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 私達は来た道を少しだけ戻ると、道では無く森の中へと足を踏み入れる。理由は様々だが、一番の理由としては“採取スポット”を探す為だ。1時間弱探索して分かった事なのだが、道筋に採取スポットが現れる事は無い。もしかすると、他プレイヤーに先に取られている可能性もあるが、何方にしても、道筋で採取スポットを見つけるのは厳しいだろう。

 それともう1つ。次フロアへ移動するポータルを探すという目的もある。道を進むよりも、森の中から道を確認しながら他プレイヤーの声を頼りに探索した方が、発見率は高くなる……という考えだ。


「採取品も納品クエの対象の筈だし、戦闘より楽に早く稼げるのが良いよね〜。見つかればだけどさ」


「ほんとそれ。鶏の相手したからちょっと疲れたし」


「ちぃが鶏苦手なの知らなかったよ。あ、ここにも花咲いてるじゃん」


 この森の中には2色の花の採取スポットがある。1色は紫色の花で、陽無し草と紫の色染め草。もう1色は、今みさが摘んでいる黄色の花で、毒消し草と黄色の色染め草が手に入るスポットだ。

 毒消し草は花と葉、根の3つに分解する事ができ、みさの記憶では、どの部位も常設された納品クエストで必要になるアイテムらしい。後、生肉を食べた時に付与される毒を解毒する為にも使う事が出来るので、火の無い序盤は多めに確保した方が良いアイテムだそうだ。


「結構バッグがパンパンになってきたなぁ。ちぃの方はどう?」


 巾着の中に手に入れたい花を収納するみさは、重量制限が迫ってきたのか私の巾着の空き容量を聞いてくる。


「うんとね……今、丁度1.75キロだから、割と余裕無いかも」


 巾着の重量制限は2キロ。キャビィの素材が詰まった巾着は、思いの外空きが無かった。

 想像以上にウサギの毛皮が重く、1つ0.1キロもある。巾着内にはそれが12個。重量の半分以上を占めていた。


「やっぱり、お肉は全捨ての方が良いんじゃない?10個でバッグ1つ埋まるのは流石にキツいでしょ」


 私の言葉にみさは眉を下げると、股肉が詰まった巾着を自分の肩から下ろした。


「勿体無いけど……そうだね。でも、捨てるんじゃ無くて食べちゃえば良いよ。毒消し草もあるんだし」


 その提案は尤もだが、VRゲーム内で食事を殆ど摂った事がない私にとって、生肉を喰らう事はかなりの抵抗がある。


「その方が良い事は分かるけど、ちょっと嫌だなぁ……。食感とか、舌触りとか……殆ど感じないのは知ってるけど、異物が入った感が私は苦手なんだよね……」


 口内に感じる感覚が無いと言っても、全く無い訳ではない。だが、現実で感じる感覚ともかなり違う。例えるなら、口内で空気が膨らむ様な感覚だ。舌と上顎が空気で押される様な、不思議な感覚。それが、私は苦手なのだ。

 味を感じる事が出来れば、その違和感も少しは和らぐだろう。だが、私の使っているゲームギアは、デジタルアロマは使えてもデジタルスパイスは使えない。味覚用の電子香料カートリッジを入れる場所も、機能も無いからだ。


「料理なら、アイテムを使用するだけで口に入れないで済むんだけどね。股肉は素材アイテムだから、口に入れないと食べられないし……。まぁ、すぐ食べる必要も無いから、今は捨てちゃおっか。私は食べるけど」


 そう言うと、みさは巾着から取り出した股肉に齧り付いた。

 齧られた股肉は綺麗な半月状に抉られ、赤いエフェクトを断面から散らす。

 肉を喰らったみさはと言うと、咀嚼する素振りを一切見せずに、自然な膨らみしか無い頬を伸ばしながら再び肉に齧り付く。


「こうやって齧って食べるのも久しぶりだなぁ。ベータ中盤からは料理を使ってばっかだったし」


 感傷に浸る様に食べる手を止めたみさは、毒消し草の葉を取り出すと口の中に放り込み、再び股肉を食べ進める。そして、股肉の体積が目測の半分を下回った時、みさの手に持った股肉は消滅した。


「ふぅ。時間掛かる割に回復量が少ないなぁ。こんなんだったっけ?」


 時間が掛かる。とは言っても、1分そこらで平らげている。いくら半分で消滅したとはいえ、早過ぎると思うのだが……。それだけ、料理が便利という事だろう。


「あの大きさの生肉を1分で食べちゃう方が、私はヤバいと思うんだけど」


 私の呆れ声に、みさは普通の事だと言わんばかりに両手を広げる。


「咀嚼無いからあんなもんでしょ。よく考えてよ、食事の時間の5割以上が咀嚼の時間なんだよ?口に食べ物を運ぶ時間は1割も無いんだから、早くて当然でしょ」


 その数字がどこから出てきたのかは定かでは無いが、みさの言葉に成程と頷く。確かに、咀嚼がなければ食事の時間は、うんと短くなる。食事が早く終わる人の典型も、咀嚼を殆どしない人なのだから、納得だ。


