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 手練の男は槍を薙ぐ。穂先を突き出さない理由は、簡単に避けられ懐に潜り込まれる事を避ける為だろう。それでも、石突が軌道をなぞるには僅かな隙がある。その隙は、私が手練の男の懐に潜り込むには十分な隙だった。だが、手練の男はそれにすら慣れている様子で、慌てる様子もなく一歩後ろに下がりながら石突を薙ぐ。

 腰から木剣を引き抜き、避けきれない槍の脅威を受け止める。逆手に持ち、腕を守る様に構えた木剣は、槍の柄に当たると硬い音を立てて左腕全体に強い衝撃を走らせる。

 削られる体力、痺れを訴える左腕、傾く視界と体。一瞬地面から浮かぶ足を踏ん張ると、勢いを失った槍を脇に挟み、左腕を絡ませて木剣を構える。勿体無いが、今はお金にも余裕があり、武具屋にも並んでいる物だ。それに得られる物の方が遥かに大きい。

「〈風弾〉!」

 魔法名を唱えると、木剣は手練の男の顔に吸い込まれる様に吹き飛び、左目を強く突く。それでも怯む様子を見せない手練の男に向かって死角から首筋に短剣を突き刺すが、手練の男は素早く槍を右脇に持ち替えると、私の手首を掴み動きを止める。

 その冷静な行動に、私は思わず感嘆の声を漏らす。

「流石は騎士様。対人はお手の物ですか」

 手練の男は賛辞を受けても顔色一つ変えずにただ一言、私に返事を返した。

「〈水球〉」

「ぶぐへぁ!」

 手練の男と私の間に生み出された水の玉は、体を細くしながら私の顔面に飛来した。

 こいつ、会話のキャッチボールも真面に出来ないのか?あの状況、どう考えても賛辞を送り返す場面だろう。

 悪口の1つでも言わないと気が済まない。反射的に閉じた瞳を開け、光が乱反射するボヤけた視界越しに手練の男を睨み、口を開けたその瞬間──

「おぐっ!」

腹に強い衝撃が走る。見ると、手練の男の足が革鎧の腹当て部分に押し当てられていた。

 衝撃と比べると大したダメージは受けておらず、寧ろ、先程よりもHPが増えている。その時、私は自分のスキルの事を思い出し、頬を緩めた。

「くふぅ!なんだ、最初からこうしたら良かったじゃん!」

 笑い、言葉を漏らす私に、手練の男は再び腹に蹴りを入れてくる。その、誤差レベルのダメージを見て私は更に唇を吊り上げると、槍を持った左手と掴まれた右腕を同時に引く。

 力の関係で、彼を引き寄せる事は出来ない。私が、彼に近付くのだ。再び腹を蹴られるが、暖簾を捲る様に傾いた私の体は、顔だけを手練の男の元まで運ぶ。

 近付く顔と顔。彼の表情はそれでも一切変わらない。彼の鉄仮面を溶かせるのは、きっと彼女だけなのだろう。私は大きく口を開くと、視界の端に居るエルフの女に視線を向けながら、手練の男の首筋に牙を伸ばした。だが──

「ふんっ!」

「かは──」

斜め上部から振り下ろされた額が私の口を打ち下ろし、鈍い音を立てながら互いに赤いエフェクトを散らした。

 衝撃に体が仰け反り、浮いた足が地面を踏む。それでも仰け反った勢いを殺す事は出来ず、腕を伸ばしながら槍と手練の男の左手を引っ張った。その結果、前のめりになった手練の男は体勢を崩して更に体を前に傾かせる。

 形勢逆転。そう思い、右膝を手練の男の顔面に突き出そうと片足を上げた瞬間。掴んでいた槍が脇下に差し込まれ、そのまま私の体ごと槍を振り抜いた。

 僅かに浮かび上がる足。爪先を立てて必死に地面を抉るが槍の勢いは止まらず、私の体はロッドの男に向けて掲げられる。

「撃て!」

「〈火球〉!」

 手練の男の号令と共に放たれた火球は、私に向かって一直線に飛来する。

 避けようにも右手は捕まれ、左脇を槍で固定されて身動きが取れない。苦渋の選択の末、私は仕方無く槍から左手を離すと後ろに回し、魔法を唱えて火球を相殺する。

 背後で火の粉が飛び散り、周囲を明るく照らす。照らし出された手練の男は、頬の端を僅かに上げていた。

 左脇に差し込まれた槍が外される。同時に、私の右足は強く踏まれ、右手の拘束が緩む。だが、それは攻守交代の合図ではなく、手練の男の攻勢の合図だった。

「うっ!」

 腹部に加わる強い衝撃。また、腹を蹴ったのかと男を睨むが、その視界は自分の意思とは関係無く天を向く。足を固定され、崩れた体勢を立て直す事が出来ず、背中全体に強い衝撃が走る。

 衝撃によって硬直している間に、手練の男は右手に持った槍を逆手に持ち直し、私の腹部目掛けて振り下ろした。

(間に合わない……!)

