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 ダンジョン探索から数十分。他プレイヤー達と狩り場を譲り合いながら道を進み、初めてのセーフティエリアに辿り着くと、私達は一度腰を下ろして小休憩を挟む。


「ふぅあ〜!結構狩ったねぇ!全然経験値は入ってないけど!」


「キャビィ、キャビィ、キャビィ。一回も他のモンスターが出てきてないよね。経験値も1だけだし……こがまるの言う通り、クエストでレベル上げした方が楽そう」


 この場所に辿り着くまで、キャビィ以外のモンスターには一度も接敵していない。一度、遠くで鶏の鳴き声が聞こえたが、私達が鳴き声の方に向かった頃には狩られ終わった後だった。

 仮にそのモンスターに出会え、狩る事が出来たとしても、大した経験値は得られないだろう。そう考えると、みさが最初に話していたクエストでのレベル上げが効率的にも楽で早いのだが、組合テントが混み合っている今はそれも厳しい。


「そだね〜。まぁ、納品クエで必要なアイテムをバッグに詰めてる訳だし、拠点に戻ったらポンと上がるでしょ」


 一応、視聴者から聞いた話とみさの記憶を元に、巾着には納品クエストで必要なドロップ品を優先的に詰め込んでいる。キャビィの股肉に関しては、納品アイテムではあるものの、重量の関係上巾着に10個しか収納出来ないので、巾着1つをそれで埋め、以降手に入った股肉は破棄している。今も目の前で、みさは巾着から股肉を取り出すと殴って消滅させている。


「バッグに入るアイテムを厳選する機能とか欲しいよね。股肉の所為で、レアドロップが地面湧きしてロストしたりとかしたら、絶対発狂するわ」


「分かる。毎回お肉捨てるのも億劫だよね。それにゲーム内とはいえ、ポイポイお肉を捨てるのも気分的に嫌だし」


「分かる〜!火があれば焼いて食べれるんだけどねぇ。火球でも良いから、火属性の魔法が手に入ると楽なんだけど……」


「そういえば、こがまるの魔法ディスクってなんなの?」


「ん?[水球]」


「──あぶぁ!」


 私の質問にみさがコチラを向きながら答えた瞬間、私の顔面に水の塊が勢い良く衝突した。大したダメージでは無いのだが、水が目に入った所為か視界が数秒歪む。


「あぁおぁ!ごめんちぃ!大丈夫!?」


 突然の事で思考が停止してしまい、両手を前に突き出しながら仰け反ったままの体勢で固まる。そんな私を見て、みさは慌てながら膝立ちになると、私の顔を両手で掴む。


「お?おぉ?だ、大丈夫」


 意味も無く頬を揉まれながら何度か瞬きを繰り返して、視界が元に戻るのを確認すると、私はみさに無事である事を伝える。するとみさは、ホッとした表情を浮かべながら私の頬を揉み続け、魔法が発動した事に首を傾げた。


「めっちゃ焦った……。あれぇ……?戦闘状態じゃ無い時は、魔法名を唱えても発動しない筈だけど……」


「へぇ、そうなんだ。だったら、他の理由じゃない?」


「他って言っても……魔法は、戦闘状態か攻撃カーソルを出してる時しか発動出来ないし……。自分のバフと回復系は別だけどさ」


「じゃあ、仕様が変わったんじゃない?」


「そうなのかぁ……」


 勝手に魔法が発動した事について2人で話していると、コメント欄に「それバグだぞ」と流れた。


「え?バグなの?」


 私の反応に、みさも驚きながらコメント欄を見つめる。そして、何か気になる物があったのか、私には見えない画面の操作を始めた。


「どしたん?何かあったの?」


「いやさ、結構バグがあるらしくてね。コメに、運営の不具合お知らせのURLを貼ってくれた人が居たから、それを確認するの」


「まじ?そんなバグある感じしないんだけど……。リリース初日だから仕方ないのかなぁ」


 据え置き機のオフラインゲームばかりプレイしている私にとっては、初日の不具合は馴染みの無いものだが、オンラインゲームではよく聞く事だ。寧ろ恒例行事と言っても良いだろう。この後、丸一日メンテナンスというのもセットで付いてくる事が多いが……。


「え〜っと……結構あるなぁ。魔法発動もあるけど、拠点や探索エリアも項目にあ──ちぃ、後ろ」


 空を読むみさの瞳孔が何度か揺れ動いたかと思うと、顔をそのままに視線だけを私の背後に送る。

 一応、私も気付いてなかった訳ではない。単純に、脅威では無いと無視していただけだ。それに、声を掛けずに近付いてくる輩であれば、問答無用で斬り掛かるつもりだった。だが、その必要はない様で。


「こんばんは〜。失礼させてもらうね──って、何で濡れてるの?」


 背後から聞こえてきた呑気な女性の声に、私はゆっくりと振り向いた。そこには、私と同じ狐の女獣人と2人の女性が立っていた。


「どうも」


「こんばんは〜!ちょっとバグでね。私達の事は気にしなくて良いからね!」


 私達が挨拶を返すと、彼女達は笑みを浮かべて少し離れた場所に腰を下ろし、荷物整理と雑談を始めた。

 一応、彼女達もコチラを警戒している様だが、手を出してくる様子は一切無い。それであれば気にする様子は無いと、私は警戒を解いてみさがお知らせを読み終わるまで視聴者と会話を始める。


