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誤字、脱字、その他文章が破綻している箇所がございましたら、ご報告お願いいたします。

 青白い世界から一転。突然暗闇が迫り上がり、無機質だった自身の腕にいつの間にか肉を帯びる。

 目の前には、loadingの文字が青白い光を纏いながら浮かび上がり、軽く点滅しているかと思うと突然消え、文字があった場所を中心に暗闇の殻が破れて青く暗い世界が広がる。


「えっと、始まったのかな?」


 ゲームが起動した事には間違い無さそうだ。が、今がどういう状況か分からず、周囲を見回す。

 ただ暗く、視界の端が青みがかった何もない空間。オープニング画面とは掛け離れた演出に、インストール時に不具合でもあったのか。と、戸惑う。

 だがそれは杞憂だった様で


「初めましてお客人。いや、新たな開拓者様」


どこからともなく中性的な声が耳に届く。


 恐らく、ゲームアシスト的なAI音声だろう。VR系のゲームでは主流になっている、初期設定やゲームのチュートリアルを説明してくれる存在だ。


「あ、は、初めまして。えっと、先にADの連動を済ませたいんだけど……出来る?」


「出来ますとも。では先に、そちらのご案内をいたします。……どうぞ」


 堅苦しくも馴染み易い口調のAIは、返事を返すだけで未だに姿を現さない。そういったスタイルのAIなのだろうと、姿が見えない事に納得しつつも、視界中央に現れた設定画面を操作してADとゲームを同期させる。

 次いでに、外部アカウント連携の設定も表示されていたので、私が配信で使っているサイトと、そのサイトのアカウントをゲームと同期させ、いつでも配信が行える様にしておいた。


「完了っと。設定終わったよ」


 完全なる余談だが、配信とは言っても商業目的では無く、ただの趣味配信。今年の5月頃、ゲームが好きなら配信をやるべきだとみさに誘われ、何の気無しに始めた物だ。

 攻略メインの配信で、且つみさが宣伝してくれた事もあり、初動から1万人弱の登録者が居るが、実際の視聴者はその100分の1程度。ゲームによってはその半数以下の、謂わば底辺配信者だ。


「では早速本題に移りましょう。その前に……先ずは自己紹介から。とは言っても私に名は無く、サポートAIという肩書きしか無いのですが。……こほん、お客人のお名前をお伺いしても?」


「名前……プレイヤーネームの設定かな?だったら、配信と同じで〈ちぃちゃん〉にしよっかな」


「ちぃちゃん……良い名前ですね。敬称は如何しますか?」


「けいしょう?くんとか、さんとか、そんなやつだよね。無くていいよ」


「承知しました。では、僭越ながら以後、お客人の事はちぃちゃんとお呼びいたします。敬称に敬称を付けるのは、却って失礼かと思いまして」


「まぁ、ちぃちゃんちゃんって呼ばれたら、流石に馬鹿にしてる?ってなるからね。じゃあ、あなたの事はサポちゃん呼びで良い?その方が呼び易いからさ」


「まさか、その様な素晴らしい愛称をいただけるとは……!是非私の事はサポちゃんとお呼びください!」


 AIとは思えない喜び方と、声の緩急に若干驚きながらも、「良かった」と見えない頬を引き攣らせる。

 それに気付いてか否か、サポートAI……サポちゃんは「おっと、失礼しました」と声に平静さを取り戻すと、本題に取り掛かった。


「では、ちぃちゃんを未開の島〈ヘキサグラン〉へ転移──と、忘れておりました。ヘキサグランは至る所にダンジョンが生成され、モンスターが蔓延る危険な場所。その格好のままでは、転移してすぐに命を落としかねません。ですので、ヘキサグランに転移する前に、身支度の方をお願いします。鏡はこちらに」


 その言葉に辺りを見回すと、いつの間にか背後に2メートルは優にある、蔦の様な縁が特徴の大きな姿見が浮かんでいた。

 姿見を見ると、平均的な身体で何の特徴もない顔の女性が、私の顔を覗いていた。これが恐らく、私の今の初期アバターなのだろう。顔の横に右手でピースをしてみると、それに合わせて鏡の中の女性は左手でブイの字を作る。