 手練の男に狙いを定めている暇は無い。であれば……

「〈風弾〉!」

自分の脇腹に風弾を放ち、地面の上を滑る。足を取られた手練の男は体勢を崩してその場に尻餅を突き、片足を押さえられていた私は縦と横、同時に体を回転させた。

 回る視界に上下左右の感覚を失う。マップを頼りに周囲の敵の立ち位置を確認しようにも、そもそも視界にすら入れる事が出来ず、完全に頼りにならない。

「〈火球〉!」

 魔法を唱える声が聞こえるが、回転中ではどこから聞こえているのか判断出来ない。相殺するにも、回る視界の中どこから火球に向かって風弾を放つ事など不可能だ。

「くっそぉ!」

 致命傷を避ける為顔を腕で覆い、膝を丸めて足首を交差させる。そして、ノックバック効果が切れ動きが止まった頃、視界が真っ赤に染まった。

 体力が1割程削れ、更にそこから炎上ダメージで体力が削られていく。が、自然回復量の方が炎上ダメージよりも上回っているのか、体力は僅かに回復し続けていた。

「自然回復力様様!この程度、大したダメージじゃないね!」

 立ち上がり、燃え続ける腕を顔から退かすと、短剣を構え直す。いつの間にか消えているレッドクリスタル見るに、既に5分は経過している様だ。通りで、体力が殆ど減っていない訳だと、HPバーを見て納得する。

 そうだった。私は最強だったんだ。以前みさに話した言葉を思い出し、私は手練の男に風弾を放ちその場に足止めすると、斧の女に向かって走り出した。

 炎上する私にロッドの男の火球。周囲は街中よりも明るく照らし出され、私の風弾を闇夜に溶かす。そのお陰で、視線操作で放つ水球は風弾を相殺し損ね、手練の男は後方に飛ばされる。だが、相手の風弾が見え辛いのは私も同じ。違いは1つ──

「〈火球〉!」

「〈風弾〉!」

同じ位置から火球が放たれる事。火球の灯りで僅かに風弾の揺らぎが見えるが、理由は別にある。

「〈風弾〉!」

 私はエルフの女に向かって風弾を放ち風弾を相殺すると、“火球に向かって突っ込んだ”。

「はぁ?!」

 そう、火球が飛来する場所には、風弾が飛んで来ないのだ。正確には、どちらかの魔法が当たる様、意図的に座標を変えて、彼女達は魔法を放っている。

 彼女らは驚きの声を上げ、一瞬言葉を止めるが、再び魔法を放ち始める。その一瞬の隙が、エルフの女を守勢に回らせた。

 斧の女が魔法を放つ事を止めた。見ると、斧を両手で振り上げ、私がくるのを待っていた。

(馬鹿な人)

 斧の女の右手側から顔を出すエルフの女に視線を送ると、私は斧の女の左手側に回り込み、エルフの女の射線から外れる。同時に、背後から追いかけてくる気配に向かって左手を掲げると、風弾を放つ。

 エルフの女が風弾を相殺する為に放った風弾と、私が放った風弾が手練の男に降り注ぐ。

「〈水球〉!〈水球〉!すいぐぅ!」

 幾つかは水球で相殺できた様だが、数の差に押されたか呻き声を上げると手練の男は詠唱を止めた。

 追手は吹き飛んだ。私は左手を前に持ってくると、斧を掲げた女の懐に素直に潜り込んだ。

「取ったぁ〜!」

 女は斧を振り下ろしながら勝利の雄叫びを上げる。

「ふひっ」

 その滑稽な姿と声に、思わず笑い声が噴き出る。短剣で吊り上がった口元を隠しながら、弧を描く瞳で女を見上げ、額に左手を置く様に掲げると、笑いに揺れた声を発した。

「〈風弾〉」

放たれた風弾は天に向かって伸び、頭上に振り下ろされる斧に当たると、女は体を大きく仰け反らせて斧を手放す。

 驚きの表情を隠せない女は、目と口を大きく開いて地面から浮き上がる。その、伸び切った無防備な腹に、私は逆手に持った短剣を深々と突き刺すと、体を半回転させながら腹の中で短剣を滑らせた。