「今日は視聴者が多いね〜。やっぱ皆、新しいゲームが好きなんだ。初見コメも結構見るし……今登録してくれたら古参名乗れるから、登録よろしくね」


「じゃあ、私は大古参だね。なんせ、ちぃの最初の登録者なんだから」


「いやぁ、こがまる大先生にはお世話になってます。お、配信見ながらプレイしてるの?ありがたいねぇ。皆は拠点どこスタートにしたの?やっぱ海とか?」


 私の言葉に反応する様に何度か背後から気配を感じる事があるが、無視してコメント返しを続けていると、不具合のお知らせを粗方読み終えたみさが、顔を上げて私に声を掛けてくる。


「なんか、拠点からダンジョンが見えるのも不具合っぽいよ。本当は探索マップがもっと広い予定だったんだって」


「え〜、移動に時間掛かる様になるって事?」


「多分ね。後、日付変わった瞬間にメンテ入るって。明日はもしかしたら出来ないかもね」


「いや、流石に夜には終わってるでしょ」


「どうだろ。NPCのAIもおかしくなってるらしいし、ベータから正式版への移行が所々出来てなかったらしいし、終了時間が未定って書いてるから、結構時間掛かりそう」


 まさか、本当にメンテナンスに入ってしまうとは。そう唖然としていると、背後にいた雌狐が突然立ち上がり、コチラに近付くと声を掛けてきた。


「ごめんね、盗み聞きするつもりは無かったんだけど……。メンテナンスの話って本当?」


 この狭い空間でこの距離だ。私達の会話が聞こえていない筈が無い。話を聞きたく無くても耳に入ってくるだろう。それでも、私達の会話に反応して声を掛けてくるとは思わなかったが。


「本当だよ。公式ページを見れば不具合のお知らせが載ってるから、気になったら見てみたら?」


 みさは私と違って、突然他人に話し掛けられても動じる様な人間では無い。寧ろ、私が困惑しない様に率先して話を請け負ってくれる節がある。


「そっかぁ〜……結構やり込むつもりでいたから残念……。あ、教えてくれてありがとね」


「気にしないで!……じゃあ、私達は行こっか!」


 やはり、持つべきはコミュ力お化けの友。そう思いながら、伸ばされたみさの手を取って立ち上がると、私達は彼女らに頭を下げてセーフティエリアを後にした。


 数分後、キャビィ狩りと股肉の処分を繰り返していると、誰も居ない広い空き地に辿り着いた。


「ここら辺は誰も居ないね。エリア端なのかな?」


「かも知れないね。もしかしたら、次フロアのポータルがあるかだけど……。──ちぃ、何かいる」


 私が空き地をフラフラと見回っていると、私の独り言に答えたみさが突然私の腕を引っ張り、私達が進んできた反対側の空き地の木陰を見てそう言った。


「ん?モンスター?」


 何がいるのかと、みさの背後から覗き込む様に顔を出したその時。木陰に隠れていた存在も、同じ様に顔を覗かせた。


 純白の法衣に真紅のクラウン。口元にはティアラと同じ真紅のヴェールを垂らし、それらを贅沢に揺らしながらゆっくりと全身を露わにした。その姿は──


「……なんだ、鶏じゃん」


ただの雄鶏だった。


「ほんとだ。大きいからプレイヤーかと思った」


 だが、腐ってもモンスター。普通の鶏とは見た目も大きさも違う。

 体長は1メートルと言った所。鶏にしてはかなり大きいが、問題はその足にある。

 足の太さは成人男性の二の腕ほどの太さがあり、その指先は、人魚の王が持っている三股の槍を彷彿とさせる。

 何の変哲も無いただの嘴も、あの大きさと体格ではかなりの脅威になるだろう。


「……なんか強そう」


「そんなに強く無いよ。試しに1人で戦ってみたら?」


 そう言うと、みさは右に一歩ずれて私を前に押し出す。


「こがまるがそう言うなら……」


 正直気が乗らないが、仕方が無いので短剣を腰から抜き、攻撃カーソルに触れると短剣を前に構える。

 攻撃カーソルの位置は、先程休憩した時に右手から左手に変えてあるので、以前の様に誤って短剣を飛ばす事も無い。


「うん。大丈夫そうだね」


 攻撃カーソルが左手のひらから出ている事を確認すると、私は鶏に向かって駆け出した。その瞬間──


「コォケェコォッコォォォー!!」


突然、鶏は羽を広げたかと思うと身体を逸らし、嘴を空高く伸ばして雄叫びを上げた。

 声を聞いて一瞬驚きはしたが、状態異常やデバフを喰らった訳では無い。であれば、鶏は単純に隙を晒しているだけ。……とは言っても、鶏の見た目や鳴き声が生理的に苦手な私にとっては、足を止めてしまう程の精神的ダメージを与える攻撃な訳で。


