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「思ってたよりも人多かったね」


「お陰でサクサク進めたからヨシ!ただ……こっからは人が少なそうだから、気を付けないと駄目だよ」


 洞窟内は狭い事に加え、分かれ道はあるものの実質的な一本道なので、地上よりもプレイヤー達が多かった。そのお陰で、モンスターとの戦闘は殆ど回避でき、通り過ぎる為に気絶だけさせて放置しても、他の者達のお陰で経験値も手に入り、巾着も重くなる。

 何より、フロア通路までの道のりが、バケツリレーの様に洞窟内に伝達しており、探す手間が省けたのも大きかった。

 とはいえ、それはb2までの話。全員が全員、ダンジョン踏破が目的では無いのか、単純にモンスターに梃子摺っているのか。足踏みしているプレイヤーが多く、b3に辿り着いた頃には、プレイヤーの数が目に見えて減っていた。


 だが、有難い事もある。それは、b2には無かった光源。

 洞窟の壁面には、アモルファスに出会った場所に生えていた光る苔がびっしりと生い茂っていた。

 今の時間帯だと、この場所の方が地上よりも断然明るい。松明すら不要な程だ。


「ちぃ、分かってると思うけど、人に喧嘩売るのは無しだから」


「分かってるよ!」


「モンスターも、基本無視して行くから。一応私、前回b3まで行ったんだけど、割とモンスターは無視出来る感じだったから」


「へぇー。なら余裕だね」


「序盤だからね。動きさえ慣れてれば余裕だよ!」


 今までと違いあまり声が反響しないのは、苔が原因だろうか。音だけ聞いていると、室内にいる様な感覚になる。

 それでなのか、戦闘音も聞こえてこない。単純に、近くにプレイヤーが居ないだけの可能性もあるが。


「松明消しちゃってもいいよね?」


「いいよ」


「……あ、どうやって消すの?」


 聞いたはいいものの、松明の炎の消し方が分からず、無言で振り回して消えない事を確認すると、みさに助けを求める。

 すると、みさは無言で右手の平を松明に向け口を開いた。


「[水球]」


「おわっ!」


 こちらに向かって飛来する水球に、思わず声を上げて避けてしまった。

 水球は苔の生えた壁に当たると大きな水音を立て、軽く水飛沫を上げながら吸収される。


「なんで避けるのさ」


「いきなり魔法飛ばされたら、誰だって避けるよ!」


「だって、消す方法それ位しかないもん」


「もん、じゃないよ。……まぁいいや、もっかいやって〜」


「ほい[水球]」


 松明の炎を消してもらう為に、私はみさの足元に向けて松明の先端を翳す。

 みさはそこへ再び右手を翳すと呪文を唱え、水球を発射して炎を消した。


「んじゃ行こっか」


「ほーい」


 地下3階。少し探索して分かった事だが、出現するモンスターは地下2階と変化は無く、道幅は広い。長物を扱う事は少し慣れが必要だが、剣程度であれば十分振り回せるだろう。

 ただ、足元に僅かに生える苔の所為か地面が滑りやすい。戦闘中は足元に気を配らなければいけないが、気を取られない様にしなければならない。

 視界が良い分、戦闘面では難易度が上がったと言える。おまけに、片手に松明を持っている所為で動き辛い。b2までは問題無かったのだが、やはり早めに、滑りやすい足元に慣れる必要がある。


「ちょっと……てか、かなり走り辛い。松明が邪魔すぎる……」


「大きくてバッグに入らないもんね、それ。地味に重いし。確か……ちぃが前回落ちた場所ってb4だったよね?あの感じなら、b4も松明は必要無いんじゃ無いかな」


「確かに。あそこも結構明るかったからなぁ」


「捨てちゃっても良いんじゃない?どうせ耐久値的にも、次潜る時には新しいのが欲しいだろうから」


 そういう物なのかと思い、松明の耐久値を確認してみる。すると、いつの間にか耐久値が4分の1を下回っていた。奪った時の耐久値を確認していないので、私が使用してからどれ位減っているのか分からないが、何にしてもみさの言う通り、新しい物を用意した方が良いだろう。


