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ゲームにログインすると、目の前に広がった光景。それは、落ちる前にいたダンジョン内では無く、キャラクリ時に待機させられた謎の青い空間。そこには文字通り何も無く、私の手足や体ですら、空間内には存在しなかった。あるのはただ1つ、目の前に浮かぶ警告画面だけ。その内容は、ダンジョン内でのゲームログアウトに関するペナルティ付与だった。
(げ、ペナルティあるのは知ってたけど……アレでペナルティ受けるのは、なんか納得いかない……)
顔が無いから口が無い。口が無いから声が出ない。私は、心の中でペナルティ画面に悪態を吐きながら、次の画面へと映る。
(ええと……強制ログアウトによるペナルティ緩和。ペナルティは所持金の10%の喪失だけか……良かったぁ。……10分以内に再びダンジョン内でログアウトすると、ペナルティ量増大……?まぁ、これは大丈夫でしょ。虫にはもう慣れた……いや、直視しなきゃ良いだけだもんね)
画面の下側に表示される確認ボタンをタップすると、再び画面が表示される。今度は警告画面とは一切関係ない、ダンジョン内での
リスポーンの案内だった。どうやら、元いた場所にリスポーン出来る訳では無く、同じダンジョンの同じ階層にある、ランダムなセーフティエリアにリスポーンされるらしい。そして、リスポーンには待機時間が存在する様で、今すぐ、自分のタイミングでリスポーン出来るわけでは無い。
この空間で数分待たなければいけない様なので、次いでに説明を確認してみると、どうやら、ダンジョン内でログアウトして、リアル時間で3時間以上経過すると、アイテムを全ロストして初期の拠点に戻される仕様らしい。一応、1時間でアイテムの3分の1。2時間で3分の2のアイテムをロストとある。それ以外にも、プレイヤーとの戦闘中は相手にPKされた扱いになり、遺体のクリスタルが残る仕様だそう。所持金の喪失は、一律で10%だった。
そうしている内に待機時間は残り僅かになり、カウントが0になると視界が暗転する。
「──お?おぉ、戻ってきたのか……。こがまるにメッセ返して……配信つけ直して……。よし──みんなお待たせ〜。まだ始まったばっかだから、少し人待とうか。その間にマップ確認して……お、マッピング内にスポーン出来てる。こっちがマッピング外だから……こっちに行けば、こがまる達と通った道だね。なんかこう見ると木みたい……ってか血管?」
少しすると、配信にも視聴者が戻ってくる。みさの配信を覗いてみると、どうやら私がログアウトした場所の近くのセーフティエリアで待っていてくれている様だ。〈待ってるよ〜〉とみさらしいメッセに〈すぐ行く〉と返し、私はマップを頼りに駆け足で移動を始めた。そして、メインの一本道に出た瞬間──
「のわぁ!ちぃちゃん!」
「……え?あ、キョンだ」
私の進路の反対方向から、キョンが走ってきた。
「あ、あ、あああ、あの!大丈夫でしたか?!」
「うん。ペナルティもお金だけで済んだし、道もマッピング内だから問題無いよ。それより、私はキョンの方が心配なんだけど……。また強制ログアウトされたら、割と申し訳ない気が……」
キョンは未だに緊張しているのか、言動が少し怪しい。彼も同じ様に、次ログアウトしたら大きなペナルティを受けるだろう。このまま一緒に行動したり、話したりして万が一落ちてしまっても、私に責任は取れない。
「そ、それは……大丈夫です!善処は出来ませんが!」
「そこは善処して欲しいんだけど。あ、フレ登録……は今じゃ無い方がいっか。絶対落ちそうだし」
「……そうですね。ログアウトさせられる自信があります。だけど……だけど……!早くフレ登録したい!」
テンションがなんか怖い。前提として恐らくだが、私とキョンはキャラが根本的に合わない様に感じる。まだまともに話してないが、雰囲気が私の苦手な部類の人に似ている。悪い人でない無いのだろうが……少し絡み辛い。
「取り敢えず、こがまる達の所に行こ。待ってくれてるから」
