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「くぅっ──ふぁぁ〜……。……なんか、途中怖い夢見た気がする……」
昨日、ホラーゲーム配信をしていたからだろうか、心地良い朝の日差しと太陽の匂いに混じり、背筋に張り付く暗く冷たい感触が目覚めたばかりの脳に刺激を送る。
パジャマ越しに背中に触れると、想像以上に寝汗で濡れており、生温かかったそれも布団から出た途端、冷房によって冷たく冷やされる。
「ひやぁ〜……冷たくて気持ちいいけど寝汗なんだよなぁ〜。体拭いて着替えるか」
ペタペタと、何度か背中を叩く様に触れ、夏の暑さに火照る体が冷めていく感覚に頬を緩めながらも、湿った手のひらに僅かな不快感を覚えて洗面所に向かい、早めに着替えを済ませる。
体を拭いたタオルとパジャマを洗濯機へ放り込み、軽く身なりを整えてから廊下に出ると、下の階からママの声が聞こえてきた。どうやら、朝早くから客が来た様だ。
休日とはいえ朝からスイーツを買いに来るとは、とんだ甘い物好きがいた物だ。と、思い当たる人の顔を思い浮かべながら苦笑いを浮かべる。
「はは……。いやでも……流石に奥さんが止めるよなぁ」
そう呟きながら、態々顔を見せる必要も無いとそのまま自分の部屋に戻った。
部屋に入り、半開きだったカーテンを開け直すと、サイドテーブルに置かれたADを手に取り装着して、座椅子へ腰を下ろす。掛け布団が捲れ上がった状態で放置しているのは寝汗を乾かす為で、決して綺麗に直すのが面倒な訳ではない。
「みさはまだ寝てるのかな?メッセもチャットも無いし……」
昨日の帰り際、みさとは結局話す事が出来なかった。何故か昨日は取り巻きがかなりしつこくみさを独占しており、みさ自身も困っている様子で、メッセージでも愚痴をこぼしていた。
その際、昼休みに声を掛けてきた彼女……〈関口マヤ〉の伝言の話も上がったが、チャットで話したいと言われ、日付が回って今日に至る。
みさは放課後の用事の後に配信。私も昨日は遅くまで配信していたと言うこともあり、結局チャットを繋ぐ時間が合わなかった。
今日はみさとヘキグラ配信をする予定だったので、その前に話せば良いと考えていた。みさも恐らく同じ考えだったのだろう。要は、関口マヤの用事は急を要する物では無かったという事。未だに、昨日の昼食のやり取りは無駄だったと感じている。
時刻は午前10時前。下に行けば、軽い食事もあるだろうが、今は大してお腹は空いていない。ヘキグラをやりたい所だが、時間的にもそろそろみさが起きてきてもおかしく無い。
配信サイトを開くと昨日の自分の配信を軽く見直す。自身の失言の有無や、視聴者達の反応の確認だ。
「……あんま評判良くないなぁ。……大して声も上げなかったし、作業ゲー感覚で淡々と進めてたからか。……てか普通、ビックリしても叫ばんし。何でよく話題に上がる配信者ってあんな叫んでんだろ……。やっぱ演技なのかな」
因みに、先程着替えの時に気が付いたのだが、昨日驚いた拍子にぶつけた右膝に青痣が出来ていた。その時の配信映像を確認してみると、驚愕の声より先に苦痛の声を漏らしていた。それ以上に、足をぶつけた衝撃音の方が遥かに大きいのはお察しだ。
「やっぱホラゲーはリアクションが大事なのかな。……他の配信者とか、たまには観てみようかな……」
想像以上の不評に、趣味配信とはいえ流石に淡白過ぎたかと反省する。
普段と毛色の違う配信で、且つ流行りのゲーム。ヘキグラでの初見勢も数多く居た昨日のホラゲー配信。古参勢や穏和派コメントのお陰でかなり盛り上がりはしたが、やはり他配信者と比べられて批判される事が目に見えて増えている。
気負うつもりは無いが、そろそろ配信者として色々意識した方が良いのかも知れない。
「……逆に意識し過ぎかな?てか、昨日の配信の事を気にする方が良くないか。普段やらないゲームな訳だし。でもまぁ……ホラゲー配信は辞めよっかな」
やるにしても普通の攻略では無く、数倍速ホラゲー配信などといった攻略に特化した遊び方をするのがいいだろう。それなら、私の普段の配信スタイルにも合っている。
「……どうせやらんだろうけど」
自分の配信画面を閉じ、話題の動画でも観ようかとトレンドの項目を眺めていると、AD画面の端にチャット通知が届いた。
「お、やっと起きたのか。……おは〜」
『おはよ〜!ごめんごめん!めっちゃ寝てたわ!』
チャットを開いて声を掛けた瞬間、AD越しから寝起きとは思えない程元気で張りのある声が聞こえてくる。
「元気過ぎん?寝起きのテンションじゃ無いでしょそれ」
『こんなもんでしょ!ねぇ、配信いつやる?私は今すぐにでもやりたいんだけど!』
私のツッコミに対し、更に声を張って元気アピールをする。私も早くゲームをやりたいが、それよりも先に1つ、済ませておかなければいけない事がある。
「その前に伝言」
関口マヤの伝言だ。
『あ、そだった。……ちょっと待ってね、軽くメモってあるからそれ見るね〜』
