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結論から言えば、b2はb1と殆ど同じ構造だった。曲がりくねった一本道は円を描き、途中途中にある分岐路は全て行き止まり。
ダンジョン構造は6時間毎にランダムで変化する筈なのだが、何故同じ構造をしているのだろうか。中には、ダンジョン構成が固定化されているものもあるらしいが、蛇道の洞窟はその類のダンジョンなのかも知れない。
セーフティエリアが無い理由も、それなら納得出来る。それはそれで、ダンジョン攻略が大変なのだが。
「でも、モンスターさえちゃんと対処出来たら、楽に降っていけるのは良いよね。迷子にならないで済むから」
何かあるかも知れないと、分岐路にも顔を出しているが、それが無ければ更に早く次の階層に移動出来る。だが、それでも十数分でb3に辿り着けているのだから、早い方だろう。
因みに、b2からは常に抜剣している。収集する様なアイテムが見当たらず、片手を埋めても問題ないと考えての事だ。それに装備していなければ、移動速度UPの恩恵も受けられない。早くダンジョンを攻略したい私にとって、装備しない以外の選択肢は無いのだ。
「それにしても、b3からはいきなり雰囲気変わったね。地面も硬くなってる感じだし、壁もなんか石っぽい?」
暫く歩いていると、ダンジョン構成も先程とは変わっている事に気付く。曲がりくねっていた道はかなり矯正されて先が見通せる様になり、道幅も一回り大きくなっている。それに加え、先程まで誰も居なかったダンジョン内に、人の気配を感じる。そこまで数は多くないが、今は攻略を優先したいので、極力避けて移動しよう。
そう考え、戦闘音のする道とは別の道に進むと、前方にモンスターが現れた。
「うへぇ……カタツム──」
ランタンの光に照らされたのは、かなりの大きさのカタツムリ。だが、ただのカタツムリでは無い。渦巻き状の殻はそのままだが、あの、なんとも言えない滑り気のある体が泥になっている。泥の様。では無く、“泥”だ。
泥が、殻を背負って地面を這っている。その輪郭は、カタツムリそのもの。
「……マッドスナイル。ね。……スナイルって何?」
視聴者に聞くと、すぐにスナイルがカタツムリの事だと教えてくれる。
「泥のカタツムリかぁ。まんまだね。でも泥かぁ……真面に相手出来るかな……」
泥とは半固体の物質。液体か固体かで答えるなら、液体だ。と、多くの人が思うのでは無いだろうか。
液体。つまりは“不定形”。このマッドスライムはアモルファスと同じ、物理が効き難いモンスターだろう。だが、アモルファスとは違い、奴には殻がある。殻があるという事は、“守る必要がある”という事。で、あれば──
「──殻破壊一択!」
有難いことに、奴の動きはカタツムリというだけあって物凄く遅い。こちらに振り向く為に動いているが、誤差のレベル。恐らく、このまま横を歩いて通り過ぎても、問題無く通過出来るだろう。その位奴の動きは遅かった。
私は逆手に持った短剣の柄頭を、左手を挟みながら胸に押し当てる。そして、助走を付けた勢いのまま、身体ごと殻に短剣を突き当てた。
中身の詰まった缶詰を爪先で弾く様な、鈍く軽い音が響く。地に足を着けて踏ん張り、無理矢理勢いで押し込もうと全力で力を入れるが、殻に刃先が刺さる事はなく、それどころか殻が傾く事すらしなかった。そして、押され続けても尚、何もされていないかの様に、奴はゆっくりと体を回転させている。
私はその場から一度飛び退き、距離を取る。そして──
「うん、駄目だぁ。やっぱり真面に相手出来る奴じゃ無かった。……逃げよ」
振り返る奴の横を通り抜けてその場を後にした。
コメント欄に、私を責める者は居なかった。