「確かに。でも、咀嚼無しでどうやって食べてるの?」


 そう、私が首を傾げると、みさは足を止まった足を進めながら答えた。


「口に入れたら食べた判定になって消えるんだよ。咀嚼行為がシステム的に無いってだけ」


 咀嚼はしなくて良いのか。それなら、私でも食べる事が出来そうだ。と、一瞬思ったが、見た目であったり、生肉を食べている私の姿を客観的に想像すると、やはり無いな。と思い、「そう」とだけ言って、巾着から股肉を全て取り出して消滅させるとみさの後に続いた。


 再び歩みを進める事数分。前方の木の枝の上に初めて見るモンスターを見掛けたので、私は足を止めて短剣を抜く。


「こがまる、あれ見て。リス型のモンスターがいる」


「お、ほんとだ!可愛いねぇ!リスって実際に見た事ないけど、なんか身近な動物って感じするよね」


「分かる。……にしても、あのリス結構デカいね。尻尾の太さもそうだけど、全体的に1メートルくらいあるんじゃない?」


 私は一度リスから視線を逸らしマップを拡大すると、赤アイコンをタッチしてリスの名前を確認する。


「“スクウォール”ねぇ。なんか、ヘキグラのモンスターの名前って変わってるよね」


「一応、元となった動物の英名と、その動物が食べてそうな食べ物の英名を組み合わせた名前になってるらしいよ。キャビィだと、キャロットとラビットでキャビィだし、スクウォールは……分かんないけど、多分動物と食べ物の名前だと思う」


(確か……リスって英語でスクウィローだったっけ。ウォールは……ウォールナッツとかかな?どっちかって言ったらマロンって感じだけど。栗鼠だし)


 みさの話を聞いてそんな事を考えながら、私はスクウォールに対して左手を突き出した。

 風弾で枝の上から地面に撃ち落とし、行動する前に倒してしまおうと考えたからだ。だが、私の意図を感じ取ったのか、スクウォールは自分の身体よりも大きく太い尻尾を持っているとは思えない程のスピードと身のこなしで、他の木の枝へと飛び移り、視界とマップ画面から姿を消してしまった。


「ありゃ、逃げちゃった」


 予想外の行動に呆気に取られながら掲げた左手を下ろす。そして、みさにモンスターの行動について尋ねようと振り返ると、みさはこちらに見向きもせずに採取を続けていた。


「……もしかして、スクウォールが逃げるの知ってた?」


「うん、うろ覚えだったけどね。そもそも見つからないし」


「それなら早く教えてよ……。知ってたらすぐに撃ち落としてたのにさぁ」


「別に大したモンスターじゃないから良いかなって。探せば見つかるし」


 そういう問題では無いのだが。……まぁ、聞いてばかりも良くは無いか。と自分に言い聞かせながら溜息を吐く。


「はぁ……まぁいいや。次見つけたら即ブッパするだけだし」


「ちぃって結構脳筋だよね。対策としては合ってるんだけどさ」


「合ってるなら良いじゃん」


 そうは言っても、プレイヤーを見たら危険を察知して逃げる相手。1時間近くダンジョンに潜ってやっと遭遇する様なモンスターが、そう簡単に見つかる訳も無く。採取スポットとスクウォールを探しながら、数多のキャビィを倒し続けて探索する事十数分。落ち葉に埋もれて隠れる様に存在する遺品スポットを見つけ、私達は足を止める。


「こがまる、これって……」


「あ、遺品スポットじゃん。こんな見つけ難いやつ、よく見つけたね」


「偶々足に当たったから……。何が入ってるかな」


 私はその場に屈むと、両手で落ち葉と土を払い除け、四角く平な木箱を掘り上げた。

 チュートリアルで見たものとは形も大きさも違うが、見た目の雰囲気は同じ。和風ホラゲーに出てきても違和感が無いその箱は、殆ど重さを感じない。


「バッグと同じで、中身の重さが反映される感じなら、あんまり中身に期待は出来ないかな」


「反映されてない筈だから、期待しても良いと思うよ」


「本当?なら、良いの出てくれるかな?」


 重さで中身が判別付かないのは、ギャンブル要素が好きな私にとっては粋な計らいだ。


「じゃあ、開けるよ?」


「うん!」


 レアアイテムが入っているかもしれないと期待に胸を膨らませ、みさに一声掛けてから木箱を2度素早く叩く。

 その行動で木箱の蓋が開くわけでは無いが、代わりに視野画面に小さなバッグ画面が表示される。ここで、みさに声を掛けたは良いものの、中身の確認が私しか出来ない事に気付いた


