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 ログアウト後。用意されていた食事を終えると、私は自室に戻りADのメッセージを確認する。案の定、みさからメッセージが届いており、座椅子に腰を下ろしながら内容を確認する。


『ちぃの配信の切り抜きが掲示板に載ってた!アモルファスの戦闘部分!』


 その一文と共に、配信の切り抜きが載せられているであろう掲示板のURLも添付されている。


「だから視聴者が多かったのかぁ。……切り抜きの確認は別に良いや」


 メッセージの返信もする必要は無い。そう考え、メッセージを閉じると、私は学校用のデバイスと付け替え明日の授業の準備を進め、程良く時間が経った頃に眠りに就いた。


 翌日。外は嫌になる程の晴天。元気な蝉の声に呆れながら、熱い陽射しに目を細めつつ学校へ向かう。

 教室に着いたのはいつもの時間。電車組であるみさは、既に自分の席に着いて他のクラスメイトと会話をしていた。

 みさは教室に入ってきた私に気付いて手を振るが、周囲を囲む他の女生徒が自身の身体でその姿を阻む。後に漏れたみさの声も、周囲の活気によって掻き消えてしまった。

 私はそれらの現象に一切反応する事無く、ただ黙々と自分の席まで向かうと、そのまま着席してADを着けて1人の世界に入り込む。


 ヘキグラの公式SNSを覗いてみると、メンテナンス終了時刻は未定と載っている。この調子だと、今日中にメンテが終わる事は無さそうだ。

 その分、拠点の発展段階を少し前倒しするとも発表されている。組合所の混雑具合を見て。との事だが、ベータテストの段階で気付かなかったのだろうか。


(今日の配信は、昨日のお礼雑談で決定かな。他のゲーム……は、単発で短いやつも無いし)


 先日まで配信でプレイしていたゲームも、ヘキグラの配信に移る為に終わらせてしまった。しかも、クリア後の要素を、だ。


「……お、良いのあんじゃん」


 公式SNSを覗いた流れで、SNS上で話題に上がっている単発ゲームを探していると、丁度先日出たばかりのフリーホラーゲームが上がってきた。

 界隈では有名な作者のゲームの様で、有名どころの実況者が挙って配信や実況動画を投稿している。

 配信者的には旬を過ぎたタイミングだが、一応、今も流行りのゲームと言って良いだろう。ただ、数々の配信者を巡回する視聴者からすると、「またコレか」と言われる可能性が高い。有名どころ……特に企業系の配信者を見る視聴者なら、特にそう思うだろう。


「私には関係ないけど」


 ゲーム名は“夜は学校に潜む”。タイトル通り、夜の学校でかくれんぼをするといった、二番煎じもいい所の聞き飽きた内容だ。

 公式ページに飛んでダウンロード方法をみると、ADを使って自宅のPCにダウンロード出来る様なので、今の内にダウンロードを済ませておく。配信のお知らせに関しては、ゲームが起動出来るか確認してからでも遅くは無いだろう。


 そろそろ始業の時間という事で、私用のADを外して学校用の物と付け替えるその時、みさの周囲を囲む女子達と視線が合った。

 先程の独り言が届いていたのか、下瞼が盛り上がったその瞳は悪感情を放っている。

 何を考えているのか手に取るように分かるが、どうして私に興味を抱くのかだけが理解が出来ない。コチラは一切の興味も関心も無いというのに。


「はぁ……」


 視線を窓の外に外しながら深く溜息を吐く。その時、教室内の空気が変わったが、チャイムの音とドアの開く音によって掻き消えた。


「お〜い、席つけ〜。……ったく、今日もあちぃな」


 見計らった様に担任が教室に入ってくると、左手でパタパタと集団の生徒達を散らす。

 その見慣れた姿を見た生徒達は、各々違う反応を取りながらも自身の席へ戻っていった。そして、全員が着席するのを見計らってクラス委員が号令を掛け、学校の一日が始まった──。


 午前の授業が終わり昼休み。クラスの半分が食堂や他の場所へ移動する中、私は自分の席に座ったまま、鞄から弁当箱を取り出して1人で昼食を始める。

 中身はサンドイッチ。長方形の弁当箱に、正方形の小さくカラフルなサンドイッチが敷き詰められてる見た目は、内容以上に豪華に見える。ママのセンス……と、言いたい所だが、恐らくはパパが配置を指定している。デザート用のジャムが挟んである物は、間違いなくパパが用意した物だ。


