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ドロップしているアイテムは、ガラス片にアモルファスに似た大きな薄いナニカ。そして、組合証と同じ様な“カード”が1枚。私はそれぞれ1つずつ拾い上げながら詳細を開き、アイテムを確認していく。
「まずはガラスの欠片だけど……これは普通にガラス片ね。説明的にも、何の変哲もないガラス片って感じかぁ」
ガラス片は見た目通りのアイテム。瓶を割っただけで手に入りそうなソレは、単体では大した使い道は無さそうだ。
「んでこっちは……?ゼリー状の布かぁ。見た目的にも、アモルファスの身体の一部とかかな?見た目以上に重いけど……水っぽいし、そんなもんか?」
ガラス片を巾着へ仕舞い、次に手に取ったのはゼリー状の布。水面を掬い取り、そのまま布にした様な見た目のこのアイテムは、案の定アモルファスの身体の一部らしく、アモルファスの特性を引き継いだ性能になっている様だ。
火に強く炎上しない。水を吸収し耐久値を回復する。そして、魔力を通し辛い。
そのテキストを読んだ時、私はふと、戦闘中のアモルファスの謎行動を思い出した。
「そう言えばあのスライム、戦ってる途中にどっか行こうとしてたけど……もしかして、あの池に行こうとしてたのかな?水で耐久値回復ってこのアイテムの説明に書いてあるし……もしかしたら、スライムも水を吸収してHPを回復したりとか……?あの時、風だ──魔法で動きを阻止したのは正しかったのかも」
よく思い返すと、アモルファスの移動先は毎回池の方向だった様な気もする。最初、私に向かって来たと思った時も、背後には池があった。そう考えると、今の考えは正しい可能性が高い。
「……まぁ、何でもいいや。どうせそんなに戦う機会も無いだろうし。それより──」
重量の関係で巾着に収納出来ないゼリー状の布を地面に優しく置くと、最後の1つのドロップアイテムであるカードを手に取った。
見た目は単なるカード。どちらが裏で、どちらが表かは分からないが、片面にはゲームで良く見る“ルーン文字”の様な物が縦に書かれており、もう片面には魔法陣だろうか。三角形の幾何学模様が描かれていた。
「これ、絶対レアアイテムか何かでしょ。……って、何回も言ってる気がするんだけど……。他のゲームでレアっぽいアイテムって、もしかしたらこのゲームだと普通のアイテムなのかな」
そう思いながらも、興味を唆られるアイテムには変わりない。私は多少の期待を胸に抱きながら、カードの詳細画面を開いた。
1秒もせずに開かれた詳細画面。その簡素な画面に書かれた短い文章を見て、私は呆気に取られてポカンと口を開く。
「あ……はぇぁ〜……」
無意識に漏れ出る溜息に似た間抜けな声。その声は、恥ずかしい事に空洞内に響き渡ったが、耳にした者は誰1人として居なかった。──声を発した自分も含めて。
それ程、詳細画面に書かれていた説明文は度肝を抜く物だった。
先の発言は撤回する。このアイテムはレアアイテム……それも、マナストーンを軽く超えるトップレアのアイテムだ。序盤も序盤。リリース初日に手に入ってはいけないレベルの……環境破壊アイテムだ。
カードの名前は“スキルカード.自然治癒向上”。その効果は、“自然治癒向上スキルを得る”という……“スキル習得アイテム”だ。
詳しくは自然治癒向上スキルの“Lvを1上昇”という内容だ。だが、スキルを持っていない場合は、スキルを習得する効果になるらしい。
そして、気になるスキル効果だが……“スキル名通り”の効果だ。
「やばい……これはやばい……。いや、すぐ使わないと駄目でしょ。ちょっと待った早く使お」
興奮に震える右手を左手で支えながら、違う場所を触らない様にゆっくり、更に小刻みに震えている人差し指で使用ボタンをタッチした。その瞬間、詳細画面が閉じて左手に持っていたスキルカードが消滅する。