 姿見の右手側には、キャラクタークリエイト画面が表示されており、パーツ選択や詳細なパラメータ設定が出来る様になっている。

 初期性別は見ての通り女性。そして、初期種族は“人間”。何の特徴も無い、見飽きに見飽きたただの人だ。


「確かこのゲーム、色んな種族が選べるんだよね。デモムービーやみさの配信で、エルフとかドワーフとか見たなぁ。……みさは竜人だったっけ。」


 種族の項目をタップすると、6つの選択肢が現れた。

 上から順に、人間、エルフ、ドワーフ、獣人、亜人、竜人。一応、全ての種族の大凡の外見を見た事があるが、亜人だけは全く分からない。

 全種族固有の特徴を持ったキマイラ。それが、このゲームでの亜人の立場らしいが、フルダイブとは結局、肉体を感覚で動かすゲーム。アンバランスな亜人を作り、アクションゲームをする人など殆ど居ないのだろう。


「みさの配信見てた時から、種族は決めてたんだよね〜!」


 私は他の種族を一切確認する事なく、速攻で獣人を選択した。

 その瞬間、頭と腰に普段感じない違和感や重みが加わり、現実では絶対に味わう事のない感覚が、架空の部位に伝わる。


「うへぁ……。なんか気持ちわ──おぉ?ぬこ耳!」


 違和感を払い除ける為に両手を頭に伸ばしながら、姿見に映る自分を見詰める。頭に生えた物に触れるのと、姿見で確認するのはほぼ同時だった。

 パーツ選択画面。新しく追加された項目には、猫耳と表記されている。見た目や感触も、間違いなく私の知る猫耳。その心地良さに、気持ち悪い感覚など忘れて歓喜の声を上げる。


「最の高!やっぱケモしか勝たん!良いよなぁ、動物。ケーキ屋だと、買えないし触れないしで触れ合う機会皆無なんだよね〜。まぁ、犬や猫は別に好きじゃないんだけど」

 

 耳もあるなら……。そう考え、左手を腰に這わせると、案の定尾てい骨辺りから尻尾が生えていた。細く長い、サワサワとした毛並みに1人で頷く。ただこの頷きは、納得や満足といった物ではなく、やはり猫の尻尾じゃ無いな。と、否定する物だ。


「うん、毛ぇ短すぎ。やっぱモフモフじゃ無いと満足出来ないな」


 まさか猫だけでは無いだろう。私はパーツ選択画面を何度もタップして、尻尾と耳の種類を変えていく。

 犬、猫といった定番は勿論、猿やリス、尾羽といった変わり種もある。そんな中、ある動物の名前が表示されると同時に腰にズシリと重みが加わり、それを合図にタップする手を止める。


「やっぱあるよね〜、“キツネ尻尾”。しかもめっちゃボリューミー。分かってるなぁ」


 狐の尻尾といえば、フカフカと特徴的なドングリ型。だが偶に、ただの棒状の尻尾で表現されている事がある。このゲームの狐尻尾はその点、私が求める、皆が求める理想のドングリ型をしている。

 私はその尻尾を下から捲る様に持ち上げる。付け根に触れた時に分かっていたが、密度の高い長毛は、綿菓子とお餅の良い所を合わせた様なもっちりフワフワとした感触で、一切絡み合う事なく抱えた手のひらを丸々飲み込む。


「最高でござるなぁ〜。でもなぁ、結局尻尾とか邪魔になんだよなぁ……でもなぁ〜……」


 違和感を感じる程の重さ。身体を動かすフルダイブゲームにとって、この重量の偏りは致命的……とまではいかないが、戦闘面で不利になる可能性が高い。

 だとしても、自分の理想のアバターで冒険するのがMMOの醍醐味。バランスが悪いから。と、ただの人に成り下がっては、今後のモチベーションに大きく関わる。戦闘面の不利を覆せる程には。