「……いただきます」


 合わせた手を解き、デザート用のサンドイッチに手を伸ばしたその時、私の隣に何者かが影を落とす。

 伸ばした触手が止まり、人差し指が無意識に跳ねる。今日は厄日か。と内心で吐き捨てながら溜息を吐くと、私の反応をただ黙って待つ相手に視線を送る。


「……今からご飯なんだけど」


 要は“話したく無い”。だが、相手方はその意図を汲み取ってくれる様子は無い。


「アンタ、最初スイーツ派なの?変わってんね」


「そう?……そうかもね。言われるのは初めてだけど」


 相手が立ち去るのを諦め、軽く話を合わせると止めた手を再び伸ばしてジャムサンドを摘み上げ、口に詰める。


 彼女はみさの取り巻きの1人。一応、1年の時も同じクラスだったので私も多少の面識はある。取り巻きの中で私に対して嫌な視線を向けず、“そういった”話題にすら口を出さないタイプなのだが……。


「アンタって友達少なそうだもんね。1年の時から1人でメシ食ってるし」


 私は、この手の人間の事をある程度理解している。それもこれも、店に来る気難しいご老体のお陰……いや、所為と言った方がいいかも知れない。

 相手……私の仕草や現在進行形の行動、過去の姿などを持ち出し、それだけで話を完結させる会話。これは、典型的な話題不足から起こる物だ。話し上手な人であれば、他の話題……例えば今流行りの物や、共通する人や作業の話題を上げるだろう。

 そういった話題を上げず、今目の前にしている相手の話をする人は、大抵話下手……コミュ症と呼ばれる人種だ。しかも、相手の感情を粗方無視した内容的に、彼女はかなり重度と見える。

 そんな彼女が、態々私に……彼女と私が1対1の時に話しかけて来るという事は、何か大切な用があるのだろう。今は、それを言い出せずにタイミングを見計らっているといった所か。