その事を確認すると、私は急いでステータス画面を開き、自分の取得スキルを確認する。
「自然治癒……ある!よし!よしよしよしくぅぅぅぅ〜!!」
スキル画面に自然治癒向上がある事を確認した私は、飛び跳ねながら立ち上がると、地団駄を踏む様に地面を交互に踏み締め、胸の前で両拳を握りながらその場で回る。
「いぃぃ……よし!」
歓喜の舞を終え、動きを止めると再びその場に座り込んで再度、スキルの確認を始めた。
自然治癒向上……。その名の通り、自然治癒……つまりHPの自然回復量を増加させるスキルなのだが。スキルカードの説明の通り、“スキルレベル”が存在する。
最大Lvは3。習得したばかりなので、私のスキルレベルは当然1だ。だが、それでも十二分の強さを持ち、終盤になればなるほど効果を発揮するスキルだ。
Lv1の効果は“HP自然回復時間短縮50%”。何も効果を得ていない状態だと、6秒経過で最大HPの1%を回復していたのだが、それが3秒経過で回復に強化されるといった具合だ。
他のスキル……例えば、衛生兵Lv1の効果である回復量増加+最大HP1%や、vit10毎に増加する回復量増加と組み合わせる事が出来れば、それらの効果を実質2倍にする事が出来る訳で。
因みに、Lv2の効果はHP自然回復量+最大HP1%。Lv3は少し特殊で、HP自然回復量+最大MP1%という、最大MPに依存してHPが自然回復する様になる効果がある。
「レベル1のスキル効果が一番強いじゃんか……。これ、スキルポイントも余ってるし、衛生兵レベ1とっても良いかも」
今までは6秒でHPが5回復していたが、スキルを得てからはレベルが上がったこともあり、3秒でHPが6回復……もし、衛生兵のスキルを取得したら、3秒でHPが12回復する事になる。つまり……
「えっと……30秒で120。1分で240回復するんだよね?って事は、3分あれば体力全回復って事?てか、2分で体力の半分以上を回復するってヤバない?」
1分経過で最大HPの40%を回復するという事。早速、私は残ったSPを消費して衛生兵のスキルLvを1つ上げた。
「……最強じゃんか。私、序盤最強名乗って良いのでは?正直、私より強い初心者居ないでしょ」
次いでに、レベルアップで得たステータスポイントを、全てagiに振り分けると、私はステータス画面を閉じて荷物整理を始める。
「取り敢えずバッグの中身全部出して……。うへぇ、この布0.7キロもあるんだ……。めっちゃアイテム捨てないと駄目じゃん」
一度巾着にゼリー状の布を収納して重量を確認すると、その重さに肩を落とす。アモルファスがキャビィや他モンスターの様に、普段からポップするモンスターかどうか分からないので、下手に捨てて後悔はしたくない。それに、アイテムの効果的にもすぐに装備に加工したい物でもある為、捨てる選択肢は無い。
「キャビィのアイテムは全捨てかなぁ……。勿体無いけど、軟膏とポーションを捨てるのも視野に入れて……」
風化した頭蓋と布を片方の巾着に収納して、外に飛び出たアイテムを、もう片方の巾着に収納していく。すると、先の発言とは裏腹に全てのアイテムを収納する事ができ、アイテムを捨てずに済んだ。
「おぉ、案外入るじゃん。固定ポケット的にも、少し枠には余裕ある感じかぁ。でも、初期バッグ1つだったら何も出来ないよね……」
序盤に巾着を盗んで正解だった。逆に言えば、盗まれた相手はかなりキツい状況に追い込まれているだろうが……。
「私には関係無いかな。……って、あぁ、配信してるの忘れてた。……個人情報とか言ってないよね?」
立ち上がりながら呟き、拾い上げた巾着を肩に掛けた時。視野画面外にズラした配信画面の端が目に入り、自分が配信中である事を思い出す。
配信画面を視野画面内に戻すと、コメント欄に目を通す。
だが、コメント欄より先に目に入った物があった。それは──
