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「さて、この辺でいいでしょ」
私は足を止めると振り返り、後ろに続く彼女達に言った。周囲には、何故か他のプレイヤーの姿がある。十中八九、私の視聴者達だ。やはり、あの場に何人か居たらしい。
「視聴者達だよね?分かってると思うけど、何があっても介入禁止だから」
念の為確認を取り、注意事項を伝える。これは配信者同士の戯れでは無く、ポロネーゼとゲンキに挑まれた決闘なのだ。幾ら私の視聴者であっても、部外者には変わりない。
ポロネーゼは「観客か」と周囲を一瞥する。逆にゲンキは無言で私を見つめていた。彼女の方は人に見られる事に慣れているのだろう。もしかしたら、リアルの大会に出場経験があるのかも知れない。ゲンキの方は、最初から口数が少なかったのでよく分からない。
「ゲンキ、邪魔なら帰ってもらうけど……どうする?」
私が聞くと、ゲンキは首を横に振った。
「いや、構わぬ。彼らが居たとて、結果は変わらんからな」
「因みに、どんな結果になるか聞いても?」
ゲンキは何事もない様に答える。
「無論、儂の大敗じゃ」
「……そう。私もそう思う」
聞く必要は無かったか。私は彼らから離れると、短剣を引き抜いた。
「最初はゲンキから。ポロネーゼとやり合うと、最悪私が死にかねないから」
ゲンキは私の声に頷くと、背中に下げた木の大剣を掴みながらポロネーゼから離れ、何もない草原で向かい合う様に立った。聞くと、大剣は先程新たに購入した物らしい。まさか武器を失う事になるとは考えても居なかったらしく、その上、素材の余裕もそこまで無いので、予備の武器は持っていないそうだ。通りで、買取の提案をした際に、口の端を緩めていた訳だ。と、先の表情を思い出しながらポロネーゼに声を掛けた。
「じゃあ、開始の合図をお願い。他の人は、絶対に邪魔しないでね。なんかしたら、視聴者と手ぇ合わせて殺すから」
頼んだよ?その言葉に、その場に居合わせた視聴者達は黙って頷いた。彼らも、配信のコメント欄を見ている筈。コメント欄は、私よりも悪を裁く事に肯定的らしい。寧ろ、嬉々としている。下手な事を仕出かせば、拠点から出る事は出来なくなるだろう。
「では、不肖ながら。この私ポロネーゼが、今決闘の責任者として、開始の合図を取らせてもらう。規則は一切無いが、正々堂々の勝負をする様に。逃げ出した、と私が判断した場合は、その者の負けとさせてもらう。双方、異論は無いか」
私とゲンキは互いに頷く。それを見て、ポロネーゼは右手を挙げた。
ゲンキは大剣を背中から外すと、腰を深く落として鋒を地面に這わせる。私は構えを取る事はせず、ただ黙って自然に立っていた。
「致命傷になり得る一撃を放つか、相手を殺害する。若しくは相手が降参を申し出た場合に決着とする。それ以外は先も述べた様に、私が逃げ出したと判断した時以外、決闘は続行する。では──」
ゲンキの右足が地面にめり込み、柄を握る拳が更に骨張る。
「──始め!」
「〈火球〉!」
芝を捲り、地面に一筋の線を描きながら駆け出したゲンキは、開幕の挨拶と言わんばかりに火球を放つ。それを私は、左に一歩、ふらりとよろける様に軽く躱す。
「〈火球〉!〈火球〉!〈火球〉!〈火球〉!」
視線に合わせて一直線に並ぶ火球を、ただ歩くだけで避けていく。その間にも、ゲンキと私の距離は近付く。
芝と土を抉り飛ばしながら大剣を振りかぶるゲンキ。私はその姿を、腰に左手を置きながら、短剣を持った右手をぶら下げてただ見ていた。
私の態度に、離れた場所から見ているポロネーゼは不満げな表情を浮かべていた。だが、目の前のゲンキはただ真剣に、私の瞳を見ている。その瞳に映る私は、じっとゲンキの口元を見つめていた。
彼の口が開く。同時に、挙げられた大剣は勢いを失い、落下を始める。
「〈風弾〉」
私の体が大きく右に吹き飛んだ。それとほぼ同時に、ゲンキが魔法を唱える
「〈スタンボルト〉!」
私が先程まで佇んでいた位置に、鋭く細い雷撃が現れる。それは私の尻尾の先端を掠めると、途端に全身に青白い電気のエフェクトを巡らせ、私の体を硬直させた。
「──!」
吹き飛ばされて不安定な格好のまま、地面に激突する。HPバーが僅かに削れ、その下では、硬直の状態異常アイコンが点滅していた。
付与値は1。つまり、1秒間身動きが一切取れないという事。出方を伺う為に自身を風弾で吹き飛ばしたから良かったものの、調子に乗って迎え撃っていたら、そのまま叩き潰されていた。
硬直が解除された身体を、吹き飛ばされた勢いを利用して飛び上がらせて地面に立つ。そして、地面にめり込んだ大剣を引き上げるゲンキを見て、唇を吊り上げる。
「あんな魔法隠し持ってて、よく大敗だ〜。なんて言えたね。正々堂々はどうしたのさ」
呆れた様に肩を竦めながらゲンキに問う。
今の攻撃は完全な騙し討ちだ。ポロネーゼが言う、正々堂々とは掛け離れた手段。彼女も口には出さないものの、ゲンキを強く睨み付けていた。
