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みさと模擬戦を行なってから1週間が経った。あれ以降、互いのペースで進める為、一緒に配信はしていない。とは言っても、配信外で何度か一緒に遊んではいたのだが。
拠点の開拓もかなり順調に進んでいる様で、今は組合テント以外の売店もちらほらと見かける。だが、まだ武具屋の解禁はされていない。それでも、拠点を歩くプレイヤーの装備はかなり変化していた。金属製の装備をしている人は稀だが、モンスターの素材で作った基礎的な武具は既に見慣れたと言って良い。私も、防具防具だけではあるが初期装備から卒業していた。木剣と使い古された短剣は、手を付けずにそのまま使用している。
現在のレベルは11。正直、ここまで上げるのにかなり骨が折れた。
まず、モンスターの討伐では殆ど経験値が手に入らない。これは最初から分かっていた事だ。そして、レベルが1上がるにつれ、必要EXPが100ポイントずつ増加していく。最初は2、3個の依頼を達成するだけで上がったレベルも、10に行く頃には最低でも10個以上、下手すると20個近い依頼を達成する必要があった。しかも、そのクエストに必要なモンスターの素材が馬鹿にならない。1週間もあったのに、レベルが11である理由はその為だ。
今身につけている装備は、革の鎧やブーツにラチマからドロップするネズミの毛皮を貼り付けた物。リュックは、フロートと呼ばれるカエルからドロップした胃袋を加工した物を使っている。リュックの口にはカエルの手、肩紐にはフロートの舌を使用しているので、見た目はかなり気持ち悪い。だが、使い勝手はかなり良い。悪いのは見た目だけだ。
「今日はね〜。レベルも上がったから、難易度2のダンジョンに再挑戦しようと思ってるんだ。前に行った〈蛇道の洞窟〉。覚えてるかな?」
数日前、ある程度レベルも上がったからと、近場にある難易度2のダンジョンに足を運んだ。だが、結果は惨敗。そもそも、明かりが必須のダンジョンであり、火生成の灯りだけで進んでいたのが間違いではあるが、それ以前にレベルが足りなかった。速さは十分足りており、体力や耐久に関しては、正直多少増えた所で誤差でしか無いのだが、問題は火力にあった。
木漏れ日の洞窟にも居たブラート相手に、蛇道の洞窟では1体だけで数分掛かる。当然、敵は群でいる。苦労して1体倒してもその間に新たに湧いてしまい、しかも離れた場所にいたモンスターが長い戦闘音で寄って来てしまい、囲まれて逃げる事も出来ずに死んでしまった。
今回は、武器は同じとはいえレベルは倍近く上がっており、洞窟スズランと光苔をポーションの空き瓶に入れた、簡易ランタンを腰に掛けている。パラソルパインと呼ばれる、木漏れ日の洞窟に生えている木の枝で作った籠に入れているので、簡単に割れる事も無いだろう。夜に明るさの確認をしてみたが、松明よりは弱いものの、洞窟内であれば十分な明るさを放っていた。
(鏡とかがあれば、もう少し明るく出来るんだけど……ある訳ないし)
代わりに磨いた鉄でも良いのだが、それすら無い状況だ。それに、鉄が磨けるのであれば、先に短剣を磨いている。
「傷薬軟膏も余分に作ってあるし、樹皮もあるから木剣を松明にする事も出来る。持ち物は問題無いんじゃないかな。ほんと、このリュック作って良かったぁ〜。レシピをくれた視聴者に感謝だね。みんなもちゃんと感謝してる?」
因みに、このリュックの素材である胃袋は、地味にレアドロップだったりもする。その所為で、1週間の大半はカエル討伐だけの配信になっていた。その分、視聴者達とゲーム内で交流する機会も増えたのだが、雑談メインの配信に飽きて離れる視聴者も居た。
「やっとみんなに新しい場所を見せられる……。ほんと、作業配信ばっかりでごめんね。多分、また作業配信に戻りそうだけど。……ゲームの仕様的に」
