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 私達の後ろには案の定、先程のパーティが跡をつけている。

 しかも、ただついてきている訳では無く、一定の距離を保ち、且つ曲がり角を利用して姿を隠しながら。

 こちらに顔を出さなくても、こちらの様子が分かるのか?そんな疑問、配信している時点で浮かぶ事はない。

 “ゴースティング”。配信者の配信を見ながら相手を付け回し、配信者が不利になる様にゲームを進める行為だ。


 ほぼ全てのゲームで不正行為となる行為で、無論、ヘキグラでも規約で禁止されている。ただ、ゲーム内で配信が見れる都合上、他のゲームより規制が若干緩い。

 配信を見ながらその配信者に一方的な攻撃、若しくは不意を突く様な攻撃は、強制的に、ゲーム内の牢獄に転送させられるが、それ以外……例えば、攻撃前に配信サイトを閉じたり、配信を観ている人からの指示で動いている場合は、罰が軽い。若しくは罰自体が無い。

 運営の塩梅や悪質具合にもよるが、ゴースティング自体の罰はやはり他ゲームより軽く感じる。

 配信者に優しいとは一体何だったのか、と言える不正行為規約だが、このゲームのゴースティング自体難しく、然程意味の無いものでもある為、妥当な罰とも言える。だが、今の状況では辛い事に変わり無い。


 走りながらモンスターの警戒。配信用の雑談。それに加えて、ゴースティング対策のゲーム内チャット。瞳が2つだけでは足りない作業に目を回しながらも、私を先頭に洞窟内を進んでいく。


 b2とは違い単純な一本道では無く、ゴールが分からない複雑な道。先頭を走るのが、これ程まで勇気がいる事だとは思ってもみなかった。

 普通に走り抜ける程度であれば、然程気負う事も無い。だが、みさから伝えられた作戦を実行する為、若しくは彼らから逃げ切る為の移動となると、重圧の差が断然違う。


 みさの作戦は、単純だが効果的。且つ成功度も高い作戦だ。と思う。かなりみさに頼る事になるのだが、私の腕も重要だ。


 まずは、ラチマを探す。話はそこからだ。


 なんて、意気込んでいるのも束の間。早速前方からラチマの集団が現れる。

 だが、状況は望んでいるものでは無い。寧ろ、最悪な状況と言ってもいいだろう。


 先程までの通路とは違い、逃げ場のない長い一本道。前にはラチマの集団、後ろにはストーカー。今、もし背後の彼らが襲い掛かってきたら、正直アイテムロストも覚悟しなければいけない。

 一応、バッグさえ手放さなければ、全てのアイテムをロストする事はない。逆に言えば、このラチマとの戦闘中は、巾着を手放す事が出来ないという事。


 数は6匹──。


「こがまる!」


「へいパス!」


 巾着に左腕を割くよりも、ラチマ相手に手を使えないみさに、私の巾着を持たせた方が、私が動ける分戦闘が安定する。問題はプレイヤーだが……。

 チャット欄に短く書かれた『一か八』。どうやら、みさはここで仕掛けるつもりらしい。後はプレイヤー達の出方次第だ。


 私は腰から使い古された短剣を引き抜くと、逆手に持って胸の前に構える。

 木剣を引き抜いて二刀流もありだが、今はまだ、魔法を手で撃った方が安定すると考え、納めたままにする。


 ラチマは武器を構えた私を見ても物怖じする事なく、統率の取れた動きを取りながら、まずは3匹が先陣を切る。

 正面と左右。ラチマは私を挟み込む様に立ち回る。それに対し、私は左側のラチマに左手を掲げ──


「[風弾]!」


その場から弾き飛ばして壁に叩きつける。

 一瞬遅れて、正面のラチマが私に飛び掛かってくるが、短剣を振り下ろす事で地面に叩き落とし、動き出す前に足で踏み付けて押さえ付けると、側面に回り込んでいたラチマに対して風弾を放った。


