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ダンジョン内は、以前訪れた時よりも不気味で神秘的な雰囲気を醸し出しており、何処からか猛禽類の長く太い鳴き声が聞こえてくる。
いくら衛星の返照が強いといえど、木々の生い茂る森の中。地図に記された道から一歩でも外れれば、松明無しで進む事は不可能だろう。
逆に、道を進む者達を待ち伏せするのには適している。自然の闇に気配を消し、一方的に視認する事が出来るのだから。
「夜の方が動き易いかも」
勿論、盗賊プレイをするならの話だ。
「そんな事ないよ。森の中の探索は実質不可能だもん。小さなアイテムとか、草陰に隠れたモンスターとか、見つけるの難しいから」
「あ……ごめん。そうだよね」
みさにとっては……というより、殆どのプレイヤーが私とは正反対の意見を述べる事は自覚している。それに私も、素材集めの探索を行うのであれば、断然昼を選ぶ。
「ちぃの言ってる動き易いの意味が違う事は、最初から理解しているけどね。だから、私達も他プレイヤーの奇襲を警戒しないと駄目だよ。まぁ、走って次フロアに行けばこっちのもんだけど」
人差し指を振りながら私に注意喚起をすると、両手を顔の横で広げてニヤリと笑った。
「地下は隠れられる場所少ないからね」
「そう言う事〜!」
私の返事に笑顔で返すと、みさは初期セーフティエリアから走り出した。
それを見て、私も慌ててみさの後を追いかける様に走り出す。
休日の昼間だからか、周囲は人気が多い。同時にダンジョンに潜入したプレイヤーも複数人居るくらいだ。
この状況では、他のプレイヤーを襲う方が難しそうだ。下手をすれば、その場にいる全員から敵対されるのだから。
そう考えると、今の時間帯は洞窟内の方が危険だろう。長物が扱えない、天井の低い一本道。明かりではどうすることも出来ない、避けられない死角。そして何より、一方的に地理を理解して立ち回られる事になるのが危険だ。
決行するなら、人が少ないであろうb3やb4。最終フロアの形状を知らないのでb5は一旦除外するとして、警戒するならその2つのフロアだ。
「こがまる〜」
「何〜?」
前方を走るみさに向かって呼び掛けると、気の抜けた返事が返ってくる。
「今警戒するより、b3やb4に行った時の方が警戒した方が良いと思う〜」
「根拠〜」
「私ならそうする〜。地下なら、視界から外れるのも難しくないから〜」
みさならそう聞き返すと思い、予め考えていた回答を返す。
「あ〜、確かに。ここの地下、曲がり角の向こうのセーフティポイントが確認出来ないから、予めそこまで逃げる算段をつけられてたら終わるかぁ……」
すると、みさは独り言の様な返事をすると、私の考えていなかった危険性を呟いた。
「それは頭に無かった」
私がそう言うと、みさは走るペースを落として私に並び、ニコニコと笑みを浮かべながら話し始めた。
「私も、ちぃの考えは頭に無かった。やっぱ、ちぃは対人戦向いてるよ。ゲリラ戦とか……野戦とか。得意そうだもん」
「野盗狩りが好きなだけで、対人戦は嫌いだってば」
「私はやって欲しいんだけどね。FPS系のゲームとか特に。配信でやりたくない気持ちも分かるけどさ」
「なら言わないでよ。それにさ、この話題に私の視聴者達が乗って来ない時点で、需要が無いんだよ。後、単純にこがまるが脳筋なだけだから。私が思いつく事なんて、視聴者達も気付いてる事だもん」
「そうかな?でも、思い付いたとしても、思い付くのが早いのは事実でしょ?だから、ゲリラ戦が得意そうだって言ったの」
「無理無理。いざって時にパニクっちゃうから」
「じゃあ駄目かぁ〜」
みさは潔い笑い声を上げると、足の速度を早めて先程と同じ距離まで離れてしまう。
「少しはフォローしてよ!」
その遠ざかる背中に向かって、私は声を張り上げながら頬を膨らませた。
そんなやり取りを交わしながら、モンスターと戦闘中のプレイヤー達の隣を走り続ける事数分。木々の奥に浮かぶ複数の灯りを見つけ、みさはその方向へと進路を変えた。
「え、あ。松明どうする?」
「着けていいよ」
「[火生成]」
みさから許可を得たので、松明の先端に左手を翳して魔法で着火する。これで森の中でも、ある程度は不自由なく動けるだろう。
だが、灯りを持った私の前を歩くみさは、そうでは無いだろう。前方は自分の影で碌に認識する事が出来ず、視界を暗闇に慣れさせる事も出来ないのだから。
ゲーム内で暗闇に目が慣れる。という概念があるかは置いておいても、周囲の者達にとって、みさは格好の的になる。だがそれは、みさ自身も気付いている事だ。
「代わるよ?」
「大丈夫!戦闘にはならなさそうだから!」
何故そう言い切れるのかと疑問に思いながら、みさの背後から前方を覗き見る。
そこには、複数のプレイヤー達とモンスター。そして、前回地上で1度だけ目にした、盛り上がった地面と、その割れ目。
「フロア通路!」
私の声に、みさは頷く。
「その通り!このままあの人達の間を走り抜けちゃうよ!」
「がってん!」
私達はそのまま木々の隙間を縫ってプレイヤー達の側面に回り込むと、勢い良く飛び出して洞窟の入り口へ一直線に向かう。
プレイヤーの数は6人。戦っているモンスターは、キャビィが3体にムーコが1体。そして、フクロウ型のモンスターが数体、空から滑空攻撃を仕掛けている。
