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みさの作戦は、単純且つ簡単だが失敗する確率も高く、失敗=デスのハイリスクハイリターンなギャンブル的な内容。みさらしいと言えばらしい作戦だが、やらされる側からすると勘弁願いたい物だ。
「──頼んだよ、ちぃ」
相手の戦闘スタイルが分からず、今の段階で得られた情報から計算した、不安定要素が多すぎる作戦。それでも、みさの考えた作戦が一番勝率が高い事には変わりない。
「任せないで欲しいんだけど……。頑張るから合図ちょうだいね」
合図……とはいっても、掛け声を出す様なものでは無く、場所とタイミングを伝える程度の物。それでも、互いのタイミングがズレるだけで失敗してしまうので、みさのタイミングに合わせる為に合図を乞う。
「バリバリ任せるから。ちぃが失敗したら終わりだからね」
「変なプレッシャー掛けないでよ!」
男が私達に追い付くまで10秒も無い。止まれば数秒、作戦のタイミングはそれ以下だ。それが、私の行動で成否が決まってしまうと考えると荷が重い。だが、失う物は少ないので、そこまで気負いはしない。
「いくよちぃ。──そこ」
木々の隙間を縫う様に移動する私はみさの指差した木に向かう。そして、木の裏側に隠れる様に滑り込むと、その場に身を隠し、そのまま走り続けるみさの背中を見つめる。
チャンスは一度きり。1秒にも満たないタイミングを逃さない為に、みさから視線を外すと瞼を閉じて音だけに集中する。
私から遠ざかる足音。そして、背後から近付く足音。周囲の雑音は耳に入れない。ただ、背後の存在が地面を踏み抜く音のみを拾い上げ、その時を待つ。
一歩。また一歩。近付く足音を聞くにつれ、周囲の流れる時間が伸びてゆく。
相手の足音には乱れは無く、コチラに気付いている様子は無い。
(──来た)
その瞬間、世界が極限まで遅くなる。
背後にいた音は私の真横の地面を踏み抜き、追いかけて来ていた影が姿を現す。その影は、コチラに視線を送る事なく、ただ前方の標的だけを捉えていた。
「──ふひっ!」
無防備なその姿に自然と頬が吊り上がり、無意識に笑い声が漏れ出る。それを聞き、驚愕の表情を浮かべながら無手の男性はコチラに振り向くが、もう遅い。
私は、泥を纏った様に重い身体を動かし、みさと私で男を挟む様に陣取ると、視野画面にある十字を彼の腹に合わせて口を開いた。すると、彼も私の口の動きに合わせる様に口を開いた。
「「[風弾]!」」
2つの重なる声。聞こえて来た呪文の種類に、私はみさの予想が的中している事に若干の恐怖を抱いた。
ーーーーーーーーーー
「簡潔に作戦を伝えるね。まず、無手の人の魔法は、ちぃと同じ風弾だと思う」
「どうして?」
「それ以外なら撃ってる。槍の人も同じ風弾か、射程が短い土弾かな。だから、魔法の警戒は必要無い。しかも、相手は対人戦に慣れてないから、こっちから仕掛ければ不意を突ける」
「分かんないけど……みさが言うならそうなんだろうね」
「後、あの人達は“追いかける”事だけ考えてる感じだから、冷静に動けば1人は必ず無傷でやれる。ちぃ頼りだから頑張ってね」
「了解──」
ーーーーーーーーーー
彼は身体を捻ってコチラに向き直りながら、後方に倒れる様に風弾を放ったが、私は最初から彼に体を向けて風弾を放った。その違いは風弾の軌道に直に現れ、互いの風弾は接触する事なく交差すると、私の風弾は彼の腹に、彼の風弾は私の右側を抜けて真横の木を揺らした。恐らく、この状況もみさの思惑通りなのだろう。
(本当、みさは怖いよ)
「おぐぁ!」
腹に強い衝撃を受けた無手の男は、情けない声を漏らしながらノックバック効果によって無様に弾け飛んだ。
喰らった時の体勢的にも、受け身を取る事も身体の向きを変える事も不可能。そして何より、あの表情では冷静な判断も出来ないだろう。本当に、追いかける事しか考えていなかったのかも知れない。若しくは、私が初心者だからと侮ったか。どちらにしても、彼の敗北は明らかである。何故なら──
「任せたよこがまる!」
「もち!」
彼の飛ばされた方向には、踵を返してコチラに全力で走り寄るみさがいるからだ。