みさがそんな大事な事を忘れるとは意外だが、どうやら本当に頭の中から抜けていたらしい。ヘキグラをやりたい気持ちは理解出来るが、約束を忘れる程熱中するのはどうなのか。
『今から言うね。って言ってもかなり短いけど。……ゲーム配信してるでしょ?よかったら一緒に配信しない?って』
「は?コラボって事?」
予想していなかった伝言を聞いて、私は思わず声が裏返る。
『そういう事。昨日の朝に配信の話しててさ。学校帰った後にマヤに私もヘキグラやろうと思ってるって言われてね。んで、ちぃに伝言を頼まれたの』
「へぇ……いやぁ……。えぇ……」
いきなりの事に思考が半分停止してしまい、生理的拒絶が表に出る。
『そういう反応すると思ってた。一応マヤには期待しないでねって言ってあるから、普通に断っても良いよ』
「普通に断りたいけど……」
みさはそう言うが、断った時にみさに迷惑が掛かるのではと頭を過ぎる。
『うん。……あ、因みに。次いでな感じで私もコラボに誘われてるんだよね』
「それ、絶対みさの方が本命でしょ。私と一緒にやるメリット無いんだから」
だが、今の話を聞いて、寧ろ断った方が良いのではないかとすら感じてしまう。彼女と一緒にゲームをした所で誰にもメリットが無い事は、誘ってきた彼女も理解しているだろう。私にとっては、寧ろデメリットにしか感じない。そもそも、視聴者層が違うのだ。話題であれプレイスタイルであれ、全てにおいて噛み合うとは思えない。
『否定はできん!……でもマヤは、口悪いけど普通の子だから、話せば案外仲良くなれるかもよ?』
何となく、みさは私と彼女を会わせたい様に感じる。普段のみさであれば、配信の事を考えて説得する事なく話だけで諦めるだろう。
「ん〜……陰口になるから言いたくないけど、他の取り巻きズが面倒だから関わりたく無いんだよね」
なんにしても、あの人達と関わりたく無い事には変わりない。みさに対して、あの人達の悪口を言うつもりは毛頭ないが、私はみさの取り巻き達を碌な人間だと思っていないのだ。
『まぁ……うん』
最初の元気はどこへ行ったのか。段々と声から張りを失い、小さく萎れていく。
「……ちな、みさはどうして欲しいの?」
『え、どうって?』
「3人でコラボするか、関口さんと2人でやるのか」
みさはしばらく黙り込むと、一言言葉を漏らす。
『……難しいね』
みさの中では、何かしらの葛藤があるのだろう。だからこその、何の意味もない返事。それに対して私が言える事は何もない。何故なら、みさが自分から言わないからだ。
それでも、私の意思を伝えればみさの中では何かしら解決するかも知れない。そう思い、素直に伝言の返事を返した。
「関口さんが私と2人でやりたいって話だったら、私は断るよ。みさを誘う口実で私の名前を出したなら尚更ね。でも、みさが3人でって言うなら、私はやるよ。やりたく無いけど」
本当は、みさにも断って欲しい。独占欲でも洗脳でも無く、単純にみさの為に。だが、みさの個人的な行動や判断に対して口出し出来る程、私には責任を負える力がない。
「……みさ。言わないと手伝えないし、助けられない。短い付き合いでも、私の事はある程度理解してるでしょ?」
『……大丈夫!別に何も困ってないから!』
言うと思った。なんて、言えなかった。
「……なら、この話はおしまいね。配信の話しようよ」
自分でも、自分が卑怯だと思う。逆の立場であれば、同じ様に答えると思いながら、責任から逃れる自分を。
本当に、私と違って人が良い。人が良すぎる。類は友を呼ぶ。なんて言うが、みさと私は正反対だ。──嫌になる位に。
『……そうだね!1時に配信するって告知してるけど、問題無いよね?』
みさはすぐに気持ちを切り替え、声に張りを取り戻してテンションを上げる。
無理をしている様子がない事は、声色を通して理解している。普段通りと見過ごしても問題無いだろう。それにそもそも、みさはあまり物事を引き摺る性格では無い。
「だいじょぶ。私もそう告知してるから」
『ならいいね!ねぇ、それよりさ。見た?メンテ情報!』
「軽く見た。探索エリアの広さは変更しないってのと、それに合わせてダンジョン生成位置の調整をするってやつ。後は、既存のダンジョンの場所は移動しないとか……ダンジョン関係のだけ」
『そこだけ?全然見てないじゃん』
「いや、項目を軽くは見たよ?詳しく見たのがそこら辺ってだけ」
『一応、メニューUIが変わってるらしいよ。新規が多い今の内に、見やすく調整するのは賢いよね』
「あ、それは助かるかも。見辛かったし」
『私は逆に慣れないといけないのがキツそう……まぁいいや!配信前にログインして、アイテムの整理だけ済ませちゃおうよ!タウンの確認とかもした方が配信も楽に進められるだろうし!』
「やしがに。じゃあ後でね」
『うむ!』
チャットが切断された事を確認すると、開いていた他の画面を閉じてADを耳から外す。そして、冷房の温度を確認してからベッドに横たわると、枕元のギアチョーカーを装着してゲームを起動した。




