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「ちぃちゃん、宜しければこちらを」
その言葉と共に目の前に現れたのは、掌サイズの透明なケースに入ったディスクだった。
「これは?」
「魔法ディスクです。込められた魔法は風弾、風属性の魔法です」
「おぉ、魔法!待ってました!」
チュートリアルでは魔法は触らない物だとばかり思っていたので、このタイミングで魔法が手に入った事が嬉しく、つい声が上擦ってしまう。
「魔法ディスクの着脱は、メニューのディスクから可能です。所持している魔法や、効果などもディスクの項目から確認出来ます」
それを聞いて、私は早速メニューを開き、ステータスの項目の下にあるディスクの項目をタッチする。すると、画面の左側にはディスク一覧の欄、その右側に円形の枠があり、3つは黒く、他4つは黒の上に白でバツ印が書かれていた。
ディスクの欄には先程貰ったディスクの風弾だけ書かれており、それをタップすると魔法の詳細が開かれる。
「基本威力5で射程距離30m、ノックバック3mを与えて、消費mpが5。……元素?へぇ、魔法には物質と元素があって、物理はdef、元素はmdefでダメージ計算するのね。これ、魔法使いにも魔法が通る様にって事かな?」
風弾はサポちゃんの言っていた通り風属性の魔法で、相手をノックバックさせる効果がある様だ。消費mpは5と低く、クールタイムも無いので、悪さが出来そうだ。
「ちぃちゃん、魔法の照準を合わせる方法を説明しますね」
「お願い」
「魔法の照準は、何もしなければ視界中央にある十字の方向に飛んでいきます。ですが、視界右にある攻撃カーソルアイコンをタッチしていただければ、発動方向や場所を手先や杖先で決定可能です」
攻撃カーソルアイコンとは、食料ゲージの上にある謎アイコンの事だろう。試しに、そのアイコンをタップしてみると、右手の先から赤い線……ポインターの様なものが表示された。
「右手かぁ……両手とか出来ないの?」
「左右の設定は各種設定画面から可能ですが……」
「……両手は出来ないのね。了解」
フルダイブであれば、割と好きな場所から魔法が放てるのだが……ヘキグラは違うらしい。変な所で融通が効かないが、逆に戦略性がある。
「魔法の発動方法は、魔法名を発語していただければ発動出来ます。逆に、発語しなければ発動は出来ません」
「はつご……?詠唱って事で良いのかな?試しに……って、なんて読めば良いんだ?」
「詳細にふりがなが書かれております」
「さんくす。ええと“ふうだん”」
攻撃カーソルを適当な草陰に向けて魔法名を詠唱すると、見え辛いが薄緑の風の球がカーソルの指す場所へ飛んでいった。
「おぉ、地味」
そんな事を言っていると、風弾を飛ばした方向の草むらが勝手に動き出し、突然何かが飛び出してくる。
「わっ!……って、またキャビィか。正直余裕よ?行動速度上がったし、火力も増えて魔法も──」
こんな相手、敵ではない。そう高を括っていると、後方からも草木の擦れる音が聞こえてきて、振り返った瞬間キャビィが飛び出てきた。
「2体かぁー……それは聞いてないか……もっ!」
背後から迫る気配に身を捩ると、胸当てからマッチを擦る様な音が響き、hpが減少する。
「胸盛ってたらやられてたぜ……」
そんな冗談を言いながらも、間一髪避けられた事に安堵し、額を拭う。
1体のキャビィが攻撃を始めると、それを合図にもう1体のキャビィが私の周囲を反時計回りに、円を描くように走り始め、互いに私を挟み合う形を陣取る。
1体を相手していたら、死角に入ったもう1体が背後から攻撃を仕掛ける。単純だが、すごく厄介な立ち回りだ。
正直、侮っていた。行動速度がスキルで速くなった今なら、2体相手でもまぁまぁ余裕だろう。と。だが、こうも上手く連携を取られると、雑魚相手でも防戦一方になってしまう。
私は、キャビィ達とは反対の時計回りにその場でゆっくりと回転しながら、常に一体のキャビィを視界に捉え、視覚が出来るタイミングを少しでも減らす。そうする事で、背後から攻撃してこようとするキャビィがすぐに視界に入り、即対応が可能なのだ。
とは言っても、攻撃動作から1秒にも満たない攻撃を完全に躱す事は出来ず、徐々にhpを削られている。
一応、キャビィの攻撃を躱したすれ違いざまに斬撃を放っているので、多少削れて入るだろうが、あまり手応えは無い。
「くっそ!」
漏れ出た息は悪態へ変わり、段々と回避と攻撃の動作が雑になる。
無駄に大きく避け、肩を強張らせて短剣を振るう。別に、それでも被弾は少ないので戦況には大した影響は無いが、このままでは精神衛生上よろしくない。
(一か八か……ダメージ覚悟でやってみるか?)
