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「夜でも良く見えるね。松明の灯りの動きで、プレイヤーの位置も分かる。逆に、こっちの様子は相手から絶対に見えない……。これなら、ルナなんとかが来た時にすぐ分かるね」
小川せせらぐ草原の山、山頂。基、7階層最終フロア。今までの道とは違い、木や草が一切生えない土の混じった岩場。とはいえ、起伏や凹凸がある訳ではなく、切り取られた様に綺麗な平坦。
柵の無い崖際から見下ろせば、下の階層である6階層が広がり、松明やランタンの灯りで照らし出されたプレイヤー達の姿が一望出来る。
私達はランタンなどの灯りは使用していない。山頂が明るいと、他プレイヤーへの目印になってしまうのと、暗闇に目を慣らす為だ。お陰で、星明りだけでもある程度の視界が確保されている。光を遮る木々が生えていない、というのもあるが。
「コゴロー、あの人達に矢ぁ撃ってみてよ」
私は南側を警戒しているコゴローに近付くと、ニタニタと笑みを浮かべる。
「え、何でですか」
「いや、面白そうだからだけど。あ、そうだ。お尻の部分に紐とか付けて、遠くからアイテム盗める様に出来ないの?」
「お尻……筈巻部分になら付けれるでしょうけど、上手く飛ぶか──って、補助機能的にいけるかな……?ただ、今は丁度良い紐が無いです。そもそも紐自体が、今の段階で手に入るんですか?」
聞かれるが、勿論そんな事知らない。なので、偶然近くを警戒しに来たキョンに、コゴローに聞かれた質問を伝える。
「ブーツや巾着を解体する位しか……。一応、樹皮や草からも作れなくは無いですが、粗悪な物なんで、その用途に使うのは無理ですね」
「じゃあ無理か。いつか紐が手に入ったら試してみてよ。私も紐が手に入ったら、配信かSNSで教えるからさ」
ブーツや巾着から手に入る紐など、精々1メートルの長さがあれば良い所。それなら、手を伸ばして掴んだ方が確実で速い。少なくとも10メートルの長さは欲しいが、そうなると、現段階では少なく無いお金を消費しなければならない。
「あ、あれ。もしかして騎士団じゃない?お頭〜」
矢を番えるコゴローに、早く早くと急かしていると、後方からミスミーが呼び掛けてきた。私達は呼びかけの内容に顔を見合わせると、素早く西側にいるミスミーの場所に走り寄った。
「どれ!」
「あれ。数が多いし、あの髪型はそうそういないでしょ。それに、灯りで判り辛いけど、多分銀髪」
その場に滑り込む様に地面に這うと、崖に手を掛けて下を覗く。そして、ミスミーの指差した場所を見てみると、かなりの人数で進行している集団を見つける。
数は12人。このダンジョンのポータルで、同じ場所に移動出来る最大人数だ。
その中心には、ランタンの灯りで髪をオレンジ色に染めたエルフの女性。右側で束ねた髪に、一筋の色が入っている所をみるに、間違い無く目的の人物。ルナなんとかだ。彼女は騎士達に守られながら、悠々と足を進めている。文字通り、お姫様の立ち振る舞いだ。
作戦を練る為に、周囲の騎士達の武器を確認していると、ふと見知った大剣が目に入る。
名は確か、“岩砕”。初期の木の大剣に硬いモンスターの素材を貼り付け、所々に平らな岩をあしらった、名に恥じぬ破壊力を持った重量級の大剣。あの大剣は、ポロネーゼの仲間のゲンキの物。
「予想通り……か。ポロネーゼ」
振り向き、反対側の崖から近付いてくる彼女に声を掛ける。
「……知ってる、配信で見た」
ポロネーゼは崖を見下ろし集団を見つめると、すぐに逸らして数歩下がる。話したくはない。という事だろう。
「配信で見た槍の人も居ますね!相性的にも、あれは俺が相手しますよ。他は……」
ルナ何とかとの距離は大凡100メートル弱。背負われた大物や長物は辛うじて目視出来るが、それ以外の武器種は判別出来ない。だが、少なくともあの場には、私が一度対峙した槍の騎士と魔法士。そして、ゲンキがいる。
──正直、期待外れだ。