気合の入った短い返事と共に、みさは走る勢いをそのままに地面を蹴り上げ宙に浮いた。
それと同時に、みさの声を聞いた男性が慌てて首を捻る。だが、彼はその事を後悔する事になるだろう。
彼が振り向いた頃には、地面と水平になる様に宙に浮いたみさの畳まれた膝が、頭部に向かって勢い良く伸ばされており、何をするにも手遅れの状態なのだから。
半開きの口。瞼を閉じて声を漏らす時間すら無く、彼はそのまま靴底と熱い接吻を交わす。
「んぐぉ!」
ノックバック効果による衝撃と、全体重を乗せた飛び蹴りの衝撃が真正面でぶつかり合い、人体から出るとは思えない程の衝撃音が辺りに響き、彼の身体は後方3回転宙返りを華麗に決めると、頭から刺さる様に地面に落ちた。
それからは、みさによる一方的な暴力が振るわれた。
頭部に攻撃を受けた事で行動不可のデバフを喰らった男性から巾着を剥ぎ取り、動けない彼の上に馬乗りになると、顔面に何度も拳を叩き込む。
たった数発。数秒にも満たない連撃を前にして、男は一切抵抗出来ずに赤いエフェクトになって散ってしまった。
数秒後、周囲に散った赤いエフェクトは、消える事なく宙に留まり一点に集まると、大きな赤いクリスタルとなって男が元居た場所に浮かび始めた。
「あぁ、そ言えば、デスると結晶になってその場に残るんだっけ」
「そそ、後でアイテム回収するよ。その前に……持ってて」
突然現れた赤いクリスタルを見て少しばかり困惑する私を他所に、みさは自分の巾着からキャビィの股肉を取り出すと、私に2つの巾着を押し付けてきた。
「おうぇ?何でお肉?」
突然両手を塞がれた事と、みさの謎行動に変な声を上げてしまう。だが、みさはそんな私に目もくれず、ようやく追い付いてきた槍の雄猫に向かって駆け出した。
「あの馬鹿リーダー!──ってうぉ!危ねぇな!」
自身の懐に潜り込もうと走り寄る彼女を前に、雄猫は足を止めると槍を横一文字に薙ぎ払いながら後方へ飛び退く。
それでもみさは足を止めず、雄猫に向かって勢い良く踏み込んだ。だが、相手も簡単に懐に潜り込ませる様な相手では無かった。
雄猫は薙ぎ払いの勢いをそのままに、穂側の柄を左手で掴むと流れる様に右手を離し、槍の芯を自身の腹に這わせながら石突側の柄を薙ぎ、また一歩背後へ飛び退く。
みさはその場に停止する事で攻撃を難なく躱すと、流れる様に彼の懐へ潜り込み、顔面目掛けて右拳を伸ばす。
「クッソ!」
彼は迫り来る拳に顔を顰めながら悪態を吐くと、身を翻しながら身を屈める事でそれを避け、屈んだ勢いを利用して脇に挟む様に石突側を振り上げた。
体勢、距離、速度、そしてタイミング。完全に避ける事が出来ない彼の一振りは、みさの胸元で鈍い音を立てる。
鳩尾を正確に狙った重い一撃。現実世界であれば確実に致命傷を負っていたであろうその攻撃を喰らい、みさはその場に立ち尽くしながら赤いエフェクトを散らした。
「こがまる!」
みさがやられた。そう思い、短剣に手を掛けながら足を前に出すが、笑い声を押し殺す震えた声に足を止める。
「──捕まえた」
「マジかよ……それがありなら、対人最強じゃんか」
みさの声にそう答える雄猫は一切の動きを見せず、ただその場に屈み続けている。
何が起こっているのか。不思議に思い、私は少しだけその場から移動する。すると、いつの間にかみさの左手から股肉が消えており、代わりに“雄猫が握っている槍”が握られていた。
みさの装備や雄猫の槍には一切の損傷は見られない。であれば、あのエフェクトは何だったのか。そして何故、みさはダメージを受けた様子が無いのか。
そんな私の疑問が晴れる事は無く、みさ達は同じ体勢のまま会話を続けた。
「勉強不足だったね。広場に戻ったら、リーダーさんに教えてあげると良いよ。結構使えるから」
「そうするよ。馬鹿リーダーの死ぬ確率も下がるだろうからな。……で、一応確認なんだが……見逃してくんね?」
「無理」
「そうかよ」
そう言い終わると、彼は巾着を力強く抱え込んだ。行動不可を受けても、巾着を盗まれない為の行動だろう。正直、私であれば槍を手放してでも殴り掛かる所だが……潔いのか抜けてるのか。何方であっても、無慈悲に振るわれるみさの拳の前ではどうでも良い事だ──。
