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結論から言えば、通路の先は何も無い行き止まりだった。
死体があった場所より一回り狭い空間。先程の場所に比べて明るく感じるのも、狭いので苔の密度が上がり、空間全体が万遍なく照らされているからだ。
お陰で、空間内を隅々まで確認する事が出来た。が、結局。目星が付く物は一切見当たらなかった。
床や天井に穴は無く、この場所に来た時の様に隠し通路でもあるのではないかと、手が届く範囲の壁や天井を短剣で突いて見たものの、音的に空洞も無い。
もしかしたらこの空間に、b5に通じる通路があるのでは無いかと考えてもいたのだが、よく考えると、この空間とb5が繋がっていたら先客が居る筈だと今更ながら思い当たり、肩を落とす。
「はぁ……後ちょっとで最終フロアって感じなのに。仕方無いかぁ。まぁ、こがまると一緒に進めるって考えたら、先に最終フロアに行っちゃうのは申し訳ないよね。うん」
みさを理由に言い訳をかましつつ、私は固定ポケットから転移石を取り出すとそれを使用し、拠点に帰還した。
「……うぉ。一気に騒がしくなったなぁ。……ちょっと心臓に悪い」
人の気どころか生物すら居なかった洞窟内から、突然人集りの中央に飛ばされるのは、正直勘弁願いたい。もう少し、人気の少ない穏やかな場所に転移させてくれないものか。とは言っても、全プレイヤーの転移先である時点で、騒音喧騒から逃れる事は出来ないのだが。
「一旦端に寄るかぁ」
最初にこの場所に来た時よりあまり視線を感じないのは、時間帯が代わった事による年齢層の入れ替わり故か。それでも人が多い事には変わり無く、邪魔にならない様広場の端に寄っておく。
次いでに周囲を見回すが、広場にはまだみさの姿は見えない。配信を見ると、まだダンジョン内に止まっている様だった。
「チャット送っても良いけど、どうせすぐ気付くでしょ。……先に私の方の配信は締めちゃおっか。皆〜お疲れ様〜、今日も見てくれてありがとね。でも、やっぱ有名ゲームやると人増えるね〜」
私の言葉を聞いて、視聴者の数は段々と減っていく。最後まで残る人は途中で寝落ちした人か、私の配信を普段から見てくれている人だろう。そう、残った数十人の視聴者数を見て、私は配信を止めた。
「……ふぅ。いつもより疲れた……。アクションゲームってのもあるけど」
肩の力を抜いて深く溜息を吐くと、自分の配信画面を開いて配信が正常に停止しているかの確認を済ませる。配信サイトの不具合や自分の操作ミスによる放送事故防止の為だ。これをしないと、万が一という事がある。ゲームと連携した配信であれば、ゲームを終了した時点で強制的に配信も終了するから、ヘキグラでそこまで神経質になる必要も無いが、普段からの癖だ。
流れでみさの配信を覗きにいくと丁度戦闘が終わったのか、巾着を整理しながら雑談を繰り広げていた。
雑談内容は本当に雑談といった感じのもの。ただ、みさは私が配信を終えた事に気付いている様で、その事にも少し触れながら拠点へ帰還する旨を視聴者に伝えていた。
数分後、配信画面内のみさが巾着の整理を終えて広場に帰還する。
広場の中央に青いエフェクトと共に現れたみさは忙しなく周囲を見回す。そして、すぐに私と視線を合わせると口元に笑みを浮かべて大手を振って駆け出してきた。
「あ、おーい!ちぃ!」
大きな声で呼ばれる私に対する、周囲の視線に苦笑いを浮かべながら、みさに手を振り返す。
「おつこが〜。いやぁ、待たせてごめんね」
「いやいや、結局私が待たせちゃったからおあいこだよ!……はいコレ、ちぃの分のバッグね。中身はモンスターの素材ばっかだったよ」
チャットで予め聞いていた、戦闘になったプレイヤーの巾着を受け取ると、私は中身を確認する事なく肩に紐を掛ける。
「さんくす。バッグ2個じゃ全然足りないから助かるよ」
「分かる〜!まぁ、頻繁にタウンに戻れば良いだけだけどね。ロストの危険性も考えたら、その方が安定して稼げるし」
「それはそう」
軽い雑談を終えると、みさは私の隣に立ち、自分の配信の締めを始めた。
「じゃあ、キリもいいし今日はコレで終わりにするね〜!明日は……どうだろ?メンテがいつ終わるかによるかな。もし配信時間までにメンテが明けてない様だったら、軽く雑談配信とか、今日のサポチャのお礼返しに当てるね」
みさの、サポチャのお礼という言葉を聞いて、私はハッと目を見開いて声を漏らす。
「あ、サポチャ。私もお礼返ししないと」
「そうだよ〜?せっかく応援してくれてるんだから」
「後で告知しとかないと」
「私もSNSの方で明日の配信の告知をするから、フォローしてない人はお願いね!」
私の呟きを利用しての、流れる様なSNS宣伝。流石はプロといった所か。こういう所を見習い、実践して、視聴者やフォロワーを確保するべきなのだろうが、趣味で配信をやっている手前あまり乗り気になれない。
「じゃあ皆、おつこが〜!いい夢見ろよ〜!ほら、ちぃも手ぇ振って!」