 女の腹は中央から右脇腹を裂かれ、大量の赤いエフェクトを散らしている。短剣が貫通していたからだろう。引き裂かれた勢いに釣られて宙で体が傾くと、上半身と下半身の間に亀裂を見せた。そこへ、トドメの一突を加え、消滅する前の女の体を風弾で横に飛ばし、背後に隠れていたエルフの女の背後に回り込んだ。

「動くな!」

 腹に腕を回し、短剣をエルフの女の首筋に当てがうと同時に、立ち上がる手練の男とロッドをこちらに向ける男に声を上げる。地面に投げ捨てられる様に落ちた斧の女は、消滅するとレッドクリスタルになった。

「私の命令以外で動いたら、この人を倒す。騎士くん、先ずは私から少し離れようか。そうそう……もう少し。うん、そこら辺で。エルフちゃんは、私に合わせて動いてね」

 手練の男を15m程離させると、エルフの女を連れてレッドクリスタルの元に向かい、戦利品とお金を回収する。額もアイテムもこの程度か、と軽く溜息を吐くと、男達に声を掛ける。目的は“身代金”。そして、この場に来た時に殺した男から回収そびれたアイテムの“賠償金”だ。

「この人を倒して欲しくなかったら、1万ゴールドずつ払う事。プラス、ここに来た時に倒した人から回収出来たはずのアイテム分の代金。合わせて2万ゴールドを、騎士くんと魔法使い両方に要求する」

「はぁ?!巫山戯るな──」

 ロッドの男が声を荒げた瞬間、私はエルフの女の右肩に短剣を突き刺した。

「ル、ルナ様!」

「次は左肩。その次は……どこにしようかな。オススメある?」

 私は右肩から短剣を引き抜くと、再び首筋に当てがい、女に問う。

「こ、殺さないの?」

「今のはお馬鹿さんに“理解”してもらう為だから。抵抗や反撃の姿勢を見せたら、普通に倒すよ?で、左肩の次はどこを刺されたい?」

「……騎士達は、あなたの言う事なんか聞かないわ。聞くだけ損だもの」

 エルフの女は生存を諦めたのか、瞼を閉じて俯く。

 実に良い演技だ。保護欲を誘いながらも、彼らが非を負わないように自ら生存を諦め、悪役である私を際立たせる。場慣れした女特有の嫌らしい演技だ。だが、悲しいかな。彼女の目の前にいるのは騎士では無く、偶像に縋る狂信者なのだから。

「殺すっ!ぐぅぅぅぅぅぅ!ルナ様を傷付けた罪!殺すぅぅぅ!」

 男はロッドを強く握り締めながら、歯を剥き出しに唸り声を上げる。手練の男も怒りを煮え立たせているのか、眉間に皺を濃く描きながら、私を強く睨み付けている。

「戦闘中でもトレード出来る筈だよね?早くしないと、可愛い可愛いお姫様のお顔が、私の炎で焼けちゃうよ?」

 燃えた腕を、わざとエルフの女の頬に押し当てる。するとロッドの男が、「辞めてくれ」と悲痛な叫び声を上げた。そんな彼に気を止める事なく「あぁ、それと」と私は言葉を続けた。

「エルフちゃん、杖を捨てて両手を前に上げようか。風弾以外の魔法を撃たれたら、私、困っちゃうからさ」

「つ、杖だけは……」

「後で拾えば良いでしょ?それより……死にたいの?」

「……私を殺して困るのは貴女でしょ?」

「え、なんで?先に言っておくけど、槍の騎士くんが離れた場所にいる今、どう足掻いても魔法使いくんには勝ち目がない。それにね……私は、貴女が倒せればそれで良いの。その後は逃げれば良いし」

「どうして私を?」

「配信を荒らしてくれたお礼だよ」

「え……」

 声を漏らす彼女を急かし、短剣の刃を強く押し当てると、彼女はステッキを捨てて両手を前に上げた。

「素直でよろしい。じゃあ、魔法使いくん?君からトレードしよっか。早く申請してくれないと、この人の可愛いお顔と胴体が、きみの所為でさよならしちゃうよ?」

 唸り声を上げ続ける変人に声を掛けると、暫くしてチャット欄に申請が届く。やはり、損得を一切考えない狂信者だったかと頬を緩ませながら、私は視線操作でトレードを開始した。

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