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クネクネと曲がりくねった一本道。マップで見ると、その道は大きな円を描いている。しかも、分かり辛いが勾配があり、どんどん下に降っている様だった。
私は駆け足のまま道を進んでいる。順調に、順調に……順調……
「──順調じゃな〜い!」
見通しの悪い一本道。たまに分岐路があるが、それは全て行き止まり。円を描く様に曲がっている1本の道以外は、全てハズレの道だった。それに加え人他プレイヤーも居らず、道が基本1本道ということもあって、モンスターが前後から挟み撃ちにする様に大量に湧く。動きが遅く、単体相手なら簡単に逃げられるソイザードならまだしも、数の多いブラートは逃げるのにも手一杯。向かってくる奴を手で掴み、首を2、3度刺すだけで倒せるから良いものの、それでも数が多過ぎる。木漏れ日の洞窟で出会ったラチマなど比ではない。10体近くの大群が、一斉に飛来してくるのだ。
仕方なく、逃げながら1体ずつ確実に倒して行っても、その間に他のモンスターが現れ、倒しても倒しても数が減らない。ソイザードだけは本当に癒しだが、もう1種類のモンスターが一番の問題児だ。
「のぅわ!あっぶ!」
奴は地面を掘り進み、足場を柔らかく耕す。その耕された地面は、暗闇ということもあって見た目では判別出来ず、私の足を何度も取ろうとしてくる。別にそれだけなら良い。多少バランスを崩した所で、数が多いだけのブラートや動きの遅いソイザードに不意を突かれる事は無いからだ。だが──
「──んぶふぅ!」
突然足首に絡みつく“ナニカ”によって、私は盛大に地面に倒れる。後ろから追いついてきたブラート達は、私の頭上を通り過ぎると見えなくなり、先の方で鳴き声だけを響かせている。
足首に絡まっているのは、地面から生えた太く長い“ミミズ”。ワームというど直球な名前と見た目とは裏腹に、その力は強く、私のSTRでは全く振り解けない。それだけならまだしも、柔らかい身体に弾力性のある表皮の所為で短剣の刃も通らず、真面に倒す事も出来ない。その度に、私はワームに手を触れ火生成で着火している。火を付けてしまえば、のたうち回りながら地面に潜るので簡単に逃れる事が出来るからだ。だが、逆に言えば、火が無ければ逃げる事は出来ない。明かりが必須のダンジョンであり、松明を持ち込んでいる人が殆どだから、序盤のダンジョンでも許される敵ではあるが、私の様に火以外の明かりを持ち込んでいる人は、火属性の魔法が無いとSTRにステを振っていない限り、攻略は不可能と言っても良いだろう。
「ほんっとキツイ!セーフティエリアはまだなの?!」
攻略で一番辛いのは、道中にセーフティエリアが無い事だ。その所為でかれこれ十数分、逃げ回りながらモンスターを倒し続けている。
バッグを新調して容量が増えたとは言え、そろそろ容量も限界が近いだろう。中に入っているアイテムの殆どがブラートの物なので、早めに捨てて別の素材が確保できる様にしておきたい。とは言っても、他の素材を手に入れる暇すら無いのだが。
文句を言いながらも走り続け、待ち伏せしていたブラートを風弾で粗方吹き飛ばして残った奴を捕らえて倒す。焼け石に水とはこの事だ。倒しても倒しても、進む限りモンスターは増え続ける。不人気ダンジョンに1人で潜入する事が、ここまで辛い物だったとは……。
だが、攻略出来ない訳では無い。火力も速さも十分足りている。寧ろ、1人だからこそ、下手に足止めされずに進めている所もある。
マップを見ると、もうすぐ円を描いた道を1周する様だ。僅かな勾配があるので、同じ道に戻る事は無いだろう。だが、1周したらマップの道が重複して見えなくなってしまうのでは無いだろうか。そう考えながら、地面を滑ってブラートを避け、壁を蹴ってソイザードを避け、飛び上がる事でワームを避けて進む。
暫くすると、一定を境にモンスター達が追い掛けるのを辞める。何故かと思いながらもそのまま進むと、目の前にセーフティエリアがあった。だから追い掛けるのを諦めたのかと納得しながら、私は転がり込む様にセーフティエリアに滑り込んだ。
