っ、違うの!友人同士のコミュニケーションで!……ね?分かるでしょ?……この子とは友人!マイベストフレンド!BFF!」


 誰に話しているのか分からないが、自分以上に慌てている人が真隣にいると、何故か自然と頭が冷える。

 そんな事を考えながらみさを眺めていると、今度は「頼むぅ〜!」と言いながらその場に屈んで両手を組み、何かに向かって祈り始めた。

 また変な事やってるわ。と思いながら、みさから目を逸らす様に私は再び通報画面に視線を向ける。そして、操作ミスをしない様に内容を読み進めると[いいえ]アイコンをタッチした。すると次に再度確認の画面が表示されたので、内容をもう一度確認してから、[通報しない]アイコンをタッチする。


「通報しない……と。うん、画面も消えたね」


「よ、良かったぁ〜〜!正式リリース初日に一日BANとか喰らってたら、マジで萎えてたわ……。驚かせてごめんね、ちぃ」


「いや、別に良いけどさ、尻尾触った程度で規約違反になんだね。そっちの方がビックリだわ。規約にちゃんと目を通した方がいいか?」


 高がボディタッチ。尻に近いとはいえ、尻尾を触った程度で公序良俗に反する判定になるのであれば、そこら辺の規約は厳しいのかもしれない。そう思い、一度目を通すべきとみさに伝えると、何故か彼女の視線は泳いでいた。


「い、いやぁ〜……そこまで厳しく無いよ?うん」


 微妙に震える声、どこを見ているのか分からない瞳。規約は厳しく無いと言う様子は、完全に犯人のそれだった。こいつ、もしかして……


「……もしかして、だけどさ。……触った?」


 その問いに、みさは渋々といった様子で頷いた。


「……意外と分からんもんだなぁ。尻尾の感覚が無い分、近い部位に感覚が伝わってるもんだとばかり……」


「気付いて無かったんだ……それでも警告出るって凄いな。でも良かった……ちぃが私だって気付いて、通報をキャンセルしてくれたから、厳重注意だけで済んだよ。へへっ」


 反省しているのかしていないのか、みさはヘラヘラと笑い始める。


「通報画面に名前書いてあったからね、こがらし丸って。てか、私の名前言うなし」


「こっちにもちぃの名前出てたから、その手にはのらんぜ。それに、配信者名と同じなんだから別に良いじゃん」


 先程の仕返しに、リアル呼びで呼ぶなと怒ってみようと考え、注意をしてみる。だが残念な事に、みさ側にも私のプレイヤー名が表示されていたらしく、仕返しは失敗に終わる。


「なんだ、仕返しでビビらせようと思ったのに」


「何それ……って、ちぃ、一回場所移そうか」


 話の途中で突然みさは周囲を見回すと、耳打ちをしてから私の左手を取る。何故に場所を移したがるのか。そう疑問に思い、私もみさ同様周囲を見回す。


「ん?なんで?……って、あぁ……。移動しよっか」


 先程の出来事に気を取られ、ここがポータル広場……人が常に集まる場所である事が、すっかり頭から抜けていた。そして、先程の騒ぎの所為で私とみさは、皆からの注目を集めてしまった事も。それに気が付いたのは、こちらを見つめてヒソヒソと話し込む大勢の人達が見えてからだった。


「……初日で事件か?」


「……いや、知り合いっぽいぞ」


「こんな広場でありがた……けしからん」


 騒ぎを見た者がその場に留まって噂を流し、その噂を聞いて足を止めた人達が足を止め、更に噂を流そうとその場に留まる。その悪循環を見て、騒ぎを起こした当人がこの場に留まっては、他の騒ぎを起こしかねないと考えて私達は互いに頷くと、みさに手を引かれながらポータル広場から足早に去った。


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