「あ、私しか見えないか」


「そうだった!ねね、何が入ってる?」


「ちょっと待って、今確認するから……」


 私以上にテンションを上げて中身に期待しているみさを宥めながら、アイテムを1つずつ木箱から取り出していく。


「えっと、軟膏と焼き鳥と……マナポーションなんかもあるんだ。後は魔法ディスクとお金が少しね……。めっちゃ良いんじゃない?」


 出てきた物は、傷薬軟膏以外初見の物ばかり。魔法ディスクに関しては、持ってはいる物の、アイテムとして見るのは初めてだ。


「マナポーションはMPを回復するアイテムだね。試験管って事は下級ポーションかな」


「っぽいね。名前に下級って付いてるし。焼き鳥は……カッコ胸って書いてるって事は胸肉か。……そのまま焼きました感凄いけど」


「料理だから、ちぃも食べれるじゃん。今使っちゃったら?」


「そうだね。でも、その前に魔法ディスクの確認するわ」


 魔法ディスクは、手のひらサイズのディスクジャケットの中に、色の付いたディスクが入っている。小学生の歴史の授業で見た、昔の音楽機材に何処となく似ている。

 ディスクの色は赤。そういう事なのか?と思いながら詳細を開くと、私の想像通りの属性の魔法ディスクだった。


「“火生成”かぁ。火球じゃないけど、火属性魔法は嬉しいかも。お肉焼けるし」


「攻撃以外なら火生成の方が汎用性高いし、寧ろ当たりだと思うよ。一応、組合テントの売店で5,000ゴールドで買えるけど」


「じゃあ単純に、それだけお金が浮いたって事だよね。ラッキー」


 私は魔法ディスクを使用するとメニューを開き、魔法欄に火生成が追加された事を確認する。そして、火生成をタッチして発動枠の空きに登録した。


「じゃあ試しに……[火生成]。おぉ、出来た」


 左手を空に翳し魔法名を唱えると、手のひらから小さな火種が出現する。その火種は手のひらから数センチ離れた場所にあり、私が手を動かすと追尾して動いている。そして、10秒ほど時間が経つと勝手に消えてしまった。


「射程は1メートルだけど、対象がいないと手のひらに引っ付く感じね。発動時間は記載通り10秒で、MP消費も1と……。てか、炎上の状態異常が付与出来るって、普通に戦闘でも使えるじゃん。MP消費もあって無い様なものだし」


「使えるけど、火球で良いじゃんって感じだね。初級魔法自体、MPを気にする必要無いし」


「確かに」


 それでも、戦闘の幅が増えた事には変わり無い。念の為、戦闘での使い方を考えておいた方が良いだろう。


 アイテムの分配は、話し合いをする事なく全て私の物になった。レアアイテムや数の少ないアイテムは見つけた人の物。と言うのがみさの考え方らしく、私が話を切り出す前に


「見つけたのはちぃだから、分けようなんて考えなくて良いよ。その方が、後々の事考えても面倒事が少ないでしょ?」


と言われてしまった。確かに、MMO系やサバイバル系のゲームでは、レアアイテムが誰の物か言い争う事が多いと聞く。そう考えると、みさの考えには同意だ。


「……だね。だけど、そのアイテムをどうするかは、私の自由でしょう?はいコレ」


 だが、私も私の考えがある訳で。レアアイテムをポンと渡す様な事は絶対しないが、数が少なくても普通のアイテムであれば分け合いたい性分なのだ。いや、エゴと言った方が正しいか。

 軟膏は大した価値は無いだろう。焼き鳥は私が食べるので渡さない。そう考え、マナポーションと箱に入っていた700gをみさに差し出す。


「もぅ……ありがと!」


 みさは一瞬、アイテムを手に取る事を躊躇うが、諦めた様に肩を落として私からアイテムを受け取ると、思い切り私に抱きついてきた。


「うわっと!気にしないで良いよ。ってか、あんな事言いながら、こがまるだってアイテム分けるでしょ?」


 そもそも、私の性分がこうなったのも、みさの影響だ。類は友を呼ぶとは思わない。だけど、友に類する事はある。


「私はいいんだよ!ほら!あっちに洞穴っぽいのあるから、早く行こ!」


 私の頬に自分の頬を当てがいながら、森の先に指を差してそう言うみさに私は笑いかける。そして、視界の邪魔にならない場所に表示された通報画面を消すと、彼女の顔面に拳を叩き込み、蹲る彼女を無視して焼き鳥を使用しながら洞穴へと足を進める。


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