「……ふぅ。一旦終わりかな」
膝を地面から離して腰に手を置きながら額を拭うみさに、私は歩み寄って巾着を渡しながら声を掛ける。
「お疲れこがまる。なんだかんだで、1人で2人も倒しちゃうんだから。恐ろしいよ」
「対人慣れして無さそうだったからさ。実際そうだったし。取り敢えず漁っちゃおっか」
巾着を受け取ったみさは、話も早々に雄猫の死体……もとい“レッドクリスタル”に向き直り、固定ポケットを開く様にクリスタルを2度叩く。
私の方からは何も見えない。だが、手や指の動かし方を見るに、アイテム整理に似た事をしているのだと分かる。2つの巾着の中身を確認している様子からすると、恐らくクリスタルからアイテムを回収しているのだろう。
試しに、もう片方のレッドクリスタル……リーダーと呼ばれていた男の方を2度叩いてみたが、私の視界には何も表示される事はなかった。
「あぁ、クリスタルはキルした人しか漁れないよ」
「そうなの?残念……」
「ちゃんと分けるから。その代わり、周囲の警戒をお願いね」
「へーい」
周囲を警戒とは言っても、周囲にいるモンスターはキャビィしか居らず、先の戦闘を見ていたからか近付いてくる事もない。弓を持ったエルフは少し気になるが、この状況でコチラに仕掛てくる程、相手も馬鹿では無いだろう。それよりも──
「ねぇ、こがまる。さっきの事なんだけどさ」
「ん?なに?」
「あの人の攻撃当たってたと思うんだけど……ダメエフェクトも出てたし。だけどノーダメっぽいよね?なんで?」
先の戦闘で起きた不思議な現象が気になってしまう。互いに損傷や破損は起きていない筈だが、そうで無い事は、あの赤いエフェクトが証明している。
「あ〜、あれね。そいや、ちぃの方からだと見えない感じだったっけ?」
「ダメエフェクトなら見えたけど……それ以外は」
雄猫のレッドクリスタルを漁り終えたみさは、私の言葉に頷きながら無手の男のレッドクリスタルに近付く。
「そっか〜、見えてなかったかぁ!……こっちもお金はあんま持ってないか。よっと」
両方のレッドクリスタルの確認を終えた後、みさはレッドクリスタルを蹴り壊す。そして、私に向き直ると、嬉しそうな表情を浮かべながら鼻を鳴らし、先の戦闘についての説明を始めた。
「ふふん!実はね……股肉で攻撃を防いだの!」
「……で、他には?」
「……うぇ?」
アイテムで攻撃を防ぐ。私でも思いつく事なのだから、誰でもすぐに思い浮かぶ方法だろう。それを、胸を張って話しているのだから、他にも何かある筈だ。そう思い、口を閉じたみさに対し深掘りするが、帰ってきた言葉は裏返った声だった。
「いや、他にもあるでしょ。アイテムで攻撃を防ぐって、全員が最初に思いつく方法じゃん」
「あ……いやぁ……そうなんだけど……。はぁ……ちぃは誤魔化されないか」
「いや、何を誤魔化したのか分かんないけど。そういうのいいから早く教えて」
肩を落として溜息を吐く彼女を急かすと、仕方無いと言わんばかりに口を開いた。
「普通にアイテムで防いだだけじゃ、武器を振り抜かれて終わりなんだけどさ。アイテムで防ぐ瞬間にこっちも攻撃すると、“攻撃を相殺する事が出来る”の。えっと……分かる?」
「つまり……アイテム越しに攻撃し合うと、“強制的に鍔迫り合い”の状態になるって事?」
「そう!そうそう!いやぁ、持つべきものは説明上手な友だね!皆、私の説明が分かり辛かったら、ちぃえもんに翻訳してもらうと良いよ!」
私の解釈にご満悦な様で。みさは何度も頷くと、視聴者達に調子の良い事を吹聴する。
「誰がちぃえもんじゃ!それにそんな事されたら、私の視聴者達が迷惑するでしょ?絶対辞めてよ?」
「冗談じゃんか〜。皆、冗談だからね?見たら分かると思うけど、この子怒ると怖いから」
「おい」
「ひえぇ〜!」
軽い茶番は箸休め。視聴者を楽しませる為の一幕物。と言う事で、みさのお巫山戯に付き合うと、そのやり取りに満足したみさはヘラヘラ笑いながら話を変える。
「いひひ!じゃあ、レベリングしながら次の階層を探そっか!」
「やー!」
拳を上げて返事を返すと、私達はダンジョン探索を開始した。