逃げた先にもマッドスナイルは居るが、やはりどれも動きが遅い。それどころか、こちらに対しての反応も鈍かった。何故、奴がb1やb2では無く、b3にいるのか疑問に思う位には、居る意味が無く感じる。確かに倒す事は難しいが、それを言ったらb1とb2にいたワームも同じだ。だが、ワームは戦闘の邪魔をしてくるが、マッドスナイルはただその場に居るだけ。本当に、存在理由が分からない。
ただ、それよりも気になる事がある。あれから数分、洞窟内を駆け足で周って気付いた事だ。
「なんか、他のモンスター見ないね。戦闘音は聞こえるから、多分他にも居ると思うんだけど……」
この階層に来てから、マッドスナイルしか目にしていない。ワームの様に地面に潜っているのだろうが、姿を一切現す事は無かった。
何故姿を現さないのだろう。そして何故、地上にいるのがマッドスナイルなのだろう。
「このフロアは、実質休憩部屋みたいな感じかな。1階層と2階層があれだったし。楽出来そうで良かった」
結局、他のモンスターに会う事もなくb3を突破してb4に降った。
b3からb4に行くには、b1とb2とは違いフロア通路を通る必要があった。そこで初めて、上階に上がるプレイヤー達とすれ違ったが、彼らの顔は疲れ切っており、私に対しての反応も鈍かった。もしかしたら、この先のエリアには、b5に続く道が無かったのか?そう思い、疲れ切った彼らの背中に声を掛けた。
「あ、あの、この先って……」
「……え?なんですか?」
殿の男が不機嫌そうに目を細めながら振り向くと、唸り声に近い低い声で返事を返した。
「あいや、この先って行き止まりだったりします……?」
止まったのは振り返った男だけで、他数名はそのまま通路を進んでいく。
「いや……全部を探索してないから知らん」
「じゃあなんで上に?」
「上の方がSAが近いんだ。……もう良いか?」
溜息と舌打ちを交えながら男は答えると、私の返事を待たずに歩いていってしまった。
「あ、うん。ありがとう……」
それだけ疲れていたのだろう。私はその後ろ姿にお礼を言うと、首を傾げる。
「みんな、SAって何か知ってる?」
それに対してサービスエリアの略だと答える阿呆共もいるが、SAがセーフティエリアの略である事を教えてくれた。
「ありがと。SAね〜……近くに無かったからって、態々上まで戻るかな?普通。しかも、あんに疲れた感じで……。もしかして、b1の再来とか?だったらやなんだけど……」
そう考えて肩を落としたが、どうやらそうでは無いらしく、b4はb3と同じ様な空間が広がり、少し離れた場所にはマッドスナイルも湧いている。
どこにも、あの様な表情を見せる要因は見当たらない。それに戦闘音も、数は多く無いものも普通に聞こえている。単純に、彼ら個人の理由で疲弊していただけだったのだろう。今日は休日。昨夜から睡眠を取らずにヘキグラを続けている者が居てもおかしくは無い。
「これなら、さっきみたいに普通に進めそうだね。一回で良いから他のモンスターを見てみたいけど……探したらいるかな?」
なるべく戦闘音の方には近付かずに、洞窟内を走ってゆく。だが、やはりどこにもマッドスナイル以外のモンスターは見当たらない。
それでも、戦闘音は聞こえている。しかも持続的に。皆、マッドスナイルをチマチマと殴っているのだろうか。それにしては、やけに激しく感じるが……。
他にモンスターが出てこないのであれば、私もマッドスナイルと戦ってみよう。そう思い、近くに居るマッドスナイルに駆け寄ると、雑に泥の体を斬り付けた。
感触はそのまま泥。簡単に刃が肉に埋もれると、すぐ腕に重みを感じ、刃が止まる。一応、力を加えて押し切る事も出来るのだが、えぐれた泥はすぐに垂れ下がり、空白を埋める。