「全然耐久値無いし、捨ててもいいかも。そこら辺に置いておいて大丈夫かな?」


「邪魔にならないから大丈夫でしょ。どうせ、数時間後には勝手に消滅するし」


「そっか。なら捨てちゃおっと」


 この場に捨て置いても問題ないという事で、私は壁際に向かうと、通行人の邪魔にならない様に逆さ向きで壁面に立て掛けた。


「あ、忘れてた。ちょっと待ってね……」


 走り出してすぐ、みさはそう言うと、何故か来た道を戻り始め、松明の元まで駆けて行く。そして、画面操作を始めたと思うと徐に松明を手に取り──


「えいっ」


地面を視点にして松明を踏み抜き、真っ二つにへし折ってしまった。


「え?!なんで?!」


 やはりその場に放置は拙かったのかと、みさの奇行に声を上げる。

 だが、その考えとは裏腹に、みさはへし折った持ち手部分を地面に投げ捨てると、画面操作を済ませ、地面に落ちた先端部分を拾い上げる。


「え……っと?」


「あぁ、ごめんね!“これ”が欲しくてさ!ほら、案外手に入り辛いじゃん?」


 そう言って指差したのは、炭化した先端部分。要は“木炭”だ。

 松明といえば聞こえはいいが、木の棒の先端に樹皮を束ねて括り付けただけの物。木を燃やしたのだから、木炭が手に入るのは当たり前だ。

 だが、松明というアイテムである以上、破壊すれば消滅するはず……。


「なんで壊れたのに残ってるの?しかも別のアイテムっぽいし」


「なんでって、生産だよ。一昨日やったでしょ?こうやって、壊してバラして、別のアイテムにも出来るんだよ。……態々生産を挟まないと出来ないけど」


「あぁ、生産かぁ。そう言えば、耐久値が減っても消滅しないって言ってたね」


「そういう事。……じゃあ行こっか!」


 説明を終えたみさは、巾着に木炭を仕舞いながら私の先頭に立ち、走り出した。

 後を追う様に私もその場から駆け出し、b3の探索が始まった。


 出会うモンスターは蝙蝠型のブラート。そして、蛙型のフロート。後は鼠型のラチマだ。

 ブラートは基本天井にぶら下がっており、その道を通ると滑空攻撃を仕掛けてくるのだが、走り抜ける事で戦闘自体は回避可能。

 フロートに関しては基本広間にしか居らず、近寄らなければ敵対する事は無い様子。


 だが、ラチマはそれらを帳消しにする程厄介な存在だった。

 基本群で行動し、こちらを視界に捉え次第、問答無用で襲い掛かってくる。

 それに加えて更に、ある程度体力を削ると、相打ち覚悟で特攻を仕掛ける様になるという仕様付き。


「ちぃごめん!1体そっち行った!」


「大丈夫!」


 蹴って潰して。連撃高火力を叩き出せる手練のみさでも、1人では処理しきれない物量。そして──


「あだっ!いつ後ろに……!」


闇討ちや連携を卒なく熟す知性も持っている。


 何より一番厄介なのは、殆どの攻撃に毒や痺れ、口封じの状態異常が付与される事。

 状態異常スタックはいずれも1だけだが、チリも積もればなんとやら。長引けば長引く程不利になるのはこちらだ。


「大丈夫?!」


「もーまんたい!」


 付与された状態異常は飲食不可。1スタック毎に1分間、食事を取れないという状態異常だ。勿論、状態異常中は飲食系の回復アイテムも使えない。

 ラチマの様な雑魚相手であれば大した状態異常では無い。寧ろ、痺れを引いて、状態異常を重ね掛けされる方が余程危険である。

 b2で足踏みしていたプレイヤーが多い訳だ。ゲームに不慣れな者や反射神経が鈍い者、乱戦が苦手な者は、簡単には先に進めない。私達の様に走り抜ければ別だが、未だに初心者ダンジョンを踏破出来ていない者達は基本初心者。そういった考えは頭に無いのだろう。


