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「帰還っと。こがまるは……あ、いたいた。おーい」


 ポータル広場に戻った私は周囲を見回しみさを探す。すると、丁度組合テントから出てくるみさを見つけたので、手を振って駆け寄った。


「お、ちぃ、戻ったんだ。カバンが2個って事は、上手く盗めたんだ。流石じゃん」


 私の存在に気付いたみさは、私の右肩に掛かった2つの巾着を目にすると、嬉しそうに頷いた。


「まぁ、VRゲーム初心者っぽかったし……キャラ操作も下手だったからね。初心者狩りみたいになっちゃったのは、ちょっと悪かったけど」


「ちぃも十分初心者でしょ?……ほらこれ、転移石」


 そう言うと、みさは固定ポケットから転移石を取り出し、私に手渡す。


「ありがと。確かにそうだけどさ、才能の差ってやつ?」


 転移石を受け取り、固定ポケットに収納しながら、私は鼻を高くして胸を張る。その仕草に、みさは呆れた様に笑いながら歩き始めた。


「はいはい。じゃあ、もっかいダンジョン行こっか」


「ちょっと位、褒めてくれても良いじゃんか」


 そんな愚痴を吐きながら、私はみさの後を追う様に歩き始める。その道中、みさがコメントに対して反応している間に、私は盗んだ巾着の中身を確認する。


「ちぃの動きは初心者じゃ無い?やしがに。ってか、盗む判断とか完全に慣れた人だったよね。え?いや、だってサバイバルゲームだし。私は盗みやPKはしないけど、する事自体は反対じゃ無いよ。寧ろ、盗まれない様に気を付けない人が悪いよ」


 みさの話の内容的に、どの様なコメントが来ていたのか大体予想出来る。大凡、みさが私の行動を止めなかった事を咎める物だろう。私のコメント欄にも、似た様なコメントが来ている。だが、私はそれを無視して巾着内のアイテムを整理する。


「ええと、キャビィの股肉が2つと……毛皮と耳が1つずつね。後は……組合証と……なんだこれ?」


 入っていた物は、私が持っている物と然程変わりは無い。だが、1つだけ見慣れないアイテムが巾着の中に収納されていた。首を傾げながらアイコンをタップすると、表示された名前は“マナストーン(極小)”。名前的に、魔法に関するアイテムだろう。私は、みさに渡す為に股肉とウサギの耳、組合証を取り出すと、次いでにマナストーンも巾着から取り出した。


「こがまる、はいコレ。分け前ね。後、これ。何だか分かる?」


「おぉ、助かるよ。組合証は高く取引出来るんだよね。……で、それなに?」


 組合証を受け取り、嬉しそうに固定ポケットにしまうみさは、受け取った他のアイテムを自身の巾着に仕舞い込むと、私の手に残ったマナストーンを見て首を傾げた。


「マナストーン極小だって。……こがまるも見た事ないってなると、新しく追加されたアイテムかな?」


「多分そうじゃないかな。名前も聞いた事ないし……レアドロップの可能性もあるよね」


 レアドロップと聞いて、私は自然と頬が緩む。


「まぁ、コイン程度の大きさの水晶玉に、大した価値があるとは思えないけど……」


 そう言いながら、みさはマナストーンを摘み上げて詳細を読み始める。すると、みさはその場に足を止めて固まってしまった。


「どうしたの?もしかして、めっちゃ良いアイテムだったり?」


 ニヤニヤと、冗談混じりにそう聞くと、みさは黙ってマナストーンを持った手を此方に突き出した。

 彼女の表情からは驚愕と狼狽が窺え、その口元は声を上げない様にと固く結ばれている。


「……まじ?」


 私の言葉に、みさは黙って頷いた。頷いたという事は、そういう事なのだろう。今の私の言葉を理解出来ない程、みさも馬鹿では無いのだから。

 吊り上がる頬を隠す為に左手で口元を覆い、歓喜に震える手でみさからマナストーンを受け取ると、私は一呼吸置いてからマナストーンの詳細を開いた。


「……ふへっ」


 思わず、下品な笑い声が漏れる。それ程、彼から盗んだこのアイテムは、ゲーム序盤で手に入る物とは思えない程“壊れた”性能をしていたのだ。

 肝心の効果の内容は……固定ポケット収納中に所持者のMP回復量が1増加し、使用時にMPが20回復するという物。それだけではただの回復アイテムだが、特筆すべきはもう1つの効果。その内容は……“消費MP以下の初級魔法を登録し、MP消費無しで発動出来る”という物だ。アイテム使用のCTが120秒……2分もあり、MP回復と魔法発動は同時に行えない仕様らしいが、登録した魔法はディスクとは別枠として扱われるらしく、実質魔法枠が1つ増える事になる。しかも、使用しても消費される事はないときた。