「[風弾]!」


 入れ替わる様に、先程弾き飛ばしたラチマが戦線に復帰するが、その寸前に、押さえ込んでいるラチマの頭に3度、素早く鋒を突き刺して消滅させる。

 その瞬間。後方のラチマがチゥ、と鳴き声を上げると、近くの2匹が僅かに下がり、後方の3匹と合流して一気に向かってきた。

 3匹は、先程と同じ様に三位一体の挟撃の体制。だが、もう2匹は他のラチマを盾にする様に動いている。

 素早い連携と動作に、思案の余地が全くない。予測するにも、獣の大群相手の経験なんて無い。

 完全に反射神経の勝負。私の不得意とする戦法で、みさが最も得意とする戦い方だ。


(2匹流しても……)


 後方を確認する隙が無い今、下手にみさの手を煩わせたくない。それに、流しても良いならチャットが来ているだろう。


 ラチマの動きは先程と変わらない。幾ら統率が取れるとはいえ、複数の戦略を練れる程のAIでは無い様だ。

 序盤のダンジョンは余裕だとみさは言っていたが、まさにその通りだと実感する。

 同じ様に1体を風弾で弾き飛ばし、前方の1体を今度は蹴り飛ばす。そして、右側面の1体に短剣を叩き込みながら、後方の左側1体に風弾を放った。

 だが、最後の1体に攻撃を仕掛ける前に、最初に弾き飛ばした1体が戦線に復帰し、前を走るラチマを盾にしながらこちらに走り込んでくる。


「[風弾][風弾]!」


 風弾にクールタイムが無いとはいえ、発語する以上、次弾を発射するまでに一定の間隔を要する。それに加え、標準を合わせる動作も入るので、上手い具合に当てられない。


 先頭の1体には上手い具合に当てる事が出来たが、背後に隠れていたラチマには躱されてしまう。

 叩き斬るしかない。そう考えてタイミングを見計らい短剣を振ろうとするが、右側のラチマが突然、今まで聞いたことのない雄叫びの様な狂った鳴き声を上げ、私の首元目掛けて大きく跳躍してきた。


「──ちょ!」


 咄嗟の出来事に、思わず短剣ではなく手の甲で払い除けてしまう。


 ──それは、この戦闘において一番の失態だった。


 瞬間。水中に沈められた様に動きが鈍り、体力バーの下に状態異常アイコンが現れる。

 そのアイコンは“痺れ”。付与された数値と同じ秒数、行動速度が低下する状態異常だ。

 付与された数値は1。つまり、1秒間。全ての行動が低下してしまう。

 高が1秒。然れど1秒。速度を重視した今回の戦闘において、この状態異常は戦況が一瞬でひっくり返ってしまう強力な物。


「や……!」


 正面にいたラチマが私の左側を通り抜けようとするが、身体が思う様に動かない。それ以前に、凶暴化した方のラチマを放置する方が危険だ。


 一か八。視線の端にみさのチャットが映り込む。どうやらチャットが更新された様だが、今は確認する暇は無い。

 だが、一か八か。その文字を目にして、私も気合を入れ直す。


「くぉぉ!」


 とても、現役女子高生があげて良いものでは無い声を上げながら、右足を持ち上げ、地面に着地しようと体勢を整える凶暴化したラチマに向かって、靴底を叩き付けて地に落とし、力強く踏み付けた。

 そのまま、上半身だけを捻って通り抜けたラチマに身体を向けると、右手に持った短剣を頭に向かって投擲した。

 短剣は直線的な軌道を描いて、見事ラチマに命中するが、動作が遅い分狙いもズレてしまい、頭では無く尻に当たってしまう。だが、今回に限っては僥倖だったと言える。

 切断属性の短剣という事もあり、命中した短剣はラチマの左側の尻に突き刺さる。その結果、耐久を著しく低下させてデバフを受けたのか、脚を縺れさせて地面に勢い良く転がった。

 その後のラチマがどうなるのか、私には見届ける事が出来ない。一瞬だけみさに視線を送って無事である事を確認する。そして、私は身体を元に戻しながら右手で左腰の木剣を引き抜き、宙で回転させて逆手に持ち直すと、踏み付けていたラチマにトドメを刺した。