 そんな事を考えながら私は素早く2体のラチマを斬り捨てると、足元に投げ捨てていた巾着を拾い上げ、急いでみさの元に駆け寄った。


「こがまるは大丈夫?」


「何とか!だけど、足だけで戦うのはキツイね……」


 そう言ってヘラヘラと笑みを浮かべると、右足を浮かせて左右に揺らして見せる。


「何で足だけ?」


 疑問を投げかけながら、上げられたみさの膝をペチペチと叩くと、足を下ろして眉間に皺を寄せながら口をへの字に曲げる。


「素手で触ると、毒か飲食不可を喰らうんだよ。序盤における素手の天敵だね。……次が来ない内に早く行こ!」


 みさは自分の巾着を拾い上げると、周囲を何度か見回し、再び走り出す。


 それから数分後、再びラチマとの戦闘になり、そこから更に数分後、3度目の戦闘を終えて、やっとの思いでセーフティエリアを見つけると、急いでそこに逃げ込んだ。


「ふぅ〜!きっつ!あ、どもども〜。お邪魔しま〜す!」


 セーフティエリアには先客がおり、みさは彼らに挨拶を送ると入ってすぐのエリア際に腰を下ろした。

 私も彼らに無言で頭を下げ、みさの隣へ腰を下ろす。


「ん?あぁ、どうも」


 彼らは私達に興味が無いのか、虚空に向かって手先と視線を向けながら軽く返事を返すだけ──だった。


「あのネズミ達、ほんっとキツイわぁ……。結構ちぃに任せる感じになっちゃってごめんね?」


 みさが私の名前を呼んだ瞬間、こちらに背を向けて座っている男の背中が伸びる。

 私もみさもそれに気付くが、その事を悟られない様に普段通りの会話を続けた。


「謝る事ないよ。なんなら、半分以上任せてごめんって感じ」


「それこそ謝らないでよ!私が好きでやってるんだからさ!てか、経験値的にも私が得しちゃってる感じだし……」


「それは気にしてないからいいけど。寧ろ姫プ最高って感じ」


「へぇ〜……!だって視聴者!ちぃに会ったら姫プしてあげると好感度上がるよ!」


「そうだぞー。なんなら貢物もありだぞー」


 視聴者に対して語り掛けるが、私達の意識はコメント欄に向いていない。


 何度も送られる視線。落ち着きの無い背中。不敵な横顔。

 それに対し、私は彼らを見て首を傾げる。それが、ごく自然な反応だからだ。

 寧ろここで、彼らの視線や仕草に対して無反応な方が、違和感があるだろう。みさもその事を分かっているのか、先程からこちらに視線を送る男に向かって話しかける


「あ、ごめんね〜!私達、今配信中なんです!映らない様にはしてるから、安心してください!」


「ぁ……。いや、お、気にしてない……です」


 明らかに挙動不審な男の返事に、みさは普段通りの笑顔を返すと、巾着を開いて画面操作を始めた。

 このタイミングでアイテム整理は無いだろう。そう考えていると、すぐにゲーム内チャットに新たな文が現れる。相手は勿論こがらしまるだ。


『絶対狙われてるでしょ。ちぃ有名人じゃん』


 何を言っているのだとみさを睨む。するとみさは、普段通りのニコニコとした顔を浮かべながら別の話をする。


「ちぃもバッグ整理しときなよ?まぁ、3つもあれば必要無いかもだけど……。アイテムの確認はした方がいいよ」


 要は、“お前もチャットしろ”。という事だろう。正直、私から話す事は何も無いのだが、みさは私から何を聞きたいのだろうか。


『喧嘩なら買いますよ』


『冗談だよ!でもどうする?』


『何が?』


『簡単に逃げれるとは思えないからさ』


 彼らから逃げるだけであれば、相手の武器構成を見る限り難しい事では無い。

 だが、問題はラチマだ。逃げている最中に前方から現れれば、私達が一気に不利になる。下手すると、一方的に2人やられて終わり。なんて可能性もある。

 逆に、ラチマが彼らを狙ってくれれば、割と安全に逃げることが出来るだろう。


「そいえばさ、コンビニ限定の期間限定新作イチゴタルトアイスって食べた?」


「ううん、初耳」


「私もSNSで見ただけで、まだ食べてないんだよね〜。視聴者で食べた人いる?感想聞かせてよ!絶対美味しいのは分かってるけど」


『剣3人なら殺せそう。魔法にもよるけど』


 雑談を交えながらチャットを送ると、みさはクスリと笑いながらチャットを返してきた。


『ちぃは血の気が多すぎ!ちぃだけ逃した方が安全じゃない?』


『それはやだ。安全なのは分かるけど』


『我儘だな〜!』


 それを最後に、少しの間チャットが途切れる。

 我儘なのは理解しているし、私だけ逃げて後で合流も安全な事も理解している。だが、2人でも生き残りながら逃げ切る事が厳しい状況の中、みさだけを置いて行くわけにもいかない。それなら、2人で迎撃した方が生存確率は高いだろう。

 みさはコメントに返事をしながら、たまに視線を虚空へ逸らす。みさもみさで、何が一番生存確率が高いか考えているのだろう。


「じゃあ、もうちょっとしたら行こっか!」


「え?……分かった」


 策はいいのかと疑問に思いながらもみさの言葉に頷くと、間髪入れずにチャットが送られてきた。


(まぁ、これが無難だよね……)


 みさの案に同意するチャットを送ると、それを合図に私達はセーフティエリアから移動を開始した。


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