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まるで将棋だな。

私は、この言葉が好きだ。嫌味でも、侮辱でもなく、純粋に。

だけど、文章に加えるのは怖くて出来なかった。何故なら、“著作権”関係の事を何一つ知らないからだ。

それでも、文章に加えるとしたら、加える場所は決まっている。

“王手”をかけていた。その事実に気付いた千歳は1人小さく呟くのだ──

「まるで将棋だな」と。


「いよっ……!んぐぅ〜!」


 右手で掴んだ巾着を、どうにか肩に引っ掛ける。その後、巾着のアイテム欄を開く為に、空間内を1周走り込む事になるとは思わなかった。

 左腕が使えないのが、ここまで不便だとは考えもしなかった。もし現実の様に、アイテムを取り出すのに巾着内を漁る必要があったなら、走りながらでは到底出来なかっただろう。


「羊皮紙、羊皮紙……あった!」


 1つ目の巾着内に羊皮紙が入っていたのは僥倖だった。もし、もう1つの巾着に隠れていたのなら、私は余分にもう一周走り込む事になっていた。だが、それでもアイテム欄から羊皮紙を見つけ、アイコンをタッチするまでに半周走っている。


「──!ちょっと待った!」


 並走する様に胸の前に召喚された羊皮紙を、動き出す前に乱暴に掴み取る。そして──


「こっちも待った!」


ずり落ちてきた巾着2つを手首で支えると、死体の元まで落とさない様に走り、


「おりゃ!」


巾着を横に放り投げた。


 空間内を2周し、漸く目的のアイテムを手にする事が出来たが、本題はここから。羊皮紙の内容を読み解き、アモルファスと対等以上に戦える情報を仕入れなければ、私はここで死ぬ。


 空洞内の走り込みが3周目に入る。走りながらでは視線がブレて文字なんてまともに読める訳。そう思ったが、ポップアップされた画面は視野画面に固定されているので、案外簡単に読む事が出来た。


「水の様は見た目、蝕むは毒と痺れの事。──無尽蔵は今まさに体験してる!残りは核無しの不定形に、唯一交わる時……。意味分かんない!」


 と言うより、考える気が無いと言った方が正しい。頭を使う小難しい問題を、考える前にすぐ諦める所は、私の悪癖だ。

 だが、その事は十分理解しているので、悪態を吐くだけ吐いて気を晴らし、思考を巡らせる様にしている。この手の問題は、案外簡単に答えを導き出せると知ったからだ。


(核無し……。核は心臓……全生物の“弱点”。それが無いって事は……普通の攻撃が効かないか、単に攻撃の通りが悪いかだけど)


 4周目。アモルファスの攻撃は単調の一言。凡そ知能が有るとは思えず、単純に敵が居た座標に攻撃しているだけに感じる。現に、先程から水球は私の背後を通り過ぎ、壁面の苔を削ぎ落としながらシミを作っていた。


「“脳も無い”。も追加だね。唯一あるのはHPとMPだけ……って、HPもあるか分かんないけど」


 無尽蔵の肉体と書かれているが、その文からは2つの意図が汲み取れる。

 1つは、単純にHPや耐久値が多い。そしてもう1つ。“HPを急速に回復している”という事。

 前者であれ、後者であれ、辛い事には変わり無い。が、前者であった場合、そもそもダメージを与える事が出来ずに詰む。だが、後者であった場合……


「……死ぬまで全力で殴れば死ぬ」


が、問題は“核が無い”事。普通に攻撃するだけでは、恐らく回復力を上回るダメージを与える事は出来ないだろう。


 5周目は呟きから始まった。


「唯一交わる時……。多分、ダメージを与える方法なんだろうけど」


 交わる。とは、何を“まぜる”のだろうか。


 水の様という文に、自分で触れて感じた、あの水の様な感触。水を固める物体や、液体を凍らせる呪文などを用いて“触れられる”様にする。という考えもある。

 だが、それでは“混ぜる”や“与える”だ。交わるとは違う。


 思考を巡らせ6周目。そこで漸く、私は自分の勘違いに気が付いた。


「……違う。“まぜる”じゃなくて“まじわる”なんだよ!何で勝手に違う読み方しちゃったの私!」


 学業を疎かにしてはいけない。周りの大人が理由も言わずに、無理矢理押し付けてくる厄介毎だ。

 だが、小さな頃一度だけ、パパが理由を教えてくれた時があった。それは一言──


『趣味や娯楽の為』


それだけだったが、確かにその通りだと、今初めて理解した。


「勉強サボったのが仇になったなぁ。最初から、言葉の意味を理解してたら、こんな走る事無かったのに」


 もし、学が無かったとしても、地頭が良い人であれば“一度見ただけで”理解出来ただろう。要は、私はただの一般人だった。という事だ。例え、あの時驕らなかったとしても、“手を貫かれた”事実は変わり無い。