「──うん。ケモしか勝たん」


 とは言っても、キツネと決まったわけでは無い。それどころか、毛の色や尻尾の形状、耳の形や人部分の見た目など、まだまだキャラクリエイトは始まってすらいないのだから。


「リスも良いなぁ。モフモフで、尻尾も大きくて。ただ、色の自由度が無いのと……流石に尻尾が重すぎる」


 他にも、馬やウサギも見てみたが、やはり尻尾の毛量が物足りず、一周した挙句結局キツネに決めた。


 と、なれば。色はある程度決まっている。安直でありふれた物ではあるが、だからこそ良い色。白だ。だが、ただ白一色だけでは味気ないので、尻尾の先をグラデーションをかけた赤色に。髪の色も、前髪の一部に赤いメッシュを入れた。

 髪型はかなり悩んだが、最終的には肩下ロングウェーブに決めた。これなら、他プレイヤーと外見が被ることはそうないだろう。


「後は顔と体型かぁ。ある程度はイメージしてるけど、それを作るってなると難しいよね……」


 僅かに釣り上がった瞼。その中から覗く黄金の虹彩。間にはスラリとした高い鼻。薄い桃色の唇は常に弧を描く。大人びた印象を与えつつも、可愛らしい幼顔を残す。

 人間……より、動物。猫に近い。獣人だから。という訳ではなく、どの種族でも似た様な顔を作っていただろう。

 この顔から大人びた印象を取り外し、口元を無愛想にしたら、現実の私の顔に近い……というのは、少し自惚が過ぎるだろうか。


「後は体型だけど……。体型がそのまま当たり判定になるから、背は低めが良いかな。単純に、背が低い方が可愛いし」


 狐っ子と言えば、巫女服に長身スレンダー。若しくは正反対のロリっ子と相場は決まっている。が、その何方にするつもりも無い。

 背は標準より低めだが、曲線はハッキリと描く。胸に関しては、戦闘で激しく動く事を考えて控えめだが、その分腰や太ももを少し盛る。現実の身体では無く、所謂アニメ体型に近い。

 こちらは完全に趣味嗜好が強く出ている。実際の私の身体は、平均より背が高く、ストンとしたスタイルなので、その反動と言っても良い。

 獣人だからか飾り毛の設定もある。体毛では無いので全身毛むくじゃら……という事は出来ない様で、胸や腕、足といったワンポイント程度の物。どうせだからと、首からデコルテにかけてフワフワの毛を生やしてみた。


「──おぉ、めっちゃアリ。動きに制限とか無いし、見た目的にもめっちゃ可愛いから、付けちゃおっかな」


 胸は余り盛っていないのだが、飾り毛のお陰で大きく見える。これはもう、第二の胸と言って良いだろう。


 時間を確認すると、既にキャラクリから1時間半近く経過していた。想定通りと言えば想定通りだが、裏でみさが待っている。

 姿見の前で何度もクルリと回り、全身を隈無く確認すると、私は設定画面の一番下にある確認ボタンをタップする。


「確認完了っと……」


「身支度がお済みになられた様で。……これはこれは、中々お美しいお姿で」


「あ、ありがと……!」


 慣れない褒め言葉に、AI相手だと分かっていても照れてしまう。


「これで、ヘキサグランに降り立つ準備は整いましたね。ではお客人……いえ、新たなる開拓者様。貴女様が降り立つ新たなる開拓地をお決め下さい。ただし──」


「ただし?」


「その土地の開拓や、開拓者様の実力が一定水準を上回らなければ、他の土地への移動は安全上禁止されております。ですので、最初の土地……拠点は慎重にお選びください。」


 恐らく、これがみさの言っていた“タウン選び”だろう。一度決めると、一定の進行度に達するまで他の拠点に行けない。つまり、誰かとと一緒に遊ぶ場合は、その人と同じ拠点を選ばなければいけないという事。みさからのメッセージにもそう書かれていた気がする。


「決める前にADでチャットして良い?友達と同じ拠点で始めたいから」


「承知しました」


 私は一応、サポちゃんに断りを入れてから、視界の下側にある半透明のバーをタップしてメニュー画面を開き、外部機器設定からAD操作を選択してみさにチャットを送る。すると、数コールしてから耳元に元気な声が届いた。


