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マップに表示されている地形は、円形の広場。そこから正面に向かって道が伸びている形だ。その奥には木々の壁が連なっており、マップ上でも少し進めば分かれ道になっている事が分かる。
視界内に入れないとマップが更新されないのは不便だと最初は思ったが、特に問題は無さそうだ。
視界の右上には3色のバーがいつの間にか表示されており、上から赤、青、黄色……HP、MP、STといった感じだ。右下には、緑の食料ゲージと水色の水分ゲージ。その上にある丸いアイコンはまだ使えない様だ。
左下にはチャットログ。視界下中央にあるバーがメニュー画面を開く為の物らしい。試しにメニューを開いてみると、ステータスやフレンド、各種設定や通知など、様々な項目が並んでいた。だが、今は未だ使えない様で、キャラクリ前に見たADや外部アカ連携とログアウト以外の項目は選択出来ない。
「メニューにバッグの項目が無いのは何でだろ?固定ポケットみたいに、バッグから直接確認しないと見れない感じなのかな?」
私の独り言に、サポちゃんは反応しない。
「サポちゃん、武器とかアイテムの詳細ってどうやって見るの?」
「固定ポケットやバッグに入っている場合、アイコンをタッチしていただければ確認出来ます。手元にある物ですと、確認したいアイテムを、2度素早くタッチしていただければ確認出来ます。但し、持ち主が居る場合は許可が無ければ確認出来ません」
「ありがと。じゃあ、メニューにバッグの項目が無いのは何で?」
「バッグは開拓者様の持ち物であって、開拓者様自身ではありませんので、項目が無いのは当たり前かと」
「……そう」
どうやら、ダンジョンチュートリアルが始まってからは、独り言には反応してくれなくなる様だ。まぁその前から、いう程独り言に対して反応していなかったが。
話しながら数十秒歩き、取り敢えず分かれ道の所まで辿り着いた。すると、サポちゃんから声が掛かる。
「おや。ちぃちゃん、あちらをご覧ください」
あちらと言われても何処かわからない。と、思いながら周囲を見回していると、マップ上の前方に緑色で菱形のアイコンが表示された。
何があるのかとアイコンがある方に目を向けると、木々が生えた草むらの中に一際目立つ大きな葉の草が生えているのを見つけた。
「あれの事?」
私がそう聞き返しながらその草に近付くと、サポちゃんが説明を始めた。
「こちらの草は、ダンジョンの浅層でよく見られる物で、薬草として重宝されています。回復薬がありませんので、念の為に採取しては如何ですか?」
成程、これは採取のチュートリアルか。最初は戦闘が来ると思っていたので、少し拍子抜けだ。
「薬草ね……採取って、引っこ抜くだけで良いの?」
高さが大体15cmも無い位のその草は、短い茎を見せびらかす様に2枚の葉が付いている。そして、茎の先端は少し膨らみを帯びていた。
「物にもよりますが、こちらの薬草はその様に採取していただいて構いません」
何処か含みのある言い方だが要は、採り方には様々な方法があるという事だろう。でも、何か引っ掛かる……。
「取り敢えず引っこ抜いてみるけど……よっと」
茎の根本を握り、軽く力を入れて引っ張ると簡単に根から抜けた。軽く土が付いている所がかなりリアルだ。と思いながら、根から土を払って薬草を2度タッチすると詳細を見る。
ヒカーラ草……素材アイテムで、食べたり部位に使用するとhpを10回復してくれるアイテム。初期hpが510に対し、回復量がたったの10しか無いが、素材アイテムという事はこのまま使う事はまず無いのだろう。まぁ、チュートリアルだからこんな物か。
「で、これは手のひらより小さいし、重量も0.03kgだからポケットに入ると。えっと?ポケットの重量制限が0.5kgだから……スタック出来れば、20個近くポケットに入れられる考えで良いのかな」
この感じだと、最小重量は0.01kgだろう。それなら、固定ポケットだけでも、ある程度のアイテムが持ち運べそうだ。
「後は……耐久値?ええと……アイテム、装備の耐久値が0になるとアイテム、装備が変質、もしくは消滅します……か。耐久値の回復も出来るっぽいけど、それは置いといて……」
