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ちょい胸糞回かもです。お気を付けて
「エルフちゃん、ちょっと良いかな」
ロッドの男とのトレード中に、私は小声でエルフの女に話し掛ける。
「なんでしょう」
「いやさ、あの魔法使いの人、ずっとぶつぶつ言ってるじゃん?めっちゃ怖いんだけど、貴女の視聴者さんで良いんだよね?」
ロッドの男は時折唸り声を上げながら、「許さない」だの「殺す」だの、物騒な事を口走っている。その様子は、完全に頭のいかれた狂人だ。大物配信者に妄信的、狂信的な視聴者がいる事は知っているが、彼はその範疇を超えている。
それに、ギアチョーカー系統のフルダイブ用ハードウェアは、一定の心拍数から外れると強制的にゲームからログアウトする仕様になっている。だが、興奮している彼がゲームから強制ログアウトする気配が無い。つまり、彼は然程興奮していないのだ。それなのに、物騒な発言を繰り返してるという事は、常人とはズレた感性を持っているという事だ。
「そうですよ。私の騎士の1人です」
彼女は何事もないかの様に冷静に答える。どんな視聴者であっても悪く言わず、受け入れる姿勢は、流石は大物配信者といった所か。
「騎士ねぇ……。騎士があんな物騒な発言してるのを、姫の貴女が見逃してて良いの?」
「十人十色。騎士とはいえ一視聴者。彼の発言を否定する事は、私には出来ませんよ」
「いや、否定じゃなくて……ううん、良いなら良いや。私には関係無いし。あ、でも、人の配信を荒らすのは辞める様に言ってくれると助かるかな。って、言って聞く人なら、最初から荒らさないか」
「……騎士達に伝達しておきます。それと、私からも謝罪を──」
「あぁ、貴女からの謝罪は良いよ。受け取れないし。それより、次は騎士くん。トレード申請頼むよー」
彼女が謝罪の姿勢を見せるが、それを遮り会話を終わらせる。そして、手練の男に声を掛けてトレードを開始した。
入金を確認し、トレードを終わらせると画面を閉じる。長い戦闘ではあったものの、約5万ゴールドの収入に頬を緩ませ上擦った笑い声をあげる。
「ふふん!また一歩、大富豪に近付いちゃった!」
「嬉しそうですね」
私の独り言に、嫌味を一切感じさせない柔らかな返事が返ってきた。
「そりゃぁ嬉しいよ〜。ほら、拠点の発展も結構進んでるでしょ?そろそろ新しいアイテムや装備が売られると思うんだよね。その時、色々買う為のお金は欲しいからさ」
「確かに、テントの拡張や増設が盛んですよね。騎士達も、そろそろ店が増える頃だと言っていました」
何故だろう。彼女と話していると、旧来の友人であるかの様に自然と口が動いてしまう。雰囲気……いや、彼女の魅力といった方が良いだろう。つい心を許してしまい、無防備に話し掛けてしまう魅力が、彼女にはある。これが、大物配信者の持つ“才能”なのだろう。
「いやぁ……凄いね、本当に。なんていえば良いのかな、恐ろしいよ」
「どうかしましたか?」
後ろから見た横顔は、どこかで見た彼女のアバターにそっくりだった。軽くデフォルメされているとはいえ、配信アバターと比にならないリアルな横顔は、どこか子供っぽく、万人受けしそうな可愛さがある。
明るい赤色のボブヘアーに黄色の猫目。所々に入った藤紫のメッシュが、童顔の彼女を大人に見せる。とても魅力的な見た目だが、彼女の魅力は外見では無く話術にある。
話術とは、言葉では無い。会話の最中の視線や仕草、表情に声色。息遣いの1つ1つ全てを含めて話術なのだ。
本当に恐ろしい。彼女に掛かれば、世界征服など夢では無いだろう。それ位、彼女の話術は長けている。人と話す事が苦手で、初対面の人には真面に話す事が出来ない私でも、みさと話す時と同じ様に、彼女とは自然に話す事が出来るのだ。国のお偉いさんでも、彼女相手なら口が軽くなってもおかしく無い。
「……お金は確かに頂いた。彼女を解放するから、騎士くんと魔法使いは私から離れて。そうだね……マップの描画距離が30メートル、いや、魔法の射程距離が50メートルだから、だいたいそれ位離れてもらおうかな。目測でいいから」
私の命令を聞いても、彼らは一向に距離を取ろうとはしなかった。面倒だと溜息を吐きながら、私はエルフの女の左肩に短剣を突き刺す。
「お前っ……また!」
「下がったら、武器を収めて戦闘状態を解除して。その後は転移石で拠点に戻る事。無いって言ったら……分かるよね?」
今度は短剣を引き抜かず、内側を刃先で掻き混ぜる。耐久値を失った彼女の左腕がだらりと下がり、私の左腿にぶつかると乾いた音を鳴らした。
「面倒だから次は首を刺す。そうなったら、落としたステッキは私の物になっちゃうね。あーあ、騎士くん達の所為で、エルフちゃんは武器をロストしちゃうのかー。かわいそー」