「や、ヤバすぎ……!2分毎にMP回復か魔法発動かのどっちかしか出来ないけど、ディスク枠が1つ増えるって事だよね?!流石にぶっ壊れでしょこれ……!」


「ぶっ壊れなんて物じゃ無いよ……。初級のバフ系魔法って、CTが長くて割とMPを消費するんだけど……それが枠を取らないでコスト無しで使えるんだから、序盤以降は必須レベルのアイテムだよこれ……」


「ちょ、やば……一回ポケットに仕舞っとこ」


「その方が良い。ってか、出さない方が良いよこれ。配信に載っちゃってるから、絶対盗みに来る人居るって」


 それを聞いた私は、急いで固定ポケットを開き、マナストーンを収納する。そして、深く息を吐き出すと肩の力を抜いた。


「ふあぁ〜……動悸がドキドキなんだが……。強制ログアウトされそう」


「そりゃぁそうなるよ。ってか、それって何で手に入るんだろ?」


「多分だけど……モンスタードロップじゃない?あの人、ダンジョンに入ったばっかりで、初めての入場っぽかったし。もしかしたら、チュートリアルに隠し要素がある可能性もあるけど……」


 マナストーンの本来の持ち主である槍使いの男性の、キャビィを見つけた時の反応やその前の行動的に、木漏れ日の洞窟に入場したのはあれが最初だろう。そう考えると、マナストーンはチュートリアルで手に入れた可能性が高い訳だが、詳しい入手法は分からない。


「隠し要素はめっちゃありそうだけど……あんな下手な人がクリア出来る隠し要素ってあるかな?」


 だが、みさの言う通り、御世辞にも戦闘が得意とは言えない彼が達成出来る隠し要素があるとも思えない。そう考えると、モンスターからのドロップが妥当だろう。

 どちらにしても、レベルを上げる為に大量のモンスターを狩るのだから、ドロップ品であれば、いずれは手に入るし入手法はあまり考える必要も無い。


「無さそうだよね。っと、ダンジョンもすぐ入れそうだし、入っちゃおっか」


 再びダンジョンの前に辿り着いた私達は、入り口が空いている事を確認すると、2人同時に境界に足を踏み入れた。


 ダンジョン内に転移した瞬間、私達は互いに周囲を見回した。束の間、私達はほぼ同じタイミングで首の動きを止め、ある一点を見詰める。


「──被っちゃったか」


 みさはそう言うと、私の前に一歩踏み出し、拳を構える。


 私達の視線の先には、“同じセーフティエリア内に転移したプレイヤー”が3人佇んでいた。そして、その中の1人が、みさの呟きに応える様に声を上げた。


「おぉ?他プレイヤーと被っちまったか……。ってお前、ベータプレイヤーか?」


 みさと同じく、武器を持たない無手の男。その男は、みさが武器を持たずに拳を構えているのを確認すると、みさにそう尋ねる。


「そうだよ。そっちも見た感じベータプレイヤーかな?じゃあ、無駄な争いは避けない?序盤の争い程無駄な物は無いんだからさ」


 みさは彼にそう返しながら、私を押して後方へ下がる。彼から距離を離す為……と言うより、その後方にいる弓を持ったエルフの女性から距離を離す為だろう。

 それが分かってか、エルフの女性は矢筒から矢を一本取り出すと、そのまま弦に引っ掛けた。だが、腕は下に降ろしたままで構えは取っていない。

 逆に、その隣に居るもう1人の人物……槍を持った雄猫の獣人は、私達の動きに合わせる様に一歩前に出る。

 背後に隠す様に槍を逆手に持ち、穂先を天に向けて佇むその姿は、巾着を盗んだ槍使いとは違い隙が無く、手練れである事は容易に理解出来た。いや、理解させられた。


「そうか?ベータプレイヤーなら分かると思うが、初期カバンは1個じゃ足りないだろ?2キロまでしか入らないし、10枠しか無い。難易度1のダンジョンとは言え、それじゃあ全く足りないのは、経験済みだろう?それに君達は──“カバンを3つ持っている”し……丁度良いんだ」


 そう言い終わると、無手の男性は右手を掲げた。それが何かの合図である事は、対人ゲーム未経験の私でも理解出来る。


「逃げるよちぃ!」


 理解出来るといっても、それに対して最適な行動が取れるわけでも無い。どうすれば良いかと頭を悩ませ佇む私の手を、みさは強く引っ張って走り始めた。そして、バランスを崩しながらも釣られて私が走り始めた瞬間。男性の手は振り下ろされた。