ゲンキもそうだが、槍の騎士も魔法士も、キョンやぶぶ漬け、ミスミーの足元にも及ばない。確かに、私1人であれば苦戦はしただろう。だが、それも苦戦程度にしかならない戦力だ。地形や立ち回りによっては、苦戦すらせずにルナ何とかを倒す事も出来る。
ただ1つ。問題があるとするなら……
「スタンボルトは厄介だね。下手に近付けば、一方的に攻撃される」
「あぁ……あの魔法は厄介ですよね。俺も一応、マナストーンに込めた奴を持ってますけど、本物と比べると……切り札的な使い方しか出来ないです」
「そうなんだ。マナストーンに──って、あぁ!」
マナストーンという単語を口にした瞬間。私はある事を思い付き、後悔に声を上げる。
「ど、え!どうしたんですか!?」
「昨日の決闘の報酬!こんな手袋じゃ無くて、スタンボルトにしたら良かった……!本体が貰えなくても、マナストーンに保存して貰えばぁ……!間違えたぁ!」
私は頭を抱えて地面に額を押し付けて叫ぶ。
あの時、咄嗟に品を考えたとはいえ、目の前で使われた初見殺しの魔法を指定しなかったのは、人生最大の失敗……は過言だが、目に留まった物を雑に指定したのは軽率だった。
「こ、今度!今度、プレーンのマナ石と交換しましょ!だからそんなに落ち込まないで」」
キョンはそういって、落ち込む私を励ましてくれる。
「魔法が手に入らなかった事に落ち込んでるんじゃ無くて、自分の馬鹿さにおちこんでるんだよぉ!でもありがと!それは貰う!」
「ちょっとお頭、声大きすぎ。ほら、騎士団が道から逸れたよ」
ミスミーの報告を聞いて、仕方なく地面から額を離すと、既にルナなんとかの姿は森の中に消え、ランタンの僅かな灯りだけが痕跡を残していた。
その灯りは、ほぼ真っ直ぐにこちらに向かっている。暗く静かな森の中とはいえ、システム的に、私の声はあの距離までは届かない。彼女達は私の声を聞いて進路を変えたのでは無く、こちら側に上り坂がある事を把握して進路を変えたのだ。
通りで、このフロアに来るのが早い訳だ。
私達とは違い、誰かが最終フロアまでのマップを持っているのだろう。それか、ダンジョン入り口に居る情報屋からマップ情報を購入したか。どちらにしても、彼女達がこの場所に来るまで、そう時間は残されていない。
「最短ルートを知ってるって訳ね。待ち時間が短くなりそうで助かるよ。流石は大物配信者……かな?」
「にしては随分ゆっくり進んでますけどね。……お頭、作戦はどうします?」
「それなんだけどさ、大して無いんだよね。ルナなんとかが上がってくる坂道で待ち伏せて、風弾で叩き落とすとか……。期待は出来ないけど」
「あのルートだと、すぐそこの坂道か、南側の坂道ですね。態々東側に回っていくとは思えませんし。今の内に隠れられそうな窪みでも作ります?」
「それだと、その窪みで待ち伏せした人が確実に死ぬでしょ?──いや、崖上から風弾や魔法の援護があれば……弓もいる訳だし。あ、でも、私が窪みで待機する訳にも……」
崖上を意識させ、意識外の側面からの不意の攻撃。そして、崖上から意識が逸れた瞬間に、崖上からの遠距離攻撃。倒せる火力はミスミー以外に無いとしても、風弾で弾き飛ばされ下の段に落とすだけでも、戦線離脱せざるを得ない怪我を負わせる事は出来る運が良ければ、落下ダメージで倒す事だって不可能ではない。
中段から上段……最終フロアまでの高さは約10メートル。道幅は5メートル弱といった所。待ち伏せをするなら、坂の中腹である5メートル付近での待機が望ましい。
それ以下だと支援攻撃に多少の遅れが生じ、それ以上だと崖上で待機している事に勘付かれる。
ただ、それは相手も理解している筈。警戒心が一番高まる場所でもあるのだ。
不意を突くのであれば、坂道を登る前の森の中。坂道がギリギリ視界に入る距離での待ち伏せが望ましい。マップを把握しているなら尚の事、坂道のある方に目が奪われるからだ。
だがそれはソロでの話。武器種混合のパーティでは、警戒されていても地の利を生かして待ち伏せた方が有利に立ち回れる。