「おつこが〜。いい夢見ろよ〜」
締めの挨拶を終えると、みさは「少し待ってて」と言って画面の操作を始める。その間、私は受け取った巾着に入っているアイテムの確認を済ませる。
中身はみさの言っていた通り、モンスターの素材が入っていた。特に目星が付く物は無いが、キャビィ以外の素材を持っていない私にとっては、かなりの収穫と言っていいだろう。だが、そこまで狩りをしていないのか、素材数自体はかなり少ない。
「スクウォールは分かるけど……フロートは初耳だ。どんなモンスターなんだろ」
フロートの股肉を巾着から出した所で、何か分かる訳でも無いだろう。そう考え、中身を取り出す事なく画面を閉じる。
丁度、みさも画面の操作を終えた様で、手に持った松明を私に手渡しながら声を掛けてきた。
「はい、コレもちぃのだからね。……んじゃあ、色々聞きますか〜」
「あ、ありがと。……スライムの事でしょ。……配信見てた?」
好奇心と悪戯心が見え隠れする微笑に、先回りして疑問を投げ掛ける。すると、みさの笑みは一層深くなり、何度も深く頷き返してきた。
「そりゃぁ見てたよ!視聴者も凄い増えてたし!今日で一気に有名になったんじゃない?……って、その事じゃぁないよね」
テンションの高い芝居掛かった口調から一変。普段よりも落ち着き払った雰囲気を纏い、1つ咳払いを交えてみさは小声で話を続ける。
「あのドロップアイテム……カードの事だけど。私含めて誰も見た事が無いの。ちぃの独り言を聞いて、察しの良い人はスキル獲得アイテムだって予想してるし、私もそう思ってるけど……実際はどうなの?」
やはりか。そう、口の中で呟き、みさから視線を逸らして芝の生えた地面を見詰める。
「……やっぱり言えない?」
その仕草に勘違いしたのか?みさは私の顔を覗き込みながら眉を下げる。
その仕草……主に顔を近付けられた事に対して、反射的に背を逸らすと、私は首と手を横に振って誤解である事を伝えた。
「のわっ!ち、違う違う。いや、言おうか迷いはしたけどさ。ちょっと後ろめたいって言うか……」
「後ろめたい?」
みさは背を起こすと再び首を傾げる。
「いやさ、こがまるの方がやり込んでるのに、カジュアル勢の私がこんなの手に入れて良いのかって。あ、こがまるが嫉妬して態度悪くするとか、そんなんは思ってないよ?」
「別に気にする必要無いでしょ。私もいずれは手に入れるだろうし、後半になれば人から買えるだろうから」
「まぁ、そうだよね。うん。じゃあ、あのアイテムの事だけど──」
思っていた通り杞憂に過ぎない考えを払うと、私はみさに、アモルファスからドロップしたアイテムの名前や効果、そのスキルなど、一通りの説明をする。
途中、想像通りといった反応をしていたみさも、説明が終わる頃には興奮気味に目を丸くし、開いた口が塞がらないといった様子だった。
「──今はまだ、誰にも言わないでよ?」
そう、念の為釘を刺すと、みさは何度も頷いた。
「言わない言わない!……でも、うん。ちぃが配信で言わなかった理由も分かるわぁ。私も言わないもん。ビルドによっては、序盤の対人戦で無敵になれちゃうからね」
「そうだよね。衛生兵のレベル1取っただけでも、かなり違うし……」
「ね。取ったんでしょ?明日……出来るか分かんないけど、めっちゃ楽しみだね!」
「ほんそれ!……で、どうする?一旦バッグの中身売りたいんだけど……」
今日はもう、私のみさも落ちる予定だ。だが、ログアウトする前に巾着内の整理を済ましておきたいと考え、みさにそう提案を持ちかける。
だが、みさは少し離れた組合テントを一瞥すると、軽く首を横に振った。
「今は無理そうかな。メンテ前って事で最初に見た時より混んでるし。どうせメンテ後に、新しいお店とか出来てるだろうから、その時でいいでしょ」
振り返ると、みさの言う通り組合テントの前には長蛇の列が出来上がっていた。しかも、列の最後尾が何処なのか分からない程に。
だが、その列の長さより先に私は、綺麗に列ができ、尚且つほぼ全員が文句を言わず並んでいる事に驚愕した。
「民度良すぎん?皆、メッチャちゃんと並ぶじゃん」
「それは思った。てか、誘導してるプレイヤーも居るし。もしかしたら運営かもだけど」
中には、列に並ぶ様に呼びかけたり、円滑に人々が通れる様に出入者を誘導しているプレイヤーも居る。運営であれば有能運営と言えるし、有志のプレイヤーだとしたら頭が上がらない。
「……覚えてたらだけど、あの人達に仕掛けるのは辞めよ」
「どうせ覚えないでしょ」
「ひっど。速攻で断言したじゃん」
「否定しない時点でお察しよ」
ケラケラと笑うみさに頬を膨らませながらも、反論する余地も無いのでぐうの音も出さずに顔を背ける。
「にひひ!拗ねないでよ!」
「拗ねてない!もう落ちる!」
そう言い捨てると、私はメニュー画面を開いて最下部にあるログアウトの項目に触れる。
「ばいばい!」
「ばいば〜い!後でメッセ送るかも──」
みさの言葉を最後に、私の視界は暗転した。




