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革靴を加工し、視聴者から頂いた採取系素材でランタンを作ると、アイテムを全てリュックに戻してテントを後にする。
外は衛星の星明りが、無数のテントから漏れ出るランタンの灯火と混ざり合い、青々とした草原の芝を煌びやかに輝かせる。
「いつ見ても、この時間帯の景色は綺麗だなぁ。平日だと中々見られないからね〜」
リュックを背負い直し、組合テントに足を運ぶ。付近のテントは改修中か、垂幕の一部が剥がされて骨組が露出している。拠点は未だ発展途中。テントは増え、膨らみ、いずれは草原を白く染めるだろう。
発展が進めば、この星明りに浸る世界を見る事は出来なくなる。土は石に変わり、垂幕は木版に変わり……灯火は何に変わるのだろうか。きっと、魔法の世界の明かりはとても綺麗で、とても幻想的なのだろう。瓶に閉じ込められた洞窟の明かりがあれ程綺麗だったのだ。街灯の明かりは目が眩む程爛々と輝いているに違いない。
組合テントの中は相変わらずの賑わい。初期の頃の松明は消え、鳥籠に入れられた星明りに似た光る石が、まるでプラネタリウムの様に星座を作る。このテント内も、いずれは開拓の波に呑まれて星を失う事になる。悲しいが、娯楽と快適な暮らしには変えられない。ゲームでも、現実でも、どうやらその事実は変わらないらしい。
倉庫内にある巾着に不必要なアイテムを収納すると、テントを出て広場の端に向かう。そして、今から向かうダンジョンの内容を視聴者に向けて話す。
「時間も余裕あるから、今から〈小川せせらぐ草原の山〉に行くよ。一応、人気ダンジョンってのと、ワープポータルがあるって話は知ってるけど……。ポータルってあれだよね?チュートリアルの時に見た奴」
小川せせらぐ草原の山は、今までのダンジョンとは違い、フロア通路を介したフロア移動では無く、ポータルを介した別空間への移動になる。フロア移動時に誰かに干渉される事はなく、移動後は必ずセーフティエリアに入れるという事で、攻略難易度的にはかなり低い。
難易度2ダンジョンの中でも簡単なこのダンジョンを攻略するのが筋なのだが、私はそれを無視して蛇道の洞窟を踏破している。今回のダンジョンは時間は掛かるだろうが、手が掛かる事は無いだろう。
「採取もしたいけど……人気ダンジョンだからねぇ。採取スポットにアイテムが残ってるかどうか……」
拾った物が全てアイテムになるとはいえ、ゴミを拾えば全てゴミとして反映される。見た目は変われど雑草は雑草、石は石、砂は砂。バッグ内に収納してしまえば、同じアイテム、同じ見た目になってしまう。
採取スポットに存在するアイテムは、基本は個別のアイテムとして存在している名のあるアイテムだ。だが、採取出来る数には限りがあり、全プレイヤー共有。他プレイヤーが採取してしまうと、その場所では一定時間採取出来なくなる。しかも場所によっては、その採取スポットに居座り、素材を独占するプレイヤーも居る。人気のダンジョンであればある程、採取は困難なのだ。
だからこそ、採取品に価値がある。私が視聴者達と素材を交換した時、採取アイテムを指定したのはその為。配信者特権も多少はあるが、不人気ダンジョンを態々選んで盗みを働き、現在の価値が高いモンスターの素材を手に入れた理由も、そういった理由があっての事だった。
では何故、今更人気で難易度の低いダンジョンに向かうのか。それは“遺品スポット”にある。
遺品スポットは文字通り、ダンジョン内のプレイヤーが死亡した時に出現するスポットだ。中に入っているアイテムは基本的に、死んだプレイヤーがロストした金額やアイテムだが、それに加え、ダンジョン難易度に合わせたアイテムも混ざっている。今回はそのアイテムを狙う為に、人の多いダンジョンに向かうのだ。
つまり、今回の目的はダンジョン攻略ではなく、“PK”である。
「プレイヤーを倒しに倒して、レアアイテムゲットするぞぉ!あ、視聴者達〜、逃げるなら今の内だからね」
とは言ったものの、逆に私が狩られる側になる可能性もある。基本的には闇討ちを仕掛ける予定だが、対人戦に慣れた相手と相対した場合はそれも無意味に終わる。私が出来る事は、死ぬ気でその場から逃げる事だけだ。
リュック内はランタンだけ。所持金に関してはどうしようもない。固定ポケットには、転移石2つと組合証。みさから貰った木剣と、使い古した短剣を腰にぶら下げているが、恐らく木剣は使う事は無いだろう。両手を塞ぐのは考える必要も無い位には危険なのだ。