「そ、そうですね!護衛は任せて下さい!この拳で、全て粉砕して見せましょう!」
どうやら彼もみさや桃太郎と同じで無手使いの様だ。ベータプレイヤーの間ではやはり、無手が当たり前なのか。
キョンを先頭に走りながら、私はその事について尋ねる。
「キョンも無手なんだね。やっぱ、無手で進めるのが良いの?」
「序盤は無手無双ですからね!武器耐久を気にする必要無し!スピードも速く、両手が自由に使えて重量も気にせずに済む!俺はある程度進んだら、武器スキルを取って、無手は補助として使う予定……多分、殆どの人がそうだと思いますよ?武器を使ってても、手足で攻撃はしたいですからね。どこぞの騎士道よろしく、武器だけで攻略するのはキツイですから。勿論、無手だけでも」
確かに。私も既に今の段階で、無手使いのLv5が欲しいと思っている。ステッキ使いに2ポイント使った事も、若干後悔している。
「因みに、何持つの?」
「棍棒と短剣です!打撃武器は需要が高いのと、短剣はスキル無しでもデメリットは無いので扱い易いんですよ!棍棒が苦手な切断系を補えるのもポイントが高くてですね──」
「あ、ごめん。細かい説明は分かんないから良いや」
話が長くなりそうなので、遠回しに会話を中断させようとしたが、キョンは気にせず話を続けようと口を開く。やっぱこの人苦手だ。気持ちが顔に出ない様に無表情を意図的に作り出すが、配信中の3文字が頭を過り、作り笑いを貼り付けた。
「全然細かく無いですよ!寧ろ基本中の基本っていうか──」
「それよりあの幼虫……って配信見てたよね?あれさ、なんで運んでたの?」
話を遮られたのにも関わらず、明るく返事を返してきた彼に、強制ログアウトした原因であるアレについて尋ねた。
「それはですね、あの幼虫……あ、フライっていうんですけど、変態するんです。アレ」
それを聞いて、思わず眉を顰めて頬を引き攣らせる。
蛆虫に似た外見。そして、フライという直球な名前。変態するというのは、アレが蛹になり、成虫に育つという事。……つまりあれは“蝿”になるのだ。少なくとも、あの大きさと同じ位の蝿に。
「あ。無理かもぉ」
姿を想像しただけで、強制ログアウトしそうになる。殆どの人がそうだと思うのだが、私は蝿が苦手なのだ。無論、鶏など比ではない。鶏は単純にキモい。だが、蝿は違う。
皆は、道端で死に絶えた鳥の死体を見た事があるだろうか。人生で一度は見た事があるだろう。私も小さな頃、一度だけ見た事がある。
興味本位だった。私は割と昔から、好奇心が旺盛だったのだ。近くにあった木の枝を拾い、興味本位で“ひっくり返した”のだ。それ以降、蝿がトラウマになってしまった。もしかすると、鳥類が苦手な理由もそれかも知れない。
「あぁ〜。駄目かもぉ」
思い出しただけで吐きそうになる。ゲーム内に顔色が反映されていたら、今の私は絶対に青ざめている。
「大丈夫ですか!?多分もうすぐでこがらし丸さんと合流できるので気をしっかり!」
みさと合流できた所で気分が良くなる訳では無い。いや、みさと合流さえ出来れば、後はb5まで目を瞑って走り抜ける事が出来る。
「よし、全力で走ろう。そうしよう。」
そして全速力で走ると、数分もせずにみさ達と合流する事が出来た。
「あ、ちぃ〜!心配したよ〜!ってうぉっほ!」
「はいありがとう!ありがとうね!感謝!」
私はみさに近づいた瞬間にその身体に抱きつき、顔を胸に埋める。一瞬視界内に表示された警告画面は、確認する間も無く消えてしまった。
「さぁ行こう!さっさと行こう!おんぶ!」
いやらしい笑い声だけを聞きながら、みさの体を回転させて後ろを向かせると、私はそのまま返事を待たずに彼女の背中に飛び乗った。竜族特有の翼が邪魔だが、背中に乗れない程大きい訳では無いので無視する。
「うぇへ!い、いいんですかちぃさん!どうせならリアルで味わいたかったけど……ありがたく背負わせていただきます!」
桃太郎とキョンが、どんな顔をして私を見ているかなんてどうでも良い。今はただ、ログアウトされずにこのダンジョンがクリア出来れば何でもいい。目を閉じても見える配信画面のコメントには、驚く程草が生い茂っていた。