このヒカーラ草は耐久値が10と書かれている。何をどうしたら耐久値が減少するのかは分からないが、もし仮に、採取時に根から茎を切って採取したら、耐久値はどうなるのだろう。もしかして、サポちゃんが濁して説明していた理由と何か関わりがあるのだろうか。
「これ、試しに葉っぱ千切ってみよっかな。2枚ついてるし」
えいっ。という掛け声と共に、詳細画面を眺めながら片方の葉を千切る。すると、耐久値は減るには減ったが、最大値が減少する形で減ってしまった。
「あれ?想像と違う。千切った葉っぱも残ってるし……重量も0.01減ってるや」
想像では、千切った葉っぱは無くなり、耐久値が減るだけだと思っていた。だが、手元には両方残り、耐久値は最大値が減少した。それを見て、もしやと思い千切った葉っぱの方の詳細を開く。
「……あ、やっぱりヒカーラ草になってる。まぁ、元からそうなんだけど。2つの別々のアイテムに分裂したって事ね」
葉っぱの最大耐久値は5、重量も0.01kgとなっており、完全に別のアイテムとして認識されている。
「……アイテムの数が増えてお得って事かな?……みさに後で色々聞いてみるか」
私は個別ポケットを開くと、1枚の葉と1つの株を画面に翳す。そして、ポケット内でスタックされて収納された事を確認すると、ポケット画面を閉じて分かれ道の右側に進んだ。
道は緩やかに左へ曲がる曲がり道。視界は悪く、マップも数m先しか更新されない。次こそ、モンスターが出現しそうな雰囲気に、自然と腰の後ろに手が伸びる。
そして歩く事約1分。今度は道の真ん中に小さな木箱が落ちているのが目に入った。
「木箱?モンスターじゃ無いよね」
「ではありませんね。他の開拓者の落とし物でしょうか……確認してみては?」
「擬似ダンジョンに他開拓者がいるの?」
「同時に侵入する事は出来ませんので、以前試験か何かで利用した者の落とし物でしょう」
ふーん。と鼻で返事を返しながら、落ちている木箱に近づいてその場にしゃがみ、持ち上げる事なく2度タッチする。すると、固定ポケットと似たディスプレイが表示されて、中にアイテムが収納されている事を確認する。
「アイテムが入ってるよ」
そう言いながら、私は画面内のアイテムをタッチした。すると、移動、と取り出しが表示されたディスプレイが追加で表示された。だが、移動の項目は黒く暗転しており、取り出ししか選択出来ない様になっている。
「もしや……そちらは、開拓者様の遺品では?」
「遺品!?怖!呪われたりしそうじゃん!」
「呪い……中にはあるかもしれませんね。ですが、道具としては、新たな持ち主が見つかった事を喜んでいると思いますよ?」
このタイミングで呪いを否定しないという事は、中には呪いのアイテムがあるのだろう。だが、このアイテムは呪われたアイテムではなく、チュートリアルの一環としての配布アイテム……とみていいだろう。
「じゃあ、えっと、取り出しを押せば実体化できる感じ?」
「はい」
その言葉を聞き、私は取り出しをタッチする。すると、バサリという音と共に、目の前に革で出来たアイテムが出現した。
「これは?」
私はそれを手に取り、詳細画面を開く。
「……革の胸当てか。って、よくよく考えたら私、防具を身に付けてないんだよね。めっちゃ危険じゃん」
私が身につけている物は初期の布の服とブーツ、後は先程貰った短剣のみ。これではモンスターに攻撃された瞬間お陀仏だ。
革の胸当てのdefは5。耐久値は200もあり、重量は1kgしかない。初心者装備としては、使い勝手が良い方だと思う。
詳細画面の下の方には自動装備アイコンがあり、それをタッチすれば適正部位に自動で装備してくれる様だ。
「自動装備って事は、手動装備もあるのかな?それも後でみさに聞こっと」
そう呟きながら自動装備アイコンをタッチすると、革の胸当てが自分の胸元に瞬間移動する。どうやら、これで装備が完了したらしい。
その後、遺品が入った木箱の中から傷薬軟膏を取り出すと、私はそれをポケットへ仕舞い、メニュー画面を開く。
「あ、ステータスはまだ確認出来ないのね」
「遺品も回収し終えた事ですし、進みましょうか」
私の独り言を意図的に無視するサポちゃんは、私へ先に進む様催促を始めた。防具も回復も揃った……恐らく、次が戦闘チュートリアルだろう。
「よっしゃ。気合い入れてこー!」
これで別のチュートリアルが始まったら、やる気を無くしそうだ。そう思いながら、やる気を上げる為に掛け声を出して再び歩みを進めた。