「じゃあ行こっか。場所は……拠点西側のちょっと離れた場所だったっけ。マップを確認しながら行かないと迷子になりそう」
と、思ったが、やはり人気ダンジョン。向かうプレイヤー達も数多く、松明の明かりが道標となり私をダンジョンのある場所へ導いてくれた。
数分歩き、マップにダンジョンのアイコンが表示される。目の前には洞窟や小山は無い。あるのはただ、小高い丘と青白いポータル。丘に登りポータルに近付くと、画面が表示された。
ダンジョンに入場しますか?簡素な質問の下に、はいといいえの選択肢。成程、入場すらポータルなのか。ゲームらしい選択肢をタッチすると、私の瞼は自然と閉じ、青白い空間を経由するとダンジョン内へ転移した。
「──お、他の人も一緒かぁ」
初期セーフティエリア内には、他のプレイヤーの姿がある。流石は人気ダンジョン。初期セーフティエリアに居るプレイヤーの人数も桁違いだ。
12人。全員がランタンや松明といった明かりを掲げる中、私だけは明かりを持たずにプレイヤー達を一瞥する。
全員、立ち姿は初心者や中級者といった所。装備に関しても、難易度1に毛が生えた程度。これなら、この場にいる全員を相手取っても問題無く倒せるだろう、であれば──
使い古した短剣を引き抜き、一番近くにいるソロプレイヤーに音も無く忍び寄ると、躊躇いもなく首元に短剣を突き刺した。
「なっ──!」
「ぴ、PKだぁー!」
髪を掴み、首を掻っ切ると同時に、周囲のプレイヤー達が叫び声を上げる。だが、皆声を上げるだけで武器を抜かない。
その姿を見て、すかさず左手に掴んだ頭を近くの男に投げ飛ばすと、それに怯んで硬直している所に短剣を突き刺した。
「うぐぅ──!」
短剣を腹に受けた男は呻き声を上げて一歩下がる。それに合わせて引き抜かれた短剣を、再び男の腹に突き刺した。
1度、2度、3度。素早く叩き込まれた刺突は、男のHPを刈り取るには十分な威力。いつの間にか消えていた頭と同じ様に、目の前の男は消滅した。
その頃には、周囲のプレイヤーも危険だと理解したのか、蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げ出した。
初期セーフティエリアは時間を迎えて消滅する。周囲にはモンスターが湧き始め、逃げ出したプレイヤー達と戦闘を始めている。その時、漸く私はダンジョンの内装を見渡した。
ただ広く、所々にぽつんと木が生えた見栄えの無い草原。大地を分ける様に流れる小川が、至る所に張り巡らされている。架けられた木版の橋の上を、を心許無い音を立てながら、逃げるプレイヤーが走り抜けた。
「逃げてくれて助かるよ。……こっちは持ち物無し。こっちは……軟膏ね。まぁ、入ったばっかだし、みんな何も持ってないよね」
入手額も大したものでは無い。だが、これは遺品スポットを出現させる為のPK。レッドクリスタルから手に入るアイテムやお金には然程興味は無い。
夜とはいえ、障害物が一切無く、ダンジョン内は均等に星明りや松明の所為で視界は保たれている。これでは、予定していた闇討ちは出来そうに無い。それなのに、暗い所為で遺品スポットが見つけ難い。今はPKよりも、階層を進めて環境を変える方が優先か。
視界が広い分、ポータルも探し易い。ただ、流石に夜の視界は見える範囲が狭まる様で。体感200m程先しか目視出来ない。と、いうより、ダンジョンの仕様的に恐らく、200m先までしか見えない様になっている可能性がある。流石に、最大描画距離である1km先が見えてしまうと、探索も何も無く、ポータルまで一直線に歩くだけになってしまう。
それでも、小川がある所為で回り道も必要になるのだが。ゲームの醍醐味であるダンジョン探索の面が死んでしまう事には変わり無い。
「遺品探ししながらうろちょろしよっか。ポータルは探さなくても、視界範囲に入ればすぐ分かるし。一応、遺品は死んだ場所の近くに出るんだったよね。……昨日、大剣あるからってすぐ帰ったけど、少しだけ遺品探しても……いや、モンスターに襲われたら危ないし、ゲンキ達に会うって目的もあったから、すぐに帰ったのは正解だったか」
欲は出さないに限る。欲を出すのは、出しても儲けが出る事が確定している時だけ。大成はしないかも知れないが、損を避ける事が先決。それが、私の考え方だ。
ただ、損をしなければいけない時もある。が、その時はその時。その状況下に無く、条件や仮定の無い今、考える事は不可能だと、頭を振って思考を払い除ける。
「一旦ここら辺をうろちょろするかな。プレイヤーの邪魔も入らなそうだし」
私はリュックからランタンを取り出すと、遺品スポットの探索を始めた。