そう呟きながら夜の草原を歩き、目的地である蛇道の洞窟の前に辿り着いた。
見た目はただの小高い丘。そこに1箇所だけ穴が空いており、洞窟というより“塒”に近い。蛇道の洞窟……。名前と外見から察するに、元々は大蛇の塒だった可能性もある。バックストーリーがあれば、恐らくはそう書かれているだろう。
周囲にはプレイヤーは見当たらない。不人気なダンジョンなので、マップを売るプレイヤーもいない様だ。私も、このダンジョンは嫌いではある。だが、不人気だからこそ良い点もあるのだ。例えば、“他プレイヤーを襲い易い”点。とか。
「先ずは下見程度で。行けそうならサクッと攻略して、それから探索とか色々しようかな?マップ埋めも良いかもね。時間的にも、後5時間は胎動……だっけ?来ないし」
時刻は午後1時。ダンジョンの攻略に2時間掛かったとしても、3時間はダンジョン構成は変わらない。ある程度マップを埋め、セーフティエリアの場所を把握したら、本格的に活動するつもりだ。だが、先ずは無事に1人で攻略出来るかどうかだ。
「じゃあ、攻略開始〜!……うん。やっぱ今のは無いな」
右膝と右手を挙げ、はっちゃけた感じで開始の掛け声を発してみたが、やはり私には合わない。合っていたとしても、そのテンションで毎回掛け声を出す事がキツイ。慣れない事はするものでは無いな。コメント欄も突然の奇行に困惑している様子だ。
「いやね、新しいダンジョンだから元気に行こうかと……。まぁ良いや」
これ以上、何か言っても言い訳にしかならないので、私は説明を放棄してダンジョンの入り口に足を触れた。
一瞬の浮遊感と無意識の瞬きの間に、辺りは月の無い夜よりも暗く、風通しの悪い閉鎖的な空間になった。
腰に付けたランタンは、問題無く辺りを照らしている。保護の為の籠の所為で、縞模様の影が気になるが、私の動きに合わせて現れる影と比べると誤差の範囲だ。
周囲を見回すが、数メートル先しか視界が確保出来ない。ランタンの明かりが弱いのもあるが、問題は別にある。単純に、道が真っ直ぐでは無いのだ。
蛇道という名の通り、道は交互に曲がりくねっており、道の先は壁しか見えない。角度が良ければある程度先も見えるのだが、基本は数メートル先は見えないと考えた方が良さそうだ。
「前回来た時から分かってたけど、本当に蛇の通り道っぽい道だよね。木漏れ日の洞窟とは大違い。でも好き」
木漏れ日の洞窟は、分かれ道こそ多かったものの、道自体は直線的で、見通し自体はかなり良かった。だが、蛇道の洞窟はその真逆。分かれ道自体は殆ど見当たらないが、その代わりに道自体が蛇行しており見通しが悪い。その分、最終フロアに到達するのは簡単そうだが、これはb1の話。b2以降がどの様な構造になっているかは分からない。
「……お、トカゲかぁ。戦った事ないけど、絶対ブラートより硬いよね……」
道の先から現れたのは、体長70センチ程の大きなトカゲ。体の表面は鱗で覆われており、巨体故か、地面をのうのうと歩いている。
名前はソイザード。みさの話で行けば、ソイは大豆になるのか?だが、トカゲが大豆を食べるイメージが湧かない。
爬虫類特有の縦長の瞳孔が、僅かなランタンの光を吸収して光り輝いている。
「トカゲって良いよね。ってか、爬虫類全般良いよね。スベスベでザラザラで、ツルツルしててカッコ可愛いし。だけど、これだけデカいと可愛くないかも。なんかアホっぽいし」
小さいとそのアホ面も可愛いのだが。
ソイザードは単体。周囲の音的には近くに他のモンスターも居なさそうだ。
私は腰から短剣を引き抜くと、左手を前に構える。ソイザードは意味も無く口を開閉させると、こちらに向かって行きなり走り出した。
「〈風弾〉!」