問題は、遠距離攻撃出来る者がミスミーとコゴローの2人だけ。そして、待ち伏せに必要な風弾所持者が私とコゴローの2人。私は言わずもがな、リーダーとして場を離れる訳にはいかず、コゴローは貴重な遠距離持ち。他の者の魔法に関しては──
「って、そういえば。キョンって魔法は何持ってるの?」
「火球と水球です!マナストーンを含めると、スタンボルトと風弾。そして黒煙の5種です!今は、ですが!」
「黒煙……確か、明かりや視界を遮る魔法だよね。それに一応、風弾もある。と」
「となると、作戦は決まりそうだな。お頭、俺は窪みを掘ってきます」
私の呟きを聞いて、ぶぶ漬けとミスミーは立ち上がると、すぐ近くにある坂道を下り、小さく殺した粉砕音を響かせる。勿論、ランタンなどの灯りは付けていない。
作戦は決まりそう。ぶぶ漬けはそう言った。現に、この場に居る大半は、キョンの魔法を聞いてある案が浮かんでいる。最初に提案した案があるからこそ、思い浮かんだ案だ。
対人戦……というより、ゲーム攻略自体に疎いコゴローやポロネーゼは、完全には理解していない様で、説明を求める様に首を傾げている。
「えっとね。簡単に言えば、キョンが1人で闇討ちして、その後のサポートを私達がする感じ。手順は──」
キョンの顔を窺いながら、コゴローとポロネーゼに私の考える作戦を伝える。キョンの反応を見るに大方考えは同じな様で、私が説明を終えると満足気に頷いてリュックを下ろす。
「万一の時は、お頭とコゴローさんだけでも転移してくださいね!ここなら、戦闘中でも転移出来るんで!」
「万に一もそんな事にはならないよ。奪い殺す。私達がやる事はそれだけ。でしょ?」
「──っ。失礼しました!でも、邪魔なんでリュックは預かっててください!その代わり、期待以上の成果を出しますから!」
キョンは私の言葉に息を呑むと、勢いよく頭を下げて謝罪する。そして、これまた勢いよく頭を上げると、左拳を握って意気込んだ。
「お?1人で全滅なんてやるねぇ〜」
「ちょ、無理言わないでくださいよ!」
したり顔で冗談を言うと、キョンは拳を開いて慌ただしく両手を振った。そんな仕草を見てコゴローと笑いながら、後ろから聞こえる噴き出し笑いを聞いていると、坂道からぶぶ漬けとミスミーが上がってくる。
「窪みが出来た。キョンさん、今から案内する。それとお頭達、もう側まで騎士団が迫っているので、声は抑えてください」
ぶぶ漬けのお叱りに、私とコゴローは顔を見合わせて肩を落とし、遠ざかる2人の背中を眺める。背後では、いわんこっちゃないと言いたげに、ポロネーゼが軽く溜息を吐いた。
「あ、穴掘りありがとね」
坂道を下りていく背中に礼を言うと、この場に残った者達を連れて位置に着く。
「灯りが近いね、そろそろか」
見ると、ランタンの灯りは既に近くまで迫っていた。森の中であり、相手は光源に目を照らされているという事もあり、こちらの事は一切視認出来ていないだろうが、それでも最小限まで身を隠し、地面に這う。
「案内、完了しました」
キョンを窪みまで案内していたぶぶ漬けが戻ってくる。
「ありがと。指示いる?」
「いえ、登ってきた奴らを殺すだけですので」
そう言うと、すぐにぶぶ漬けは坂道の方へと戻っていった。やはり、対人慣れしている人は理解力が高い。大した作戦を組んでいないので、大して意思疎通を取る必要が無い。とも言えるが。
「ポロネーゼもぶぶ漬けと一緒にいても良いんだよ?」
「私は良い。彼女達が登り切り、山頂へと到着するまで手出しするつもりは無いからな」
「そう。到着する人がいると良いね」
これは、嫌味でも冗談でも無く本心から出た言葉だ。
この作戦は単純ながら、上手く刺されば全滅は容易に出来る物。伊達に、様々な物語で描かれていない、必勝の策だ。
とは言っても、基本は物語の敵側が行う卑劣な策。主人公一行の前では、呆気なく返り討ちにあうのだが。
「ルナなんとかが主人公じゃない事を祈るよ……」
私の独り言の意味を理解したミスミーが「縁起でも無い」と溜息を吐く。
「やしがに」
彼女の反応に軽く笑うと、顔を引き締めて崖下を見下ろした。
ランタンの灯りは既に森を抜け、彼女達の姿を鮮明に照らし出していた。