 残りのラチマは、背後を除いて3体。いずれも、大したダメージは与えていない。

 だが、体力か耐久がそこまで高く無いお陰で、1体1体の戦闘は長引かずに済みそうだ。それに、数が多いから梃子摺るのであって、単体の戦闘力はそこまで高く無い。


 戦闘面に余裕が出てきた事もあり、詰まった息を吐き出す余裕が生まれる。

 痺れの状態異常も無事に解けている。その間の追撃が無かったのは僥倖だった。


 ラチマを見ると、既に3体とも体勢を立て直している。各自で襲い掛かって来なかった理由は、恐らく1体ずつ突撃しても返り討ちに遭うと考えての事だろう。流石に、馬鹿正直に1体ずつ向かってくる程、馬鹿では無い様だ。


「連携取るくらいだもんね。寧ろ、連携前提のAIの可能性も……。凶暴化する位だから……」


 ラチマの生態について独り言を呟いていると、一列に並んだラチマ達が一斉に動き始める。

 だが、先程前とは違い、ラチマ達は不規則に動いている。

 同胞の上を飛び越え、前を走り抜け、速度を落として後ろに回り込み。まるで、三つ編みを編む様に入り乱れながら、集を個にして蛇の様に私に這い寄る。

 法則性がありそうで見当たらないその動きに、風弾を撃ち込もうとする左手が宙を彷徨う。

 それなら、やるべき事は1つ。


 私は思い切り地面を蹴り付けると、ラチマに向かって突進する。

 一瞬で距離を詰め合い、互いに互いの間合いに身体を捩じ込ませる。

 ラチマ側からしたら“捩じ込まれた”。といった方が正しいかもしれない。

 突然間合いを詰められた最前のラチマはそれに怯み、その対処に遅れた二番手のラチマが衝突する。だが、最後尾のラチマだけは冷静に足を遅らせると、その2体を悠々と飛び越えて私に向かって牙を見せる。


 ──それが悪手だと気付かずに。


「[風弾]!」


 前後が入れ替わり、後方でダンゴ状になったラチマ達をまとめて吹き飛ばすと、目の前で宙を舞うラチマに向かって、フックの要領で短剣を顔面に叩き込んだ。

 硬い物同士がぶつかり合う鈍い音に、何かが軋む気分の悪い音が重なり、ラチマは勢い良く弾き飛ばされて壁面に叩き付けられる。

 良い具合に短剣が当たったのか、叩き付けられたラチマは時間差で力無く地面に落ちると、そのまま赤いエフェクトとなって消え、地面にアイテムを散らした。


 残るは2体。未だ体勢を立て直せていないラチマ達に無理に距離を詰める必要は無いと、私はチャットログに軽く視線を送り、先程送られてきたみさのチャットを確認した。


『見られてる』


 送られてきていたのは文と呼ぶには短すぎる一言。何に。なんて疑問を抱く程、私も馬鹿では無い。


(一回後ろの確認を──)


 そう考え、ラチマ達から視線を逸らしたその瞬間──


「くるよ!」


みさの大声と共に、背後からの複数の足音が通路内に響き渡る。


「はい![風弾]![風弾]!」


 私はみさに対して雑な返事を返すと、未だ絡み合っているラチマ達に対して風弾を撃ち込み、更に更に遠くへと弾き飛ばした。

 そして、私が振り返ると同時に、みさに蹴り飛ばされた短剣が、私の足元に滑り込んできた。

 私はその場に倒れ込む様にみさに向かって走りながら、足元の短剣を左手で掬い上げる様に掴み取り、そのままみさの横を走り抜けると状況を伝えた。


「まだ2体!」


「最高!」


 同時に、巾着を持たずに突貫する私の姿を見た彼らは、端的にやり取りを済ませる。


「手前は俺1人。バッグ持ち優先だ!」


 その言葉に頷く前方の2人。彼らは私を避ける為に予め、通路の端に身体を寄せる。

 その隙間を狙い、私は右手に持った木剣を後方の1人に投擲する。

 それを合図に、戦いの火蓋が落とされた。


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