「──だはぁ!はぁ……はぁ……。ゲーム内だっていうのに、なんか息が上がっちゃう……。流石にキツイでしょ、あれは……」
地面に手を突きながら無意味に肩を上下させ、途切れ途切れの悪態を吐く。
マップを見ると、何故か白紙に戻っていた。一度壁に背を預けながら座り直し、マップを確認する。すると、どうやら既にb2に辿り着いていた様で、b1のマップを開くと、丁度1周を終えていた。
「フロア通路が無いんだ。そしたら、ここのセーフティはその代わりって感じなのかな。モンスターも追いかけてこなかったし」
というよりも、b1の構造自体が、フロア通路になっている様にも感じる。そもそも、全階層が一体化したダンジョン構造に、フロア通路とは?という話でもあるが、まぁ、良くも悪くも木漏れ日の洞窟は“チュートリアルダンジョン”という事だろう。
「回復はしなくても、勝手にするから良いとして……。まずは荷物整理かな。ブラートの素材で溢れてそうだし」
ブラートの翼に肉、管牙に耳と、やはりブラートの素材がかなりの量確保出来ている。その中に紛れて、ソイザードの肉と鱗が1つずつ混じっているが、これは最初に倒した奴の素材だ。
「ブラートの素材って、依頼に必要無い物しか無いんだよね〜」
一応、防具の素材としても使えるのだが、私の外見……狐の見た目には似合わない。性能的にもラチマと変わらないので、売る以外に使い道が何も無いのが現状だ。
ソイザードの素材に関しては、初めて見る物ではあるものの、確実にラチマより性能の良い装備が作れるだろう。だが、鱗の大きさ的にも数が必要だ。肘や膝当てを作成するにしても2枚は必要になる。手の甲を保護する為の装備として、右手の分だけを作っても良いが、気にせずとも、ダンジョンを攻略する頃には数もある程度手に入っているだろう。
だが、正直それらのアイテムはどうでも良かった。それらのアイテムが、文字通りゴミにしか見えなくなってしまう程目の眩むアイテムが1つ、バッグ内に入り込んでいた。
「これは……話には聞いてたけど。まさか今手に入っちゃうなんて……!」
気味の悪いアイコンをタップし、アイテムを出現させる。掲げた左手の中に落ちてきたソレは小さく、ゴムボールの様に僅かに弾む。暗闇の所為で色は分かりづらいが、恐らく濃い赤色をしているだろう。バッグの中に一度入ったからか、温かさは感じられず、水々しい見た目とは裏腹に水気は無い。
“心臓”。私の手のひらの中にあるのは、“ブラートの心臓”だ。
「ん〜!マナストーンレベルのレアアイテム!視聴者の中で手に入ったって言ってた人が居たけど、まさか私も手に入るなんて!」
因みに用途不明。桃太郎に聞いてみても、ベータ時には無い新アイテムらしい。一応生産で色々試している最中だそうだが、何分レアアイテム。試行回数を稼げなくて困っていると愚痴を吐いていた。
後、何気なくマナストーンもドロップしていた。
「うわぁ……週明けが怖い。外出た瞬間トラックに撥ねられたりしないよね?ゾンビ娘になって地方を救うとか、私には無理だよ?アイドルなら……まぁ、ワンチャン?」
不人気ダンジョンで本当に良かった。下手に人が多い場所なら、今この場で襲われていた可能性が高い。そもそも人が居たら、バッグから出して視聴者に見せる様な真似はしないのだが。
マナストーンとブラートの心臓を固定ポケットの中に仕舞う。これで固定ポケットは4枠埋まり、残りは1枠。転移石を出せば2枠まで使用出来るから、取り敢えずは問題無いだろう。
「マナストーン2個目も地味に嬉しいかも。武器と一緒に生産で加工したら、魔法の武器とか作れそうだよね。よくある展開だと」
アイテム整理も終え、雑談を軽く交えてスタミナと体力を回復させると、私はその場から立ち上がり、b1と全く変わりの無いb2の道の先を眺める。
「じゃあ、2階層の探索開始!この調子でいけば、2時間もしないで攻略出来そうだね」
攻略後は、今まで我慢していた“アレ”が出来る。その期待に胸を膨らませながら、私はセーフティエリアを後にした。