フクロウの攻撃を警戒してか、キャビィ達の処理に梃子摺っているものの、着実に処理を熟し、私達の存在も意識しながら立ち回っている。
それが出来ているのは、陣形の中心で指揮をとっているエルフの男のお陰だろう。
彼は恐らく、私達が森に入り松明の灯りを着けた時から、私達の動向を窺っていたのだ。でなければ、ここまで冷静にいられる筈はない。
「通るだけ!」
みさは、敵意が無く、ただ横を通るだけだと、エルフの男に向かって叫ぶが、エルフの男は言葉を聞く前に、自分の仲間に合図を送る。
「もちた!ソイツをこっちに飛ばせ!」
「あい……よっ!」
合図を貰った大剣使いの男は、自身に突進してきたキャビィを軽く躱し、エルフの男に向かってキャビィの腹部を蹴り飛ばす。
「ちぃ、駄目だよ!」
頬の両端を吊り上げながら、私は左手をムーコと交戦中の短剣使いの女に翳す。だが、私の動きを背中越しで察したみさに止められる。
「ちっ」
私の舌打ちと同時に、エルフの男が右手を私達に向ける。その拳の中には、枝の様な杖が握られている。
「[風弾]」
男の口から呪文が発せられた瞬間。彼の杖と蹴り飛ばされたキャビィが重なり合い、発動した魔法は即座に消滅する。
キャビィから発せられた、細く高い空気の漏れる音と共に、みさはその場に足を止めた。私もそれに合わせて、みさの背後に収まる様に足を止める。
風弾のノックバック距離は3メートル。それより離れた距離に足を止めてしまえば、コチラにモンスターが飛んでくる事はない。
キャビィは相当なダメージを負ったのか、地面に上手く着地する事が出来ずに、吹き飛ばされた勢いのまま地面を転がる。
キャビィにとっては残念な事に、転がった先には私達……みさが佇んでいた。それに気が付いて、咄嗟に体勢を整えて立ち上がった瞬間、みさに首の根本を掴まれると抵抗虚しく持ち上げられ──
「ちぃ、これ飛ばして!」
空中に向かって投げ飛ばされた。
「どこに!?」
「空に!」
「え!?──[風弾]!」
何故空に飛ばすのかという疑問を飲み込み、みさに言われるがまま、宙に浮かぶキャビィに向かって風弾を放ち、更に空高く打ち上げる
それをスタートの合図にして、みさは再び洞窟の入り口に向かって走り出した。
訳が分からないと思いながらも、打ち上げられたキャビィから視線を外して走り出そうとしたその時。衛星の一筋の黒い影が射し、空にいたキャビィの姿が赤いエフェクトになって消えてしまった。
巾着の重さは変わっておらず、周囲にドロップ品も見られない。だが、長々と確認する訳にもいかず、私は周囲を一瞥して即座に走り出す。
みさの方が先に走り出した事もあり、みさはキャビィと戦っている者の横を通り過ぎ、先に入り口まで辿り着く。
私も横を通り抜けよう。そう思い、キャビィに向かって走り続けていると、私の気配を感じて挟み撃ちをされると考えたのか、キャビィは戦っているプレイヤーから背を向けると、私に向かって飛び跳ねてきた。
「──ちょ!」
私は咄嗟に腰から短剣を引き抜き、跳び蹴りの構えを取るキャビィの両足の間に滑り込ませながら斬り上げる。
大したダメージになっていないのか、はたまた無傷だったのか。キャビィは消滅する事なく空中で回転する。
キャビィと戦っていた別のエルフの男は、私の事をただ黙って見つめている。であれば、有り難く横を通らせてもらうとしよう。
「あ、獲物奪ってごめんなさい。……事故なんで」
「え、あ、はい」
念の為、通り過ぎる時に謝罪の言葉を述べておく。後日、獲物を取られたと騒がれるのを避ける為だ。
私が謝罪を終えた頃には、宙に舞ったキャビィは地面に落ち、残り僅かだった体力を散らして消滅し、巾着が重みを増す。
ステッキ使いのエルフは私達に敵意が無い事を理解したのか、背後から追撃してくる様な事は無かった。
「──何とか戦わずに済んだね。……ちぃ、このダンジョンを踏破するまで対人禁止ね!」
洞窟入ってすぐの坂を降り、b1に到達した途端。みさは私に振り返って強い口調でそう命令してきた。
「え〜」
「え〜じゃ無い!ここクリアしたら、組合で倉庫機能が開放されるの!ベータの時と同じか昨日調べた事だから、あんまり言いたくなかったんだけど、それ以上にアイテムロストしたくないでしょ?今のちぃ、めっちゃレアなアイテム持ってんだから」
「レア?……あぁ、死体持ってたっけ──」
確かに、NPCの死体……特に、ミイラ化した物は珍しいだろう。普通のダンジョン攻略ではまず手に入る事は無い物なのだから。
そう思って口にしたが、どうやらそちらでは無いらしく。みさは声を荒げて訂正する。
「アモルファスの素材の方!今日の情報は無いけど、アプデ前の時点ではちぃしか持ってないアイテムなんだよ?その事を知ってる人がちぃを見つけたら、殺してでも手に入れようとするかもだからね?」
「こっわ!え、じゃあ早く走り抜けようよ!そんな言われたら絶対ロストしたく無いもん!」
物騒な言葉に、私は3つの巾着を抱きしめると、通路の先を指差した。
「でしょ?だから、反感を買う対人戦……特に盗みや横取りは絶対禁止だから!」
ダンジョン踏破で倉庫が開放。であれば、みさの言う通り、対人戦は避けるべきだ。ましてや、自分から喧嘩を売る様な事は絶対に。
「了解しました隊長!」
巾着を肩に掛け直し、背筋を伸ばして敬礼すると、みさは満足げに頷いた。
「よし!じゃあこの調子で、最終フロアまで走り抜けるよ!」
「「お〜!」」




