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短剣が相手に届く前に、私はすかさず左手を左前方に翳し、短剣を握った右手を空に振ると、口を開いて呪文を連続で唱える。
「[風弾]![風弾]![風弾]!」
相手も私の動作をただ眺める訳ではなく、空いた左手をこちらに翳しながら口を開いた。だが、呪文を唱えるよりも先に、右側の男が驚愕の声を上げる。
「うぉ!ちょ──」
その瞬間、“右側”を走る男に私が放った“風弾”が直撃し、壁を滑る様に後方へ弾き飛ばされた。
“見られてる”。みさがチャットで知らせてくれた、彼らの行動。
彼らは、私がラチマと戦っている様子を背後から眺めていた。
私の力量や技術、間合いの取り方や魔法の種類。本来対人戦において、相手に知られたくない情報を、全て見られていたのだ。
相手も私の様子を見て、問題なく倒せると考え、タイミングを見計らって飛び出てきたのだろう。
全て──そう、全て。私が“魔法を放つ”手段も相手は確認して、対策を考えていた筈だ。
だから私は、相手に魔法を放つ直前に“攻撃カーソル”ボタンをタッチしてカーソルを無効化し、視線を右側の男にずらして風弾を放ったのだ。
その結果は見ての通り。自分に魔法が飛んでこないと気を緩ませた男は後方に飛ばされ、他2人はそれに一瞬気を取られて隙が生まれた。
だが、例え隙が生まれなかったとしても、私のやる事は変わらない。
一度その場に足を止め、自分から距離を詰める事を止めると、カーソルボタンを何度もタップしながら連続で呪文を唱えた。
「[風弾][風弾][風弾][風弾]!」
狙うは勿論、こちらに向かってくる2人。風弾の壁に足を止めた彼らは、仲間が吹き飛ばされても冷静さを欠ける事なく、私の視線と手の向きを確認しながら呪文を唱えた。
「[土弾]」
「[火球]!」
飛来するは2種の属性の魔法。土弾は土を、火球は火の粉を。風弾と衝突した瞬間に周囲に散らす。
相手は2人、こちらは1人。最初は相殺で済まされていた風弾も、数の物量に押されて、あっという間に魔法の雨がこちらを襲う。
「ちぃ壁寄って!」
背後からのみさの声に、私は即座に右側の壁に身体を当てる。その最中も、魔法を撃つ手と口は止めない。
3人の詠唱が響く激しい戦闘。だが、少しシュールな状況に、私の口角は上がり続ける。
更にそこへみさの詠唱も加わり、長い1本の通路全体に4人の声がこだまする。
「[水球]!」
みさの放った水球は、火球と当たると蒸発し、土弾と当たると周囲に泥水を散布する。
頬に当たる泥水に反射的に左目を閉じながら、右手の短剣を前に構え、“その時”を窺う。
背後から地面を強く蹴る足音が近付く。それに合わせて、私は手の向きを土弾を撃つ中央の男だけに絞り、狙い撃ちする。
勿論、土弾を撃つ男もそれに気付き、私に左手を固定すると、風弾だけを相殺していく。
その瞬間。みさが私の横を走り抜け、相手に向かって突貫する。
格好の的だ。と、相手は思うだろう。実際、突貫を決めるみさに目を見開くも、頬を緩めて剣を構える。
しかもそこに、先程吹き飛ばされた男も加わり、私に向かって火球を放って来た。
その結果状況が変わり、私が右側の男と魔法合戦。残りの2人がみさに向かって魔法の雨を降らす戦況。
通路内が魔法で埋め尽くされ、視界がまともに確保出来ない程、土煙が充満する。
なぜ土煙が?それは、土弾の破片が火球の熱で乾燥し、風弾が起こす風によって塵の様に散っているからだ。
みさは、その土煙を見て足を止める。その両手には、威嚇の声を上げたラチマが握られていた。
直接触れば、状態異常を喰らうモンスターを、素手で。
状態異常は問題無いのか。それは、状態異常付与の条件と私の時間稼ぎによって解決している。