その言葉に、ロッドの男は顔を青褪める。手練の男も口を曲げ、渋々といった様子で後退していく。その間、私はずっと彼女の肩に短剣を埋めていた。
暫くして、彼らのアイコンがマップから消え、ある程度の距離が離れると、ランタンの明かりが1つ消える。影の形を見るに、先にロッドの男が拠点に帰還した様だ。槍の男の方はというと、モンスターが近くに居たらしく、軽く遇らうと時間を置いて帰還した。
周囲を確認し、脅威になる存在がいない事を確認すると、私は彼女の肩から短剣を引き抜いて腹に回した腕を離す。そして、地面に落ちたステッキを拾い上げた。
「あの、ステッキを返してはくれませんか?」
自分のステッキを先に拾われ、戸惑いを見せる彼女に私は返事をする。
「先に、私の木剣を拾わせて。後、遺品スポットも探したいから、それを見つけてからね。探してる最中に襲われたら面倒だからさ」
そう言いながら腰のベルトにステッキを差し込むと、私は地面を見つめながら辺りを歩き回る。返せと言っても意味がない事を悟った彼女は、諦める様に肩を落とすと、女が落とした斧の場所に向かい、その場に腰を下ろす。
数分後、遺品スポットを1つ見つけた私は、アイテムを回収すると、大したこと無い中身に溜息を吐きながら彼女の元へ向かう。
「う〜ん……遺品スポットは一定範囲に1つしか湧かないのかな。さっきもそうだったけど、今回も1つしか見つからなかったし……」
今回も2人倒したが、見つかったら遺品スポットは1つだけ。考えるに、遺品スポットがある付近には新たな遺品スポットが出現しない。別の場所に現れているのか、将又湧いてすらいないのか。定かでは無いが、遺品スポットを出現させるだけなら、一度に倒す人数は1人だけで十分な様だ。
「お探しの物は見つかった様ですね。では、ステッキを返していただけますか?」
近付く私を見て立ち上がる彼女は、私に歩み寄ると右手を出した。だが、私はそんな彼女を無視して話を始める。
「そういえば、まだお礼をしてなかったね」
彼女の横を通り過ぎ、地面に刺さった斧の柄に左手を置くと、彼女に振り返る。
「お礼……ですか?一体何の……」
私の動きに合わせて振り返る彼女は、私の発言に首を傾げた。
「そんなの、1つしか無いよ」
一歩。前に踏み出すと、私は無造作に彼女の首へ逆手に持った短剣を突き刺した。
「──え?」
硬直し、目を見開きながら私を見つめ、困惑の声を上げる。そんな彼女に、私はお礼を述べる。
「さっき言ったでしょ?配信を荒らしてくれたお礼をするって。ありがたく受け取ってね?エルフちゃん」
短剣を引き抜くと、首から大量の赤いエフェクトが噴き出る。一瞬、柔らかく優しい彼女の表情が般若の面の様に歪んで見えたが、確かめる前に彼女は消滅した。
この場に残ったのは、彼女だったレッドクリスタルと、女が落とした斧。そして、周囲の戦闘音だけだった。
「……くふっ!くふふふっ!くははははは!」
戦闘音を掻き消す様に、私の笑い声が木霊する。遠くにいたプレイヤーが何事かとこちらに視線を送るが、そんな事を気にもせず、私は腹を抱えて笑い続けた。
「あはははははは!馬鹿すぎるでしょ!大人しく人質になり続けるのも、正直に私の言う事を聞くのも!どうせ、配信的にその方が盛り上がる〜、なんて思ってたんだろうなぁ!騎士達も、姫の好感度を上げる為に言う事を聞いてくれたんだろうけど、無意味だっての。姫が私を拘束して、共倒れ狙いで騎士達に攻撃させたら、私の事を倒せたのに……ほんと、馬鹿だなぁ!」
満足するまで笑い続けると、呼吸を整えてレッドクリスタルに触れる。お金もアイテムも大して持っておらず、期待外れではあったが、それ以外に手に入った物の存在が大きい。
まず1つは女が落とした斧。そしてもう1つは、エルフの女から奪ったステッキ。どちらも加工してあるとはいえ、難易度1ダンジョンで手に入る素材で作られた低レベルの物だが、ある程度の金にはなる。それに、ステッキの方は装備制限は無く、単純に魔法の威力を上げてくれる物なので、そのまま使う事が出来る。元々、ステッキは買おうと考えていた物なので、その分のお金が浮いたと考えるとかなりの儲けだ。
「一旦帰りたいけど……今戻ったら、広場で鉢合わせそうだな……。でも、ここで待つのも、それはそれで危険だし……。うん、モンスターに敵対される前に戻るかぁ。何かあっても、拠点内なら衛兵が助けてくれるし」
以前のポロネーゼ達の様に絡まれる危険性はあるが、それよりもこの場に残る方が危険だろう。彼女……ルナの視聴者達がこの場に来ないとも限らず、キャッシュに襲われると斧の存在を諦める必要があるからだ。
何かあればその時はその時。最悪、ログアウトして時間を潰せば良い。そう考えながら短剣を腰に収め、転移石を固定ポケットから取り出すと、斧の柄を握って拠点に転移した。
 




