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 駆け出した私は、視界右下にある攻撃カーソルを撫でる様にタッチした。

 キャビィの数は4体。その内、3体から少し離れた場所に現れたキャビィに向かって右手を突き出し、短剣が滑り落ちない様に親指で挟みながら、掌を広げてポインターを合わせる。そして──


「[風弾]!」


そう、呪文を口にした瞬間。一つの疑問と乾いた音と共に、右手の親指が何かによって弾かれる。


「──あ」


 発射した風弾はキャビィに向かって飛んで行くことは無かった。魔法が不発した訳では無い。右手から発射した風弾が“右手に持っていた短剣”に当たって掻き消えてしまったのだ。

 その代わりに、ノックバック効果を受けた短剣が、かなりの速度でキャビィの頭部に向かって飛来し、良い音を響かせた。


「おぉ、ちぃやるじゃん!」


 私を褒める声が背中から聞こえてきたが、自分の意図しない挙動にそれどころでは無い私は、気絶したキャビィの隣に転がっている短剣に向かってそのまま走り続けた。だが──


「うわっ!と、と、とぁ!」


短剣を手放した事により、スキル効果である行動速度ボーナスが消えてしまう。その所為で脚の動きが僅かに鈍り、想像の動きとズレてしまった結果……


「ぶぁぐ!」


気絶するキャビィの一歩手前で足が縺れ、その勢いのままキャビィに顔を突っ込んだ。


「頭突きで攻撃かぁ。癖強いね」


 頭をぶつけた所為で32のダメージを受けたが、キャビィに対してもかなりのダメージを与えた様で、気絶していたキャビィは赤いエフェクトと共に、肉と前足だけを残して消えた。


「今ので倒せるのか……」


 たったニ撃。しかも、力の込めていない投擲と頭突きのみ。その事に首を傾げながらも、呆けている時間は無いと素早く短剣を掴み取り、背後の気配へ咄嗟に振り返る。


「[風弾]!」


 一度あることは二度ある。という諺があるが、今の状況程、その諺が当てはまる場面はそうそう無いだろう。そう、宙に浮かぶキャビィに向かって飛んでゆく短剣を見て思った。


「キョ──」


 ウサギから聞こえたとは思えない奇妙な鳴き声と、木が硬い物にぶつかった時の軽い音が響き、私の腹の上に勢いを相殺した両者が落下してくる。


「飛ぶ鳥落とすならぬ、飛ぶ兎落とす。って所かな。……まぐれだけど」


 ウサギと短剣が腹の上に落ちた事によるダメージは無い。もし、短剣が鉄製で刃付けされた物であればその限りでは無いだろうが……。


「ダメージ判定がよく分からんけど……っと」


 今度は魔法で飛ばさない様にと、短剣を左手で掴み上げる。そして、空いた右手で腹の上で伸びたキャビィの頭部を鷲掴みにして、そのまま立ち上がると


「うんっ!」


左手に握った短剣をキャビィの口内に突き刺した。

 すると、キャビィの感触は綿の様に消え、私の足元に耳を残した。


「頭に攻撃すると大ダメージって事かな?チュートリアルだとその辺教えてもらえなかったけど……」


 プレイヤーキャラには部位毎に耐久値があり、それぞれダメージ倍率が違う事は知っているが、どうやら、モンスターも同じ様に部位毎に倍率が変わる様だ。でなければ、こんな簡単に倒せる筈が無い。


「頭を狙えば良いのね。だけど……短剣を飛ばしただけで気絶するって、どんだけ低耐久なの?」


(短剣単体のatkはたったの1。まぁ、私自身のatkも加算されているのだろうが、魔法で飛ばしているのにatkが加算されるのもおかしな話だ)