短剣を見ると、僅かに付着した泥が赤いエフェクトになって散っていた。どうやら、一応ダメージは入っている様だ。ただ、削られた本体の方は面積を減らしている様子は見られない。
ダメージは入るがごく僅か。と、いった所だろう。この調子では、1体倒すだけで日が暮れそうだ。
剣が駄目。なら、魔法はどうだろう。そう思い撃ち込んだ風弾は、僅かに身体の泥を跳ねさせながら、奴を後方に吹き飛ばした。
撃ってみたは良いものの、風弾自体の威力がそもそも無に等しいので、効いているのかどうか判断出来ない。ならば殻に。と風弾を撃ち込むが、吹き飛ぶだけで傷や凹みは見られない。
本当、倒せる気がしない。不定形であれば、何処かに核らしき物体が存在しそうだが、あったとしても殻の中だろう。だが、その殻を破る手段は持ち合わせていない。
どうしたものかと殻を攻撃し続けていると、殻の隙間から泥の触手がコチラに向かって伸ばされた。
「うぉ。キモ」
本体と比べて動きは素早いものの、それでも私にとってはかなり遅い。掴まれるのは嫌なので、軽く飛び退きながら先を斬り飛ばすと、人の腕位の太さの触手は簡単に切断された。本体から切り飛ばされた触手はすぐに消え、先を失った触手は、斬られた事に対して何の反応も示さずに、殻の中に戻っていった。
痛覚がない。という表現が、ゲーム内の敵に対して使う正しい表現かは分からないが、それ以外に適当な表現が見当たらない。何にしても、触手を斬った程度では、真面にダメージは入らないだろう。
武器を失う事を覚悟して、体内に風弾ごと撃ち込んでも良いのだが、今は下手に武器を失いたくはない。使い古された短剣は言わずもがな、木剣の方も、生産の下地として使えるのだ。
「……なら、そのまま手ぇ突っ込んでみたり?」
果たしてそれに意味があるのか。いや、無い。無意味にダメージを喰らうのがオチだ。下手すると、腕の骨が折れかね無い。そうなれば、ダンジョン探索は続行不能になるだろう。
「駄目だよね。なら、殻に魔法を撃ち込み続けるとか?……やってみるかぁ」
物は試し。風弾を撃ち込み続け、ノックバックで壁や地面に何度も叩き付ければ、殻が割れるかも知れない。
立ち位置を調整して、マッドスナイルに向けて風弾を放つ。奴は無抵抗で壁に向かって吹き飛ばされると、殻の側面を壁に当てて硬い音を鳴らした。
そこに向かって、再び風弾を放つ。反動で跳ね返っていた奴は再び殻を壁にぶつけて跳ね返り、音を鳴らす。
「〈風弾〉、〈風弾〉、〈風弾〉」
撃ち、飛ばされ、音を鳴らし、跳ね返る。その繰り返し。風弾のmp消費はたったの5。対して、私のMPは210もある。単純に計算して、風弾が40回は撃てる。MPの自然回復量も合わせたらもう少し増えるだろうが、MPを半分近く消費しても尚、殻の見た目に変化が現れない所を見ると、誤差の範囲だろう。
「本体に撃った方が良かったかな……。いや、どっちにしても倒せる感じしないかな。流石に、MPが枯れるまでやるのは危険だし……」
その時。壁に打ち付けられたマッドスナイルの体が私の方に大きく傾いた。
「ん?おぁ!」
ただ傾いただけでは無い。壁側から何かに大きく押され、その場に倒れたのだ。
何事かと壁を見ると、何かが顔を出した様な穴が空いている。だが、肝心の姿は見当たらない。
見ると、壁や地面が僅かに盛り上がっている場所がある。その盛り上がりは1本の線を描いており、それを目で辿ると、今も尚線を描き続けて移動している最中だった。
──私に向かって。
「……新手のモンスターね。会いたかったよ」
触手を出して立ちあがろうとしているマッドスナイルから距離を取り、盛り上がる地面に向かって短剣を構え直す。
一直線に伸びる地面の盛り上がり。それは突然、私の数メートル先で姿を消す。
(──来る)
地面を蹴り飛ばし、大きく左に飛び退くと、足元から“ナニカ”が飛び出した。