失敗してもたかがチュートリアル。失う物も無く、ペナルティを受ける事がない今だからこそ、試しに動いてみるべきかも知れない。
そう思い、私は画面右の攻撃カーソルをタッチし、右手の先から赤いポインターを可視化させる。
短剣を持つ手と同じ方になるのが厄介だが、設定から変える暇も今は無い。そう諦め、短剣を左手に持ち替えて右手を前に翳す。
タイミングはいつでも問題無い。当たらなくとも、牽制になればそれで十分。そして、キャビィ達の単調な動きにも目と身体が慣れてきた頃合いだ。
勝てるはず。
「[風弾]!」
私は背後に右手を翳し、足音を頼りに風弾を発射すると、同時に前方にいるキャビィに向かって、進路を塞ぐ様に駆け出した。
声や足音的に風弾は被弾していない。だが、背後のキャビィは動きを変え、私から少し遠ざかった様に感じる。
前方のキャビィは私が突進してきたのを確認するや否や、地面を思い切り蹴り付けて勢いを殺した瞬間、もう片方の足で再び、瞬時に地面を蹴り上げてこちらに飛び掛かると、両手を広げて口を開いた。
──この時を待っていた。
「頼む耐えろ!」
私はキャビィの口内に、逆手に持った短剣を振り下ろす様に叩き込む。
「──!!」
口に異物を勢い良く突っ込まれた事で、キャビィは声にならない声を上げた。だが、それに構う事なく、私は振り下ろした短剣をそのまま地面へ叩き付けた。
「どぉやっ!!」
キャビィは振り下ろした勢いのまま頭部を地面に叩きつけられ、鈍い音を立てて気を失う。同時に、パキッ──。と嫌な音を立てながら短剣の一部が欠けた。だが、それも想定内。寧ろ、壊れなかった事に感謝している。
私はそのまま、仰向けに伸びているキャビィの腹を右足で踏み付けると、周囲を確認してもう片方のキャビィを探す。その瞬間、こちらに飛び掛かろうと助走を付けていたキャビィが視界に入り、咄嗟に風弾を放った。
「[風弾]!」
キャビィは私が詠唱した瞬間に飛び上がったが、それを読んでいた私は予め空中に風弾を放っており、今度はしっかりと風弾が命中した。
風弾の追加効果のノックバックでキャビィが後方へ飛ばされると、私はすぐさま、踏み付けていた方のキャビィの両耳を指で絡める様に掴み、勢い良く引っ張った。
……これがゲーム内で良かったと、多分これ以上に思う事は無いだろう。そして、ヘキグラが戦闘面の描写をデフォルメしてくれてた事を、これ程まで感謝する時が来る事も、今後無いだろう。
耳を引っ張った瞬間。キャビィのhpが底を尽きたのか、星屑の様な赤いエフェクトと共に消滅し、アイテムが足元にドロップする。──これで、残るは1体。
1体であれば余裕だ。……なんて慢心するつもりは無いが、1体だけであれば幾らでもやりようはある。
「試したい事がもう一つあるし……成功すれば、次からもっと楽に倒せるから……っと」
胴への連続蹴りを軽く躱し、振り返りながら攻撃カーソルを丁寧に合わせる。
タイミングを見計らい、ゆっくりと息を吸いながら口を開いて、キャビィが飛び上がったその瞬間──
「[風弾]」
私は身体を大きくズラしながら、腕を横へ伸ばしてキャビィの懐へ潜り込ませると、“上空”へ向かって風弾を放つ。
「キョッ」
風弾は見事キャビィの腹部に命中し、私の予想通り、キャビィは変な声を上げながら空高く打ち上げられる。だが、ノックバック3mという割には、あまり空高く吹っ飛びはしなかった。
それでも、最初から跳躍していて浮いていたという事もあり、私の身長の倍以上も地面から離れている。
「3mってとこかな。まぁ十分でしょ」
私はその場から数歩下がると、自由落下を始めたキャビィを何もせずに眺める。
そして、声を上げる事なく落下を続けたキャビィは、自身の体幹を活かして足から見事な着地を決めた……様に見えた。
パキリ。と何かが折れる様な音。先程の短剣が欠けた時の音とは違い、瑞々しさと籠った音が混ざり合うその音は、目の前にいる着地を決めたキャビィから聞こえてきた。
「流石ヘキグラ。物理演算とか色々リアルって聞いてたけど、これも出来るのね。まぁ、部位耐久がある時点で察してたけど。モンスターにもあって良かったわ」
キャビィは着地してからというもの、一切その場から動こうとはしない。……いや、動けないのだ。着地の衝撃で足の部位耐久が底を尽き、部位操作不可のペナルティを受けたのだ。人型であれば、手と胴のみで動けるだろうが、ウサギはそうでは無いらしい。
翼を捥がれた。とは、まさにこの事だ。