 それを合図に、後ろに佇むエルフの弓使いが、弓を前に持ち上げながらその勢いで弦を引き、構えを取る間もなく筈を離す。それとほぼ同時に、槍を持った雄猫もコチラに向かって走り出した。

 本来の矢を放つ動作とはかけ離れているであろうその動きは、初心者が無闇に放った一発に感じた。だが、何のブレもなく私の顔面に飛来する矢を見て、その考えは一瞬で消える。


「ふうだ──」


 慌てて魔法を唱えるが、間に合わない事を悟り、咄嗟に左手を矢に伸ばす。


「ぐぅ!」


 案の定、飛来した矢は手のひらに刺さり、半身程貫通すると勢いを失い動きを止めた。

 ダメージは大した事はない。弓矢は武器atk依存の火力しか出せず、初期武器という事もあり、威力は控えめなのだろう。手のひらに当たった。というのも、大したダメージを喰らわずに済んだ要因だ。


「大丈夫!?」


「平気!」


 私の呻き声を聞いたみさは、コチラに視線を送る事なく安否を尋ねる。それに対し、問題ない事を告げると、私達は森の中に逃げ込んだ。

 これで、矢の警戒はせずに済む。そう考え、左手から視線を外して彼らを睨む。

 槍の雄猫も、無手の男も、私達を追いかけてきている。だが、弓のエルフだけ別方向に移動を始めたのが気掛かりだ。


「こがまる、エルフが先回りするかも。道に近づかない方が良いと思う」


 私は左手に刺さった矢を引き抜き、自分の巾着に収納しながら、みさにエルフの行動を伝えた。


「了解。このまま距離離しちゃおっか。槍の人は絶対追い付けないし、無手1人が追い付いた所で、2体1で相手出来るんだから問題無いでしょ」


 みさの言う通り、追いかけてくる彼らの順番はいつの間にか入れ替わっており、槍の雄猫が無手の男の後方を走り、少しずつ距離が離れている。だが、私より無手の男の移動速度の方が早い様で、少しずつだが距離を詰められているのも事実だ。

 しかも、木々を遮蔽にしながらジグザグに逃げている所為か、想像以上に距離を詰められるのが早い。これでは、槍の雄猫と無手の男の距離を離す前に、コチラが捕まるだろう。


「こが、このままじゃ追いつかれる。私の荷物持って逃げてくんない?」


「……2人も足止め出来るの?」


「無手の人だけなら気合いで」


「槍の人に後ろから刺されて、追いかける人交代して終わりだよ。……それなら、弓の人が合流する前に、2人で相手した方がまだ勝率はあるでしょ」


「別に戦って勝つ必要は無いの。アイテムさえ無事ならそれで。だから、先に逃げてよ」


「無理。大雑把な説明になるけど、2対1の時は魔法ブッパで勝てるの。だから先ずは距離を離すべきなの」


「……確かに。こがまるの言う通りだ」


 2体1。近接戦闘であれば、上手く立ち回る事で1対1の構図を作り続ける事も出来る。だが、このゲームには魔法があり、魔法を使う為のMPも存在する。2方向から魔法を撃たれるだけでも辛いのに、コチラも魔法で応戦するとなると、先にコチラのMPが切れ、一方的に魔法を撃たれる状況になってしまうのは目に見えている。


「ならどうする?どっちにしても追いつかれるけど……」


「転移石も使えない……か。ちぃ」


 固定ポケットから転移石を取り出し、使えない事を確認して再度固定ポケットに仕舞い込むと、みさは私を見て頬を吊り上げた。


「やるよ」


 その一言……その表情には、先程までの善人面の面影は一切無い。あるのは、ただただ悪逆を心から楽しむ邪悪で無邪気な笑顔。

 その、年頃の女の子が浮かべるとは思えない“彼女の素の表情”を見て、私も同じ様に頬を吊り上げる。


「──くふっ!やっとやる気になってくれたんだね!でも、配信中だからお淑やかに……ね?」


「勿論。じゃあ、動くよ?作戦は──」


 口付けする様に耳元に寄せられた唇は、妖艶な吐息と共に劇薬を垂れ流した。


固定ポケット

ヒカーラ草*2…0.02kg

傷薬軟膏(5/5)…0.05kg

組合証…0.01kg

マナストーン(極小)…0.01kg

転移石[拠点]…0.1kg

合計…0.18kg


バッグ

キャビィの股肉*3…0.6kg

ウサギの毛皮…0.1kg

ウサギの耳*2…0.02kg

キャビィの前足*2…0.1kg

合計……0.82kg


バッグ2

キャビィの股肉…0.2kg

ウサギの毛皮…0.1kg

合計……0.3kg

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