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ポロネーゼは地を這うリロースネイルを掬い上げる様に斬り飛ばし、火球を放つ。顔を炎上させたリロースネイルはその場でのたうち攻撃の手を止める。
離れた場所からやってくる数匹のラウルはコゴローの手により、こちらに飛来する前に片翼を射抜かれて地に落ちていた。
連携とは程遠い単独撃破。雑魚敵相手ではやはり練習にすらならないかと、短剣を持った右手で頬を掻く。その間にも、ポロネーゼは淡々とリロースネイルの処理を行い、それが片付くと地に落ちたラウルにトドメを刺した。
「ふむ、この程度では練習にならないな」
ポロネーゼも同じ事を思った様で、腰のベルトに剣を納めると私にそう言った。
「自分は、最初はこれ位の方が良い練習になります。それに、敵の数が多いとエイムの時間が間に合わないですから」
モンスターが消滅した場所に残された矢を回収し終えたコゴローは、ポロネーゼや私とは正反対の意見を述べた。確かに、コゴローが次発を射るまでに大体10秒程の間隔があった。今回はラウルが間隔を開けて襲ってきたから良いものの、同時に襲い掛かられでもしたら、コゴローの援護射撃による足止めは見込めない。
「構えながら魔法って撃てるんだよね?」
「補助カーソルの話ですよね?はい。構えさえ解かなければ、補助カーソルは消えません。ただ、動いている最中や魔法を使った瞬間は、僅かにカーソルの縮小が遅くなりますが」
行動すれば、その分カーソルの補正速度が遅くなる。という事か。だとしても、ただ黙って見過ごすよりはマシだろう。そもそも、ソロでやっている時は基本補正速度が遅い状態なのだから。
「その話だと、魔法は普通に撃っても問題無さそうだね。風弾は連発する必要なんて殆ど無いし、ソロと違って止まったまま構えられるから」
「そうですね。いやぁ、やはりパーティは良いものですね。ソロと比べて立ち回りが楽で安定しますし、何より効率が良い」
「弓だと特にですよね。そもそも、表立って戦うより、木陰に隠れて遠距離から敵を倒す武器ですから!」
キョンの言う通り、今の戦い方は弓の本来の戦闘法とは程遠い。相手に悟られない距離で、木の上や茂みから敵を射るのが、本来の弓の戦い方だ。決して、飛来する敵を撃ち落としたり、目の前にいる相手に矢を直接刺したりしない。
隊列を組み直し、再び道を進み始める。ぶぶ漬けとポロネーゼは他と違い、武器を納めながら歩いている。ぶぶ漬けは大斧という事もあり納めている理由も分かるのだが、ポロネーゼに関しては抜剣していた方が良さそうに感じる。
「ねぇ、ポロネーゼはなんで剣をぶら下げたままなの?抜いてた方が良くない?」
私は疑問をそのまま彼女に投げ掛ける。
「間近が死角の洞窟内なら兎も角、これだけ周囲が見える森の中であれば、納剣している方が動き易いの。それに、陣取っている位置的にも、態々抜剣しておく必要が無い」
この位置が心地良いのだと言いたげに、剣の柄頭に手を置き、何度か軽く叩く。カタカタと金具を鳴らして揺れる剣は、まるで尻尾を振って喜ぶ犬の様に見えた。
皆、近くの者と雑談を交わしながら歩き、モンスターが出た時は積極的にコゴローに牽制を任せて道を進む事十数分。一度も騎士らしきプレイヤー群に会う事なく、私達は無事f4に辿り着いた。
「みんな居るね。今回は他プレイヤーさんも一緒か……」
セーフティエリア内を見回すと、私は小さい声で呟く。それに対し、真隣に居たキョンが耳打ちをする。
「お頭、どうしますか?」
この場合のどうする。とは、勿論。この場で襲うかどうかという意味。ただ、視聴者案で盗賊団を名乗っているとはいえ、視聴者達……今回集まってくれたぶぶ漬けにミスミー、そしてコゴローは、盗人プレイをする様な人では無い。ポロネーゼに関しては言わずもがな。
「私1人なら襲ったけど、今はスルー。説明は後で」
キョンに小声で返すと、私は皆に声を掛ける。
「じゃあ、隊列組み直して進もっか。ポロネーゼ、暇なら魁やる?」