「……てか、最初からこうすれば良かったんじゃね?その為のノックバックだった可能性もある訳だし……私もまだまだだなぁ」
態々短剣の耐久値を減らさなくとも、最初から2体ずつ空へ打ち上げておけば良かったと、目の前の獲物を見て気が付いた。
「でも、動きに慣れたから出来た事だし……まぁいっか」
倒せたのだから問題無い。結果良ければ、というヤツだ。
「あとはコイツを倒すだけだけど……落下ダメージで瀕死かな?元々削ってたし」
試しに、短剣を投げてみようと投擲の構えを取る。すると、
「ん?なんだこれ?攻撃カーソル……じゃ無いし、何の円だ?」
画面中央に直径1m程の水色枠の円が出現した。
「あ、これ、補助機能か何かかな。VRゲームでよくあるヤツ」
試しに、円が表示されたまま明後日の方向に投擲してみる。すると、短剣は手から離れた瞬間軌道を変え、円内の枠側にある地面に当たった。
「ふーん、この円の中に投擲物がいくよってやつね。構えたまま1秒停止すると勝手に出てくると……短剣の投擲だったら構える事もないし、邪魔にはならないかな」
私は転がっていった短剣を拾い上げると、次いでに近くにいたキャビィを踏み潰す。
やはりキャビィの残りhpは少なかった様で、ゴムボールの様な感触を靴底に残して、アイテムをドロップすると消滅した。
「ありがとうございます、ちぃちゃん。これで拠点へのポータルが生成出来る様になりました」
あぁ、そんな設定だったな。と思い出しつつ、私は欠けた短剣を鞘に戻して返事を返す。
「気にしないで。それに、時間掛けちゃってごめん」
「いえいえ。……実は、異物排除機能の申請をしており、機能発動までに10分の待機時間がありましたので、その待機時間と比べれば、十分迅速な討伐でしたよ」
「ども。……って、時間制限があったのか。のんびりしてなくて良かったぁ」
裏で時間制限があった事に驚きながら、のんびり検証をしなくて良かったと肩を下ろすと、私の反応を無視してサポちゃんが話を続ける。
「申請は既に取り下げておりますので、寛いでもらって構いませんよ。……それと、こちらは感謝の品です。お受け取りを」
そう言って、私の目の前に置かれた物は、巾着型のバッグだった。
紐が一本のみのその巾着は、キャビィ1体が余裕で入る大きさで、麻布の様な素材で出来ている。詳細を確認すると、重量は2kg、容量は10枠まで収納出来る様で、今手に入ったドロップ品も、これがあれば抱えずに持ち運び出来そうだ。
「え、まって、普通に嬉しいんだけど。ありがと」
「こちらこそ感謝を、ちぃちゃん」
早速、足元に落ちているドロップ品を拾い上げ詳細画面に翳してみるが、一向に収納される気配が無い。
「ん?」
「ちぃちゃん、詳細画面に翳しても意味はありません。バッグ画面をお開きになってください」
「バッグ画面?」
「はい。バッグの口を開き、覗き込むか触れるかしていただくと、そのバッグのバッグ画面が表示されます」
どうやら、私が見ていたのはただの詳細……説明が書かれた画面で、バッグ画面では無かった様だ。通りで、枠数が数字で書かれてアイテムの枠が表示されていない訳だ。
かなり恥ずかしい勘違いに耳を赤くしながら、バッグの口を開いて顔を隠す様に中を覗き込む。そして、一息吐いた所で顔を上げると、ドロップ品をバッグ画面に翳していった。次いでに、固定ポケットに入っているドロップ品も移し替え、バッグの口を締めて画面を閉じる。
「準備完了。じゃあサポちゃん、ポータル出して」
「承知しました」
すると広場の中央に、ダンジョンに入る前に使ったポータルと同じ見た目のポータルが出現する。
「ご武運を、ちぃちゃん」
「うん。サポートありがとね、サポちゃん」
私はそう言うと、何も無い空に向けて手を振った。そして、手を振り終えるとポータルに視線を戻し、一歩踏み出すのだった。
ちぃちゃん lv1
HP 453/510
MP 91/100
ST 487/500
EXP 3/100
vit 1
str 4
int 0+(5)
agi 15+(10)
dex 0+(5)
atk 59 短剣atk 86
matk 15
def 4
mdef 1
固定ポケット
ヒカーラ草*2…0.02kg
傷薬軟膏(5/5)…0.05kg
合計…0.07kg
バッグ
キャビィの股肉*2…0.4kg
ウサギの毛皮…0.1kg
ウサギの耳…0.01kg
キャビィの前足…0.05kg
合計……0.56kg