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 食事に水分補給と、長時間耐久の為の準備を整え、自室に戻る。そして、配信30分前になるとADを耳から外して、座椅子に座ったままゲームギアを頭に装着した。


 ゲーム内に入ると、前回ログアウトした場所と同じ景色が目の前に広がる。だが、辺りは演劇の開演前の様に暗く、黒紫色の空には数々の星と大きな衛星が浮かんでいた。


「夜……?このゲームに昼夜の概念ってあったんだ」


 拠点の至る所には三脚の松明が立てられており、テントによっては入り口に角灯が吊るされている。そのお陰もあって、周囲の視界は問題無く保たれているが、それらの明かりが無くても、大きな衛星の返照だけでも十分明るそうだ。


 広場の方に視線を送ると青白い光の残像が乱立しており、数多くのプレイヤー達がスポーンしては何処かに移動している。その光景は現実ではあり得ない幻想的な物で、ほんの少しだけ見惚れてしまう位には綺麗だった。


「夜の雰囲気の方が好きかも。夜の静けさ……ってのは皆無だけど」


 何気なく空を見上げる。VR内の星空はいつ見ても綺麗だが、ヘキグラの星空は他の物と比べて特に綺麗だ。雰囲気に流されてそう見えるだけの可能性もあるが、少なくとも現実の夜空よりかはずっとずっと。


「……ん?ゲーム内チャット?あぁ、こがまるからか。ええと──って、おーいこっちこっち!」


 視野画面の左下に突如ポップするチャット欄。よく見ると、それはみさからの個人チャットだった。内容は、私の居場所を尋ねる物。それに応えようとチャット欄に触れようとしたその時、正面にある組合テントの前を横切るみさを偶然見つけ、私は声を上げながら自分の存在をアピールする様に、右手を上げながら左右に大きく振る。


 私の声に反応してみさは辺りを見回す素振りを見せる。そして、手を振る私を見つけた瞬間


「お!ちぃ〜!」


と大きな声で私の名前を呼びながら、負けじと両手を上げて激しく振って見せると、そのまま走って私に近付き飛び付いてきた。


「とわぁ〜!」


「うぉっと。……なんでゲーム内チャット?」


「何となく!」


 背中に手を回して軽く叩きながらそう聞くと、みさは顔だけ私から話して笑いながらそう答えた。

 少しして満足したのか、みさは私から離れると広場の方を眺め始める。逆に私は、視界内に警告画面が出なかった事に胸を撫で下ろしてみさを見つめる。


「何見てるの?」


「他の人の装備や持ち物。今日と明日はガッツリ進めるつもりだから、周囲の進み具合を確認しとこって」


「ふーん」


 みさの視線に釣られて、私も再び広場を眺める。

 先程は気にしていなかったが、広場を歩くプレイヤーの中の多くは片手に松明を握っている。松明を持っていない人の殆どは、両手武器を背負ったプレイヤー。それ以外は立ち居振る舞い的に、右も左も分からない初心者だろう。私も一応松明を所持しているが、他のプレイヤーの松明を見る限り、私の松明は比較的大きい様だ。

 出来れば、多くのプレイヤーが持っている持ち手の短いアイスクリームの様な松明が良いのだが、この様子だとあるだけマシと言える。


「そやさ、ヘキグラって昼夜の概念があったんだね。ログインした時びっくりしたよ」


「あれ?言ってた気がするけど」


「そう?ちゃんと聞いてなかったかも」


「まぁ、対して説明する事もないけど。ダンジョン内のモンスターの分布が少し変わったり……後は見た通り。地上でも松明が必要になる位だね」


「ふーん。確かに、序盤は気にする必要無いかも」


 夜の説明を聞き、対して気にする必要はないと再び広場に視線を移すと、松明の灯りがプレイヤーの装備する武器に反射して一瞬だけ目が眩む。


「んむぁ。……あ、私も金属の短剣拾ったんだよね。錆びてるし刃毀れもしてるけど。生産で修理とか出来るの?ほら」


 私は短剣を巾着から取り出すと、みさにそれを見せる。


「出来ると思うよ。素材や生産用の道具があればだけど」


 みさは私の手にある短剣を一瞥しながらそう答えると、画面操作を始めた。


「そうなんだ。あ、こっちの方が性能良いし、木剣と入れ替えようかな」


「両方装備しとけば?短剣の重量ってボーナスで軽減されるでしょ」


「え、そうなんだ。なら装備しとこ」


 私は木剣を巾着に仕舞うのをやめると、使い古された短剣を腰の後ろに、木剣を左腰に装着する。

 2つの短剣は、腰に装着した瞬間に重さを失い、ベルトが下がる様な雰囲気も無い。

 重心を確かめる為に、その場で回ったり軽く飛び退いたりと動いてみるが、何も装着してない時と大差ない感覚で動く事が出来る。

 ほんの僅かに後ろに重心が偏っている感覚があるが、これは尻尾の所為で、腰の短剣の所為では無いだろう。


「手に持ってた時は丁度良い重さがあったのに。不思議」


「振り易いようにアシストが入ってるんだと思うよ。武器自体の重量を軽くすれば別だけど」


「へぇ。私的には武器の重さが無い方が嬉しいけど……。まぁいっか。バッグの容量も空いたし」


 金属の短剣に鞘が無い事が気になるが、気にした所でどうする事も出来ない。抜剣や納剣時にベルトの耐久値が減らなければ良いのだが……。それ以前に、胸当てとブーツ以外の衣服に耐久値の概念があるのだろうか。