 ──アモルファスの“攻略法”は分かった。そして、私であれば簡単に攻略出来るという事も。

 これは驕りでは無く確信だ。現に、“2度”も王手をかけているのだから。


 左腕は使えないが、問題無い。対応する行動は6度も繰り返したのだから。だが、7周目が訪れる事はもう無い。


 私は足を一度止めるとアモルファスに向き直る。

 アモルファスは先程までの私の動きに釣られる事なく、立ち止まった私に向かって的確に水球を発射した。だが、散々見せられた攻撃など、自分から当たりに行かない限り被弾する訳は無い。

 一歩。右に移動する事で水球を軽く避ける。その瞬間。私は極限まで身を屈めて力を込めると、自身の身体を地面から弾き飛ばした。

 ヘキグラには移動速度制限が設けられている為、その行動で得られる速度は微々たる物。それに加え、アモルファスは私のいる座標に自動的に攻撃しているので、直線上にどれだけ速く動いても意味は無い。簡単に言えば、今の私の行動はこの戦闘においては無意味だという事。だが、それに気付いたのは地面を蹴り上げた直後だった。


 だが、配信において言えば、視聴者を盛り上げる良い“パフォーマンス”になるだろう。所謂“魅せプ”だ。


 姿勢を低くして無防備に突貫する私に対し、アモルファスは作業的に水球を発射する。数分前であれば風弾で撃ち落としている所だが、今は左腕は使えない。視野画面の十字を目安に風弾を発射してもいいのだが、上手い事撃ち落とせる自信も無く、もし仮に撃ち落とす事が出来たとしても、水飛沫が目に入り、視界を奪われる可能性もある。

 水を顔に受けて視界が歪む事は、意図的では無いが確認もしている。あの事故が今の戦闘で活かされるとは、視聴者含めて誰も予想しなかっただろう。


 突貫しながら右へ左へステップを踏み、水球の発射される間隔を縫って素早く近付く。

 私の間合いにアモルファスを捉えるまで1秒も掛からなかった。そこからは、視聴者から見たら一瞬の出来事だったろう。

 3度目の“交わり”の時。1度目や2度目と同じ様に、私は自分の間合いを通り過ぎる。すると案の定、アモルファスに映る自分の顔が歪み始めた。

 刹那──。アモルファスの身体から槍の様な触手が私の顔面に向かって伸ばされる。

 だが、それは想定内。アモルファスの触手は、既に回避行動を終えた私の顔の横を通り過ぎ、鋭い風切り音を発するだけに終わる。


 これで、漸く“交わる”事が出来る。

 身体の向きを触手に向けながら右側へ飛び退いた私は、逆手に握った短剣を地面に突き刺す勢いで触手に振り下ろした。


 カキン──


 “硬直”したかの様に動かないアモルファスの触手に、振り下ろした短剣の鋒が触れた瞬間。前に短剣を突き刺した時とは全く違う感触と共に、硬い物同士をぶつけ合った音が周囲に響いた。直後、私の腕は空を掻き、触手の先端が“折れた”。


 攻撃が当たった。その事実に唇の端を吊り上げる。

 畳み掛けるなら今。ここで気を緩めて隙を与えてはいけない。

 私は透かさず、振り下ろした短剣を空中に置き、手のひらの中で回転させると、触手に背を向け背負い投げの要領で短剣を振り抜いた。


 再び空洞内に響く衝撃音。それと同時に聞こえてきた落下音を聞きながら、私は再び振り返り、アモルファスの触手の根本に向かって短剣を横に薙ぐ。


 ──が、アモルファスの触手に当たる寸前に、私は思い切り地面を蹴り上げ、さらに右側、池の方へと飛び退いた。

 根元に視線を送った時に見えたアモルファスの身体。その中に見えた渦巻く“液体”を見た瞬間、私の背筋に悪寒が走ったからだ。

 飛び退いたのは無意識であり本能だった。自分でも何故飛び退いたのかよく分からず、ただ自分の先程まで居た場所を空中で眺める。

 すると、その場所に向かってアモルファスが水球を発射した。だが、ただの水球で無い事は直感で分かった。

 地面に着地し、同じく地面に吐き出された水球を見詰める。見た目は然程変わらなかった水球は、ただ地面を濡らしているだけだ。

 だが何かが違う。それだけは確かだ。

 そもそも、以前までは間合いに入った後、水球を撃つ事は無かった。そして何より、水球や風弾といった魔法は、発動部位から数センチ離れた場所に生成される。でも、今発射された水球は、明らかに“アモルファスの体内”から“噴出”された物だった。