「忘れていたが、儂が勝てば、幾らにして貰えるかの話し合いをしておらぬな」
「無視ですか。……店の買取額の3倍でどう?私が勝てば、買取額の10倍で」
「ふむ、ちと高いな。買取額の2倍はどうだ?」
ゲンキはそう言うと、人差し指と親指を立てて私に見せる。どうやらこの男、私に勝てると思って調子に乗っているらしい。
値引き交渉を仕掛ける相手に対して、私がやる事は決まっている。交渉において自分が有利な状況であれば、更に有利になれるとっておきの魔法。それを、相手にかけるのだ。
「……そうだね。なら、4倍ならどう?」
私の提示した金額に、ゲンキは意表を突かれて素の口調に戻ると、先の発言を繰り返した。
「……え?いや、僕は2倍と言ったのだが……」
「うん。だから5倍って言ったんだよ」
その発言に、私は更に金額を嵩上げる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!さっきは4倍と言ったではないか!何故値を吊り上げるんだ!」
「何故って……価格交渉でしょ?」
「普通は、最初に提示した値から“下げていく”物だ!値を上げるのは僕!価格交渉とはそういう物だろう?」
「違う。それは“値引き交渉”。私がしてるのは“価格交渉”。全然物が違うよ。で、このままだと6倍になるけど良い?」
両手を胸の前に出して3本指を立てると、私は彼に首を傾げた。
そう、これは“価格交渉”なのだ。双方が納得する金額を話し合い、折り合いを付けて価格を決める交渉。交渉の都合上、売り手側が最初に提示した金額より低くなり、買い手側が最初に提示した金額より高くなる事が多く、結果的に値引き交渉と同じ過程になる。
だが、今回の交渉は違う。相手は大剣を買わなければならず、私は売れなくても損をする事はない。つまり、“足元を見ている”状況なのだ。
この交渉。最初から、彼に発言の権利は無い。私が値を決め、彼がそれに同意する以外の選択肢は無いのだ。それでも、ゲンキは勝利を前に欲を掻いた。
「わ、分かった!3倍!3倍払います!」
「払います……?」
「さ、3倍で売って頂けませんか……?」
「ふぅん……。なら、間をとって4倍で」
「分かりました……」
ゲンキはこれ以上交渉をしても損をするだけだと気が付いたのか、私の提案に渋々頷いた。だが、私の交渉はここからが本題だ。
「じゃあ、今度は私の報酬の話をしよっか」
「え?先程10倍だと……」
「それは、貴方の話でしょ?今からするのは、私の報酬の話。……もしかして、私に決闘の報酬は無いの?」
「ちょっと待って。報酬は大剣の買取額の10倍ですよね?」
「だから、それは貴方に大剣を売る話であって、決闘とは関係ないでしょ。そもそも、決闘に金額の話を持ち込んだのは貴方で、大剣自体は決闘の報酬じゃ無いんだよ?」
そう。この決闘の報酬は大剣の価格。大剣自体では無く、大剣を幾らで買うかを報酬としているのだ。そしてそれは、ゲンキに対しての報酬であって、私に対しての報酬では無い。
「それは……!」
「最初に貴方が言ったんだよ?大剣の値段を決める決闘だって。それは、貴方だけの報酬なの。私の報酬じゃ無い。だから、私が買った時の報酬を決めさせて貰う」
「いや、それは流石におかしいですよ。貴方が勝った時は、10倍の値段で買う。それが報酬では?」
ゲンキはここぞと言わんばかりに口を挟んだ。
「だから、それは決闘とは関係ないでしょ。決闘云々以前に、私は貴方に大剣を買取額の10倍で売るの。それを、貴方が勝ったら5倍の値段で売るって話。それが、貴方の報酬。私が勝てば10倍って言うのは、値下げされない元の値段で売るだけで、私の報酬じゃなくて、元の取引。……この説明で理解出来る?」
「……納得は出来ないですが」
一応、理解は出来たようだ。納得はしなくても、私には一切関係の無い事。最終的には、彼は私の提案を納得せざるを得ないのだから。
「私の勝利報酬は……そうだなぁ。……あ、その手袋にしよっかな。腕装備はまだ作って無くてさ、そろそろ作ろうと思ってたんだよね」
私は彼の手を指差した。その手には、黒い布で作られた手袋が嵌められている。店で売られている革の手袋とは違い薄手で、柔軟性もあり、下手な加工や装飾はされていない。
「これですか?……まぁ、大金を吹っ掛けられるよりは」
「本当?因みに、何の素材で出来てるの?」
「遺品です。品質的に難易度1レベルの物ですが……」
「下地としては優秀。でしょ?」
「……はい」
恐らく、拠点の開拓が進めば店に売られる程度の品だろう。だがこのゲームは、素材を貼り付けて装備を強くするゲームだ。下地が質素で簡素な程、後の事を考えると扱い易いのだ。ゲンキもその事を理解している様だが、金を失うよりはマシと考えたらしい。
「じゃあ、交渉も終わった事だし、決闘再開しよっか」
「……うむ。では、改めて。……いざ、尋常に──」
ゲンキは距離を取って構え直す。私も先程までとは違い、様子見の姿勢を崩して短剣を構えると身を屈める。
「「勝負!」」
2人の掛け声と共に、土と芝が宙に舞った。