状態異常付与の条件は“接触時”。しかも、接触時に1度だけ。接触し続けても、持続的に状態異常が付与される訳ではない。
とは言っても、粋のいいラチマを一発で掴むのは難しい。何度か接触しなければいけないと、みさに予め言われていた。
捕まえる為の時間。そして、状態異常が解ける時間。10秒にも満たない僅かな時間を稼ぐだけだが、それが出来るかは“一か八か”だった。
本来は、フロア通路を探すフリをして二手に分かれ、時を見て挟撃を仕掛ける予定でいた。風弾の弾幕も、ラチマ相手に使用して数と体力を調整しつつ、凶暴化した個体を彼らに押し付けるつもりだった。
それが、みさの考えていた作戦。そして万が一の作戦が、風弾で足止めしてのみさの突貫。ただ、風弾持ちが居た場合、この作戦も実行に移る事は出来ない。そういう意味でも、本当に一か八かの戦闘だった。
「逃げるよ!」
みさはそう叫ぶと宙にラチマ達を放り投げた。
私は返事を返す事なく、宙に浮くラチマ達に風弾を放ち、土煙の中に弾き飛ばす。そして彼らに背を向けると、左手のひらを背中に沿わせて風弾を放ち続ける。
後方からは、ラチマの鳴き声と、慌てふためく男達の声。どうやら、みさが投げたラチマの声に、近くでポップしたラチマが引き寄せられた様だ。
「くっそがぁ〜〜!!──」
背後からの怒声に頬を吊り上げながら、みさに預けていた巾着を地面から掻っ攫い、私達はその場から逃げ出した。
安全を確保出来た事を確認した私達は、その場に崩れる様に腰を下ろす。そして、互いに顔を見合わせると、自然と笑みが溢れ、その笑みは次第に高笑いへと変わっていった。
「ふふ……!ふふふ……!あははははは!ちぃ、流石過ぎるんだけど!ラチマ相手に1人であそこまでって……!流石ちぃ!」
「んふふふふふ!流石でしょ!ってか、色々と運良過ぎ!魔法の所為で土煙凄かったじゃん!」
みさの称賛に鼻が高く伸びる。
色々と運が絡んだが、ラチマの対処は完璧に近かったと自負している。どれもこれも、日毎の行いの差だろう。
残念な事は、短剣を1本失ってしまった事。だが、失った短剣が木剣の方で良かったと安堵する。
流石にあの状況で、使い古された短剣を投げる判断は無かったが、場合によっては短剣を2つとも……いや、アイテムの大半をロストしていた可能性があるのだから、木剣1本で済んだのは儲け物だ。
もう1つ残念な事は、先程の戦闘で得られた物が何もないという事だが、その考えは流石に欲張り過ぎる。
「魔法合戦も楽しかったなぁ!ベータの時でも、あんな事そうそう無かったから」
「そうなんだ。そういえば、ベータの時って対人戦はあんま無かったんだっけ」
「対人組と攻略組ではっきり別れてたって感じ。私はエンジョイ攻略勢だったからね。対人やっちゃうと、そっちだけになりそうだったから」
「なんか想像出来るわぁ。今も本当は、戦いたくてウズウズしてるでしょ?」
見ると、みさの身体は細かく左右に揺れている。人には戦闘狂だの血の気が多いだの言っているが、一番血の気が多いのは彼女だ。
恥ずかしそうに笑みを浮かべる彼女は、私の言葉にしおらしく頷く。
彼女はやはり、あのまま戦闘を続けたかったのだろう。
砂埃を眺め、逃げようと声を上げるまでに時間があったのも、その葛藤があったから。それでもあの場から逃げ出したのは、配信を思っての事か。
疼く気持ちを治める為に、みさはその場に立ち上がって、体をほぐす様に動かし始める。
そろそろ、時間的にも移動しても良い頃合いだろう。激しい戦闘で削れたスタミナも、もう一戦交えても支障は無いくらいには回復している。
「それじゃあ行こっか!早くb5に行って、倉庫の開放を目指すぞぉ〜!」
「おぉ〜!」