曲がりくねってはいるが道幅は広い。それでも、あの巨体に目の前から放たれた魔法を避ける素早さは無い様で。風弾が顔面に直撃すると、ソイザードは他のモンスター同様、巨体関係無しに後方へ飛ばされた。
角度的に体が宙に浮く事はなかった。尻尾と後ろ足が地面を擦り、3本の線を描く。木漏れ日の洞窟とは違い床は土。押し潰されて硬いとはいえ、力を加えれば簡単に抉れる。
体勢を崩す事は出来なかったが、それでも私はソイザードに肉薄する。奴は瞳孔を僅かに開くと、後ろに偏った重心を前方に弾き飛ばしながら口を大きく開いた。
私は地面に描かれた3本線の中心の窪みに爪先を引っ掛けると、右上に大きく跳び、壁を蹴り上げ天井に足を着けると、逆手に持った短剣の柄頭に左手を添え、思い切りソイザードに向かって落下した。
「クォォォォォォ!」
首を狙ったつもりが僅かに逸れてしまい、ソイザードの右肩に突き刺さる。奴は痛みに雄叫びを上げながら、私を振り払おうと巨体を揺らすが、私は短剣に左手を添えたまま魔法を唱えた。
「〈風弾〉!」
風弾で無理矢理押し込まれた短剣は、半身程露出していた刀身を全て肉に埋めた。それだけでは無く、短剣は奴の肩を易々と貫通して、肩口だけを残して肉を絶った。
支えを失ってしまったソイザードは、右側から地面に崩れ落ちる。その拍子で地面に短剣が当たり、短剣は引き抜かれた。
捕まり場所が無くなってしまったので、再び暴れられる前に背中の上から飛び退くと、そのまま左側面に降り立ち、すかさず奴の腹の下に手を伸ばして魔法を唱える。
「〈風弾〉!」
その瞬間、奴の体は無抵抗に宙を浮き、回転しながら壁に叩きつけられる。その勢いと衝撃で、取れかけていた右腕は千切れて消滅した。
赤いエフェクトを散らしながら地面に背中から落ちる。今が好機。そう思い、奴の腹目掛けて短剣を突き出すが、奴は尻尾を回転させる事で体をひっくり返す。だが、腕を失ったばかりで真面に動けないのか、体勢を上手く立て直せないでいる。
今度は更に重い一撃を。私は柄頭に左手の掌底を押し当てると、ガラ空きになった左脇腹目掛けて短剣を深く突き刺した。同時に、風弾を放ち更に奥にめり込ませる。
「グェェェェ!」
情け無い叫び声を上げるが、まだ私の手は止まらない。
絶対に離さない様に短剣を強く握り締め、更に右膝で手のひらごと短剣を強く挟むと、自分の腹に左手を当てた。
「〈風弾〉!」
丸まった私の体は、ノックバックの効果で勢いよく奴の尻尾側へ吹き飛んだ。
手と足に加わる強い衝撃と圧。だが、それは一瞬だった。衝撃と圧に顔が無意識に顰め面になる前に、奴の腹に刺さった短剣ごと私の体は吹き飛ばされており、奴の横腹を大きく切り裂いていた。
雄叫びはもう上がらない。残像の様に残った赤いエフェクトだけが、地面から立ち上がった私の前に残されていた。
「ふぅ……。1体だけならなんとかって感じかな。巨体で動きも遅いからやり易かったし」
逆に、数が多くて的が小さく、すばしっこいブラートはレベルが上がったとはいえ、相手にしたく無い。agiが上がった分、前回よりもかなり速く動ける様になっている筈だが、いかんせん数が多い。
「素材は後で確認するとして……。体力も減ってないし、このままサクサク進んじゃおっか」
私は短剣を腰に戻すと、コメントに大量に流れている〈風弾祭り〉という単語に笑みを浮かべながらその場から駆け出した。
ちぃちゃん lv11
HP 1510
MP 210
ST 500
EXP ?/1200
vit 1
str 4
int 0+(5)
agi 35+(10)
dex 0+(5)
atk 62 短剣atk 101
matk 15
def 4
mdef 16
短剣使いlv5
ステッキ使いlv2
衛生兵lv1
自然治癒向上lv1
※括弧内はスキルによる上昇値。
短剣のatk上昇率の修正と、mdefの記載漏れを修正。