『おっすおっす〜!結構遅かったね。キャラクリ終わった感じ?』


「おっすっす。キャラクリ終わって、拠点選びのとこまで来た。って、配信はまだだよね?」


『まだまだ!さっきまでご飯食べてたから!』


「良かった、私もまだだからさ。んで、みさはどの拠点が良いとかあるの?」


 私は、目の前に表示された各拠点の鳥瞰図を眺めながらみさに問う。

 ヘキサグラン。ヘキサというだけあり、拠点の数は6つ。

 草原、森林、岩山、渓谷、火山、そして海。それらの内、どれか1箇所を選ぶのは、私だけではいくら時間があっても選べない。


『ベータの時は森林だったんだけど、もう一回森林でも良いかなって位には、森林は良いよ。ツリーハウスが凄く綺麗だし、ダンジョンで採れる採取アイテムも、序盤役立つ物が多いから』


「ツリーハウスかぁ〜。確かに、現実では滅多に見れないもんね。まぁ、それを言い出したら、全部の拠点にある物が、現実で滅多に見れる物じゃ無いけど。因みに、拠点によって入手アイテムが変わるの?」


『そういえば、拠点に変わってたっけ……。あぁ、採取アイテムの話ね、そうだよ。大雑把にいえば、薬草系とか鉱石系とか、後は換金用とか。タウンによって入手出来るアイテムに偏りがあるよ。森はそのまんま、木材や植物系が入手し易くて、逆に換金アイテムが出辛いとか』


「ふーん。この、渓谷って所は?めっちゃ見た目綺麗だけど」


『全体的に採取品が多い所。だけど、ダンジョンの構造がかなり険しくて、一回の探索に時間が掛かる感じだね。タウンもかなり不便だった記憶がある。登山とか、VRの戦争ゲームに慣れた人が行く上級者向けの場所、かな。』


「うへぇ、それは嫌だなぁ。あ、海なんてどう?すごい綺麗じゃん」


『それだけは駄目』


「え、なんで?」


 間髪入れずの拒絶に、私は思わず声を上げる。


『序盤で必要な木材や植物。それに、活動に必須な飲み水が手に入らないから。ベータの時、それが理由で見た目で海を選んだプレイヤー達が詰みかけてたから』


 言われてみれば、確かにと納得してしまう理由だ。


「それは嫌だなぁ、楽しく遊びたいし。じゃあ、オススメの拠点はどこになるの?やっぱり森林?」


『森……それと草原かな。草原は、木材と鉱石が手に入り辛いくらいで、森と殆ど採取品は変わらないから。あ、見晴らしの良さとタウンの発展速度で言えば、草原の方が早いから、ベータプレイヤーの大半は草原に行くと思う』


「そうなんだ。じゃあ、草原一択な気がするけど……岩山とか火山とか、態々行きたいと思えないし」


『その2つ、公式の初期タウンランキングでワースト1、2だったよ』


「だろうね」


 拠点選びからいつの間にか雑談へ変わり、駄弁る事数十分。我に返った様に互いに声を上げると、みさが咳払いを交えて話を元に戻した。


『えふん。ちぃが草原が良いなら、私もそれで良いよ。正直森は飽きてたから』


「本当?なら、草原で!好きなんだよね〜、地味に。見晴らし良い感じとか」


『やしがに。ヘキグラはグラがリアルだから、絶対感動するよ!じゃあまた後で!草原だよ!草原!』


「分かってるって。草原草原。また後でチャットするね」


 そう言って私はチャットを切ると、草原の鳥瞰図をタッチして初期拠点を決めた。


「草原ですね。それではこのままタウンへお送りしたいのですが……」


 拠点の鳥瞰図が消えると、サポちゃんが勿体ぶった口調で言い淀む。すると、目の前の姿見の鏡面がくり抜かれ、その鏡面部分に青白く光るポータルが出現した。


「このサポちゃんに、ちぃちゃんの開拓者としての腕前を拝見させていただく為、擬似ダンジョンをご用意しました。ヘキサグランのダンジョンに挑む前の肩慣らしと思い、ご気軽に挑みください」


「ここからがチュートリアルって事ね。おっけぇ!じゃあ行こっか!」


 私は期待を前面に押し出して笑みを浮かべると、勢い良くポータルに飛び込んだ。

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