「でも、色々ヘマしたけど……結果的に2体減らした訳だし?頭狙えば即KOってのも理解したから、後は残りを倒すだけだね」


 残りのキャビィ達は、仲間を急に失った事に動揺しているのか、私から一定の距離を保ったまま動かない。そういうAIなのかも知れないが、それは悪手だ。何故なら──


「ふっへっへ……」


短く赤い髪を揺らしながら不敵な笑みを浮かべる竜人が居るのだから。


 先程まで私の行動に茶々を入れていた彼女は、固まるキャビィの1体に音もなく近寄り、無言で腕を振り上げると


「おりゃぁ!」


瓦割りでもするかの様に、キャビィの後頭部目掛けて無慈悲に拳を振り下ろした。


「ピュ──」


 殴られたキャビィは情け無い悲鳴を上げると、拳と地面に頭部を強く挟まれてそのまま消滅した。


「もう一丁!」


 みさはそう叫ぶと、隣で佇むキャビィの両耳を右手で乱暴に掴む。そして、自分の頭上に投げ飛ばした。


「おぉー、結構飛ぶもんだね」


 空を見上げ、想像以上に空高く投げ飛ばされたキャビィを見て私は呟く。みさは私の呟きにニヤリと笑みを浮かべると、拳を握り締めながら視聴者に向けて話し始めた。


「ヘキグラのダメージ計算は、アタックやディフェンス以外にも“速度”や“型”も重要なの。だから、こうやって無理矢理勢いを付けてあげれ──ば!」


 落下を始め、顔の高さまで降りてきたキャビィの顔面にみさは拳を振り上げた。その瞬間、宙に浮いていたキャビィは声を上げる事なく瞬時に消滅し、みさの拳は空に振り抜かれた。


 祝うべきダンジョン初戦闘。最初は私のミスが目立ったものの、戦闘自体は1分程度で終わり、顔面スライディングという自滅以外でダメージを受ける事も無かった良い戦闘だったと思う。


「お疲れちぃ〜!」


「おつこが〜。一撃で倒すってヤバない?」


 互いに手を振り近寄ると、私はみさがキャビィを一撃で倒した事に言及する。


「strに全ブッパしてるからね〜。最大火力さえ出せれば、頭狙ってイチコロよ」


「さっき言ってた速度と型だっけ?速度は理解出来るけど、型ってなんなの?」


 AIの物理演算で火力計算している事はなんとなく理解出来るが、型と言われてもピンと来ない。


「型っていうのはそのまま。ある程度の決まった動きや、力の入れ方で火力が上がるの。簡単に言えば……剣を振り下ろしたり、しっかり柄を握ったりとか。そんな単純なやつ」


「ふーん。要は、普通に攻撃しとけば良いって事ね」


「そそ。逆に言えば、武器を当てただけじゃ攻撃にはならないって事だよ」


「それはさっき重々理解したよ……。そうじゃ無かったら、お腹に落ちてきた短剣で大ダメージ喰らってたし」


 だが、実戦で何となく分かってはいた事だが、やはり頭部へのダメージの通りはいい様だ。全モンスターがそうだとも限らないが、少なくともキャビィを相手にするなら、頭部を優先的に狙うのが良いだろう。


「それよりさ、あれ凄かったじゃん!短剣飛ばすやつ!」


 みさは話を変えると、嬉しそうな声を上げながら私のヘマを褒め始めた。


「あの魔法の使い方は初めて見たよ!投擲の代わり?って感じ?精度も良さそうだし、使い慣れてる感じだし」


「え、いや、嫌味?」


「え?普通に凄いと思ってんだけど……なんで?」


「いや、あれ、どう見てもミスでしょ」


 私の言葉にみさは首を傾げるが、コメントを見る限りみさの様に褒める者は居ない。


「え〜、普通に凄いと思うんだけどなぁ。皆もなんでそんな反応なの?」


「コメントが普通の反応なんだけど……もう少し褒めてくれても良くない?こちとら、フルダイブゲーム初心者ぞ?」


「その分私が褒めたげるよ!ナイスちぃちゃん良くやった!」


 みさはそう言うと、満面の笑みでサムズアップをする。だが、褒められた所で大して嬉しくもない出来事なので、軽く流して話を続ける。


「どうもどうも。で、風弾で武器を飛ばす人って今まで居なかったの?」


「たまに居たけど、大体は明後日の方向に飛んでくね。短剣だから上手く飛ばせるのかな?」


「偶然だから何とも……」


 短剣だから。というのは一理ある。長物であれば重心が偏り、狙った方向へ飛ばすのは難しいだろう。それに、投擲武器としても使用出来る短剣だからこそ、ある程度狙い通りに飛んでいったのかも知れない。


