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 ランタンの灯りを遮る物は無く、衛星の返照が降り注ぐ見晴らしの良い崖際。私達は彼女達に見られない様、崖上で腹這いになって隠れると、音とランタンの灯りを頼りに行動を探る。

 高低差を除けば、既に彼女達との距離は20メートル程。警戒の為に小声で話している彼女達の会話も、辛うじてではあるが聞こえてしまう距離だ。つまり、私達が少しでも物音を立ててしまえば、相手に待ち伏せしている事がバレてしまうという事。時が来るまで、手差しでの意思疎通ですら取る事は危険だ。

 軽く左側に視線を動かすと、それに気付いたミスミーと目が合う。彼女は自身の右側にロッドを置き、手を這わせ、即座に立ち上がり魔法を撃てる体勢を取っている。

 右側にいるコゴローにも視線を送ると、彼は右手で弓を握りながら両腕を枕代わりに顎を置き、かなりゆったりとした姿勢でいる。 それに加えて、私の視線に気付くのも遅く、ようやっと気付いた時には目を見開いて、意味も無く何度も頭を上下させる。緊張しているのかリラックスしているのか、よく分からない人だ。

 ポロネーゼは気配的に、少し離れた場所に待機している様だ。彼女達に察知されない様に。というより、戦闘に介入する意思は無い。と、遠回しに伝える為だろう。ポロネーゼらしいと言えばらしいが、正直パーティで行動している時には辞めて貰いたい。


 なんて考えていると、ルナなんとか御一行が動き始め、不用心にもランタンの灯りを消す事なく坂道を上がり始めた。

 声、足音、灯りの数。どれを取っても恐らく人数に変化は無い。2、3人は裏手に回るか近くの坂道から上がってくるかとも考えていたのだが、全員で上がってきてくれるらしい。それが私達にとって、必ずしも良い事であるとは限らないが、下手に二手に分かれられるよりかはやり易い。

 ただ、それは私の考えであって、作戦の要であるキョンにとってはどうだろう。隊列の密度によっては、二手に分かれていた方が、彼にとっては動き易いかもしれない。

 何にしても、支援攻撃を上手く出来るかどうかで結果が変わる。キョンの役目は所詮、崖上にいる私達から一瞬でも意識を逸らす為のデコイなのだから。


 先頭の灯りが真下まで迫ってくる。見ると、隊列はかなり間隔が開いている。これなら、少なくともキョンが袋叩きに遭う事は無いだろう。


(そろそろか……)


 先頭の灯りが私達の真下、キョンの目の前を通る。彼女達も警戒しているのだろう。先程までの雑談の声は一切聞こえず、張り詰めた空気が肌を刺す。

 足音が通り過ぎ、新たな足音が近付く。そして、ランタンの灯りが目の前で輝いた瞬間。


「ぐあぁ!」


 その時が来た──。


 何者かの叫び声を聞くと私達は即座に立ち上がり、手を、杖を掲げて一斉に口を開いた。


「「〈風弾〉!」」


「〈火球〉!」


 前情報を踏まえて一瞬で隊列の状況を把握すると、私とコゴローは後尾に風弾を乱れ撃ち、ミスミーは中央の敵に火球を放つ。

 キョンは既に崖の窪みから飛び出しており、前を通り過ぎて間抜けにも振り向く男に肉薄し、拳を叩き込んで一瞬でレッドクリスタルに変える。


 奇襲は成功。そう見えるが、相手の中にも手練がいる様子で、私達が立ち上がり魔法を放つ寸前に崖上からの奇襲を察知し、魔法を放つと同時に小型の弩で反撃してきた者が居た。

 だが、狙いを定める余裕は無かったらしく、見えない気配だけが風を切り、横を通り過ぎる。

 その気配に、自然と頬が吊り上がる。


 なんだ。ちゃんとした人も居るじゃないか。


 とはいえ、私の役目はゲンキを崖から落とす事。生憎、最後尾にいる小型の弩を持つ男の相手は出来ない。

 中央より後方。ルナなんとかの目の前に陣取るゲンキと、次いでに槍使いの男に向けて、私は風弾の雨を降らせる。

 初弾は運悪く外れたが、次弾は手前にいる槍の騎士に当たり、立て続けに放たれた風弾は、狙い通りゲンキに直撃する。

 斜め上から放たれた風弾は、風弾を喰らった彼らを地面に叩き付けながら弾ませ、崖際に追いやる。

 槍の騎士は自身の槍で地面を突く事で、吹き飛ばされてもすぐに体勢を立て直したが、重い大剣を背負ったゲンキは、その大剣に重心を持って行かれて無様に転がる。そこへ、追撃の風弾が降り注ぐと、槍の男は意図的に崖を飛び降り、ゲンキは強制的に弾き飛ばされる。