「二刀流かぁ……。ちぃって、現実だと全然運動出来ないけど、何でフルダイブ内だとそんなに動けるの?今更だけどさ」


 最終的には裸になるのか?と、馬鹿な事を考えながら首を捻る私に、みさは腰に差した短剣を見ながら疑問を投げかけてくる。


「さぁ……。頭の中の動きと実際の動きが合わないから?」


 首を傾げる私を見て、みさは呆れた様に肩を落とす。


「いや、聞かれても……。でもそっかぁ。体育でみさが急に動く時、ほぼ必ず転けそうになるのってそれが理由なのかな」


 明後日の方を向きながら、何か納得する様に頷く。


「さぁ。単純に体力ないだけかも」


 そう締めると、私の方に向き直って話を続けた。


「でもさ、そんな動けるなら、フルダイブゲームの配信とかやったら良いじゃん。私がやってる格ゲーとか」


「対人ゲーは無理。視聴者層に合ってないし、やり始めたらキリが無いじゃん」


「まぁ……血の気の多いコメントも増えるから、ちぃの配信には不向きかぁ〜。じゃあさ、今度ヘキグラ内で手合わせしようよ」


 私が提案を断ると、みさが新たな提案を持ち出した。その提案は私にとって願ってもない物であり、とても心弾む内容だった。

 だが、感情を表に出す事無く不敵な笑みを浮かべると、宣戦布告を告げる為に口を開く。


「え、私は今でも良いけ──」


「倉庫無いから駄目!下手すると横槍入って2人共アイテムロストする可能性あるから」


 だが、それも途中でみさの否定の言葉に遮られてしまった。

 みさが断る理由も尤もだ。実際、私が他者としてその場に居合わせたら、間違いなく漁夫の利を狙って襲い掛かるだろう。


「あ〜……。じゃあ今度。約束ね」


 あれだけ調子に乗っては何だが、みさと戦った場合間違い無く私が負ける。合意であれ、戦闘後のみさに迷惑を掛けるのは嫌だ。


「その時は配信でやろうね!絶対盛り上がるから!……なんなら、視聴者参加型にしても面白そうかも……!」


「それは1人の時にやりなよ」


「ちぇ、コミュ症」


「はい禁句。ボコボコにしてやんよ!」


 顔を逸らしながら口を尖らせて言ってはならない事を言ったみさに向かって、私は無い袖を捲りながら腰の短剣に手を伸ばす。


「冗談だって!……あ!抜剣は駄目!衛兵来ちゃうから!」


 その仕草を横目で見ていたみさは、慌てて両手を私に伸ばして大声で制止する。


「あ、そうなんだ。あっぶなぁ……」


 その内容に、私は僅かに頬を引き攣らせながら徐に短剣の柄から手を外した。


「もう……。そろそろ配信の準備したら?私はもう済んでるから」


 首を程よい角度に傾けながら、腰に両手を置いて溜息を吐く。あざと可愛いその仕草は、普段の彼女の口調からは考えられない素の仕草だ。


「そうする。まぁ、私も事前にある程度済ませてるけど……確認はしないとね」


 女の子らしくて羨ましいと心の奥で思いながら、私はみさの言葉に従って自分の配信画面を開いて、いつでも配信が出来るか確認を済ませる。


「おっけ。いつでも配信出来るよ」


「りょ〜かい!……じゃあ、もう少ししたら配信始めよっか。場所は……別にここでも良いね。人通りも少ないし」


 数分後。配信の時間が訪れると、私とみさは顔を合わせて頷き合い、同時に配信を開始した。


「皆〜!おはこがぁ!ヘキグラ配信2日目!メンテ明けて初めての探索だよぉ〜!告知してた通り今日もコラボ!相手は勿論ちぃちゃんでぇす!」


「んやぁ〜。今日はいい天気だね〜」


「うぅん、腑抜けてるねぇ。住んでる場所にもよるでしょ。はいおはこが〜!そうなんだ〜、今はヘキグラは夜なの。サムネとタイトルにもある通り、今日は木漏れ日の洞窟を踏破します!前回と違って、ささっと駆け足で攻略していくよ。私の視聴者は割と見慣れた光景になっちゃうね」


「駆け足かぁ……。スタミナ保つの?」


「途中、どうせアイテム整理で止まるでしょ?それで回復するからある程度はね。階層も浅いから」


「そなんだ。なら大丈夫そうだね」


「うん。んで、踏破後は別々で配信するよ〜。私は〜、次のダンジョンの様子見と生産しようと思ってるけど、ちぃは?」


「私は遺品漁りしようかなって。ほら、チュートリアルで遺品スポットから装備が手に入ったでしょ?良い装備とか手に入るかもだから」


 と、言うのは建前だ。勿論、遺品が見つかれば儲け物だが、実際は窃盗目的。

 先程広場を眺めていた時、大体のプレイヤーの装備や立ち居振る舞いを確認して、獲物の目星を付けていた。

 絡んで良い者。隙を突かなければいけない者。絡んではいけない者。だが、ただの目星。実際に狙える獲物はごく僅かだろう。


「んふふ……」


「遺品って中々見つからないよ?走り回れば別だけど。……初心者狩りは駄目だよ?」


 人差し指で頬を触りながら考え事をするみさは、私の微笑に気付いて振り向くと、顔を伏せて上目遣いになりながら強く睨み付けてくる。


「わ、私も初心者──はい。やりません。初心者は狩りません」


 言い訳ではない事実を口にした瞬間、みさの眼光が更に強まる。

 私は慌てて背筋を伸ばし、初心者狩りはしないと宣言した。

 それに満足したのか、みさは顔を上げて腰に両手を置くと、明るい声を上げた。


「うん!よろしい!じゃあ、準備はもう済ませてあるから……早速しゅぱ〜つ!」


「お、お〜」


 そうして、私達は1日ぶりに木漏れ日の洞窟に足を運んだ。


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