「上手く使えれば、弓みたいな遠距離攻撃とかも出来そうだよね。風弾って、射的距離50メートル位あったよね?」


 みさの質問に、私はメニューからディスク画面を開いて風弾の効果を再確認する。


「え〜っと……いや、30メートルしか無いよ。それに、短剣が飛んでく理由はノックバックの関係だと思うし……。良くて3メートルが良いとこかな」


 風弾が探検に当たった時の指が弾かれる感覚。単純に魔法が当たったからでは無く、風弾の追加効果である“ノックバック3m”で短剣が飛ばされたと考えられる。そう考えると普通に投擲した方が、短剣の耐久値やMP的にもコスパが良いだろう。だが、普通の投擲では補助機能の所為で狙い通りに飛ばし難いと考えると……。


「どっちにしても、投擲は武器が2本以上手に入ってからかな。戦闘中に唯一の武器を手放すのは危ないし」


「だね。まぁ、私は武器を持たないから関係ないけど!ささ、ドロップ品の確認しよ」


 私はみさの言葉に頷くと、巾着を拾い上げてドロップ品を回収していく。


「手に入ったのは……股肉と前足と耳ね」


 股肉も前足も耳も、前回手に入れた物と同じ。前足と耳は、左右の違いが見た目では判別出来ないので、拘る必要も今の所は無いだろう。


「私は毛皮と肉が2個ずつだった。ちぃは運が良いね」


 私からは見えない画面を確認しながら、みさは自分のドロップ品と私のドロップ品を比べてそう言った。


「足と耳って出難いの?……あれ?てか、何で私のドロップ品だけ直ドロップだったの?カバンあるのに」


 みさの行動に私が首を傾げていると、みさは私の巾着を指差してこう答える。


「いや、カバン地面に置いてたじゃん。って、言ってなかったっけ?装備やカバンは持ってないと、持ち主判定にはならないって」


「聞いてないよ。……聞いてないよね?でもそっか、持ってないと自動収納はしてくれないのね」


 つまり、戦闘中は巾着を何かしらの方法で身体に縛り付けないといけない。今は他プレイヤーが居ないから問題無いが、今後はそうもいかないだろう。


「拠点が発展すればリュックも買えるだろうけど、今は作るしか無いかもね」


 だが、逆に考えると、戦闘中はカバンを手放す機会が増えるという事。両手を使う様な武器や長物であれば尚更、警戒時はすぐにカバンを手放す筈だ。


「ふへへへへ……」


「うわぁ……。ちぃ、その笑い方キモいんだけど……」


 リリース直後。時間的にも他プレイヤーとレベルの差は無いだろう。それに、死んでも失う物は何も無い。派手にやるつもりは毛頭無いが、小手調べに動くべきだろう。


「こがまる。私、ちょっと盗ってくるよ」


「ん?……は?!ちょ!地形もモンスターも知らずにPVを仕掛けるのは流石に馬鹿でしょ!って、ちぃ!」


 私はみさにそう言うと彼女の制止を無視し、マップ画面に道が表示されていない森の中に足を踏み入れた。


固定ポケット

ヒカーラ草*2…0.02kg

傷薬軟膏(5/5)…0.05kg

転移石[拠点]…0.1kg

組合証…0.01kg

合計…0.18kg


バッグ

キャビィの股肉*3…0.6kg

ウサギの毛皮…0.1kg

ウサギの耳*2…0.02kg

キャビィの前足*2…0.1kg

合計……0.82kg


装備

木彫りの短剣

革の胸当て

革のブーツ

麻布の巾着


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