(あれは死んだな)


 私は目標をミスミーが狙う中段の敵に切り替えながら、後尾にいるルナなんとかに視線をやる。すると丁度、先程弩を放ってきた男がルナなんとかを抱え、崖下に飛び降りる所だった。


「ルナが逃げる!ぶぶ漬け!キョン!」


「「了解!」」


 私は近接組の名前を叫ぶと、リュックを肩から滑らせ身軽になり、崖から飛び降りる。そして、崖を蹴って前方に向かって体を縦に回転させると、地面に着地してキョンと合流する。

 作戦で思い描いていた結果とは違い、中央から先頭にかけての敵は大半が倒されており、残った2人もたった今、ぶぶ漬けとミスミーの連携の前に消滅する。後尾の敵は全員崖下に落下。又は逃走。

 本来の作戦であれば、キョンが黒煙を放ち、キョンが崖上に逃げる手筈だった。だが、結果は全くの逆。黒煙は使う事なく、私とキョンは坂道に降りて更に崖下を見つめている。


「もう居ない!どんだけ速いの、あの弩男!」


 崖下には、骨を折って動けなくなった者達と、レッドクリスタルが1つ佇んでいる。レッドクリスタルはゲンキの物で間違いないだろう。ただ、槍の騎士とルナなんとか。そして弩の男の姿はどこにも無かった。

 崖から森までの距離は直線で20メートル弱。その距離を、私が崖を降りて下を覗くまでに駆け抜けたのだ。しかも、ルナなんとかを連れながら。


「隠れられる場所は、森以外にありません。……相当な手練ですよ」


「私達が魔法を撃つ前に弩を構える人だからね。相当だよ」


 見回すが、やはり彼女達の姿は見当たらない。

 ステッキに弩。下手に崖を降り、遮蔽物の無い場所に身を晒すのは殺してくれと言っている様なもの。私とキョンは、小走りでこちらに向かってくるミスミーとコゴローを待つ。


「お頭」


「ごめん、逃げられた。森の方に火球を頼める?」


「了解〈火球〉」


 ミスミーは四方に火球を放つと、森の一部を焼きながら一帯を照らし出す。だが、何処にもルナなんとかの姿は見えない。

 木陰に隠れているのか、将又遠くに逃げたのか。どちらにしても、森の入り口付近には誰も居ない事は確認出来た。


「あ、コゴロー。カバンありがと。一旦、坂道のクリスタルだけ漁っちゃって。私とコゴロー、ポロネーゼは周囲の警戒をしてるから。あ、そのまま上で良いよ〜」


 コゴローからリュックを受け取り、各自に指示を出す。ポロネーゼが崖上から顔を覗かせていたので、彼女にはその場に留まらせる。

 彼女達が、ただ逃げただけとは思えない。広報に回り込んでくる可能性も視野に入れ、頂上に1人は監視役が欲しい。

 だが、私達はこの場に留まるつもりは無い。何故なら、かなりの量のアイテムがリュックに入っているからだ。


「……あれ。1、2、3……やっぱり」


「ん?どうしたの?」


 ぶぶ漬けの疑問の声に、私は振り向いて訳を尋ねる。


「いえ、戦利品の数が少ないので、敵の数を数えてみたら1人足りないな。と」


「荷物持ちが居て、途中で離脱したって事ね。て事は……森の中で合流してる可能性もあるか」


 荷物持ちを先に拠点へ返した可能性もなくは無いが、合流したと考えた方が安全だろう。


「よし、回収終わったね。なら、下の人達の後始末をしよっか。放置して戦闘状態が解除されて、拠点に戻られるのも嫌だし」

 そう言うと、私は崖を滑りながら降りた。続いて、キョンも崖を滑り降りてくると、生き残っている者達が一斉にこちらを向き、各々口を開く。


「〈火球〉!」


「〈石弾〉!」


 彼らの元に歩み寄りながら、左右に軽く避け、避け切れないものは短剣と拳で叩き落としていく。


「くっそ!〈火球〉、〈火球〉、〈火球〉!なんで当たんねぇ!」


「〈石弾〉!……駄目だ、降参だ」


「まじかよ!……分かった、俺も降参だ!」


 段々と距離を詰められ、尚魔法を当てる事が出来ない彼らは、無駄な足掻きだと悟ったのか、各々折れていない方の腕を挙げると降参と口にした。だが、私達は武器を構えたまま警戒を解かずに近付く。

