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 周囲にはバッタ型モンスターの“グラッパー”に、ウサギ型のキャビィ。空にはカラス型の魔物である“リーヴェンクロー”が、草原に影を落としている。

 どのモンスターも、こちらから危害を加えたり、過剰に近付かない限りは、襲ってくる事は無いモンスターだ。

 今の所、付近にはプレイヤーは居ない。逃げていったプレイヤー達は未だ視界の中に居り、元からいたプレイヤー達の姿も見られるが、少なくとも、即座に攻撃される範囲内にはプレイヤーの姿は無かった。お陰で、遺品スポット探索に専念でき、早々に1つの遺品箱を見つけた。

 大きさは、小さめの菓子折り程。見た目はただの木箱で、重さは見た目通りの重さしか感じない。

 レッドクリスタル同様、この箱自体はアイテムでは無く“オブジェクト”。リュックの中に入れる事も、エリアを跨いだ持ち運びも不可。回収出来た所で使い道も無いが、少し勿体無い気がしてしまうのはゲーマー故の感性か。

 木材同士が擦れ合う音と、空気を吸い込む音を同時に鳴らしながら、木箱の蓋を開けると、アイテム画面が表示される。

「……ふーん。まぁ、無難って感じかな。嬉しいけどってレベルだね」

 入手したアイテムは、鞣された革(茶)に下級回復ポーション。他にはレッドベリー3つとヒカーラ草が1つ。

 鞣された革は現段階では入手困難。鞣された毛皮であれば、低品質ではあるものの生産は可能だが、中品質の革は、遺品スポットか革系防具の解体以外では手に入らないと言って良い。しかもサイズ的に、胸当てを解体しないと手に入らない大きさの物だ。革にブーツから手に入る革は、耐久値の関係で小さく、繋ぎ合わせて大きい革を作ったとしても、品質が落ちてしまい、そもそもお金の無駄になる。

「胸当てが5千ゴールド位だっけ。解体の手間を考えると、かなり得したかな。ポーションも、中身には価値が無いけど、ガラス容器の価値は高いし」

 ガラス製品に関しては、現段階では製作不可能なうえ、遺品スポット以外の入手手段が無い。遺品スポットさえ見つければ簡単に手に入るアイテムではあるが、幾らでも欲しいアイテムなので有難い。

「レッドベリーは食料と水分ゲージの回復、ヒカーラ草は説明不要。ってか、ヒカーラ草は食べちゃった方がいっか。邪魔だし、捨てるのは勿体無いし」

 ヒカーラ草を食べながら、再び遺品スポットの探索を始める。だが、もう1つが中々見つからない。可能性としては、別の場所でスポーンしたか、そもそもスポーンしなかったかの2択。どちらにしても、このまま探索を続けても無駄である事には変わり無い。

 周囲を見回すと、他プレイヤー達は先程より私から距離を取っている。それもそうだ。PKプレイヤーだと分かっている者の近くになど、皆居たくは無い。それに、この階層に長居する必要は無く、近くにポータルも見えないので、周囲からプレイヤーが遠ざかっていくのは、PKに関係無く自然なものだ。

「ポータルは何処にあるかだけど……何処いっても見つかりそうではあるよなぁ」

 ダンジョンの基本的な広さは大体直径1km。視野距離が大凡200mである事を考えると、ポータルが見える場所はダンジョン内の3分の1以上を占める。そして、ポータルは恐らく1つでは無く複数あると考えられる。理由は複数あるが、一番の理由は“妨害防止”。だが、ポータルの数は多くても3個だろう。それ以上だと、何処に居てもポータルが目視出来る事になる。

 ただ一番恐ろしいのは、ダンジョンの直径が1kmよりも広い事だ。これだけ視界が開けたダンジョンであれば、広くても問題無い。そう考える人もいるかも知れないが、1.5倍の広さになっただけでも、ポータルを見つける事が急激に困難になる。

 ポータルが2個と仮定し、ダンジョンの直径が1.5kmだとすると、ダンジョン内の約2分の1は、ポータルが目視出来る事になる。だが、生成位置によっては全く見つからない事にもなり得るのだ。

「でも、走り回れば時間は掛からないんだけどね」

 結局は、走り回るしか攻略法は無い。ただ、問題があるとするなら、プレイヤーの多さにある。

 小川を渡るには橋を渡る必要がある。だが、それは他プレイヤーも同じ。それに加え、モンスターが橋の近くでスポーンすると、その橋を安全に通る事は困難になる。現に、橋を渡ろうとしてモンスターに襲われたプレイヤーが、小川に落ちて水の中で赤いエフェクトを大量に散らして消滅している。

 難易度1から上がりたての初心者プレイヤーが、橋付近でモンスターと戦闘を始めてしまうと、巻き添えを喰らい今のプレイヤーと同じ末路を辿る事になるだろう。今も別の場所で、交戦中のプレイヤーの横を通り抜けようとしたプレイヤーがその者にぶつかり、川の中に落ちていった。

「プレイヤーが多い事が、必ずしも良い事では無いって事だね。って、良い事の方が少ないけどさ」

 PK後や窃盗後にモンスターに襲われる可能性が低く、その後の回収が楽な点は、プレイヤーが多い利点だ。それ以外は、私にとっての利点は無い。

 コメント欄を見ると、やはりというべきか、プレイヤーが多いマップはあまり好かれていない様子。なら何処なら良いのか。そう尋ねるが、皆すぐにダンジョン名を上げる事はなかった。