 ……だが、私には関係無い。


「食べながら話すのは好きじゃないの。駄弁りたいなら友達の所に行ったら?」


 ジャムサンドを飲み込み、お茶を軽く口に流すと、私は彼女にそう言い放つ。遠回しでは通じない様なので、先程より直接的に。


「なら、手ぇ止めたらいいじゃん」


 だが、彼女はコチラの要望を聞いてくれる様子は無い。それなら仕方無いと、私は膝に手を置いて身体ごと彼女に向き直り、話を聞く体勢に入る。


「どうぞ」


「あ、ほんとに食べながら話すのが嫌なんだ。アタシと話したく無いから嘘ついてんのかと思った」


「いや、話したくは無いけど」


「うざっ。アンタ、そんなんだから女子から嫌われるんだよ」


 相手の悪態に右眉が反応する。


 分かってはいる。分かってはいるのだが、悪態を吐かれれば当然腹が立つ訳で。


「悪口を言いに来ただけ?なら、先生か誰か大人を挟んで話す事になるけど」


 張り倒したい気持ちを堪え、視線を廊下の方へ移しながら彼女を軽く脅す。丁度、廊下に教師が通り掛かり、吊られて振り返った彼女は慌てて首を横に振る。


「ち、違う!アンタを貶しに来た訳じゃない!」


 思いの外大きくなってしまった声を聞いて、廊下を歩いていたら教師が教室内に顔を覗かせる。


「おい、喧嘩か?」


「違うって!ねぇ!アンタからも言ってよ!」


 眉を吊り上げ、強い口調で強要する彼女を見て、私は体を傾けながら教師を見ると、


「今は違いまーす」


と言った。その言葉に、彼女は「はぁ?!」と苛立ちを見せるが、私は構わずに体勢を戻す。

 私と彼女の様子だけでは判断出来ないと考えたのか、教師は教室全体を見回して他生徒の反応を伺うと、彼女に対して指を差しながら


「……一応、このクラスの担任の方に話をしておくからな」


と言って教室を後にした。


「ちょ、マジで違うって!……無視かよ」


 曇りガラスに動く影を追う様に伸ばされた彼女の手は、影が途切れると共に下ろされる。

 数秒間の沈黙。教室全体を漂う空気は、嵐の前の静けさの様。

 その沈黙を破ったのは、誰でも無い彼女の深い溜息だった。


「はぁ〜……だるっ。だるすぎ」


 振り返る彼女の顔には先程の苛立った様子は無く、呆れた様な疲れた様な複雑な表情に、若干の後悔が浮かんでいる。

 どうやら、やっと本題を話す気になってくれたらしい。正直あの調子では、お昼ご飯を逃す事になっていてもおかしくなかった。


「あ、担任に呼ばれたら説明お願いね。私は関係無いから」


「いや!完全にアンタの一言が原因だから!……って、あんま話し込むとアイツらが来るかもだし……あのさ」


「なに?」


 急に声が小さくなり、両手を背中に回しながら明後日を向く彼女に対し、私は一言返事を返して次の言葉を待つ。

 それでも、彼女は中々次の言葉を発しない。私、というより周囲の視線を気にしている様で、口を開けては近くに居る生徒達を見て再び口を閉じている。

 人前で言い辛いのであれば尚更、昼食の時間に声を掛けないで欲しい。放課後に幾らでも時間があるのだから、帰り際に声を掛けて人気の無い場所に連れ出せば良い。

 ……それをしないのは、他の取り巻きが居るからか。


「ちょっと。その調子だとマジでご飯食べられないんだけど。言い辛いなら耳打ちしてよ」


 何にしても、迷惑な事には変わりなく。私は彼女に対して顔を近づける様にと人差し指でジェスチャーを送る。

 彼女は渋々といった表情で私に顔を近付けてきたので、横を向いて耳を向ける。


 最初に聞こえたのは息遣い。揺れる髪が耳と頬を擽り、意識すればする程背筋が痒くなる感覚に襲われる。

 周りの視線的にも、早く要件を伝えて欲しい。そう思い、声を掛けようとしたその時、漸く彼女は声を発した。


「……む」


「は?なんて?」


 だが、その声は耳元だというのに聞き取れない程小さな物。今までの苛立ちもあり、思わず強めの口調で聞き返してしまうと、彼女は声を漏らして私の耳元から顔を離した。


「あっ、あ、ごめん」


「いやさ、謝るのはいいから早く言ってくんないかな?こっちはご飯食べるの待ってんだけど」


 いい加減、痺れを切らしてしまい、段々と口調が荒くなってしまう。その所為で彼女も口籠もり、余計話が進まなくなってしまう。

 これでは埒が明かない。そう、彼女も思ったのか、本題に入る事を諦めて私に1つ提案を持ち掛けてくる。


「ねぇ、連絡先教えてくんない?」


「え、無理」


「なんでよ!」


 間髪入れず拒否する私の言葉に、彼女も間髪入れずに反発する。


「信用出来ない」


 それに対して、私は思っている事を包み隠さず即答した。


 連絡先とは個人情報だ。不必要な相手に教えるのはデメリットしか無い。拡散や悪戯だけで済めばまだ良いが、犯罪に使われては大変だ。

 一学生が連絡先を犯罪に使うとは考え難いが、私の知らない場所で知らない人に拡散したり、悪戯で使われる可能性は高い。

 彼女がどう。と言うより、彼女の周囲にいる人間がやりかねない。と、みさの取り巻き達の卑しい顔を思い浮かべながら考える。


「はぁ?意味分かんな……いやもう時間無いし一旦良いや。……後でみさちゃんから言ってもらう様に頼むから、お礼言っといてよ」


 表情を何度も変えながらも、最終的には疲れ切った顔で肩を落としながら背を向ける彼女は、そう言って手を掲げると教室を出て行ってしまった。


「……えぇ、最初からそうしたら良かったじゃん。今までの時間よ……」


 昼食を強制的に止められ、散々好き勝手悪態を吐かれた後、要件を伝える事なく立ち去る彼女に怒りを通り越して呆れてしまい、どっと肩に疲れが降り掛かる。

 周囲の同級生達も彼女の行動に首を傾げながら、溜息を吐きながら机に向き直る私を一瞥して、それぞれの世界に戻る。


「……早くご飯食べよ」


 彼女の話が何だったのか。それを考える気力は無い。兎に角今は、先程から空腹を訴える腹の虫を抑えるのが先だ。そう思い、私は黙々とサンドイッチを食べ進める。

 最後の1枚。残したジャムサンドを平らげて弁当箱を鞄にしまう頃には、昼休みの時間はほんの僅かしか残されていなかった。


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