 触れただけで、毒や痺れを与える存在から吐き出された液体だ。触れずとも、あの液体がどの様な効果があるかは想像に容易い。


「……間違いなく“毒液”だね。ただの毒だったら良いけど……確かめる気は無いかな」


 液体を吐き出した後のアモルファスは、先程までに比べて明らかに“縮んで”いた。

 触手を斬り飛ばした……正確にはへし折ったというべきか。その所為だろう。これが、私にとって優位に働くかは別の問題だが。


「だけど、ダメージは与えられてるんだ……!攻撃方法は増えたけど、同じ感じで攻めていければ……!」


 息を吐き、吸い込むと、私は再びアモルファスに肉薄した。水球を避け、触手を避け、反撃し、毒液を躱す。ここまで来ると作業でしか無い。が、気を抜けば死ぬ。常に気を張る必要は無いにしても、肉薄し、離脱するまでにかなり精神を削られる。左腕が使えたなら、もう少し気は楽だったろう。


「せめて、HPが低い事を願いたい……」


 愚痴を吐き、肩の力を抜く。

 後何回、今と同じ立ち回りを繰り返せば良いのだろうか。元々集中力が少ない私にとって、見えない終わりというのも、精神的に負荷が掛かる要因だ。


「絶対ミスらないでよ……私。期待してるからね」


 自分を鼓舞して深呼吸をする。その時、私が風弾で弾き飛ばした時以外、一切その場から動く事が無かったアモルファスが突然動き出し、私の方へと這いずり始めた。


「っ!行動が変わった!?」


 動きはそこまで速くない。そして、コチラに攻撃をしてくる訳でも無く、ただ何かを求める様にコチラに寄ってくるのだ。


「[風弾]!」


 十字をアモルファスに合わせ、呪文を唱える。立ち止まり、ゆっくりと照準を合わせたので、吸い込まれる様に風弾はアモルファスに向かって飛んでいった。そして、何の抵抗もなくアモルファスは被弾し、後方へ吹き飛ぶ。


「……なんだったの?」


 謎の行動に首を傾げていると、行動パターンが元に戻ったのか、再び私に向かって水球を撃ち始めた。

 本当に何だったのだろうか。そう疑問を抱きながらも、私は攻撃のルーティンを行う。


 そして、攻撃を与え続ける事数分。途中、何度かアモルファスが何処かへ向かおうと動いたが、その度に風弾で弾き飛ばして行動をリセットさせた。

 避け、攻撃し、距離を置く。慣れてしまうと見所はどこにも無い。俗に言う“パターン”に入ったのだ。その結果……


「いよっ!──って、今死ぬんかい」


最初に攻撃を加えた時では考えられない位、アモルファスは呆気なく倒れ、赤いエフェクトとなって宙に散り、複数のドロップアイテムを地面に転がした。


「え〜……。なんか、微妙な終わり方だなぁ……。しかも、なんかHPとMPが全回復したんだけど」


 何とも締まりの無い終わり方に溜息を吐きながら、何故HPが回復したのかとステータス欄を開く。すると、自分のレベルが1つ上がっている事に気が付いた。


「レベルが上がってるや。……そう言えばこのゲームって、経験値バーとか自分のレベルとかがステータスを開かないと確認出来ないよね。めっちゃ不便なんだけど」


 よく見ると、部位耐久値も各部位全回復していた。お陰で、左腕が動かす事が出来る。ただ、骨折の状態異常はそのままの様なので、無理に使う事は出来ない。


「レベルアップで全回復……覚えてた方がいいね。ボス戦とかで経験値の調整出来たら、回復アイテムの代わりになるし」


 アモルファスの戦闘の事は既に頭から抜け、別の事を考え始めた私は、投げ捨てた巾着の元まで向かい拾い上げると、ドロップアイテムの元へ向かった。


ちぃちゃん lv2

HP 610/610

MP 120/120

ST 241/500

EXP 58/200

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