 人間、大体そんなものだ。更に良いものをと望むが、その良い物の像が頭に無いのだ。何故なら、“自分には作れない。出来ない。やる気がない”から。

「……お、あっちでプレイヤーが湧いた。丁度良いし、ちょっかい掛けよっかな」

 小川を挟んで離れた場所に、セーフティエリアと共にプレイヤーが姿を現す。数は12人、私がスポーンした時と同じ人数だ。違うのは、数名がパーティ組んでいる様子で、その者達の装備が上物な所。

 私は彼らに向かって走り寄る。上級者であろう者達は、その時点で私を警戒していた。これは、手を出すべきでは無い。そう考えて、私はそのままセーフティエリアの横を走り抜ける。

 通り抜けた後に振り返って確認すると、未だに1人が私を警戒していた。騙し討ちは出来そうに無い。ここは、大人しく下がるとしよう。私は前に向き直ると、彼らが視界から見えなくなるまで距離を取った。

 数分走り、単独で行動しているプレイヤーをPKする。ポータルは未だ見つからない。ここまでくると、このダンジョンが今まで攻略してきたものよりも広い事を想定した方が良さそうだ。

 レッドクリスタルに触れる前に、倒したプレイヤーが相手をしていたネコ型のモンスターの“キャッシュ”と刃を交える。

 猫といえど、大きさは中型犬程度ある。黒く短い体毛が、その体の輪郭を闇夜に溶かし、距離感とサイズ感を惑わしてくる。その上、猫特有の柔軟さと俊敏性を兼ね備えているので、中々に手強い。

 ランタンの明かりを呑み込む瞳が草原に青白い線を描き、衛星の返照に晒された弧爪が三日月の様に空に浮かぶ。

 振り下ろされた細い腕は、私の短剣に爪を引っ掛け、強引に私の腕を下げさせる。隙を突くように繰り出されたもう片腕の連撃が、潜泥者の革鎧の腹部に爪を立て、裏の腹に重い衝撃を加えた。

(加工して無かったら死んでた……)

 驚く暇など与えるものかと、キャッシュは後ろ脚だけでその場に立つと、両前脚を何度も何度も振り下ろした。

 たった数秒の間に無数の連撃を繰り出す細腕は、その見た目からは想像できない程力が強く、真面に防ぐと腕が引っ張られる。かといって、簡単に避けられる程攻撃は遅くない。

「〈風弾〉!」

 一度体勢を立て直す為に風弾で吹き飛ばすが、流石は猫。空中で即座に体勢を立て直し、地面に着地した瞬間にその場から駆け出していた。

 素早い身のこなしに力強い攻撃。攻略し易い人気ダンジョンとはいえ、難易度2のダンジョンには変わり無いという事を実感する。

 このフロアの攻略法は、如何にキャッシュを“避けられるか”。他のモンスターに比べて別格の強さを誇るこの猫を、どう対処するのか。それを考えないと、こうして足止めを喰らう事になる。

「〈風弾〉!」

 もう一度距離を離し、私は背を向けて走り出す。だが、キャッシュの方が足が速く、大した距離も稼げないまま追い付かれてしまう。それでも、私はそのまま走り続けた。

 風弾を撃ち、距離を離す。その繰り返し。周囲にいるモンスターは出来るだけ避け、目的の場所まで向かった。

 先程よりも川のせせらぎが鮮明に聞こえる。芝を撫でる風の音と合わさり、本来なら心が穏やかになる場面なのだろう。だが、目の前にいる大きな猫がそれを許さなかった。

 宙に舞う巨体、線を描く瞳、闇夜に浮かぶ弧爪。見飽きたが対策のしようがない攻撃を、私は芝の上を滑る事で回避すると、キャッシュと自信の位置を入れ替えた。

 着地する音と、立ち上がり鎧が擦れる音が重なる。同時に振り返り、互いに左手を正面に向けて、私だけが口を開いた。

「〈風弾〉!」

 キャッシュは風弾を喰らい後方に吹き飛んだ。その先には地面が無く、全てを消滅させる小川だけが、何者にも動じずただゆっくりと流れていた。

 キャッシュは両足で小川の中に着水するが、意外に深い深水に腰を沈めて前足を踠く。だが、それも束の間。けたたましい鳴き声を上げると、水中から赤いエフェクトを散らし、そのまま水中へと身を沈めていった。

「ふぅ……」

 やっとの思いで一息吐くと、肩の力を抜いて小川に近付く。水鏡は衛星の光を映し出し、中身を覗く事はできなかった。マジックミラーの反対側の住人は、私の事を見ているのだろうか。

「手強かったね。……ダメージ与えてないから素材は無し……か。なんだかんだ言って難易度2のダンジョンなんだなぁ」

 あれを1人で倒すのは、今の私には不可能だ。力も、素早さも、戦闘において大事なステータスを、相手は全て上回っている。二刀流ならあるいは……そう考えるが、ただの木剣では役不足だ。

「帰ったら武器を作らないとかな。素材、何使おう。……って、ポータルあるじゃん!」

 戦闘に夢中で気が付かなかったが、遠く離れた場所に青白い光を発する楕円型の青いポータルが見える。その付近にはプレイヤーの姿も多く、今も尚プレイヤー達がその場に向かって歩いている。

「あの場所でPKしてもメリットは無いか〜。移動先のセーフティで誰か倒せたら良いな」

 一度、先程PKした場所まで戻り、戦利品と遺品の回収を済ませると、私はポータルに向かって走り出し、その中に飛び込んだ。

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