 彼らの背後に周り、それでも攻撃の意思を示さないのを見て、漸く私達は腕を下ろしてその場に屈むと、私はキョン達にも聞こえる程度の声量で男の耳に囁く。


「死にたく無かったら組合証を出して」


「……聞こえたか?さぁ、早く出すんだ」


 折れていない左肩を掴むが、男はヘラリとした様子で答える。


「死んでも大したペナルティは無い。それなのに、命と引き換えに組合証を渡す馬鹿がいるかよ!」


「左に同意だ!殺すなら殺せよ!」


 威勢だけは良い様だが、所詮は負け犬の遠吠えに過ぎない。出さないのであれば、出させるまでだ。

 私は一度短剣を納め、男の腰から木剣を引き抜くと、顔に抱きつく様に腕を回し、男の口に柄を捩じ込む。そして、左肩に置いた手を滑らせて手首を握ると、肘に膝蹴りを入れてへし折った。


「自害はさせないよ。後、口から剣を離すと、死んだ時にロストするから気を付てね」


「ふぉご!?ふぉが!」


 何か言いたげに呻き声を上げるが一切無視して、男の背中からリュックを、へし折れた左腕からは盾を剥ぎ取る。

 両腕と足を骨折しているからか、男は真面に抵抗する事すら出来ない。

 せめて剣だけでもと、歯を剥き出しにして噛み締めているが、それはこちらの思う壺。私は短剣を引き抜くと、男の両目を切り裂いて視界を潰し、再び短剣を納めると右腕を掴む。


「流石はお頭……。なぁ、ああなりたく無かったら、素直に出した方が良いと思うぞ?」


「そ、その前にじが──」


 横から聞こえる肉肉しい音と共に、キョンが抑える男の声が途絶える。見ると、頭をぐったりとさせて気を失っていた。


「あ、十数秒で目覚めるんで。その間に、こっちも口枷しときますね!」


 そう言うと、キョンは私と同じ方法で男の口を塞ぎ、私の様子を窺う。


「じゃあ、ちょっと借りるよ〜」


 キョンから視線を逸らして男に向き直り、声を掛けると、掴んでいた右腕を動かした。

 先ずは、男の手で男の腰を2度、素早く叩く。これで、男の固定ポケットが開かれた筈だ。だが、当然ながら私の視界には何も表示されず、失明状態の男にも、固定ポケットの画面は開かれていない。それどころか、男は固定ポケットを開かれている事に気付いている様子すら無い。まさか、今の動作で固定ポケットが開くなどと、微塵も思っていないのだろう。

 次に、男の右腕を前に伸ばして、固定ポケット画面があるであろう場所に向けて何度も振り翳す。これに関しては、数を熟して運に頼るしか無い。ただ、ある程度の場所は把握しているので、然程運は必要無い。


「うわぁ……。いや、確かに出来るんですけど。やってる人は初めて見た……」


 男からリュックを剥ぎ取り、目覚めた側から片腕をへし折るキョンは、私の行動を見て若干引いている。それでも、男に見られたらまずいと判断したのか、キョンか彼の目を潰した。


「おごぁぁ!?ふぉがぇ!」


「あ、悪い。つい……」


 別に見られても問題無いと思うのだが。寧ろアイテムを強奪する場面を見せて、自分からアイテムを引き出させた方が楽なのだが。そう思いながら腕を振り続けていると、漸く1つのアイテムがポップした。であれば、後は今の場所を軸に腕をずらしていくだけ。