「……は?視聴者なんで?!1000人近く居るじゃん!え!?え、怖!え、え、どうしよ……変な事言ってないよね?やばぁ……」
コメント欄の上に表示されている視聴者数。普段は2〜300人居れば良い方なのだが、今日はそれでも倍近い人数が居た。だが、今は更に人が増えており、同接数最多を記録している。
「コメントの数はそこまで多く無いって事は、覗きに来た人が殆どって感じかな?って、おぉ……いきなり増えたなぁ。さっきまでコメント見てなかったから、コメントしてなかっただけかぁ」
私が配信の事を言及し始めると、それに合わせる様にコメント欄が加速した。その殆どが初見の挨拶だが、更にその中に気になるコメントを幾つも見つけた。
「掲示板から来ましたって人が多いね。……あのスライム……アモルファスを見に来たのか。……なんか、大勢に見られてるって思うと、戦闘中の動きって恥ずかしいかも」
普段の配信や、ゲーム中の仕草を繕っている訳では無いが、戦闘中という取り繕う隙の無い素の仕草を見られていると考えると、正直かなり恥ずかしい。
普段から配信を見てくれている視聴者だけであれば、普段通り可愛いで終わりだが、一場面しか見てない人に変な場面を見られては大惨事だ。
「う〜ん……コメント見た限りでは、変な事はしてなかったっぽいね。てか、皆それどころじゃ無い感じか……」
コメント欄にいる殆どの人は、私の言動よりもアモルファスのドロップ品に興味がある様で。私の独り言に対して言及している人もいるが、それも結局、ドロップ品……カードの詳細を求める声だ。
正直、あのスキルカードは強すぎる。というより、得られるスキルが強力過ぎるのだ。習得しただけで序盤最強を名乗れる位には、ゲームバランスが崩壊している。
いずれ、近い内に、私以外のプレイヤーもスキルカードを手に入れるだろうが、今の段階で詳細を公表するのは、あまり良く無い気がする。
「えっと……悪いけど、手に入れたアイテムの詳細は言えないかな。ネタバレになっちゃうし」
自分でも、かなり苦しいと感じる言い訳だ。そもそも、ゲーム配信にネタバレも何も無いのだから。それでも、詳細を言わない方が良いと考えたのは、アイテムの内容的に“狩場を独占”してでも手に入れようとするプレイヤーが出てくる可能性があるからだ。
このダンジョンは、草原を選んだ全プレイヤーが最初に訪れる、謂わば2度目のチュートリアルダンジョンだ。要は、“初心者用ダンジョン”という事。だが、このアイテムを手に入れようと時間を割くプレイヤーは、十中八九やり込んでいるプレイヤーだろう。
アモルファスが何処にどの様に湧くかは分からないが、それを含め、動き回って確かめてもらった方が、初心者の迷惑にならないだろう。
別に、他のプレイヤーが初心者の邪魔をした所で何も感じないし、そういうゲームだとしか思わないが、自分の発信した情報でそうなるのは勘弁願いたい。
「はい!この話は終わり!見に来てくれた人はありがとね。……じゃあ、通路の先を確認してから拠点に戻るね。その後、ちょっと前に言った通り配信終わるね」
そう言い終わると、目に見えて視聴者数が減っていった。それでも、普段の配信より視聴者が多いのだから、喜ばしい事だ。
その事に頬を緩めながら、私は一度周囲を見回すと、頭と左腕を失った死体に手を振り通路に足を進めた。
バッグ
風化した亡者の頭蓋……1.2kg
ゼリー状の布……0.7kg
ウサギの耳……0.01kg
合計……1.91kg
バッグ2
下級マナポーション…0.1kg
傷薬軟膏(5/5)*2…0.1kg
アカリダケ*2…0.02kg
鳥の羽根…0.01kg
キャビィの前足*12…0.6kg
ヒカーラ草*2……0.02kg
使い古された短剣……0.3kg
黒く汚れた羊皮紙(依頼)……0.01kg
風化した亡者の左腕……0.7kg
ウサギの耳*14……0.14kg
合計……2kg