「うわキモッ!鶏ってなんであんなキモいの?!」


 土埃を立てながらその場に止まり、自分の腕を抱きながら身震いをする。ゲーム内なので鳥肌は立っていないが、リアルの身体は鳥肌が立っているに違いない。


 雄叫びを上げ終えた鶏は羽を閉じ、嘴を下ろす。そして、丸みを帯びた生気のない瞳が、私の瞳を見つめてくる。


「……ヒェ」


 生理的拒絶が、私の喉から顔を出す。その、鳴き声に似た音を聞いて、鶏の目付きが変わったかと思うと、再び大きく羽を広げながら雄叫びを上げ、私に向かって突進を始めた。


「コォウケェェェ!」


「ひゃあぁぁ!!キモいキモいキモいぃ〜!!」


 前後する頭部、激しく揺れる肉垂、嘴から溢れる唾液。そのどれもが、私の精神を直接攻撃してくる。そしてなにより、あの瞳。まるで、殺人鬼の様に何を考えているか分からない光を失った瞳が、どうしても受け付けない。


 走る鶏に、それから逃げる雌狐。昔の人が見たら絵巻物にしても不思議では無いその光景は、視聴者にとって受けが良いらしく、いつになくコメント欄が加速していた。


「ちょちょ!まじ無理!ほんと無理!」


 この鶏をデザインした人を私は許さない。何故、キャビィは可愛くデフォルメされているのに、鶏に関してはリアルに、しかも、ほんの少し爬虫類寄りにデザインしたのか。寧ろ、爬虫類要素だけで作ってくれれば、楽しく狩りが出来たのに。


「[風弾]!……ちょっと!こがまる!笑ってないで助けてよ!」


 鶏の足は私より遅い。とは言っても、延々と追いかけられるのはメンタル的にキツく、風弾で足止めをする。その事もあり、鶏からはかなり距離を開けられているのだが、余裕と見たのか、みさは一向に手助けする素振りを見せない。


「視聴者ぁ〜!近くに居たら助けてよぉ!」


 そう叫んではみるが、コメント欄は白々しい言い訳で埋め尽くされるだけ。しかも態々、“サポートチャット”と呼ばれる配信者に投げ銭する機能を使ってまで言い訳をする人まで現れる始末だ。


「くっ!絶対お礼言わないからね!って、今まで見た事ない額なんだけど!ふざけんなぁ!」


 配信画面には、最新ゲームが買えてしまう程の大金と共に、コメントした人のH.Nとコメント内容が表示されている。それを見て、私は思わず怒声を上げた。

 お金が貰えるのは勿論嬉しい。だが、弄られキャラとしてお金を稼ぐつもりは毛頭無いし、そもそも、弄られキャラとしてやっていきたいとは全く思っていない。


「もぉ〜、ちゃんとお礼は言わないと駄目だよ?」


「うっさい!」


「こわ!……仕方ないなぁ。パパッと倒すからちょっと待ってて」


 逃げ続ける私に嫌気が差したのか、サポートチャットにお礼を言わせる為か、若しくは、私の怒声を聞いて悪気を感じたのか。みさはようやっとその場から動き出し、私と鶏の間に割って入った。


「ちぃも逃げずに倒しちゃえば、早く終わってるのにさぁ。いよっと!」


 標的を私からみさに変えた鶏は、勢いをそのままに羽搏きながら宙に浮くと、鋭い鉤爪を前に突き出してみさに蹴り掛かる。それに対して、みさは鶏に対して右足を軸に半身になると、そのまま回し蹴りを鶏の頭に放った。

 一応、鶏の方も頭を後ろに下げる事で回避を試みるが、流石は鳥頭と言った所か。飛び蹴りの勢いのまま、みさの靴底に自分から頭を突っ込んでいった。


 肉がぶつかる鈍い音。キャビィであれば確実に意識を落としていた一撃を受けても、よろめく程度で済んでいる所を見ると、あの巨体に見合う程度の耐久力はある様だ。だがみさの前では、その耐久力は苦痛を受ける時間を伸ばすだけだ。


 地に足を下ろして後方へ数歩よろけた鶏に肉薄すると、みさは拳を何度も鶏の腹に叩き込んだ。

 羽毛に守られているからか、顔面の蹴りと比べて音は軽い。それでも、鶏に反撃の間を与える事なく、ものの数秒で鶏は赤いエフェクトを散らして消滅した。


「は……早過ぎ」


「言ったじゃん。弱いって」


 唖然とする私の言葉に、みさは腰に両手を置きながら呆れた様子で答える。


 そして、私に近付きながら巾着の中の肉を処分するみさは、何故か突然、木陰を見て唇に弧を描く。

 こういう時の嫌な予感は大体当たる。恐らく、彼女が次に口を開いたらこう言うだろう。


「次はちぃの番だよ」


 やっぱりね。そう、予想が当たった事に心の中で悪態を吐きながら、私は振り返って短剣を腰から抜いた。


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