 そうして最終的には、転移石と組合証、スタンボルトの魔法が込められたマナストーンがポップし、男の目の前に並ぶ。


「うへぇ〜、スタンボルト持ってたんだ。まぁ、そうだよねぇ」


「ふぇ?んばぁ──」


 アイテムを拾い上げ、そう呟きながら自分の固定ポケットに仕舞い込むと、男の口から剣を引き抜いて首を短剣で掻っ切った。


「いやぁ、生け取りは良いねぇ!アイテムウハウハだよ!」


「流石お頭!正直ちょっと引いてますけど、流石です!」


「褒めても何も出ないよ?じゃあ、そっちも済ませよっか!」


 戦利品の回収を後回しに、私はキョンが抑える男の元に歩み寄る。

 その間にも、周囲の警戒を怠らずにしているが、やはり近くには居ないのか、ルナなんとか一行は姿どころか気配すら現さない。


「頼みます!」


 キョンは剣と盾、リュックを手に取ると、男を私に委ねる。

 私はキョンから男を引き取ると、先程の男同様に腕を操作し、固定ポケットからアイテムを引き出した。

 内容は1人目の男と同じで、組合証に転移石、スタンボルトが込められたマナストーン。金額だけで見てもかなりの額になる。


「ウハウハだぁ!売らないけど!」


 私はアイテムを回収すると、同じ様に首を掻っ切り男を倒した。


 その後、レッドクリスタルに触れてゴールドを回収すると、キョンと共に坂を登り、セーフティエリアの腰を下ろす。因みに、ゲンキのものであろうクリスタルにもアイテムは入っていなかった。彼は鞄系のアイテムを持っていなかったので当然と言える。


「拠点に戻る前に、アイテムの確認だけ済ませちゃおっか。変に待ち伏せされても困るし」


「街中で殺されても、アイテムはロストしないですけどね。まぁ、袋叩きに合う可能性はありますけど!」


「その最中に盗まれる可能性もあるからね。じゃ、先ずは私が手に入れた物からね」


 とは言っても、私が手に入れたアイテムは、男達から奪った装備と固定ポケットのアイテムだけ。モンスター系の素材などは一切手に入れていない。


「剣も盾も、誰も使わないよね。スタンボルトのマナストーンは2つ手に入ったから、1つは近接のぶぶ漬けにあげようと思ってるけど……異論ある人いる?」


 私の提案に皆が頷く。


「じゃあぶぶ漬けのね」


「ありがとうございます。なら、流れで俺が手に入れたアイテムの報告を」


 ぶぶ漬けはマナストーンを受け取ると頭を皆に頭を下げ、すぐに固定ポケットに仕舞い込むと話を始めた。


「……とは言っても、俺が倒したのは1人だけ。持っていたアイテムも、ウィーゼットの毛皮と、小動物の牙と爪。金にもならないゴミです。毛皮は一応、依頼品だったか?」


「私の方も似た感じ。リロースネイクの鱗や、鳥の羽根とかゴミが混ざってる」


「良いアイテムは荷物持ちが……って事ね。探しだして奪うのもありだけど……弩男が居る以上、深追いはしたく無いかな」


「後、私が回収出来なかったクリスタルが幾つかあった。キョンさんが倒した奴だけど……」


「あ、回収忘れてました!ごめんなさい!」


「いや良いよ。私が着いて来てって頼んだんだもん。それにしても、呆気なかったね」


 坂道での奇襲。そしてその後の戦闘は、たった1分にも満たない物だった。

 本命を倒せず、数名の逃亡者を出しているので、胸を張って勝利とは言えないが、一切の被害を出さずに騎士団を壊滅させられたのだから、圧勝と言って良いだろう。

 ただそれは、私達が先に待ち伏せでき、彼女達が正面から来たからこその勝利。立場が逆であれば、結果は変わっていただろう。

 加えて、弩の男が好戦的に動いていただけでも、かなり結果は違った筈だ。少なくとも、ミスミーとコゴローはあの場で死に、最悪私も死んでいた。それだけの実力が、あの男にはある。


「作戦勝ちですね!で、どうします?手に入れたアイテムも大した物じゃ無いですし、このまま第二波でも待ちますか?」


「んいや、戻ろう。ルナなんとかも逃げたんだから。……本当は殺したいけどね」


 アレは、尻尾を巻いて逃げる様な奴では無い。私を必ず殺す為、今この場で殺せないと判断して“退いた”のだ。必ず、戦力を整えて再び襲ってくるだろう。

 自惚れでは無い。アレは、彼女は、そういう性格の人間だ。

 超有名配信者であっても。どれだけ多忙であっても。他の配信に時間を取られていても。一切を気にする事なく、彼女は絶対に前に現れる。私はそう確信している。


「視聴者ぁ。そういう事だから、騎士団を見つけても襲わない様に。個人的な窃盗や急襲までは止めないけど、私の視聴者として襲うのは無し。後、協力してくれた人達はありがとね!大したお礼は出来ないけど!」


 久しぶりに見たコメント欄は、普段通りの賑わいを見せていた。皆、それなりに楽しんでくれていたらしい。


「じゃあ、戻ろっか」


 そうして、私とルナなんとかの戦いは、私の勝利で幕を閉じた。


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