「暇……という訳では無いが、フロア毎に交代しても良さそうね。ぶぶ漬けさんだけに労力を煩わせる訳にもいかないからな」
「では、自分はミスミーさんと立ち位置を入れ替えますか。その方が労力的に平等でしょう」
コゴローの申し出もあり、f4の進行はポロネーゼを魁として進む事になった。だが、進路を決めるのはポロネーゼでは無くぶぶ漬けのままだ。
「お頭、先程は何故彼らを襲わなかったんですか?」
初期セーフティから離れ、周囲にプレイヤーが居なくなるとキョンが尋ねてきた。
先程、同じ初期セーフティに居たプレイヤーは3人。ロッドの男エルフと大剣の男竜人、そして盾と短剣を持った女だ。装備的にこのダンジョンを周回している者達で、共に行動しているプレイヤーだろう。リロースネイルの鱗皮が貼られた盾や、難易度1では見掛けない毛皮を縫い合わせた防具。リーヴェンクローの鉤爪や羽根が無数に付けられた武器を見るに、間違いない。
武器相性的に、私1人だけでも難なく倒せる相手だ。運が良ければ、武器を奪う事も出来ただろう。だが、何故襲わなかったのか。それを、キョンに説明する。
「盗賊団って言っても、盗人は私1人だけでしょ?私の趣味にみんなを巻き込んで、みんなの評判を落とす訳にはいかないからね。後は単純に、ダンジョン攻略を優先したいってのもあるかな」
それを聞いて、隣に居るぶぶ漬けが驚く様に目を見開いた。
「そんな事気にしていたんですか?……俺を含め、殆どの視聴者が、ちぃさんと共に強盗したいと考えているんですよ?先程も、内心期待していた位です」
「私も。少し期待してた」
ミスミーも頷く。
「え、そうなんだ。意外……。みんな、盗人プレイを見るだけでやりたく無いもんだと、勝手に思ってたよ」
盗人プレイという、他プレイヤーから嫌悪され、他の者より襲われる可能性の高い事など、誰もやりたがら無い。やりたがら無いからこそ、皆に人気があるのだと思っていたが、どうやら違うらしい。コメント欄も、ぶぶ漬け達の意見に同意するものが多く見られる。ただ、その中で1人。私達の会話に首を横に振る人物が居た。
「いくらゲーム内で許されてるからって、強盗は駄目!どの世界でも犯罪に当たる行為。真似事とはいえ、心が汚れる原因だ!」
足を止めて振り返り、大声で叫ぶ様に私達を蔑む。その言葉に自然と眉が跳ねるが、本音は言わずに彼女に弁明する。
「このゲーム自体がそういうゲームってのが前提だからね。それに、初心者は襲わないし、やりたく無い人が一緒に居る時はやらないから」
「そういう話では無く、強盗や窃盗自体が駄目だと言っているんだ!」
言われなくても分かっている。だが、そういうしか無いのだ。
「気持ちは分かるけど、規約的にも完全白な行動だから、自分の考えで貶したり否定するのは、あんまり良くないかな。それでも許せないなら、自警団や護衛団的な集まりを作って、正々堂々戦えば良いよ。だけど今は配信中だから、その話は攻略が終わってからね」
今この場で議論しても、彼女に対してヘイトが集まるだけだ。それに、彼女が色々言った所で結局の所、“それなら参加するな”の一言で片付いてしまう。何故なら、彼女は私が盗人プレイをしている事を知っていて、視聴者参加型に名乗りを上げたのだから。
「……そうね、少し熱くなりすぎた。謝罪する」
昨日の今日でここまで人は変わるのかと、頭を下げる彼女に目を見開く。昨日の彼女なら、「それでも駄目だ」と言い出し、最終的には襲い掛かってきても不思議では無い。先程まで、彼女を倒すしか無いのかと肩を落としていたが、杞憂に終わって良かった。
「良いよ。それより早く進も」
魁の彼女が進まなければ、隊列全体が足踏みする事になる。それに気分を変える為にも早い所足を進め、軽く戦闘を挟みたい。彼女は気付いていないが、キョンとミスミーが先の発言で機嫌を悪くしているからだ。
「分かった。皆も足を止めさせて申し訳ない」
ポロネーゼは再度、皆に頭を下げると、私達は道を進み始めた。




